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学園要塞ー前編ー
3.汚れた手でも見れば分かる
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バチッと背後で音がして振り返ったレウは息を吸い込んで、吐き捨てた。
「トリドット公、それ以上やると軽蔑しますよ」
捕縛の魔法が散り散りになっていくのが見え、目を細める。路地から魔力が流れこんできた時から掛けていた、反発保護魔法。体に魔法が触れれば発動するようにしていたが、まさか本当に作動するとは。
「俺が信用ならないんだ」
「でなければ防御魔法なんて掛けないでしょう」
「エディスに言い含められた? アイツは君を縛ろうとしているんだ」
濁った目で、歪んだ口で侮蔑を口にするこの男は本当に己が生まれ育った土地の領主だっただろうか。こんな矮小な浅ましさを隠して、あの人と話していたのかとーー
「俺の主人はアンタとは違う」
エディスはレウに対し、みっともなく嫉妬心を露わにしたり無理に束縛しようとはしない。むしろ嫌悪すべきことで、自分のような者が望むべきではないと思っている傾向にあった。
幼少期をキシウや家族愛に乏しいフィンティア家で暮らし、こういう奴らの悪意に常に苦しめられたせいだ。だから己の主は言いたいことを我慢して身の内に押さえつけるようになった。
「エディス様になら嫉妬されてもいい。俺はそれを可愛らしいと思えるくらいには心が広いんで」
遊び相手じゃないんだからなと温度の低い笑みを見せたレウに、ギジアは眉を顰めた。
「……君にそう見せかけているだけで、奴は綺麗な人間じゃない」
フィンティア家でなにをしたのか聞いていないのかと言い繋ぐギジアに、レウは目を鋭く細めた。
「大量の人間を生贄に捧げる魔法を使っているんだぞ、エディスは!!」
「――あの人は理由なく人の命を奪ったりしない」
ギジアが頭を振ると、豊かな金髪が背で揺れる。前かがみになって側頭部に両手を当てたギジアを、意外と冷静に見ることができるなと内心で自分を皮肉る。
「盲目にも程がある。ああ、……でも仕方がないかな」
継承魔法で惑わされてるんだからと、肩を揺らして嗤う。
「目を覚ました方がいい」
「そんなアンタは両親の墓に花の一本くらいは供えたことはあるんだろうな」
エディスがフィンティア家のことを悔いているのは知っていた。毎年、ある時期になると花を買って誰にもなにも告げずに一人でどこかに行くからだ。
それに、エディスのファンであるアーマーが、
『エディス様が花屋で注文されていた花束を、私が受け取ってしまったことがあるんです。それがフィンティア家の惨殺事件の日だったと後で知って……ずっと謝れていないんです』
と落ち込んでいたのをよく覚えている。
「あの人が人殺しだとしても薄情じゃない」
なにより俺は軍人だと胸に手を当てる。
「悪人ならあの人を殺した後で死んでやる」
なんでだよと言ったギジアが顎を上げ、顔をくしゃくしゃにして目から涙を流す。触れられていもしないのに縋られているようで、膝や腕を叩いて払ってしまう。
「俺の方が先に好きだと伝えていたら、君は変わっていたのかな」
「は? 変わるわけないだろ。俺がいつアンタを好きだって言ったんだ」
「君が、立派な領主になってくれと言ったから……だから、君に見てもらえるように努力をして、優しくあろうと」
「居候させてもらってた時以外でアンタと話した覚えがねえんだけど、それ本当に俺か? 俺の兄貴のどっちかだったりしねえ?」
うちは三人とも顔が似てるぞと言うが、ギジアはレウだと言い張る。小さい時は見栄っ張りなババアによくパーティーに連れてかれてたけど、一体いくつの時の話なんだよ……と困惑を通り越して苛立ちすら見せるレウに、ギジアは愕然と口を開けた。
