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学園要塞ー前編ー
2.開けられた隣は必要なくて
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「……は、領主が不在?」
『はい。領主様はおられません』
こういう要塞で領主の住処となっている場所をしらみ潰しに当たっていって、ようやく見つけはした。だが表札どころか人気すらなく、迷った結果チャイムを鳴らした結果がこれだ。
「いつ戻られるんだ」
「お答えできかねます」
当然の返答だとレウは唸る。要塞の要ともいえる人物の帰宅時間など教えてもらえるはずがない。
(それにしても奇妙だ)
特段変わり映えする建物ではなく、要塞の全貌が把握しやすいだけの地点にある監視塔のような所に領主を住まわせている。
「……なあ、ドーリー。領主様はお優しいか」
「はい」と微笑むドーリーは、ここに来るまでに見た中でも一番精巧に見える個体だった。学園内でよく彷徨いているマネキンやアンティークめいた個体とは一線を画す。表情も人のそれと比べても違和感がない。
それに、この建物に近づいた途端、体に突き刺さってきた無数の視線。少し視線を巡らせるだけで建物の影や窓の内側から無機質な顔をしたドーリーがこちらを敵視しているのが見えた。
(こんなに厳重に守るものか……!?)
言ってしまえば、何度でも入れ替わりが可能な装置である領主への警護としては異常とも感じる。過保護の部類だが、それならばなにがーーなにが、領主をここまで徹底して守っているんだと怖気が走った。
「……また来る」
怖気付いてしまったなと後悔したが、学生時代に上級生が考えたホラーナイトツアーよりも余程恐怖を感じた。
(しかし、家にもいないしアポイントすら取れないなんてな……)
ほとんど手詰まりに近い。領主の家を見張るか、学園長などに仲介を頼むかのどちらかしか思いつかない。
だから俺じゃなくてギールに頼めと言ったんだとため息を吐く。せめて見つけてからならいくらでもやりようがあったものをーー
そう考えて、レウは足を止めて左に体を向けた。薄暗い路地の先を見つめたまま止まる。なにが見えるわけでもないが、奇妙な感覚がそこから伸びてくるような気がしてくる。
(なんだ? なにか、どこかで感じたような……)
一体どこだったかと考え、思い出した。トリドット家の書庫でエディスが魔法書を探していた時だ。だが、これはエディスのものではない。
エディスの魔力をなにかに例えるとするならば、日の出や明けの空だろう。強力な範囲攻撃魔法を得意とする上官は、魔力も苛烈でこちらの肌を切り裂くかのようにピリピリしていた。
けれど、今微量に周囲に蔓延されている魔力は肩にずしりと圧し掛かってくる。
(子どもの頃から嫌いだったな)
雪だ。降り積もって家を覆い隠してしまう、雪。レウは外に出て遊べなくなる上に空の色が暗く濁る北部の雪の時期が昔から嫌いだった。
その点ボステルクは西寄りの温暖な気候だったから、兄二人と同じように無事に入学が決まった時は嬉しかった。
兄が通ったメリンアレットではなく、実践的な学習に重きを置いているガレッドバッドに誘われたから尚更。けれど、それでも兄二人はレウだけが違う学校になったことをからかってきた。
「お前は金獅子寮には入れないな」とーー
空の下、孤高な獅子が悠々と立つ。いつも見上げた遙か先にはその姿があった。彼が見ているものは、自分が生きる世界とは全く別だと思っていた。
「トリドット公」
学舎の隙間、密やかに残った芝生に設置されたベンチにその人は座っていた。優雅に足を組み、膝に手を当てて目を閉じて。
