悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

文字の大きさ
上 下
166 / 208
学園要塞ー前編ー

1.あなたの便り

しおりを挟む
 ゆっくりと扉が開かれる。そしてその外側に広がる水平線に誠は目を奪われた。

「これ、部屋なんですか?」 

 誠は唖然とした。

 全面ガラス張りの部屋が広がっている。中央に置かれた巨大なベッド。まさに西に沈もうとする太陽に照らされた部屋は、誠達にあてがわれたそれのさらに五倍以上の広さが会った。

「まあ座れよ。ワイン取ってくる」 

 かなめはぶっきらぼうにそう言うと部屋の隅の大理石の張られた一面に触れる。壁が自動的に開いて、中から何十本という数ではないワインが誠の座っている豪奢なソファーからも見える。

「じゃあ、グラスは四つで」 

「アイシャ。オメエに飲ませるとは一言も言ってねえぞ」 

 かなめはそう言うと年代ものと一目でわかるような赤ワインのビンを持ってくる。その表情にいつもにない自信のようなものを感じて誠は息を呑んだ。

「かなめちゃんと私の仲じゃないの。少しくらい味見させてよ」 

 アイシャが手を合わせてワインを眺めるかなめを見つめている。誠は二人から目を離し、辺りを見回した。どの調度品も一流の品なのだろう。穏やかな光を放ちながら次第に夕日の赤に染まり始めていた。

「ああ、この窓はすべてミラーグラスだからな。覗かれる心配はねえよ」 

 専用のナイフで器用に栓を開けたかなめがゆったりとワインをグラスに注いでいる。

「意外と様になるのね。さすが大公家のご令嬢」 

「つまらねえこと言うと量減らすぞ」 

 そう言いながらも悪い気はしないと言うようにかなめはアイシャの方を見つめていた。カウラはじっとかなめの手つきを見つめている。

「カウラも付き合え」 

 最後のグラスにかなめがワインを注ぐ。たぶんワイン自体を飲んだことが無さそうなカウラが珍しそうに赤い液体がグラスに注がれるのを見つめていた。

「まあ夕日に乾杯という所か」 

 少し笑顔を作りながらかなめはそう言うとグラスを取った。

 誠は当然、このようなワインを口にしたことは無い。それ以前にワインを口にするのは神前家ではクリスマスくらいのものだ。父の晩酌に付き合うときは日本酒。飲み会ではビールか焼酎が普通で、バリエーションが増えたのはかなめに混ぜ物入りの酒を飲まされることが多くなったからだった。

「お前らに飲ませても分からねえだろうな……でも悪くないな。これなら叔父貴も文句言わないレベルだろ。まあ酒を飲まないカウラには特に分からないだろうが」
 
 グラスを手にかなめが余裕のある表情を浮かべた。嵯峨の話が出て食通を自任する上司の抜けた笑顔を思い出して静かにグラスを置いて誠とアイシャは笑いあった。

「否定はしないぞ。確かに隊長のような舌は無いからな。だが香りはいい」 

 カウラはそう言いながらグラスを置いた。いつもなら酒を口にするときはかなり少しづつ飲む癖のある彼女がもう半分空けているのを見て、誠は自分が口にしているきりりと苦味が走る赤色の液体の魔力に気づいた。

