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学園要塞ー中編ー

2.選ばれた試練

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「おいレウ、起きてるか!?」
 扉を連続して何度も叩く音に次いで怒鳴り込んできた声に目を開ける。時計を見るとまだ五時の針を指していた。のっそりと起き上がったレウはスリッパを履いて、借りている宿舎の部屋のドアを開け放つ。
 朝からうるせえよ、周りの迷惑だろ。そう言おうとしたのに、歯を食いしばって睨みつけてくるロイに言葉が引っ込んだ。
 貸出し品の襟付きパジャマの胸ぐらを掴んで押し入ってくるロイを見下ろす。なにをこんなに怒っているのかと思ったがーー
「王子がいなくなった!」
 という発言に眉間を揉んだ。
「…………後ろのストーカーはなんの為にいるんだ」
 言うとロイはギールの方を見たが、すぐにこちらに顔を戻して「お前が連れ込んだんだと思ったんだよ!」と叫んできた。
「言っておくが隊で動く時は雑魚寝してたし、あの人はフレイアムとも同じベッドで寝れるぞ」
 お前みたいにいつもいつでもそういうことを考えているわけではないと伝えたくて言うと、ロイはは? と口を歪ませた。
「は? なんでリスティーちゃんが関係あんの。俺は今、お前と王子について話してるよな」
「俺の部屋にあの人が来てたとして、それこそお前には関係ないだろ。自分の役割を疎かになんかしないぞ」
「王子はな」と刺々しさを隠そうともしないロイに、レウは渋面になる。後ろに立っているギールに目線をやると彼もまた疲れた顔をしていた。
「ロイくん、俺は言ったよ。エディーはここには来てないって」
 まだなにかを言おうとしたロイに対してため息を吐いて「そもそも、君がここで彼に詰め寄ってなにがあるの?」と言うと、口を開いてーーそのまま固まった。八つ当たりなんじゃねえかという気持ちを押し込めて、腕を組む。
「ギールはどこに行ったか知ってるんだろ」
 まあねとくたびれたように頷くので、余程ロイの説得に時間がかかったようだ。一体何時に起こされたのだろうと考えると、この魔物に同情する気持ちが出てくる。
「俺はエディーから別件で頼まれたことがあるから、ここから離れるよ」
「待て、行くな」
 慌てて走っていってギールの腕を掴むと、鬱陶し気な顔をされるがこのまま何故か己を嫌っている男と二人きりにされるよりはマシだ。
「そうですよ、王子はどこに行ったんですか!」
「場所を言ったら行っちゃうでしょ」
 だから教えないと言われたロイは、なんでですかと憤慨して手を振り上げる。
「俺も王子の力になりたいんです!」
「だから、君が行ってなにになるのって言ってるんだよ。エディーの邪魔になるからダ~メ」
 分かった? と言い含めようとするが、ロイはせめて理由を教えてほしいと食らいついた。
「……アンビトン・ネージュがどうしてボステルクから出ないのか。その理由はなんだと思う?」
「魔人って本なんですよね~……あっ、足が生えてないから!」
「それなら人に運んでもらえばいいだろ。だから物理的なことが原因じゃない」
 ならと顎に手を当てて考え込んだレウに、ギールがくすっと笑い声を零す。片眉を上げてなんだよと訊くと、ううんと首を振った。
「考える時の仕草があの子と一緒だなって」
「えぇ? あー移った、の……かもな?」
 照れ臭くなってきたレウはなんで今そんなことを言うんだよと
「いやね、君は俺に嫌われていると勘違いしてるでしょ」
「はあ。そりゃそうだろ、俺はアンタからあの人を奪ったんだし」
「そうだよね、でも俺はずっと見守ってきたから……あの子の傍に人が増えるのは嬉しいことだと思っているんだ」
 見る人が見れば、嫌われ者の子どもばかりで集まって見苦しいって言うのかもしれないけどと微笑んだ。その笑みがあまりに柔らかく、包み込むような温かさがあったのでーーレウはぽかんと口を開けて見入った。
「それで、答えは? 間抜けな顔してないで答えてよ」
 なんなのその顔はと自分の頬を指で小突いたギールに、レウは見間違えだったかと口の端をひくつかせる。
「なんか、離れられないくらいに厄介なものがいるとかか? アンビトン・ネージュがいないと暴走するとか、封じているとか」
「すごく漠然としてる答えだなあ。適当に言ってそうだからバツにしたいところだけど、一応正解だよ」
「どれだけ正解にしたくないんだよ。気に食わないなら気に食わないって言え」
 おまけもオマケ、と言われたレウがむっと眉を顰めると、ギールはくすりと口元だけで笑う。
「それの通称は”深淵の魔人”。数百年前にボステルクの地下にアンビトン・ネージュが封じた化け物だ」
「待て、魔人ってのは魔物と違って人間を襲わないんじゃないかったのか」
「そんなの通説でしょ。人を襲わない魔物がいれば、人を襲う魔人だっているよ」
 元が人間なんだから仕方ないじゃないとギールに言われるとレウはそうかもしれないと黙るしかなかった。
「でも、なんで王子がそんなの倒さなきゃいけないんだよ。ボステルクの問題なんだから、ここの教師とか警備がやればいいと思うんだけど」