金の髪が風に揺れて、切り取れば絵画にでもなりそうな光景だったが、レウは返事をしない彼に(本物だよな? それとも寝てんのか?)と困惑を隠せなくなってきて、もう一度名前を呼んだ。
長いまつ毛が揺れて、蜂蜜のようにとろりと甘い目が現れる。こちらを見て微笑んできた男は「……なにか、困ってる?」と訊ねてきた。
「そんなには。公爵、こんな所でなにをしているんですか」
目立つから生徒に気づかれますよと言うと、ギジアは唇の下に指を一本当てて「そうかな」とくすぐったそうに相好を崩す。
「隣どうぞ」
ギジアの誘いを断ろうとするが、俺がどうしてここにいるか知りたくない? と言われて小さく嘆息した。この人のことは嫌いではないが、接触するべきではない。トリドット家に居候させてもらっていた時は常に行動の意図が読めず、別れ際など全く理解ができなかった。
「立ち話では難しいですか。あなたの隣に座るなんて恐れ多いので」
「王子の隣には平気で座るのに」
こちらを見つめる視線にはエディスへの敵意がこめられている。北部男子の憧れだった人も低俗的な考えに染められることがあるんだなと他人事のように考えた。
己の隣に座りたがる女と、今のこの人になんの違いがあるのか。
「君に危害なんて加えないから、安心してほしいんだけど」と言いながらベンチから立ち上がって歩み寄ってくる。
足の爪先同士がぶつかりそうな近さまで来たギジアに下から好意を隠さない眼差しを向けられ、腰が引けた。愛嬌のある笑みを浮かべたギジアは「好きだよ」と口にした。
「エディス様への当てつけなら不愉快なんだが」
「そんなわけないでしょ」と笑って、どうして今・こんな時にアイツの名前をわざわざ出すのかとひりついた雰囲気を出す。
「君の幸せの為に身を引くべきだと考えたんだけど、俺の思い違いだと気が付いたんだ」
「……思い違いねえ。どうしてそう思われたのか分かりませんが、今の俺は間違いなく幸せですよ」
ご心配なくと上唇と下唇をズラして皮肉気な表情を作ると、ギジアは目を丸くする。
足の踵を上げたギジアに両腕で首を引き寄せられたレウは、目を伏せた顔が近づいてくるのを見て柳眉を顰めた。首の下を掴んで後ろに思い切り突き飛ばし、距離を取る。よろめいて、ぴょんぴょんと後ろに跳んでバランスを取ろうとしていたギジアの膝裏にベンチの座席が当たってひっくり返った。
「強引に迫って嬉しがる男がいいなら他を当たれ」
怒りを抑えて告げたレウは、不格好にベンチに足を広げて座り込んだギジアに背を向ける。エディスからの頼みをこなそうと、母校に行くことに決めて歩き出した。
『はい。領主様はおられません』
こういう要塞で領主の住処となっている場所をしらみ潰しに当たっていって、ようやく見つけはした。だが表札どころか人気すらなく、迷った結果チャイムを鳴らした結果がこれだ。
「いつ戻られるんだ」
「お答えできかねます」
当然の返答だとレウは唸る。要塞の要ともいえる人物の帰宅時間など教えてもらえるはずがない。
(それにしても奇妙だ)
特段変わり映えする建物ではなく、要塞の全貌が把握しやすいだけの地点にある監視塔のような所に領主を住まわせている。
「……なあ、ドーリー。領主様はお優しいか」
「はい」と微笑むドーリーは、ここに来るまでに見た中でも一番精巧に見える個体だった。学園内でよく彷徨いているマネキンやアンティークめいた個体とは一線を画す。表情も人のそれと比べても違和感がない。
それに、この建物に近づいた途端、体に突き刺さってきた無数の視線。少し視線を巡らせるだけで建物の影や窓の内側から無機質な顔をしたドーリーがこちらを敵視しているのが見えた。
(こんなに厳重に守るものか……!?)
