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紡ぎ編
2.好くウイスキー
しおりを挟む「おーい、リュー、ビーチ行こうぜ」
ベルトルドが建物の2階へ向けて、大声を張り上げる。
アーナンド島の学校から帰ってきて、毎日恒例の宿題兼砂山崩しゲームの誘いである。
暫く間を置いて、窓からリュリュが顔を出した。
「アタシ、行かない」
「なんで?」
「パパから新しいお洋服買ってもらったの。お化粧の練習とか、やることいっぱいなのよ」
「ふーん、そっか。じゃいいや。行こう、アルカネット」
「うん」
無理強いすることもせず、ベルトルドとアルカネットはリュリュに手を振り、ビーチのほうへ駆けていった。
駆けていく二人の後ろ姿を窓から見送り、リュリュは窓から離れた。そして、手にしていたワンピースを、嬉しそうに鏡の前で身体にあてる。
「いっつもおねえちゃんのお下がりだったけど、やっとアタシだけのお洋服、買ってもらえたわん」
レモン色の生地には、白い大輪の花のプリントが裾に広がっている。ミーナ群島は1年中真夏なので、着るものは全て夏物だ。
一度だけ、ベルトルドとアルカネットの家族と一緒に北の国へ旅行へ出かけたことがある。一度も着たことがない冬物の服を着込んで。しかし、あまりの寒さに震えあがり、3家族とも全ての予定をキャンセルして舞い戻ってしまった。
両親たちも全て、ゼイルストラ・カウプンキの出身なのだ。
「お化粧はちょっと濃い目でも大丈夫ね」
鏡の前で、真っ赤な口紅をひいてみる。
リュリュはもっと小さな頃から、自分は女性である、と思っていた。身体は男性だけど、でも女性なんだと。そう認識が変わることはない。
素直に家族に告げると、父母も姉も、そのことをすぐ受け入れてくれた。それになにより、喜んだのは両親である。
「これでリューディアのお下がりを着せることができるぞー!」
「洋服代が浮くわねえ~」
「ちょっとおとうさん、おかあさん……」
リューディアは呆れたように、脱線する両親を窘めたが、リュリュは大喜びではしゃいだものだ。それでも大きくなってくれば、お下がりばかりだとつまらない。そこで、最近ではずっと自分だけの新しい洋服をおねだりしていて、それが今日やっと叶ったのだ。
姉のリューディアが、こっそりと口添えしてくれていたことは知らない。
学校から帰ってくると、3着のワンピースが包まれた紙袋が部屋にあって、リュリュは飛び上がって大喜びだった。
世間体というもののために、無理に着ている男の子用の服を脱ぎ捨て、本来の女の子用の服に着替える。
真新しい匂いのする、自分だけのワンピース。
鏡の前でくるくる回って、リュリュはにっこりと笑った。
「ねえベルトルド、ここの問題はどう解くの?」
「うん、ああ、これはだな」
ビーチのそばに設置されている、木製のテーブルとベンチに腰掛けて、ベルトルドとアルカネットは問題集とノートを開いていた。椰子の木陰が午後の強い日差しを遮ってくれている。
ビーチで遊ぶ子供たちのために、アルカネットの父イスモと、リューディアとリュリュの父クスタヴィが作ったものだ。
今日は数学の宿題が山ほど出ていて、それを二人でやっつけている。
「あ、そうか、判った」
ベルトルドに丁寧に教わり、アルカネットは顔をほころばせながら問題を埋めていった。
その様子を見てベルトルドは優しく微笑み、自分の宿題も進めていく。
「ベルトルドは数学も得意だよね。苦手な教科なんてあるの?」
学校一の秀才であるベルトルドは、学校でもよく学友たちから問題の解き方を教えて欲しいとねだられ、それに応えて教えていた。教師よりも判りやすい、と評判だ。
「うーん……そうだなあ、調理実習だけはダメだ。何故男の俺があんなもんをやらなきゃならん。料理スキル〈才能〉があるやつが学べばいいんだ、親父みたいに」
「でも、男でも最低限の料理は作れないと、一人になったら苦労するんじゃない?」
「料理の上手な女と結婚すればいいだけだ。そうだな、料理スキル〈才能〉持ちの女を探すか」
「そうなんだ。――じゃあ、ベルトルドはリューディアには気がないんだね」
そこでリューディアの名を持ち出され、ベルトルドは一瞬言葉に詰まった。
アルカネットは顔を上げず、ノートに問題の答えを記しながら話している。それを見やって、ベルトルドは苦笑をもらした。
「ば、馬鹿だな。別にリューディアにそんな気なんてあるもんか。だいたい、リューディアは年上なんだぞ」
「年上っていっても3歳しか違わないよ。でも、気がないなら安心した。僕はリューディアが大好きだから」
「そっか…」
「だからベルトルド」
