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王妃の訃報と嘆く国王と側妃の誤算
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※一部、残酷な描写があるかもしれません。長めの回となります。
※誤字・脱字などの修正は後程致します。
* * * * * * * * * *
「国王陛下っーーー!! 王妃様がっ……!!」
その訃報がもたらされたのは、まだ夜が開け切らない時分。
護衛騎士の一人が国王カルロスの側仕えへと知らせれば、そのまま就寝する国王カルロスの元へと急報を知らせに入る一人の側仕え。他の側仕は、寝所の外にて静かに控え待つ。
「国王陛下……ご就寝中のところ申し訳ございませんが、実は取り急ぎご報告致したい事がー……!」
「いったい何事だ? 騒がしいー……」
天蓋に覆われた寝台の中からは、間違いなく此のクラウン王国の国王カルロスの声が響く。
「国王陛下っ! 実は王妃様がっ……王妃アリーヤ様がっ……! 〈離宮〉のご寝所に於いて身罷られました!!」
その刹那、国王カルロスからは「ひゅっ!」と息を呑む音が漏れる。
「……何だ、とー……」
慌てて飛び起きる国王カルロスは驚愕に目を見開き、急ぎ天蓋を開ければ、控える側仕えの身前へと躍り出る。あまつさえ国王カルロスの手には、就寝時でさえ常に身元に置く〈黄金の剣〉がしかと握られ、些か物騒とも。
「……そんな、馬鹿なっ!! そのような事があってたまるものかっ! 貴様のような側仕え如きが馬鹿を申すなっ! 戯言を申せば叩き斬るぞ……!!」
すらりと〈黄金の剣〉を抜き去る国王カルロスは、そのまま側仕えの喉元へと突き付ける。
「……へっ、陛下……?!」
突然の仕打ちに恐れ慄く側仕えには、国王カルロスがこれ程に憤慨する理由も其の意味すらも理解出来ない。
何がー……これ程に国王カルロスの逆鱗に触れたのかは、おそらく誰にもわからない。わかるはずもない。
国王カルロスの胸中などを誰が推し量れると云うのか?
まさしく知るのは当人のみ。それは当然とも。
* * * * * * * * * *
遡れば。
クラウン王国の若き国王カルロスは、婚姻当初から他国アメジスト王国から政略結婚の為に輿入れした王妃アリーヤを冷遇していた節がある。それと云うのも国王カルロスには、既に王妃アリーヤを迎え入れる以前から寵愛する側妃ベリンダが存在していた。
美しく愛らしい側妃ベリンダは、此の国の高位貴族出身の娘であり、国王カルロスとは幼馴染に当たる。幼い頃から甘え上手で無邪気なベリンダは、国王カルロスの庇護欲を唆るには充分。
口約束とは云え、王妃となる事を約束されていた側妃ベリンダ。それを信じて疑わない。
ーだが、無情にも国王カルロスの突然の政略結婚により、王妃の座は王女アリーヤに奪われる事となる側妃ベリンダ。それでも国王カルロスからの寵愛は揺るぎない。
其の所為とも。
おかげで家臣らも他国アメジスト王国の王妃アリーヤよりも、国王カルロスが寵愛する自国の令嬢に重きを置き、愛らしい側妃ベリンダにこそ敬意を払っていた経緯がある。
* * * * * * * * * *
王妃アリーヤの訃報を伝えただけの側仕え。何か粗相をしたわけでもない。ーしかし、目の前の国王カルロスは明らかに憤慨している。
意味もわからず、国王カルロスの不興を買いながらも、やはり聞かずにはいられない側仕えは、不敬だとは承知していながらも恐る恐る物申す。