兄二人はトリドット公のことを尊敬していたが、レウにとってはただのネームバリューだ。北を象徴する貴族でしかなかった。雪に覆われて寒く、閉鎖的な北部から出ることがレウの軍人としての最初の目標だったのだから。
「俺は名前も知らなかったあの人に惚れこんで、追いかけたんだ」
従騎士としても愛人としても求められ、求めれば受け入れられて、光栄でしかない。
「エディス様を愛しているから、アンタに鞍替えする気は毛頭ない」
触れたブレスレットをガンドレッドに変えて構える。誰かの為に強くなれと言われれば、あの人の為にぶつかって、精一杯を尽くしてみようと何度だって苦汁を飲んでやる。
「……やめてくれ、君を殺す気はない」
鼻から負ける気がない相手ばかりで嫌になるが、最底辺から足を引っ張ってやればいい。ベンチに座ったまま顔を両手で覆って、泣いているフリをしていても隙なんか一つも見せない化け物だ。
「君が俺を殺せても、俺には無理だ」
「そう思うなら北で領主だけやっていればいい。あの人と関わることもなくなる」
レウはボステルクに来るまでの列車の中でエディスが立てた予測を頭の中に呼び起こす。ギジアに教えてもらうことなどなに一つないのだと示す為に。
「アンタらの目的は、ここに封じられているアンビトン・ネージュの禁書だろ」
ーー突出した才能もない、魔法も使えない王子なんて国に必要ないだろ。魔力がほとんどないハイデでも使える魔法か、圧倒的な強さを持つ騎士で周りを固めるしかない。
あっけらかんと言い切ったエディスをあの時は残酷だと思った。だが、今となってはよく分かる。
「……ははっ、じゃあ本当に俺と話す価値がないんだ」
両腕を投げ出して天を仰いで零すギジアを不審な目で警戒しつつ距離を取る。ガンドレッドをブレスレットの形状に戻して歩いていく。路地裏から出たレウは、空中にまき散らされていたギジアの魔力を手で払う。
「は~……別れたの今朝だってのに」
もうあの冷たい肌や薄くて柔らかい唇が恋しい。無事に任務が達成できたら難癖をつけて色々させてもらおうと考え、授業開始のチャイムが鳴り響く人気の少ない通学路を走った。
「トリドット公、それ以上やると軽蔑しますよ」
捕縛の魔法が散り散りになっていくのが見え、目を細める。路地から魔力が流れこんできた時から掛けていた、反発保護魔法。体に魔法が触れれば発動するようにしていたが、まさか本当に作動するとは。
「俺が信用ならないんだ」
「でなければ防御魔法なんて掛けないでしょう」
「エディスに言い含められた? アイツは君を縛ろうとしているんだ」
濁った目で、歪んだ口で侮蔑を口にするこの男は本当に己が生まれ育った土地の領主だっただろうか。こんな矮小な浅ましさを隠して、あの人と話していたのかとーー
「俺の主人はアンタとは違う」
エディスはレウに対し、みっともなく嫉妬心を露わにしたり無理に束縛しようとはしない。むしろ嫌悪すべきことで、自分のような者が望むべきではないと思っている傾向にあった。
幼少期をキシウや家族愛に乏しいフィンティア家で暮らし、こういう奴らの悪意に常に苦しめられたせいだ。だから己の主は言いたいことを我慢して身の内に押さえつけるようになった。
「エディス様になら嫉妬されてもいい。俺はそれを可愛らしいと思えるくらいには心が広いんで」
遊び相手じゃないんだからなと温度の低い笑みを見せたレウに、ギジアは眉を顰めた。
「……君にそう見せかけているだけで、奴は綺麗な人間じゃない」
フィンティア家でなにをしたのか聞いていないのかと言い繋ぐギジアに、レウは目を鋭く細めた。
「大量の人間を生贄に捧げる魔法を使っているんだぞ、エディスは!!」
「――あの人は理由なく人の命を奪ったりしない」
ギジアが頭を振ると、豊かな金髪が背で揺れる。前かがみになって側頭部に両手を当てたギジアを、意外と冷静に見ることができるなと内心で自分を皮肉る。
「盲目にも程がある。ああ、……でも仕方がないかな」