アルカネットは顔を上げて、しっかりとベルトルドを見据える。
「僕がリューディアに告白するから、ベルトルドは引き下がってね」
ベルトルドが建物の2階へ向けて、大声を張り上げる。
アーナンド島の学校から帰ってきて、毎日恒例の宿題兼砂山崩しゲームの誘いである。
暫く間を置いて、窓からリュリュが顔を出した。
「アタシ、行かない」
「なんで?」
「パパから新しいお洋服買ってもらったの。お化粧の練習とか、やることいっぱいなのよ」
「ふーん、そっか。じゃいいや。行こう、アルカネット」
「うん」
無理強いすることもせず、ベルトルドとアルカネットはリュリュに手を振り、ビーチのほうへ駆けていった。
駆けていく二人の後ろ姿を窓から見送り、リュリュは窓から離れた。そして、手にしていたワンピースを、嬉しそうに鏡の前で身体にあてる。
「いっつもおねえちゃんのお下がりだったけど、やっとアタシだけのお洋服、買ってもらえたわん」
レモン色の生地には、白い大輪の花のプリントが裾に広がっている。ミーナ群島は1年中真夏なので、着るものは全て夏物だ。
一度だけ、ベルトルドとアルカネットの家族と一緒に北の国へ旅行へ出かけたことがある。一度も着たことがない冬物の服を着込んで。しかし、あまりの寒さに震えあがり、3家族とも全ての予定をキャンセルして舞い戻ってしまった。
両親たちも全て、ゼイルストラ・カウプンキの出身なのだ。
「お化粧はちょっと濃い目でも大丈夫ね」
鏡の前で、真っ赤な口紅をひいてみる。
リュリュはもっと小さな頃から、自分は女性である、と思っていた。身体は男性だけど、でも女性なんだと。そう認識が変わることはない。
素直に家族に告げると、父母も姉も、そのことをすぐ受け入れてくれた。それになにより、喜んだのは両親である。
「これでリューディアのお下がりを着せることができるぞー!」
「洋服代が浮くわねえ~」
「ちょっとおとうさん、おかあさん……」
リューディアは呆れたように、脱線する両親を窘めたが、リュリュは大喜びではしゃいだものだ。それでも大きくなってくれば、お下がりばかりだとつまらない。そこで、最近ではずっと自分だけの新しい洋服をおねだりしていて、それが今日やっと叶ったのだ。
姉のリューディアが、こっそりと口添えしてくれていたことは知らない。
学校から帰ってくると、3着のワンピースが包まれた紙袋が部屋にあって、リュリュは飛び上がって大喜びだった。
世間体というもののために、無理に着ている男の子用の服を脱ぎ捨て、本来の女の子用の服に着替える。
真新しい匂いのする、自分だけのワンピース。
鏡の前でくるくる回って、リュリュはにっこりと笑った。
「ねえベルトルド、ここの問題はどう解くの?」
「うん、ああ、これはだな」
ビーチのそばに設置されている、木製のテーブルとベンチに腰掛けて、ベルトルドとアルカネットは問題集とノートを開いていた。椰子の木陰が午後の強い日差しを遮ってくれている。
ビーチで遊ぶ子供たちのために、アルカネットの父イスモと、リューディアとリュリュの父クスタヴィが作ったものだ。
今日は数学の宿題が山ほど出ていて、それを二人でやっつけている。
「あ、そうか、判った」
ベルトルドに丁寧に教わり、アルカネットは顔をほころばせながら問題を埋めていった。
その様子を見てベルトルドは優しく微笑み、自分の宿題も進めていく。
「ベルトルドは数学も得意だよね。苦手な教科なんてあるの?」
学校一の秀才であるベルトルドは、学校でもよく学友たちから問題の解き方を教えて欲しいとねだられ、それに応えて教えていた。教師よりも判りやすい、と評判だ。
「うーん……そうだなあ、調理実習だけはダメだ。何故男の俺があんなもんをやらなきゃならん。料理スキル〈才能〉があるやつが学べばいいんだ、親父みたいに」
「でも、男でも最低限の料理は作れないと、一人になったら苦労するんじゃない?」
「料理の上手な女と結婚すればいいだけだ。そうだな、料理スキル〈才能〉持ちの女を探すか」
「そうなんだ。――じゃあ、ベルトルドはリューディアには気がないんだね」
そこでリューディアの名を持ち出され、ベルトルドは一瞬言葉に詰まった。
アルカネットは顔を上げず、ノートに問題の答えを記しながら話している。それを見やって、ベルトルドは苦笑をもらした。
「ば、馬鹿だな。別にリューディアにそんな気なんてあるもんか。だいたい、リューディアは年上なんだぞ」
「年上っていっても3歳しか違わないよ。でも、気がないなら安心した。僕はリューディアが大好きだから」
「そっか…」
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