「こっ、国王陛下?! 畏れながらも申し上げれば、何故そのようにお怒りになられるのでしょうか?! 国王陛下は以前より王妃様を冷遇なされておいででした。その為に王妃様を〈離宮〉へと追いー……」
「黙れっ!」
「ひっ!!」
側仕えの喉元には〈黄金の剣〉の剣先が軽く刺さり、血が一雫く滴り落ちる。
「余の王妃アリーヤが亡くなっただとー……そのような事があってたまるものかっ!!」
握り締める拳を震わせ、思わず激昂する国王カルロス。
「こっ、国王陛下……どっ、どうかお赦し下さい……!」
身を震わせては平伏する側仕え。
その刹那、まさに助け船を出したのが、国王カルロスが寵愛する側妃ベリンダに他ならない。
豪華な天蓋付きの寝台から降り立つ側妃ベリンダは、薄い夜着を纏っただけの悩ましい姿を平然と晒す。「美しい黄金の巻き髪」を長く垂らし、潤う「翡翠の瞳」はまさに魅惑的。
さすがは国王カルロスの寵愛を授かる側妃ベリンダ。おかげで「王国一の美姫」と称されるのも頷ける。
ーだが、それ以上に美しいと称されるのが、クラウン王国の若き国王カルロス。
側妃ベリンダと同じく「輝く黄金の髪」をさらりと靡かせ、鋭い眼差しは「深い蒼」。見るも鮮やかな「金髪碧眼」はクラウン王国の王族の証し。見事な〈王色〉を纏う若き国王カルロスは、否が応でも一目を引く。
まさに紳士淑女の羨望の的とも云える国王カルロスの側へと歩み寄る側妃ベリンダは、甘い声音で優雅に告げる。
「陛下……そのようにお怒りにならずとも良いではありませんかー……どうかお鎮まり下さい。私の愛しいカルロス陛下……ご覧下さい、忠実な側仕えが怯えております」
側仕えの前でも国王カルロスを平然と愛称で呼び、ぴたりと寄り掛かっては甘い声音で囁くように告げる側妃ベリンダ。ついで聖母のような優しい笑みさえ向ける。
「私のカル……そうお怒りになられては側仕えが可哀想ですわー……それに王妃アリーヤ様を疎ましく思われておられたのは陛下ご自身なのですから、それこそ自ら毒を煽って命を絶たれたのであれば、余計な手間が省けて寧ろ良かったのではー……?」
無慈悲な言動とも取れるような事をさらりと告げる側妃ベリンダ。聖母の微笑みと云うよりは悪女の微笑みかもしれない。
国王カルロスの気の所為でなければ、一瞬だが側妃ベリンダの口角がかなり上がり、不遜な笑みさえ零れていたとも。
「おまえは何を言っている? 王妃アリーヤが亡くなった事が良かったとでも言いたいのかー……」
「ええ、それは勿論ですわ」
事もなげに告げる側妃ベリンダは、悪びれる様子もなく更に続ける。
「王妃アリーヤ様は政略結婚の為に仕方なく据えたお飾りの王妃様でしょう? 私……知っているのよ、カル。王妃アリーヤ様とは〈初夜の儀〉さえ済ませていない事もー……それに貴方が王妃アリーヤ様を冷遇しているのは、もはや誰もが知る周知の事実ではなくて……?」
「それはー……違う、本当は……余はアリーヤのことをー……」
何事かを呟く国王カルロス。意図せず、その表情には悲壮感が漂う。
「陛下? 如何なされましたのー……」
怪訝そうに国王カルロスを見遣る側妃ベリンダだが、それも一瞬の事と消え、更に言葉を続ける。
「ねぇ、カル……厄介者の王妃アリーヤ様が自ら毒を煽ったのであれば、王妃アリーヤ様の母国アメジスト王国にも言い訳が立つと云うもの。それにー……」
今度こそ、目に見えてはっきりと不遜な笑みを浮かべる側妃ベリンダ。
「これで心置きなく私が王妃になれっー……ひぃっ!!」
