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紡ぎ編
6.小さな誤解
しおりを挟む 短い睡眠時間だったのにも関わらず、寝起きは驚く程に頭がスッキリしていた。カーテンが開けられて朝日に照らされた室内で、上半身裸のレウの背中が眩しく映る。
エディスが体を起こすと、すぐにレウがベッド脇まで来て「体は? 辛いところはあるか?」と訊いてきた。それに大丈夫だと返して、目を擦る。
あれ? 意識を失う前までは確かに体が色んな液体でべたべただったのにと自分の体を見下ろしていると、どうしたのかと声を掛けられた。
「いや、いつシャワーに入ったんだったかなって……」
顔を上げてレウに訊くと、彼はこちらに視線を寄越してくる。
「俺が洗ったんだよ。疲れさせたんだから当然だろ」
ふあ、と欠伸をしながらズボンにベルトを通していたレウにこともなげに答えられ、エディスは自分の体と彼とを交互に見ーー顔を真っ赤にしてシーツを引き上げた。
「あっ、あんな状態だったのに!?」
「あんな状態だったからだろ。中に出しはしなかったけど、朝に入る時間なんてないし」
なにを今更と喚くエディスを煙たがり、早く着替えろよと手で追い払う仕草までする。憤慨したエディスは抗議してやろうとシーツから出て、床に足をつけた。ベッドを下りてレウの方まで行こうとしたが、足腰に力が入らず床にぺたんと座り込んでしまう。
「……え」
呆然としていると、シャツのボタンを留めていたレウが途中で止めて駆け寄ってくる。
「大丈夫か、尻とか打ったり」
「し、してない! してないけど……っ」
どことなく喉も嗄れて出し辛いし、腰にあまり力が入らない。昨日あられもない声をたくさん出して、腰を揺さぶられたせいだと気づいたエディスは恥ずかしさで頭がいっぱいになっていく。
抱えてベッドの上まで戻され、下着を手にしたレウに片足を持ち上げられたエディスは大きな叫び声を出した。
「な、なんだ。でかい声出すなよ」
今ロイを呼んでくるからと言う彼に、エディスは目に溜まった涙をぼろぼろと零す。え、あの、その、としどろもどろになるレウの手を振り払ってシーツの中に潜り込んだ。
「やだ」
「嫌だって、痛いんだろ」
「やだ! 馬鹿、レウ」
怪我じゃないんだからロイには見せないと近くにあった枕を掴んで振り回すと、レウはうわっと叫んで逃げる。こっちを向いた背中に投げつけ、またシーツに籠城した。
レウはため息を一つ落とすと立ち上がり「作戦に支障が出ると困るだろ。もうすぐボステルクに着くしな」と言って部屋を出ていった。
それはそうだ、とてつもなく困る。だって今回、自分だって動かないとなにもかもが上手くいかない。目的が果たせない。でも、でもーーだからって、作戦の前日にした性行為の跡を部下に消せって頼むのか!? と混乱した頭で考え込む。
被っていたシーツから抜け出して、窓に寄る。列車が向かう方を見ると遠くの方に黒い城壁が見えてきた。
周囲を黒い石壁と見張り塔で囲み、頭上はアンビトン・ネージュの強力な防御魔法で覆われているーーあれがボステルクだろう。
「王子が部屋から出てこない?」
呼ばれて報告を受けたロイの声は刺々しい。なにをしたのかと訊くのだろうと思っていたのに、ロイは「そりゃそうでしょ。今どういう状態」と投げつけるように喋った。
「いやー、その。借りてきた猫みたいになっちまって」
「は? 猫ってなんだよ」
ベッドで毛を逆立ててるというレウのよく分からない説明に、ロイが長い溜息を吐くのが聞こえた。
「アンタのせいだろ」
その言葉に、昨夜の情事がロイの所まで届いていたことに気が付く。声か、物音か。どちらかは分からないが、遠くに配置されたギールはともかく、近くの号車にいたロイには聞こえていたのだろう。ギールも気が付いているかもしれないが。
「愛人のくせに他の男に嫉妬して、王子に当たんなよ」
サイッテーだなアンタという、冷え冷えとしたロイの声にレウが言い返せずに黙ってしまう。慌ててシーツの中に戻るとほぼ同時に扉が勢いよく開けられて、ゆっくりと閉められる。レウのとは違う足音が近づいてきて、シーツの上から頭を撫でられた。
「王子、ロイです」