「あの子は強くならないといけないんだよ。今回はあの子が自分で選択した試練なの」
「分かってるさ、あの人が他人任せにしないのは」
 それでも連れて行ってほしかったという気持ちはあるが、エディスは自身の安全よりも遥かに大事な任務を命じてくれたのだ。
「……今回の件、首謀者というと聞こえが悪いか。作戦の中心者は領主なのか」
「そうだね。エディーは依頼を受けた側だ」
 ならと考えたレウはズボンを履いてからガウンを脱ぎ、装備を着込んでいく。様子を伺っていたギールは、ロイに顔を向ける。
「今、君にできることはなに」
「えーっと、勝利できるように祈る。とか?」
「それも大事だろうけど、君は外交官志望だよね。もっと他にできることないかな?」
 ギールの顔に他の国じゃお祈り任せにする外交官なんていないけどなあという苛立ちを感じ取ったレウは目を逸らし、最後に手袋をつけた。
「レウ、これを君に渡しておくよ。追加の依頼だ」
 そう言って分厚い紙束を差し出してきたギールを訝しみながらも受け取り、ぺらりと捲る。そして、目を見開いてギールを見た。
「お、おまえっ……これ、俺一人でどうにかなるわけないだろ」
「死に物狂いで頑張ってみればいいじゃない」
 笑みを浮かべながら「がんばれがんばれ」と手を叩くギールに歯噛みする。コイツにはできることが自分にはできないと言いたくなくて、言葉を喉の下に押し込む。
「なに、なんなんだよそれ」
 二人よりも背が低いロイがレウの腕を掴んで下に引っ張った。レウの肩越しに紙面を見たロイは首を傾げる。
「ボステルクの地図? なんで今更……」
「ギール、お前ほんとにこれ全部俺に処理させるつもりか」
「えぇ~っ、俺は忙しいから手伝えないよ」
 エディスもいない、ギールは手伝う気がない。ならば本当に自分がやるしかないのだと、背中が怖気だってきたレウは慌てて部屋を出ようとしてドアにぶつかりかける。
「あっ、そうだ! エディーに会ったら伝言お願い。ミシアが中央を出たってさ」
「例の北部の増援か。喜ぶだろうな!」
 今言うことかと思いながら、ほとんど同時にギールと部屋を飛び出す。宿の廊下を駆け足で通り過ぎて玄関から外に出て、それぞれ逆の方向へと走っていく。歩幅が違うロイは「待てよ~っ」と叫んでレウの後ろを追いかけてきた。
「ロイ、お前どっか行ってろ。俺は領主に救援を求めに行くから」
「それは俺がやる! お前まだ確信持ててもいないんだろ」
 でなかったら一晩置く意味がないからなと指摘されたレウはぐっと口の両端を横に引く。
「てかさ、皆がもっと情報を共有すべきだと俺は思うんだけど! 今お前が抱えてる問題ってなに」
 俺は王子がいなくなったことだったと先に開示したロイに、分かったよと急ぎすぎて視野が狭くなっていたことを自覚する。
「ほら、そこ座れって。お前の分まで朝飯包んでもらったから食おうぜ」
 そう言ってロイが示したのは、ギジアが座っていたベンチだった。なんともいえない苦みが口の中に広がってきたが、説明するのが億劫で示されるがままに腰かける。
 手渡されたバケットサンドの包みを破りながら、どうせあの人はなにも食べずに行ったんだろうなと見下ろす。
「王子、夜に出てったと思うんだけど。まだ帰ってこないってことは一晩中戦ってんのかなあ」
「馬鹿強いから大丈夫だろ」
 齧ったパンは塩気が強く、肉肉しくてエディスには嫌煙されそうだった。
「……現状だが、まずはエディス様から頼まれた領主の安全確保が最優先だ」
「ドーリーたちの手も借りれるもんな」
「そうだ。もう一人の王子もここに入り込んでいて、禁書を探しているからーー俺たちはそれを阻止しないといけない」
 それにも領主の協力が必要になる。あれだけ強い人でハイデの動きも把握しているに違いないだろうが、エディスが頼むくらいのがあるのだ。
「万が一領主が見つからなかったら、ボステルクが終わるかもしれない」
 そう言ってギールから渡された地図をロイに差し出すと、両手で広げる。説明を求めるように見てきたので、「マークがついている所になにかが仕掛けてある」と言うとカエルが潰れたような声を出した。
「魔獣……改造された魔物を持ち込んでいる奴がいるからそれか、小火騒ぎでも起こすかってところだろうな」
「うわ~っ、さいっあくじゃん!」
 そう言ったロイの体が斜めに傾ぐ。手のひらで口を覆って思案した後、手の下に隠していた歪な笑みを見せてくる。なんだよと不気味がると、ロイはいいこと考えちゃったと指を向けてきた。
「むしろ、領主がいない方が楽かも! あっでもそうなるとお前が任務失敗しちゃうか~」
 うわっと言って頭を抱え、でも説得できなかったらな~~っと苦悩しているロイを見下ろしたレウは口の端をひくつかせる。
(コイツで本当に大丈夫なのか……?)
 一抹の不安を抱えたまま包みを丸めてゴミ箱に放り入れた。
「よっし、行こうぜ!」
 ロイは俺も俺の仕事をするんだと覚悟を口にしながら立ち上がって伸びをする。レウも立ちあがって、領主の家の方を向くと、朝焼けを照らし返す石畳が白じんでいて目に痛いくらいだった。
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