思わず見苦しい悲鳴を上げる側妃ベリンダの喉元には、国王カルロスが差し向けた〈黄金の剣〉が容赦なく触れる所為で、すでに薄い皮膚を裂き、今にも首を落とさないばかりにあてがわれたまま。
「カっ、カル……」
慄く側妃ベリンダの首筋からは、赤い鮮血が滴り落ちる。
「ベリンダ、何故だ? 何故おまえが王妃アリーヤの 理由が毒だと知っている? しかも先程から王妃アリーヤが自死したとも言っていたなー……王妃アリーヤが自死したと決めつける要因は何だ?」
「そっ、それは側仕えがー……?!」
「側仕えは一言も毒を煽ったなどとは口にしてはいないー……自死したともな? それを知ると云うことはー……ベリンダ、おまえが王妃アリーヤに毒を盛ったと言っているようなものだ」
「……カルっ!!」
みるみると青褪める側妃ベリンダの首筋にあてがわれた〈黄金の剣〉が更に食い込む。
「カっ、カル……痛いわ。お、お願いだからー……やめ、やめて……」
懇願する側妃ベリンダ。
冷めた眼差しの国王カルロスは、漸くにして側妃ベリンダの首筋から〈黄金の剣〉を離す。
その途端に喚き始める側妃ベリンダには、もはや優雅さの一欠片も見当たらない。やはり側妃ベリンダとて命が惜しい所為で、もはや構ってはいられない様子。
普段の優雅で愛らしい側妃ベリンダからは、凡そ想像も出来ない程に見苦しくも必死に縋ってみせる。あまつさえ国王カルロスの両足へとしがみついては、ただただひたすらに懇願する姿は滑稽とも。
「カル、カル! 違う……違うのよ! 私は殺めてなどいないわ! 本当よ! カルロス、お願いだから信じてー……私は毒を渡しただけなの……あの女が勝手に死んだのよ! 本当なのよ! どうか信じてっ……!!」
けたたましく喚き散らす側妃ベリンダ。
「黙れっーーー!!」
恫喝する国王カルロスは、側妃ベリンダを容赦なく足蹴にする。
「ぎゃあっ!!」
奇声を上げては床へと転がる側妃ベリンダ。
「……わ、私は……殺めてはー……本当なの……よ……」
呟く側妃ベリンダの声は国王カルロスには届かない。
* * * * * * * * * *
そう、確かに側妃ベリンダが言うように、直接には手を下してはいない。
ーただ、国王カルロスに冷遇され続ける惨めな王妃アリーヤへと毒の小瓶を渡し、そっと囁いただけのこと。
其処には王妃アリーヤへと平然と毒を吐く、まさかの裏の顔を持つ側妃ベリンダの姿がある。
「ねぇ、冷遇妃様? 邪魔な貴女には是非死んで頂きたいのー……貴女がこの世から去っても国王陛下はおろか誰一人として悲しむ者はいない。何故だかわかる? 元より私こそが王妃として望まれていたからなの。そう、貴女はただの余所者で盗人でしかないー……邪魔なのよ、惨めな王妃様?」
不遜な笑みを浮かべる側妃ベリンダへと何の感情も見せない王妃アリーヤ。
「あらっ? もう心が壊れているのかしら? お気の毒様」
そして「ー良ければ此れを差し上げるわ」と笑みを浮かべては、毒の小瓶を王妃アリーヤへと手渡す。
まさに、側妃ベリンダは毒の小瓶を渡しただけの事。
実は、自ら命を絶ったのは王妃アリーヤ自身。
更に云えば、「冷遇妃」と蔑まれていようとも王妃アリーヤ自身は一向に気にしてはいない。周囲が勝手にそう騒いでいただけの事で、寧ろ都合が良かったとも。
王女としてのしがらみを捨て、自由になりたかった王妃アリーヤ。
ただ、切に願うのはー……心より愛する者と共に生きること。
生国アメジスト王国の父王により決められた政略結婚に、実は誰よりも嫌がっていたのは他でもない王妃アリーヤ自身。
