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序章・女神の過去

出逢う女神と貴公子と二人の日々

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嗚呼ああっ、気が付いたのね……!」

ようやく眠りから目覚めた貴公子へと、嬉しそうに笑みを向ける女神セレスティア。

身体からだを起こそうとする貴公子へと手を差し伸べ、ゆっくりと寝台の背へと身体からだを寄り掛からせれば、やはり満面の笑みを浮かべては告げる女神セレスティア。そのまま貴公子の手を両手でそっと包み込む。やわらかな手は温かい。

「……目覚めたのね? 良かった! 貴方あなたがこのまま目覚めなかったらどうしようかと心配していたのよ。嗚呼ああっ、良かった……本当に良かった……!」

何がそれ程に嬉しいのかー……そう思える程の美しい微笑ほほえみで告げる女神セレスティアを見返す貴公子。そして気付く。

女神セレスティアの美しい金眼きんめには薄っすらと涙がにじみ、そのさまが心より心配しては、貴公子の無事を喜んでいることを物語っている。

「君は、誰だー……何故なぜ泣いている?」

「それはー……ううん、その様な事はどうでも良いの。貴方あなたさえ無事ならー……それに私はセレスティアよ」

「セレスティア……私は何故なぜここにー……どうやら何も思い出せないらしい……」

わずかな沈黙が流れる。

(……何も思い出せないとは、私に何があったと云うのか?)

自然と美しい黄金色こがねいろ眉根まゆねを寄せては、うれいの表情を浮かべる貴公子。ついで女神セレスティアへと問い掛ける。

「私のことを知っているようなら教えて欲しいー……どうやら何も思い出せないようだ。何があったのかさえわからないー……それに……君が誰なのかさえ思い出せない。すまない……まことに申し訳なく思う」

真摯しんしに心から悔いるように告げる貴公子。

対し、「大丈夫よ…」と優しく告げる女神セレスティア。

「どうかー……そんなふうに謝らないでー……私が貴方あなたを助けたくてしたことなの。貴方あなたが負った全ての怪我けが治癒ちゆをしたから痛みもないはずー……大丈夫だから安心してね」

目の前に控える女神のごとき美しい娘が、純粋に心から喜ぶさまを見れば、彼女を思い出せないおのれの不甲斐無ふがいなさに申し訳なさが募る貴公子。

同時に、おのれが大怪我おおけがを負っていたとしたら、傷痕きずあとの一つも残さずにいやしてしまう程の高い治癒力ちゆりょく内包ないほうしている事になる美しい娘は、まさに稀有けうな存在とも。

ゆえに、目の前の美しい娘が、“只人ただびと”でない事はおのずと理解する貴公子。

つややな「白金しろかねの髪」に「きらめく金眼きんめ」をあわせ持ち、稀有けうな美しさをたたえる女神の如く美しい娘。世界広しと云えども、これ程の輝く美貌びぼうには、そうはお目にかかれない。

(まさに女神だとしか思えないー……)

そう思えてならない貴公子。

女神のごとき美しい娘とは、以前からの顔見知りであれば、貴公子には思い出せないことが悔やまれる。ましてや、この様な状況ながらもせられる貴公子がいることもいなめない。それは女神セレスティアとて同じ。

もはや互いが互いにせられ、自然とき合う二人は見つめ合ったまま瞳をらすことなく笑みを交わす。


それから幾日いくにちも共に過ごす女神セレスティアと貴公子の二人。

よく二人共に連れ立ち、棲家すみかの前庭へと腰を落ち着ければ、不意に合わさる視線が熱を帯び、やがてどちらからともなく軽く触れ合う互いの唇。

女神セレスティアを抱き寄せたのは、他でもない貴公子。

「君は美しいー……」

抱き締められる女神セレスティアの唇へと重ねられる貴公子の温かな唇。それはとても甘く、女神セレスティアに甘美かんび心地良ここちよさをもたらす。




* * * * * * * * * *


あれ以来。

過去を忘れた貴公子は失われた記憶に執着せず、「今を共に在りたいー」と願う女神セレスティアと森の奥の棲家すみかで暮らしている。それ程に、貴公子には女神セレスティアがいとおしくてたまらない。

地上の世界の住人にしては、かなりの美貌びぼうほこる貴公子は「輝く黄金の髪」に「あおい瞳」をたたえている。

つややかな白金はくきんの髪を持つ女神セレスティアと並べば、煌々こうこうしいまでに美しい二人と云える。

貴公子が身に付ける上物じょうものの衣装や装飾品からは、かなりの高位貴族と伺えるも、天上の世界の住人である女神セレスティアには、人間ひとの身分制度などに左右される事もなく、まさに瑣末さまつな事でしかない。