継承魔法で惑わされてるんだからと、肩を揺らして嗤う。
「目を覚ました方がいい」
「そんなアンタは両親の墓に花の一本くらいは供えたことはあるんだろうな」
エディスがフィンティア家のことを悔いているのは知っていた。毎年、ある時期になると花を買って誰にもなにも告げずに一人でどこかに行くからだ。
それに、エディスのファンであるアーマーが、
『エディス様が花屋で注文されていた花束を、私が受け取ってしまったことがあるんです。それがフィンティア家の惨殺事件の日だったと後で知って……ずっと謝れていないんです』
と落ち込んでいたのをよく覚えている。
「あの人が人殺しだとしても薄情じゃない」
なにより俺は軍人だと胸に手を当てる。
「悪人ならあの人を殺した後で死んでやる」
なんでだよと言ったギジアが顎を上げ、顔をくしゃくしゃにして目から涙を流す。触れられていもしないのに縋られているようで、膝や腕を叩いて払ってしまう。
「俺の方が先に好きだと伝えていたら、君は変わっていたのかな」
「は? 変わるわけないだろ。俺がいつアンタを好きだって言ったんだ」
「君が、立派な領主になってくれと言ったから……だから、君に見てもらえるように努力をして、優しくあろうと」
「居候させてもらってた時以外でアンタと話した覚えがねえんだけど、それ本当に俺か? 俺の兄貴のどっちかだったりしねえ?」
うちは三人とも顔が似てるぞと言うが、ギジアはレウだと言い張る。小さい時は見栄っ張りなババアによくパーティーに連れてかれてたけど、一体いくつの時の話なんだよ……と困惑を通り越して苛立ちすら見せるレウに、ギジアは愕然と口を開けた。
兄二人はトリドット公のことを尊敬していたが、レウにとってはただのネームバリューだ。北を象徴する貴族でしかなかった。雪に覆われて寒く、閉鎖的な北部から出ることがレウの軍人としての最初の目標だったのだから。
「俺は名前も知らなかったあの人に惚れこんで、追いかけたんだ」
従騎士としても愛人としても求められ、求めれば受け入れられて、光栄でしかない。
「エディス様を愛しているから、アンタに鞍替えする気は毛頭ない」
触れたブレスレットをガンドレッドに変えて構える。誰かの為に強くなれと言われれば、あの人の為にぶつかって、精一杯を尽くしてみようと何度だって苦汁を飲んでやる。
「……やめてくれ、君を殺す気はない」
鼻から負ける気がない相手ばかりで嫌になるが、最底辺から足を引っ張ってやればいい。ベンチに座ったまま顔を両手で覆って、泣いているフリをしていても隙なんか一つも見せない化け物だ。
「君が俺を殺せても、俺には無理だ」
「そう思うなら北で領主だけやっていればいい。あの人と関わることもなくなる」
レウはボステルクに来るまでの列車の中でエディスが立てた予測を頭の中に呼び起こす。ギジアに教えてもらうことなどなに一つないのだと示す為に。
「アンタらの目的は、ここに封じられているアンビトン・ネージュの禁書だろ」
ーー突出した才能もない、魔法も使えない王子なんて国に必要ないだろ。魔力がほとんどないハイデでも使える魔法か、圧倒的な強さを持つ騎士で周りを固めるしかない。
あっけらかんと言い切ったエディスをあの時は残酷だと思った。だが、今となってはよく分かる。
「……ははっ、じゃあ本当に俺と話す価値がないんだ」
両腕を投げ出して天を仰いで零すギジアを不審な目で警戒しつつ距離を取る。ガンドレッドをブレスレットの形状に戻して歩いていく。路地裏から出たレウは、空中にまき散らされていたギジアの魔力を手で払う。
「は~……別れたの今朝だってのに」
もうあの冷たい肌や薄くて柔らかい唇が恋しい。無事に任務が達成できたら難癖をつけて色々させてもらおうと考え、授業開始のチャイムが鳴り響く人気の少ない通学路を走った。
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