おはようございますと穏やかな声で挨拶をされ、ゆっくりシーツを下に引っ張って頭を出す。こんな子どもの取るような行動を見ても尚ロイは優しい眼差しのまま、エディスの涙を指で拭ってきた。
「いっぱい泣いたんだ」
「……今日だけだ」
昨日の涙は生理的に、ただ出てきたどうしようもない止めようがないものだ。今日だって悲しくて出たものではないが、”泣いている”に近い感覚なのはこれだけ。
そう思って言ったが、ロイは納得していない様子だった。エディス以上に悲し気に眉を下げている彼に、色んな人に寄り添わないといけない神官だから感受性が強いのかなと、ロイの頭を撫でる。
声を掛けると、ロイは「治癒魔法、掛けますね!」と顔を上げた。それに慌てて、怪我はしてないんだと手を振る。
「えっ? でも……」
「こ、腰! 腰だけ痛めたから。それだけ治してほしい」
他は全然と言うと、ロイは目を丸くしてーー「それで立てるようになんなら、いいよ」とウインクをした。
「じゃあな、クソカス愛人!」
そう言ってロイがレウの腰を蹴る。レウはゔっと呻いたものの、痛くはなかったようで片眉を顰めているだけだ。
「……君、なにやらかしたの」
彼すごく怒ってるけどと、額を押さえているレウの頭を小突いているギールに「うるさい」と言い返しているのを見てから前に顔を戻す。脛の前側を押さえて震えているロイの肩に手を当てる。
「おいロイ、大丈夫か。アイツ鎧とチェインメイル着てるから痛いだろ」
顔を覗き込むと、眉根を寄せて涙ぐんでいたロイは無理に笑顔を作った。
「こんくらい、だいじょーぶですよ!」
仇は取りましたからねと親指を立てたロイに、エディスは(ん?)と首を動かした。
(もしかして……なんか、誤解してる? のか)
「あの、ロイ。俺、レウのこと」
「言わなくても大丈夫です! 俺、分かってるんで」
両肩を掴んで、俺は王子の味方ですなどと迫真の顔を近づけてきて言うロイに気圧されたエディスは、思わず頷いてしまう。
(俺がレウを好きなんだけど……って、言いそびれちまったな)
まあ一緒にいる内に理解してくれるよなと甘いことを考えたエディスは、「じゃあ行こうぜ」と親指で差した。
「えーっと、俺らが一番最初に行く所って……事務所でしたよね」
そうそうと頷きながら歩いていくエディスに、ロイは「王子、もう地図が頭ん中に入ってるんですか!? こんな広いのに!?」と驚きを口にしながら追いかけてくる。
エディスが体を起こすと、すぐにレウがベッド脇まで来て「体は? 辛いところはあるか?」と訊いてきた。それに大丈夫だと返して、目を擦る。
あれ? 意識を失う前までは確かに体が色んな液体でべたべただったのにと自分の体を見下ろしていると、どうしたのかと声を掛けられた。
「いや、いつシャワーに入ったんだったかなって……」
顔を上げてレウに訊くと、彼はこちらに視線を寄越してくる。
「俺が洗ったんだよ。疲れさせたんだから当然だろ」
ふあ、と欠伸をしながらズボンにベルトを通していたレウにこともなげに答えられ、エディスは自分の体と彼とを交互に見ーー顔を真っ赤にしてシーツを引き上げた。
「あっ、あんな状態だったのに!?」
「あんな状態だったからだろ。中に出しはしなかったけど、朝に入る時間なんてないし」
なにを今更と喚くエディスを煙たがり、早く着替えろよと手で追い払う仕草までする。憤慨したエディスは抗議してやろうとシーツから出て、床に足をつけた。ベッドを下りてレウの方まで行こうとしたが、足腰に力が入らず床にぺたんと座り込んでしまう。
「……え」
呆然としていると、シャツのボタンを留めていたレウが途中で止めて駆け寄ってくる。
「大丈夫か、尻とか打ったり」
「し、してない! してないけど……っ」
どことなく喉も嗄れて出し辛いし、腰にあまり力が入らない。昨日あられもない声をたくさん出して、腰を揺さぶられたせいだと気づいたエディスは恥ずかしさで頭がいっぱいになっていく。
抱えてベッドの上まで戻され、下着を手にしたレウに片足を持ち上げられたエディスは大きな叫び声を出した。
「な、なんだ。でかい声出すなよ」
今ロイを呼んでくるからと言う彼に、エディスは目に溜まった涙をぼろぼろと零す。え、あの、その、としどろもどろになるレウの手を振り払ってシーツの中に潜り込んだ。
「やだ」
「嫌だって、痛いんだろ」
「やだ! 馬鹿、レウ」