自ら命を絶った今となっては、もはや今更な話。
* * * * * * * * * *
一方。
そのような事とは露知らず。
最早、怒りに湧く国王カルロスには経緯などは瑣末なこと。
何よりも側妃ベリンダの毒により王妃アリーヤが「この世からも己れからも去った事」に、意外にも心が打ちのめさる国王カルロスがいる。
「衛兵ーーーっ!! 王妃殺しだ! 大罪人の側妃ベリンダを捕らえよ!」
国王カルロスの怒号と共に捕縛された側妃ベリンダ。
一瞬、自分の身に何が起こったのかさえわからず、唖然とする側妃ベリンダだが、流石に近衛騎士に捕縛されれば否が応でもこの状況の悲惨さを理解する。
それは控える側仕えらも同様で、目の前で捕縛される国王カルロスの寵妃ベリンダの姿には「まさかっ、ご寵愛を受ける側妃ベリンダ様が罪人などとはあり得ない……」と誰もが驚愕する有様。
「国王陛下はご乱心なされたのであろうかー……」
そうした声さえも実しやかに囁かれる。
王妃アリーヤを冷遇していた
国王カルロスの憤りが、当然ながら臣下らには、やはり到底理解出来ないとも。
加えて、国王カルロスへと更なる追い討ちを掛けるような出来事が起こる。
国王カルロス自身の下命により、以前から〈離宮〉へと追いやられていた王妃アリーヤ。今や自死した王妃アリーヤの居室が、そのまま突然の火災に見舞われ、業火に包まれては焼け落ちたのである。
後には、本人とは判別出来ない程に無惨にも焼け爛れた王妃アリーヤらしき者の亡骸だけが見つかる。
その後。
悲壮感に打ちのめされる国王カルロスの下命の下、王妃アリーヤの盛大な葬儀が営まれる事になるとは、自死した王妃アリーヤでさえも予想もしていない。
更には、寵愛されていはずの側妃ベリンダが、まさかの憂目に遭うとは誰が思う?
※誤字・脱字などの修正は後程致します。
* * * * * * * * * *
「国王陛下っーーー!! 王妃様がっ……!!」
その訃報がもたらされたのは、まだ夜が開け切らない時分。
護衛騎士の一人が国王カルロスの側仕えへと知らせれば、そのまま就寝する国王カルロスの元へと急報を知らせに入る一人の側仕え。他の側仕は、寝所の外にて静かに控え待つ。
「国王陛下……ご就寝中のところ申し訳ございませんが、実は取り急ぎご報告致したい事がー……!」
「いったい何事だ? 騒がしいー……」
天蓋に覆われた寝台の中からは、間違いなく此のクラウン王国の国王カルロスの声が響く。
「国王陛下っ! 実は王妃様がっ……王妃アリーヤ様がっ……! 〈離宮〉のご寝所に於いて身罷られました!!」
その刹那、国王カルロスからは「ひゅっ!」と息を呑む音が漏れる。
「……何だ、とー……」
慌てて飛び起きる国王カルロスは驚愕に目を見開き、急ぎ天蓋を開ければ、控える側仕えの身前へと躍り出る。あまつさえ国王カルロスの手には、就寝時でさえ常に身元に置く〈黄金の剣〉がしかと握られ、些か物騒とも。
「……そんな、馬鹿なっ!! そのような事があってたまるものかっ! 貴様のような側仕え如きが馬鹿を申すなっ! 戯言を申せば叩き斬るぞ……!!」
すらりと〈黄金の剣〉を抜き去る国王カルロスは、そのまま側仕えの喉元へと突き付ける。
「……へっ、陛下……?!」
突然の仕打ちに恐れ慄く側仕えには、国王カルロスがこれ程に憤慨する理由も其の意味すらも理解出来ない。
何がー……これ程に国王カルロスの逆鱗に触れたのかは、おそらく誰にもわからない。わかるはずもない。
国王カルロスの胸中などを誰が推し量れると云うのか?
