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幸せの鳥編

4.運命確変③純白の鐘を鳴らせば

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 圧倒的な質量が膨れ上がり、内側から家屋が吹き飛んでいく。だが、レウの範囲防御が張られているおかげで風ひとつ通さなかった。低く身体を縮めていたリスティーは自分の周りにも掛けられていることに気付くと、敵から目を離さずに「ありがとう!」と口角を上げる。
 煙が晴れていき、その向こうから軍服を模した格好の男が露わになっていく。黄昏色の髪を高い位置で一つに結び、赤紫の瞳でこちらを見下ろす――かつて悪魔と呼ばれた少年、ドゥルース・フィンティア。
「二重に囲まれてるみたい」
 面倒ね~とため息を吐くリスティーに同意を示し、エディスはざわめく気配に敵の数の多さを悟る。
 ドゥルースの薄い唇が開き、なにを言いだすのかと身構えた。
「ようやくだ……」
 こちらの警戒が伝わったのかリスティーが踵を二回踏みつけ、レウもエディスを片腕に抱え直す。コイツはとこちらに送る視線で訊ねてきたレウに「革命軍の首魁だ」と耳元で伝えると、抱えられた腕に力が入る。
「やっと見つけたぞ、ふしだらな男め!」
 指先が指し示す先を、エディスたちは追っていく。反対の壁側、自分の後ろを見るリスティーよりも奥で、レウも体を半身を捩じって後ろを振り返る。
 その人物は――「俺?」と緑髪の男が自分を指差して首を傾げた。
 ぽかんと口を開け、驚いた様子の男にドゥルースがなにをと声を荒げる。
「海辺でエディスの唇を奪ったのはお前だろう!」
 怒声にリスティーがええっ!? と言いながら手を口の前に持っていき「うそぉ、この人なの」と自分と男を交互に見る。男は「まあ、そうなんだけど……」と唇に指の背を押し当て、視線を斜め上に向けた。
 部下の前で大胆な告発を受けたエディスは、顔を真っ赤にして口をぱくぱくと開閉する。
「厄介なのに追われていると思ったけど、まさか逆恨みとはね」
 羨ましいなら君もしたらいいじゃないかとあっけらかんと言い放った男に、エディスは口をぱかと開けた。そんな、犬猫を撫でる程度の扱いなのかとプライドが傷つく。
 監禁もやむなし、といった様子だったくせになんなんだコイツはと眉を吊り上げていると、剣呑な視線が上から降っているような気がして元の位置に戻す。
 ちらりと上を見ると、レウが自分と同じように眉間に深い皺を作っていた。睨んでいるわけではない。なんでアンタがこんな不当な扱いを受けなくてはいけないと訴えかけてきている目だった。
「レウ」と彼の名前を呼びながら首に回した腕で引き寄せる。たくましい腕に預けていた背を伸ばして顔の角度を調整し、彼に口づけた。
 途端に空気が冷え込む。ピリリと電流のようなものが走り、大気の魔力が震えるが無視して何度も啄むようにキスをする。
「アンタ、血の味がするんですけど」
 切れてるだろと言われ、実はそう思ってたと頷く。舐めて消毒しようかと言いかねないレウに、リスティーが額に手を当てて「止めなさいよアンタたち」と呆れたのが、余計にという印象を与えた。
「そ……そんなに男を誑し込んで。ふしだらな子に育てた覚えはない」
 ふしだらとレウが目を丸くするが、その肩を軽く叩いて顎下をくすぐる。もうどうとでも罵ってくれという気分になり、口を開く。
「少なくとも、俺はお気に入りの愛人を愛でただけなんだけどな」
「愛人? そんな、何人も飼っているのか」
 いいや、コイツだけだと言いそうになったが、意味深に流し目を送るだけに留める。どうしてこうなってしまったのかと痛みを発してくるこめかみを手で押さえた。
「リスティー、退路を作れるか」
「勿論、任せてよ!」
 囲いを抜けなければ活路はない。ドゥルースからこちらへの殺意までは感じられないが、これ以上会話していても不毛だ。判断を下したエディスの背がびくんっと跳ねた。
「なにしてはるん、ドゥルースさん」
 あ、と声が漏れる。怖気に、その場にいた誰もが背後を振り返る。ドゥルースを背にすることになるというのにだ。
「俺を置いていくてことは、まーたしてたんやろ」
 嗜めるような口ぶりで話すのは、幼い顔つきの少年。編みこまれた赤土色の髪、露出度の高い衣装から出ている腕や腰から見えている肌はよく日に焼けている。金で作られた飾りと、西部の生まれであることが伺える。
 青い目がこちらを射止めた時、エディスは叫んでいた。
「散開、各自!」
 羽ばたきが場を占拠し、月の光さえ消え失せる。なんだこれはと呆然と少年を見上げたレウの肩を叩くが、圧倒されてしまっているのか反応がない。
「レウ、無理だ……逃げてくれ」
 禁魔術だと、少年に釘付けになったまま呟く。
【災禍の在り処
 予言の審判者

 天満ちる神の雷
 ――薄明より来し】
 空気が揺れ、上から掛かってきた重圧に崩れ落ちる。レウが庇うように覆い被さってきて、腕の間で「いいから逃げろ、まだ動けるだろ!」と叫ぶ。
 リスティーだけは辛うじて片膝を立てていて、膝に手を置いて駆け出せそうな様子だった。だが、それも少年が手を振るうと背が丸まる。
(しくじった……!)
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