怪我じゃないんだからロイには見せないと近くにあった枕を掴んで振り回すと、レウはうわっと叫んで逃げる。こっちを向いた背中に投げつけ、またシーツに籠城した。
レウはため息を一つ落とすと立ち上がり「作戦に支障が出ると困るだろ。もうすぐボステルクに着くしな」と言って部屋を出ていった。
それはそうだ、とてつもなく困る。だって今回、自分だって動かないとなにもかもが上手くいかない。目的が果たせない。でも、でもーーだからって、作戦の前日にした性行為の跡を部下に消せって頼むのか!? と混乱した頭で考え込む。
被っていたシーツから抜け出して、窓に寄る。列車が向かう方を見ると遠くの方に黒い城壁が見えてきた。
周囲を黒い石壁と見張り塔で囲み、頭上はアンビトン・ネージュの強力な防御魔法で覆われているーーあれがボステルクだろう。
「王子が部屋から出てこない?」
呼ばれて報告を受けたロイの声は刺々しい。なにをしたのかと訊くのだろうと思っていたのに、ロイは「そりゃそうでしょ。今どういう状態」と投げつけるように喋った。
「いやー、その。借りてきた猫みたいになっちまって」
「は? 猫ってなんだよ」
ベッドで毛を逆立ててるというレウのよく分からない説明に、ロイが長い溜息を吐くのが聞こえた。
「アンタのせいだろ」
その言葉に、昨夜の情事がロイの所まで届いていたことに気が付く。声か、物音か。どちらかは分からないが、遠くに配置されたギールはともかく、近くの号車にいたロイには聞こえていたのだろう。ギールも気が付いているかもしれないが。
「愛人のくせに他の男に嫉妬して、王子に当たんなよ」
サイッテーだなアンタという、冷え冷えとしたロイの声にレウが言い返せずに黙ってしまう。慌ててシーツの中に戻るとほぼ同時に扉が勢いよく開けられて、ゆっくりと閉められる。レウのとは違う足音が近づいてきて、シーツの上から頭を撫でられた。
「王子、ロイです」
おはようございますと穏やかな声で挨拶をされ、ゆっくりシーツを下に引っ張って頭を出す。こんな子どもの取るような行動を見ても尚ロイは優しい眼差しのまま、エディスの涙を指で拭ってきた。
「いっぱい泣いたんだ」
「……今日だけだ」
昨日の涙は生理的に、ただ出てきたどうしようもない止めようがないものだ。今日だって悲しくて出たものではないが、”泣いている”に近い感覚なのはこれだけ。
そう思って言ったが、ロイは納得していない様子だった。エディス以上に悲し気に眉を下げている彼に、色んな人に寄り添わないといけない神官だから感受性が強いのかなと、ロイの頭を撫でる。
声を掛けると、ロイは「治癒魔法、掛けますね!」と顔を上げた。それに慌てて、怪我はしてないんだと手を振る。
「えっ? でも……」
「こ、腰! 腰だけ痛めたから。それだけ治してほしい」
他は全然と言うと、ロイは目を丸くしてーー「それで立てるようになんなら、いいよ」とウインクをした。
「じゃあな、クソカス愛人!」
そう言ってロイがレウの腰を蹴る。レウはゔっと呻いたものの、痛くはなかったようで片眉を顰めているだけだ。
「……君、なにやらかしたの」
彼すごく怒ってるけどと、額を押さえているレウの頭を小突いているギールに「うるさい」と言い返しているのを見てから前に顔を戻す。脛の前側を押さえて震えているロイの肩に手を当てる。
「おいロイ、大丈夫か。アイツ鎧とチェインメイル着てるから痛いだろ」
顔を覗き込むと、眉根を寄せて涙ぐんでいたロイは無理に笑顔を作った。
「こんくらい、だいじょーぶですよ!」
仇は取りましたからねと親指を立てたロイに、エディスは(ん?)と首を動かした。
(もしかして……なんか、誤解してる? のか)
「あの、ロイ。俺、レウのこと」
「言わなくても大丈夫です! 俺、分かってるんで」
両肩を掴んで、俺は王子の味方ですなどと迫真の顔を近づけてきて言うロイに気圧されたエディスは、思わず頷いてしまう。
(俺がレウを好きなんだけど……って、言いそびれちまったな)
まあ一緒にいる内に理解してくれるよなと甘いことを考えたエディスは、「じゃあ行こうぜ」と親指で差した。
「えーっと、俺らが一番最初に行く所って……事務所でしたよね」
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