まさしく知るのは当人のみ。それは当然とも。
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遡れば。
クラウン王国の若き国王カルロスは、婚姻当初から他国アメジスト王国から政略結婚の為に輿入れした王妃アリーヤを冷遇していた節がある。それと云うのも国王カルロスには、既に王妃アリーヤを迎え入れる以前から寵愛する側妃ベリンダが存在していた。
美しく愛らしい側妃ベリンダは、此の国の高位貴族出身の娘であり、国王カルロスとは幼馴染に当たる。幼い頃から甘え上手で無邪気なベリンダは、国王カルロスの庇護欲を唆るには充分。
口約束とは云え、王妃となる事を約束されていた側妃ベリンダ。それを信じて疑わない。
ーだが、無情にも国王カルロスの突然の政略結婚により、王妃の座は王女アリーヤに奪われる事となる側妃ベリンダ。それでも国王カルロスからの寵愛は揺るぎない。
其の所為とも。
おかげで家臣らも他国アメジスト王国の王妃アリーヤよりも、国王カルロスが寵愛する自国の令嬢に重きを置き、愛らしい側妃ベリンダにこそ敬意を払っていた経緯がある。
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王妃アリーヤの訃報を伝えただけの側仕え。何か粗相をしたわけでもない。ーしかし、目の前の国王カルロスは明らかに憤慨している。
意味もわからず、国王カルロスの不興を買いながらも、やはり聞かずにはいられない側仕えは、不敬だとは承知していながらも恐る恐る物申す。
「こっ、国王陛下?! 畏れながらも申し上げれば、何故そのようにお怒りになられるのでしょうか?! 国王陛下は以前より王妃様を冷遇なされておいででした。その為に王妃様を〈離宮〉へと追いー……」
「黙れっ!」
「ひっ!!」
側仕えの喉元には〈黄金の剣〉の剣先が軽く刺さり、血が一雫く滴り落ちる。
「余の王妃アリーヤが亡くなっただとー……そのような事があってたまるものかっ!!」
握り締める拳を震わせ、思わず激昂する国王カルロス。
「こっ、国王陛下……どっ、どうかお赦し下さい……!」
身を震わせては平伏する側仕え。
その刹那、まさに助け船を出したのが、国王カルロスが寵愛する側妃ベリンダに他ならない。
豪華な天蓋付きの寝台から降り立つ側妃ベリンダは、薄い夜着を纏っただけの悩ましい姿を平然と晒す。「美しい黄金の巻き髪」を長く垂らし、潤う「翡翠の瞳」はまさに魅惑的。
さすがは国王カルロスの寵愛を授かる側妃ベリンダ。おかげで「王国一の美姫」と称されるのも頷ける。
ーだが、それ以上に美しいと称されるのが、クラウン王国の若き国王カルロス。
側妃ベリンダと同じく「輝く黄金の髪」をさらりと靡かせ、鋭い眼差しは「深い蒼」。見るも鮮やかな「金髪碧眼」はクラウン王国の王族の証し。見事な〈王色〉を纏う若き国王カルロスは、否が応でも一目を引く。
まさに紳士淑女の羨望の的とも云える国王カルロスの側へと歩み寄る側妃ベリンダは、甘い声音で優雅に告げる。
「陛下……そのようにお怒りにならずとも良いではありませんかー……どうかお鎮まり下さい。私の愛しいカルロス陛下……ご覧下さい、忠実な側仕えが怯えております」
側仕えの前でも国王カルロスを平然と愛称で呼び、ぴたりと寄り掛かっては甘い声音で囁くように告げる側妃ベリンダ。ついで聖母のような優しい笑みさえ向ける。
「私のカル……そうお怒りになられては側仕えが可哀想ですわー……それに王妃アリーヤ様を疎ましく思われておられたのは陛下ご自身なのですから、それこそ自ら毒を煽って命を絶たれたのであれば、余計な手間が省けて寧ろ良かったのではー……?」
