130 / 181
番外編:追憶の銀雪
4.甘やかし給餌
しおりを挟む
「も~~っ、レウ! 少尉に当たらないでよ」
戦闘指揮をしている上官に直接苦言を呈する部下など、そう見るものではない。長年夫婦のように連れ添ってきたならありえるが、レウは昨日配属されてきたばかり。
信頼もなにも……という具合なのに、部下を撤退させて残った自分一人で攻撃を仕掛けるという作戦をあっけらかんとした顔で宣った上官に危険だと徹底抗戦した。
あげく承服できないと抱えあげ、一時撤退の後に体制を整え直すと言った自分に上官は勝手をするなと怒った。当然だ。
揉めに揉めた末、自分を連れていくならという条件を出して渋々呑んだ上官と無事任務を終えて帰ってきたところーー同時に配属されてきた男に掴まった。
「あのね、前は軍師准尉やってたの! 大規模魔法で一掃、がうちのお決まりのパターンで、慣れてるんだよ」
前から上官と同じ配属先にいた男――確か名前はアイザックだ――曰く、慣れた行為だったらしい。そんな消耗戦ばかりしてきたのは資料で見て知ってはいたが、実際見ると嫌悪が先立つ。
「兎かリスみたいにチマチマ草ばっか食べてんだぞ、アイツ! あんな殴られたら簡単に折れそうな奴」
「レウには少尉のことが小動物に見えてるの?」
可愛いよねえ少尉、と的はずれな口を挟まれて閉口する。俺はアイツの外見に惹かれてきたんじゃないと釘を差すと、アイザックは笑った。
「軍師准尉だとか言って、お前らが甘やかすからアイツが……」
「あ」と言ったのは俺か、向こうか。偶然食堂の前で出会った新しい上官は、隣にいる男二人に断ってこちらに向かってくる。
「お前ら、まださっきのことで言い争ってんのか」
俺が気にしてないんだから怒るなとアイザックの腕を叩く上官に、目が細まるのを自覚した。なるほど、こういう手で懐柔しているのか。
「レウ、うちの方針を伝えてなくて困惑させて悪かったな」
「俺はさっきの許してないんで」
懐柔されてたまるかと反抗心が口を突いて出た。上官にこんな言い方と一瞬ヒヤリとし、アイザックにもそんな言い方! と詰め寄られ、また険悪な雰囲気になりかける。
「お前が心配性なのはよく分かった。けど、とにかく飯食おうぜ。昼から遠征だし時間ねえぞ」
誰が心配させてんだよ作戦練り直せと言ってやりたかったが、時間に追われているのは事実だ。話したければこの後の馬車でいくらでも機会が得られるだろうしと、食堂に入っていく上官の後を追う。
昼前で開いたばかりの食堂には人気が少なく、大皿にのった料理もたんまりと盛られていた。
宿舎もそうだが、朝から晩まで全部バイキング形式になる。だからこそ、どいつもこいつも肉類にたかるのが常だ。
「おい、サラダ以外も食えよ」
だというのにコイツときたらサツマイモのクリームチーズのホットサラダだとか、タコのマリネ風サラダだとか女事務官用に用意されてるような小皿しかトレイにのせない。
「食べるのも義務だろ」
そう言って今日の目玉だという手羽元の唐揚げを皿に三つのせると、「そんなに食えねえよ」と眉が寄る。
怒ったというよりかは困ったという顔をする奴に、握ったら折れそうな腕をしておきながらなに言ってんだと呆れてしまう。
「レウ、少尉は肉が苦手なんだよ」
「苦手って、菜食家か」
「そういうわけじゃねえけど……」
なら食えと言ってパングラタンとエビのピラフを差し出すと、見比べてからグラタンが受け取られた。
「こんなに食ったら体が重くなって動きが鈍くなる」
「腹ごなしに寝りゃいい」
愚痴のように呟かれた言葉に即座に言い返すと、上官は 「胃が悪くなるだろ」とため息を吐く。
そんなに軟な胃で軍人が務まるかと内心言い返しながら、トレイにのせてきた品の包み紙を解いた。がぶりと大口で齧り付いて、皿の上に置く。
今日レウが選んだのは、アボカドとスモークサーモン、チーズをバケットで挟んだサンドイッチだ。最近追加されたメニューなのだが、サーモンの燻し具合が気に入っていて、選ぶのはこれで三回目になる。
それに上官の視線が集中していて(気になるのか?)と首を傾ぐ。
「……食うか」
渡してやろうと紙に半分包んだままのバケットサンドを差し出すと、驚いたことに髪を手で押さえながら顔を近づけてきた。
目を伏せながら口を開け、硬いバケットに白い歯がカシ、と当たる音がする。僅かに手が引かれる感触がして、我に返って力をこめるとバケットが噛み千切られていく。
まさか、受け取られずに食事の介助をさせられるとは思いもしていなかった。
だが控えめに齧ったものの一応具材も当たったようで、こちらを見上げてくる上官の大きな目は輝いていて。こくこくと無言で頷いてくるので、「もっと食っていいぞ」と口走ってしまう。
もう少し食え、ほらもう一口と促すとぱくぱくと小動物のように食べる。
呆れてテーブルに頬杖を突きながら見守っていると、アイザックに「レウ、子どもじゃないんだよ」と腕を引かれた。それに「はぁ? まだ子どもだろ」と言い返した後で上官だったと思い出して愕然とする。
「ありがとう、美味かったよ」
ほんの少し恥ずかし気にしている年下の上官に、ぐうっと喉が鳴った。
「美味しいな、それ今度頼もう」
ぺろ、と唇を赤い舌が舐める。何故だかそれを直視してはいけないような予感がしてきて、レウは体ごと向きを変えた。
アイザックの「よかったですね~」というのん気な声を聞きながら、さっさと食べてしまおうと手に持ったままのバケットサンドを見下ろす。
口を開けてかぶりつこうとして、動きを止める。
(この人、口ちっせえな……!?)