「アンタがお姫様だってことはよくわかったわよ。でも……まあこれって本当に美味しいわね」 

 一方のアイシャといえばもうグラスを空けてかなめの前に差し出した。黙って笑みを浮かべながら、かなめはアイシャのグラスに惜しげもなくワインを注ぐ。

「神前、お前、進まないな。まだ昼間の酒が残ってるのか?」 

 アイシャに続き自分のグラスにもワインを注ぎながらかなめが静かな口調で話しかける。

「実は僕はワインはほとんど飲んだことがないので……」 

 そう言うとかなめは満足そうに微笑んで見せる。

「そうか。アタシはワインは好きだが、安物は嫌いでね。それなりのものとなるとアタシでも値段が値段だし、アタシは酒については時と場所を考える性質(たち)だからな」

 その言葉にアイシャとカウラが顔を見合わせる。 

「よくまあそんなことが言えるわね。場所も考えずにバカスカ鉄砲ぶっ放すくせに」 

 すでに二杯目を空けようとするアイシャをかなめがにらみつける。

「人のおごりで飲んどいてその言い草。覚えてろよ」 

「わかったわよ……誠ちゃん!飲み終わったらお風呂行かない?ここの露天風呂も結構いいのよ」

 輝いている。誠はアイシャのその瞳を見て、いつものくだらない馬鹿騒ぎを彼女が企画する雰囲気を悟って目をそらした。

「神前君。付き合うわよね?」 

 誠はカウラとかなめを見つめる。カウラは黙って固まっている。かなめはワインに目を移して誠の目を見ようとしない。

「それってもしかしてこの部屋専用の露天風呂か何かがあって、そこに一緒に入らないかということじゃないですよね?」

 誠は直感だけでそう言ってみた。目の前のアイシャの顔がすっかり笑顔で染められている。 

「凄い推理ね。100点あげるわ」 

 アイシャがほろ酔い加減の笑みを浮かべながら誠を見つめる。予想通りのことに誠は複雑な表情で頭を掻いた。

「私は別にかまわないぞ」 

 ようやくグラスを空けたカウラが静かにそう言った。そして二人がワインの最後の一口を飲み干したかなめのほうを見つめた。

「テメエ等、アタシに何を言ってほしいんだ?」 

 この部屋の主であるかなめの同意を取り付けて、誠を露天風呂に拉致するということでアイシャとカウラの意見は一致している。かなめの許可さえ得れば二人とも誠を羽交い絞めにするのは明らかである。誠には二人の視線を浴びながら照れ笑いを浮かべる他の態度は取れなかった。

「神前。お前どうする?」 

 かなめの口から出た誠の真意を確かめようとする言葉は、いつもの傍若無人なかなめの言動を知っているだけに、誠にとっては本当に意外だった。それはアイシャとカウラの表情を見ても判った。

「僕は島田先輩やキム先輩と同部屋なんで。そんなことしたら殺されますよ」 

 誠は照れながらそう答えた。

「だよな」

 感情を殺したようにかなめはつぶやいた。アイシャとカウラは残念そうに誠を見つめる。

「このの裏手にでっかい露天風呂があって、そっちは男女別だからそっち使えよ」 

 淡々とそう言うかなめを拍子抜けしたような表情でアイシャとカウラは見つめていた。

「ありがとうございます……」 

 そう言うと誠はそそくさと豪勢なかなめの部屋から出た。いつもは粗暴で下品なかなめだが、この豪奢なホテルでの物腰は、故州四大公家の一人娘という生まれを思い出させる。
しおりを挟む
WEB拍手設置中。感想などいただければ嬉しいです~。
(現在のお礼SSはランダム2種)
WEB拍手
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

「イケメン滅びろ」って呪ったら

竜也りく
BL
うわー……。 廊下の向こうから我が校きってのイケメン佐々木が、女どもを引き連れてこっちに向かって歩いてくるのを発見し、オレは心の中で盛大にため息をついた。大名行列かよ。 「チッ、イケメン滅びろ」 つい口からそんな言葉が転がり出た瞬間。 「うわっ!?」 腕をグイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、暗がりに引きずり込まれ、目の前で扉が閉まった。 -------- 腹黒系イケメン攻×ちょっとだけお人好しなフツメン受 ※毎回2000文字程度 ※『小説家になろう』でも掲載しています

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

【完結】王弟殿下の欲しいもの

325号室の住人
BL
王弟殿下には、欲しいものがある。 それは…… ☆全3話 完結しました

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

【BL】記憶のカケラ

樺純
BL
あらすじ とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。 そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。 キイチが忘れてしまった記憶とは? タカラの抱える過去の傷痕とは? 散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。 キイチ(男) 中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。 タカラ(男) 過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。 ノイル(男) キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。 ミズキ(男) 幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。 ユウリ(女) 幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。 ヒノハ(女) 幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。 リヒト(男) 幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。 謎の男性 街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。

処理中です...