無慈悲な言動とも取れるような事をさらりと告げる側妃ベリンダ。聖母の微笑みと云うよりは悪女の微笑みかもしれない。
国王カルロスの気の所為でなければ、一瞬だが側妃ベリンダの口角がかなり上がり、不遜な笑みさえ零れていたとも。
「おまえは何を言っている? 王妃アリーヤが亡くなった事が良かったとでも言いたいのかー……」
「ええ、それは勿論ですわ」
事もなげに告げる側妃ベリンダは、悪びれる様子もなく更に続ける。
「王妃アリーヤ様は政略結婚の為に仕方なく据えたお飾りの王妃様でしょう? 私……知っているのよ、カル。王妃アリーヤ様とは〈初夜の儀〉さえ済ませていない事もー……それに貴方が王妃アリーヤ様を冷遇しているのは、もはや誰もが知る周知の事実ではなくて……?」
「それはー……違う、本当は……余はアリーヤのことをー……」
何事かを呟く国王カルロス。意図せず、その表情には悲壮感が漂う。
「陛下? 如何なされましたのー……」
怪訝そうに国王カルロスを見遣る側妃ベリンダだが、それも一瞬の事と消え、更に言葉を続ける。
「ねぇ、カル……厄介者の王妃アリーヤ様が自ら毒を煽ったのであれば、王妃アリーヤ様の母国アメジスト王国にも言い訳が立つと云うもの。それにー……」
今度こそ、目に見えてはっきりと不遜な笑みを浮かべる側妃ベリンダ。
「これで心置きなく私が王妃になれっー……ひぃっ!!」
思わず見苦しい悲鳴を上げる側妃ベリンダの喉元には、国王カルロスが差し向けた〈黄金の剣〉が容赦なく触れる所為で、すでに薄い皮膚を裂き、今にも首を落とさないばかりにあてがわれたまま。
「カっ、カル……」
慄く側妃ベリンダの首筋からは、赤い鮮血が滴り落ちる。
「ベリンダ、何故だ? 何故おまえが王妃アリーヤの 理由が毒だと知っている? しかも先程から王妃アリーヤが自死したとも言っていたなー……王妃アリーヤが自死したと決めつける要因は何だ?」
「そっ、それは側仕えがー……?!」
「側仕えは一言も毒を煽ったなどとは口にしてはいないー……自死したともな? それを知ると云うことはー……ベリンダ、おまえが王妃アリーヤに毒を盛ったと言っているようなものだ」
「……カルっ!!」
みるみると青褪める側妃ベリンダの首筋にあてがわれた〈黄金の剣〉が更に食い込む。
「カっ、カル……痛いわ。お、お願いだからー……やめ、やめて……」
懇願する側妃ベリンダ。
冷めた眼差しの国王カルロスは、漸くにして側妃ベリンダの首筋から〈黄金の剣〉を離す。
その途端に喚き始める側妃ベリンダには、もはや優雅さの一欠片も見当たらない。やはり側妃ベリンダとて命が惜しい所為で、もはや構ってはいられない様子。
普段の優雅で愛らしい側妃ベリンダからは、凡そ想像も出来ない程に見苦しくも必死に縋ってみせる。あまつさえ国王カルロスの両足へとしがみついては、ただただひたすらに懇願する姿は滑稽とも。
「カル、カル! 違う……違うのよ! 私は殺めてなどいないわ! 本当よ! カルロス、お願いだから信じてー……私は毒を渡しただけなの……あの女が勝手に死んだのよ! 本当なのよ! どうか信じてっ……!!」
けたたましく喚き散らす側妃ベリンダ。
「黙れっーーー!!」
恫喝する国王カルロスは、側妃ベリンダを容赦なく足蹴にする。
「ぎゃあっ!!」
奇声を上げては床へと転がる側妃ベリンダ。
「……わ、私は……殺めてはー……本当なの……よ……」
呟く側妃ベリンダの声は国王カルロスには届かない。