見下ろした先にある齧り跡が、隣の自分のものとは比べ物にならないくらいに小さい。三口で自分の一口に値するのではないかと思う程だ。
思わず口が震えたが、顔が小奇麗なだけでアイツは男だと言い聞かせてパンを噛み千切る。
「んじゃ、先に行くな!」
ありがとう、と耳打ちされて思わず呑み込んでしまう。まだ大きい固まりだったパンが喉を通っていったことに驚いたレウは、手を伸ばしてコップを掴む。
中に入っていた水をすべて飲み干してトレイに置く。息を継ぎながら口元をハンカチで拭っていると、視線を感じて横を向く。
すると、にやにやと目を細めて笑っているアイザックと視線がぶつかり、なんだよと体がのけ反った。
邪険にするもアイザックは近づいてきて「ね。すっごく可愛いでしょ! 俺、彼のファンなんだ」とにこにこ笑いかけてくる。
たしかに、かわいいかもしれない……。そう考えて空中をぽかんと見ていたレウだったが、すぐに気を持ち直して両手を握り締め「可愛くない!!」と大声で叫んだ。
戦闘指揮をしている上官に直接苦言を呈する部下など、そう見るものではない。長年夫婦のように連れ添ってきたならありえるが、レウは昨日配属されてきたばかり。
信頼もなにも……という具合なのに、部下を撤退させて残った自分一人で攻撃を仕掛けるという作戦をあっけらかんとした顔で宣った上官に危険だと徹底抗戦した。
あげく承服できないと抱えあげ、一時撤退の後に体制を整え直すと言った自分に上官は勝手をするなと怒った。当然だ。
揉めに揉めた末、自分を連れていくならという条件を出して渋々呑んだ上官と無事任務を終えて帰ってきたところーー同時に配属されてきた男に掴まった。
「あのね、前は軍師准尉やってたの! 大規模魔法で一掃、がうちのお決まりのパターンで、慣れてるんだよ」
前から上官と同じ配属先にいた男――確か名前はアイザックだ――曰く、慣れた行為だったらしい。そんな消耗戦ばかりしてきたのは資料で見て知ってはいたが、実際見ると嫌悪が先立つ。
「兎かリスみたいにチマチマ草ばっか食べてんだぞ、アイツ! あんな殴られたら簡単に折れそうな奴」
「レウには少尉のことが小動物に見えてるの?」
可愛いよねえ少尉、と的はずれな口を挟まれて閉口する。俺はアイツの外見に惹かれてきたんじゃないと釘を差すと、アイザックは笑った。
「軍師准尉だとか言って、お前らが甘やかすからアイツが……」
「あ」と言ったのは俺か、向こうか。偶然食堂の前で出会った新しい上官は、隣にいる男二人に断ってこちらに向かってくる。
「お前ら、まださっきのことで言い争ってんのか」
俺が気にしてないんだから怒るなとアイザックの腕を叩く上官に、目が細まるのを自覚した。なるほど、こういう手で懐柔しているのか。
「レウ、うちの方針を伝えてなくて困惑させて悪かったな」
「俺はさっきの許してないんで」
懐柔されてたまるかと反抗心が口を突いて出た。上官にこんな言い方と一瞬ヒヤリとし、アイザックにもそんな言い方! と詰め寄られ、また険悪な雰囲気になりかける。
「お前が心配性なのはよく分かった。けど、とにかく飯食おうぜ。昼から遠征だし時間ねえぞ」
誰が心配させてんだよ作戦練り直せと言ってやりたかったが、時間に追われているのは事実だ。話したければこの後の馬車でいくらでも機会が得られるだろうしと、食堂に入っていく上官の後を追う。
昼前で開いたばかりの食堂には人気が少なく、大皿にのった料理もたんまりと盛られていた。
宿舎もそうだが、朝から晩まで全部バイキング形式になる。だからこそ、どいつもこいつも肉類にたかるのが常だ。
「おい、サラダ以外も食えよ」
だというのにコイツときたらサツマイモのクリームチーズのホットサラダだとか、タコのマリネ風サラダだとか女事務官用に用意されてるような小皿しかトレイにのせない。
「食べるのも義務だろ」
そう言って今日の目玉だという手羽元の唐揚げを皿に三つのせると、「そんなに食えねえよ」と眉が寄る。
怒ったというよりかは困ったという顔をする奴に、握ったら折れそうな腕をしておきながらなに言ってんだと呆れてしまう。
「レウ、少尉は肉が苦手なんだよ」
「苦手って、菜食家か」
「そういうわけじゃねえけど……」
なら食えと言ってパングラタンとエビのピラフを差し出すと、見比べてからグラタンが受け取られた。
「こんなに食ったら体が重くなって動きが鈍くなる」
「腹ごなしに寝りゃいい」