さいわいな事に、貴公子が身に付ける〈あお貴石きせきはまる黄金の首飾り〉の裏側には、貴公子の名とおぼしき「アルバート」と云う文字が刻印されている所為せいで、女神セレスティアは貴公子のことを「アルバート」と呼ぶ。

今や互いのことを「セレス」と「アル」と呼ぶ二人の仲は、徐々に親密なものへと変わるも、いまだ優しい接吻せっぷんだけにとどまる初々しい二人がいる。




* * * * * * * * * *


女神セレスティアと貴公子が出逢った当初。

美しい娘はみずからをセレスティアと名乗り、身寄りもなく、人間ひとと親交を深める事も苦手な所為せいで、森の奥に小さな住まいを構えては、ひっそりと一人で暮らしていると告げる。

当然、女神セレスティアが咄嗟とっさに考えた作り話に他ならない。

「実は天上の世界から貴方あなたに逢う為に、こうして地上の世界へと参りました女神セレスティアと申します。貴方あなた様が負った怪我けがの全ても天上の女神の力で治癒ちゆ致しました。めて下さいますか?」

などとは、口が裂けても云えない。

ーだが、本当のところは全てをさらけだして、打ち明けたい女神セレスティアがいる。

「ありのままの私自身セレスティアを受け入れて欲しい……!」

そうした想いが、常に胸の内には込み上げる。

恋情れんじょういだく相手に隠し事をするのは、やはり心苦しい女神セレスティア。

天上の世界の女神である本来の正体をいつわる事は、相手を信頼していないあかしとも思える所為せいで、れがひどく頭を悩ます。

そうした時は、あたかも女神セレスティアの想いを汲み取るかのように、貴公子アルバートは優しい声音こわねながらもしかと告げる。

いとしいセレスティア……私は君が何者でも構わないー……ただ、セレスの側に居て……セレスの体温を感じ、共に朝を迎える喜びを味わえるだけで私は幸せだ。私の過去がどうであれ、これ程に満たされている今があるのなら他には何も望まない。セレスと居られる今この時が私には宝物だ。いとしいセレスティア……私は君を大切にしたい」

女神セレスティアをきつく抱き締める貴公子アルバート。

ともにいようー……私のセレスティア」

「……アル! アル! 私も貴方あなたと共に居たい。私は貴方あなたのことが好き……どうしようもなく愛しているのー……だから、お願い。私を貴方あなたの側に居させてね」

固く誓い合う二人は、その後は二人だけの〈婚姻こんいんの誓い〉を交わす事になる。


出逢って早々に、強くかれ合う二人。

まさに魂のつがいとも運命の相手とも。




* * * * * * * * * *


余談よだんだが。

以前に、女神セレスティアは自身を情愛じょうあいする最高神の手をりぬけ、〈禁忌きんき〉を犯してまでも地上へと降り立ち、大怪我おおけがを負う貴公子アルバートを助ける。

二人の出逢いに偶然をよそおい、微笑ほほえみでかわす女神セレスティアがいるも、果たして貴公子アルバートが信じたかどうかは定かではない。


話しは変わるが。

女神セレスティアは貴公子アルバートの記憶の健忘けんぼうが、がけから滑り落ちた時に頭部を強く打ち付けた所為せいだと告げている。

「おそらくだけど……優しい貴方あなたは、他の獣に襲われて傷を負ったの子を助ける為にがけの側へとー……」

そう告げる女神セレスティアは、一羽の真っ白なうさぎを腕にいだいては見せる。

「……うさぎ?」

「ええっ……綺麗きれいな子でしょう? 貴方あなたに見せようと思って置いていたけどー……既に傷痕きずあと治癒ちゆしたし、そろそろ森に帰してあげようかと思っていたところなの。私の“加護かご”も授けたから、この先は他のけものに襲われる事もないはずよ」

「セレスは優しいね。おまけに“加護かご”までー……君は不思議なひとだ」

ふふっ……満開の花がほころぶように微笑ほほえむ女神セレスティアは、うさぎの頭をそっとでながら愛らしい声音こわねささやく。

「大丈夫よ……貴方あなた怪我けがは全て治したわー……だから安心してね」

にっこりと微笑ほほえむ美しい女神セレスティア。

「君は美しいー……まさに天上の女神のようだ」

この時には、既に恋に落ちて居た貴公子アルバート。

図らずも女神セレスティアの正体を当てるかのごとく、どきりっとさせる言葉を平然と口にする貴公子アルバートがいる。

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