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そう、確かに側妃ベリンダが言うように、直接には手を下してはいない。
ーただ、国王カルロスに冷遇され続ける惨めな王妃アリーヤへと毒の小瓶を渡し、そっと囁いただけのこと。
其処には王妃アリーヤへと平然と毒を吐く、まさかの裏の顔を持つ側妃ベリンダの姿がある。
「ねぇ、冷遇妃様? 邪魔な貴女には是非死んで頂きたいのー……貴女がこの世から去っても国王陛下はおろか誰一人として悲しむ者はいない。何故だかわかる? 元より私こそが王妃として望まれていたからなの。そう、貴女はただの余所者で盗人でしかないー……邪魔なのよ、惨めな王妃様?」
不遜な笑みを浮かべる側妃ベリンダへと何の感情も見せない王妃アリーヤ。
「あらっ? もう心が壊れているのかしら? お気の毒様」
そして「ー良ければ此れを差し上げるわ」と笑みを浮かべては、毒の小瓶を王妃アリーヤへと手渡す。
まさに、側妃ベリンダは毒の小瓶を渡しただけの事。
実は、自ら命を絶ったのは王妃アリーヤ自身。
更に云えば、「冷遇妃」と蔑まれていようとも王妃アリーヤ自身は一向に気にしてはいない。周囲が勝手にそう騒いでいただけの事で、寧ろ都合が良かったとも。
王女としてのしがらみを捨て、自由になりたかった王妃アリーヤ。
ただ、切に願うのはー……心より愛する者と共に生きること。
生国アメジスト王国の父王により決められた政略結婚に、実は誰よりも嫌がっていたのは他でもない王妃アリーヤ自身。
自ら命を絶った今となっては、もはや今更な話。
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一方。
そのような事とは露知らず。
最早、怒りに湧く国王カルロスには経緯などは瑣末なこと。
何よりも側妃ベリンダの毒により王妃アリーヤが「この世からも己れからも去った事」に、意外にも心が打ちのめさる国王カルロスがいる。
「衛兵ーーーっ!! 王妃殺しだ! 大罪人の側妃ベリンダを捕らえよ!」
国王カルロスの怒号と共に捕縛された側妃ベリンダ。
一瞬、自分の身に何が起こったのかさえわからず、唖然とする側妃ベリンダだが、流石に近衛騎士に捕縛されれば否が応でもこの状況の悲惨さを理解する。
それは控える側仕えらも同様で、目の前で捕縛される国王カルロスの寵妃ベリンダの姿には「まさかっ、ご寵愛を受ける側妃ベリンダ様が罪人などとはあり得ない……」と誰もが驚愕する有様。
「国王陛下はご乱心なされたのであろうかー……」
そうした声さえも実しやかに囁かれる。
王妃アリーヤを冷遇していた
国王カルロスの憤りが、当然ながら臣下らには、やはり到底理解出来ないとも。
加えて、国王カルロスへと更なる追い討ちを掛けるような出来事が起こる。
国王カルロス自身の下命により、以前から〈離宮〉へと追いやられていた王妃アリーヤ。今や自死した王妃アリーヤの居室が、そのまま突然の火災に見舞われ、業火に包まれては焼け落ちたのである。
後には、本人とは判別出来ない程に無惨にも焼け爛れた王妃アリーヤらしき者の亡骸だけが見つかる。
その後。
悲壮感に打ちのめされる国王カルロスの下命の下、王妃アリーヤの盛大な葬儀が営まれる事になるとは、自死した王妃アリーヤでさえも予想もしていない。
更には、寵愛されていはずの側妃ベリンダが、まさかの憂目に遭うとは誰が思う?
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