言ってしまえば、何度でも入れ替わりが可能な装置である領主への警護としては異常とも感じる。過保護の部類だが、それならばなにがーーなにが、領主をここまで徹底して守っているんだと怖気が走った。
「……また来る」
怖気付いてしまったなと後悔したが、学生時代に上級生が考えたホラーナイトツアーよりも余程恐怖を感じた。
(しかし、家にもいないしアポイントすら取れないなんてな……)
ほとんど手詰まりに近い。領主の家を見張るか、学園長などに仲介を頼むかのどちらかしか思いつかない。
だから俺じゃなくてギールに頼めと言ったんだとため息を吐く。せめて見つけてからならいくらでもやりようがあったものをーー
そう考えて、レウは足を止めて左に体を向けた。薄暗い路地の先を見つめたまま止まる。なにが見えるわけでもないが、奇妙な感覚がそこから伸びてくるような気がしてくる。
(なんだ? なにか、どこかで感じたような……)
一体どこだったかと考え、思い出した。トリドット家の書庫でエディスが魔法書を探していた時だ。だが、これはエディスのものではない。
エディスの魔力をなにかに例えるとするならば、日の出や明けの空だろう。強力な範囲攻撃魔法を得意とする上官は、魔力も苛烈でこちらの肌を切り裂くかのようにピリピリしていた。
けれど、今微量に周囲に蔓延されている魔力は肩にずしりと圧し掛かってくる。
(子どもの頃から嫌いだったな)
雪だ。降り積もって家を覆い隠してしまう、雪。レウは外に出て遊べなくなる上に空の色が暗く濁る北部の雪の時期が昔から嫌いだった。
その点ボステルクは西寄りの温暖な気候だったから、兄二人と同じように無事に入学が決まった時は嬉しかった。
兄が通ったメリンアレットではなく、実践的な学習に重きを置いているガレッドバッドに誘われたから尚更。けれど、それでも兄二人はレウだけが違う学校になったことをからかってきた。
「お前は金獅子寮には入れないな」とーー
空の下、孤高な獅子が悠々と立つ。いつも見上げた遙か先にはその姿があった。彼が見ているものは、自分が生きる世界とは全く別だと思っていた。
「トリドット公」
学舎の隙間、密やかに残った芝生に設置されたベンチにその人は座っていた。優雅に足を組み、膝に手を当てて目を閉じて。
金の髪が風に揺れて、切り取れば絵画にでもなりそうな光景だったが、レウは返事をしない彼に(本物だよな? それとも寝てんのか?)と困惑を隠せなくなってきて、もう一度名前を呼んだ。
長いまつ毛が揺れて、蜂蜜のようにとろりと甘い目が現れる。こちらを見て微笑んできた男は「……なにか、困ってる?」と訊ねてきた。
「そんなには。公爵、こんな所でなにをしているんですか」
目立つから生徒に気づかれますよと言うと、ギジアは唇の下に指を一本当てて「そうかな」とくすぐったそうに相好を崩す。
「隣どうぞ」
ギジアの誘いを断ろうとするが、俺がどうしてここにいるか知りたくない? と言われて小さく嘆息した。この人のことは嫌いではないが、接触するべきではない。トリドット家に居候させてもらっていた時は常に行動の意図が読めず、別れ際など全く理解ができなかった。
「立ち話では難しいですか。あなたの隣に座るなんて恐れ多いので」
「王子の隣には平気で座るのに」
こちらを見つめる視線にはエディスへの敵意がこめられている。北部男子の憧れだった人も低俗的な考えに染められることがあるんだなと他人事のように考えた。
己の隣に座りたがる女と、今のこの人になんの違いがあるのか。
「君に危害なんて加えないから、安心してほしいんだけど」と言いながらベンチから立ち上がって歩み寄ってくる。
足の爪先同士がぶつかりそうな近さまで来たギジアに下から好意を隠さない眼差しを向けられ、腰が引けた。愛嬌のある笑みを浮かべたギジアは「好きだよ」と口にした。
「エディス様への当てつけなら不愉快なんだが」
「そんなわけないでしょ」と笑って、どうして今・こんな時にアイツの名前をわざわざ出すのかとひりついた雰囲気を出す。
「君の幸せの為に身を引くべきだと考えたんだけど、俺の思い違いだと気が付いたんだ」
「……思い違いねえ。どうしてそう思われたのか分かりませんが、今の俺は間違いなく幸せですよ」
ご心配なくと上唇と下唇をズラして皮肉気な表情を作ると、ギジアは目を丸くする。
足の踵を上げたギジアに両腕で首を引き寄せられたレウは、目を伏せた顔が近づいてくるのを見て柳眉を顰めた。首の下を掴んで後ろに思い切り突き飛ばし、距離を取る。よろめいて、ぴょんぴょんと後ろに跳んでバランスを取ろうとしていたギジアの膝裏にベンチの座席が当たってひっくり返った。
「強引に迫って嬉しがる男がいいなら他を当たれ」
怒りを抑えて告げたレウは、不格好にベンチに足を広げて座り込んだギジアに背を向ける。エディスからの頼みをこなそうと、母校に行くことに決めて歩き出した。
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