愚痴のように呟かれた言葉に即座に言い返すと、上官は 「胃が悪くなるだろ」とため息を吐く。
そんなに軟な胃で軍人が務まるかと内心言い返しながら、トレイにのせてきた品の包み紙を解いた。がぶりと大口で齧り付いて、皿の上に置く。
今日レウが選んだのは、アボカドとスモークサーモン、チーズをバケットで挟んだサンドイッチだ。最近追加されたメニューなのだが、サーモンの燻し具合が気に入っていて、選ぶのはこれで三回目になる。
それに上官の視線が集中していて(気になるのか?)と首を傾ぐ。
「……食うか」
渡してやろうと紙に半分包んだままのバケットサンドを差し出すと、驚いたことに髪を手で押さえながら顔を近づけてきた。
目を伏せながら口を開け、硬いバケットに白い歯がカシ、と当たる音がする。僅かに手が引かれる感触がして、我に返って力をこめるとバケットが噛み千切られていく。
まさか、受け取られずに食事の介助をさせられるとは思いもしていなかった。
だが控えめに齧ったものの一応具材も当たったようで、こちらを見上げてくる上官の大きな目は輝いていて。こくこくと無言で頷いてくるので、「もっと食っていいぞ」と口走ってしまう。
もう少し食え、ほらもう一口と促すとぱくぱくと小動物のように食べる。
呆れてテーブルに頬杖を突きながら見守っていると、アイザックに「レウ、子どもじゃないんだよ」と腕を引かれた。それに「はぁ? まだ子どもだろ」と言い返した後で上官だったと思い出して愕然とする。
「ありがとう、美味かったよ」
ほんの少し恥ずかし気にしている年下の上官に、ぐうっと喉が鳴った。
「美味しいな、それ今度頼もう」
ぺろ、と唇を赤い舌が舐める。何故だかそれを直視してはいけないような予感がしてきて、レウは体ごと向きを変えた。
アイザックの「よかったですね~」というのん気な声を聞きながら、さっさと食べてしまおうと手に持ったままのバケットサンドを見下ろす。
口を開けてかぶりつこうとして、動きを止める。
(この人、口ちっせえな……!?)
見下ろした先にある齧り跡が、隣の自分のものとは比べ物にならないくらいに小さい。三口で自分の一口に値するのではないかと思う程だ。
思わず口が震えたが、顔が小奇麗なだけでアイツは男だと言い聞かせてパンを噛み千切る。
「んじゃ、先に行くな!」
ありがとう、と耳打ちされて思わず呑み込んでしまう。まだ大きい固まりだったパンが喉を通っていったことに驚いたレウは、手を伸ばしてコップを掴む。
中に入っていた水をすべて飲み干してトレイに置く。息を継ぎながら口元をハンカチで拭っていると、視線を感じて横を向く。
すると、にやにやと目を細めて笑っているアイザックと視線がぶつかり、なんだよと体がのけ反った。
邪険にするもアイザックは近づいてきて「ね。すっごく可愛いでしょ! 俺、彼のファンなんだ」とにこにこ笑いかけてくる。
たしかに、かわいいかもしれない……。そう考えて空中をぽかんと見ていたレウだったが、すぐに気を持ち直して両手を握り締め「可愛くない!!」と大声で叫んだ。
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
だからその声で抱きしめて〖完結〗
華周夏
BL
音大にて、朱鷺(トキ)は知らない男性と憧れの美人ピアノ講師の情事を目撃してしまい、その男に口止めされるが朱鷺の記憶からはその一連の事は抜け落ちる。朱鷺は強いストレスがかかると、その記憶だけを部分的に失ってしまう解離に近い性質をもっていた。そしてある日、教会で歌っているとき、その男と知らずに再会する。それぞれの過去の傷と闇、記憶が絡まった心の傷が絡みあうラブストーリー。
《深谷朱鷺》コンプレックスだらけの音大生。声楽を専攻している。珍しいカウンターテナーの歌声を持つ。巻くほどの自分の癖っ毛が嫌い。瞳は茶色で大きい。
《瀬川雅之》女たらしと、親友の鷹に言われる。眼鏡の黒髪イケメン。常に2、3人の人をキープ。新進気鋭の人気ピアニスト。鷹とは家がお隣さん。鷹と共に音楽一家。父は国際的ピアニスト。母は父の無名時代のパトロンの娘。
《芦崎鷹》瀬川の親友。幼い頃から天才バイオリニストとして有名指揮者の父と演奏旅行にまわる。朱鷺と知り合い、弟のように可愛がる。母は声楽家。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる