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水理編

7.筆頭騎士の指輪

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 爆発四散した大型の魔物に、一同は騒然とした。それに静まれと怒鳴ったリスティーが、厳戒態勢を命じる。
 エディスも傍らの男の腕を引くと、船員の周りに防御魔法が張り巡らされた。矢のように降ってきたのは、鋭い嘴を持つ鳥型の魔物だ。
 シールドの強度をレウに聞いたエディスが魔法で弾け飛ばす。臓物を振り散らして悶え苦しみながら走り回る魔物に、リキッドがガタガタと震えて床に伏せた。
「エディス様、囲まれてます」
「レウ、船全体に防御魔法は」
「もう掛けてる。そうそう破られるようなもんじゃねえから、好きにしろよ」
 エディスは分かったと応じ、船の壁を伝って甲板に上がってきた半魚人に向かって駆けていく。腰を捻って鋭い歯が生え揃った顔面を殴って海に落とす。
 次々と上がってくる魔物を見て、フェリオネルに腰を抜かして床に転がっている非戦闘員を中に連れていくように命じる。
 後ろから来た魔物に回し蹴りをお見舞いすると、ごきゅっと音を立てて首がひん曲がった。踵を二度蹴ったエディスが「ボサッとすんな。たかがこの程度の数、さっさと蹴散らすぞ!!」と喝を入れると、ようやく蒼白になっていた船員も動き出した。

「やりすぎよ、アンタ。みんな怖がっちゃったじゃない!」
「はあ? 俺が軍人だってのは知らなかったのかよ」
「知ってるけど……でも、叩き上げの軍人だとは思わないでしょ」
 夕食後にリスティーに外に誘われ、甲板に出てきた。戦闘後、魔物の血や死体で塗れていたここも綺麗に流されている。
 手すりに肘をついているリスティーに「なーんか鬱憤でも溜まってたの?」と訊かれ、エディスも彼女と同じポーズを取りながら肯定した。
「そうかもな。ただの憂さ晴らしだし」
「アンタ、あの人どうすんのよ」
 少し躊躇ってからリスティーが口にした言葉に、エディスはお前まで言うのかよ! と背を真っ直ぐに伸ばし、手すりを持って叫んだ。
「レウさんのことじゃなくて、革命軍! あのキザったらしいオレンジ頭!」
 こんな、とリスティーがポーズを取るが、あの日ドゥルースがどんな格好をしていたかなど覚えていない。そんな格好つけたポーズだっただろうかと考え込んで、ありえそうだと頷く。
「また別の男と浮気してって怒るんじゃないの」
 からかうように笑うリスティーに、蹴る真似をしてうるせえなと言う。
「どうにかなんだろ。一緒にいたって言ってもガキの頃の話だし、付き合ってたわけでもねえんだから」
 エディスだってシルクが気に喰わない男――例えばシトラスとキスをしたら激怒したと思う。あれはそういうことだと一人納得した。
 リスティーもそれもそっかあ! と一見納得した風に指を差してくる。だが、すぐに「じゃあ、海辺でキスしたって人のことは?」と対象を変えてこられ、だああと叫んだエディスは頭を抱えた。
「ソイツも保留! 会いに来もしないのにどうしろってんだよ」
 住処どころか名前すら知らないのだ。掴みどころがなくて、まるで霧かなにかを相手にしているかのようで。ふと彼のことを考えると途方もない気持ちにさせられる。
 言う方は楽だよなぁとため息を吐くと、リスティーは眉を下げて謝ってきた。
「じゃあ、十六魔人はどこまで集まったの?」
「今で十二。後はエンパイア家にあるので全部だ」
 ふぅんと吐息のような声を出しながら伸びをした彼女が腕を下ろす。視線が交わり、笑い合う。奇妙なことに、正妻だなんだと言われても受ける気にはならないが、不思議と嫌ではないのだ。
 リスティーと自分は、戦友のようなものだから。シュウとはまた違うが、背中を任せてもいいと思える人物だ。
「集め終わったら、神様を撃退する魔法を作らないとなのね」
「んー……シルベリアに相談したいとこだけどな」
 こういう時ギジアがいてくれたらなと乾いた笑いを零すと、「大丈夫よ」と力強い声が返ってくる。
「エディスなら大丈夫。あたしは信じてるからね!」
 背中を強く叩かれて苦情を言おうとして、溌剌とした笑顔に当たって引っ込めた。口を尖らせながら、星が浮かぶ空に視線を向ける。
「何年かかっても見つけてみせるさ。簡単にゃ死ねないからな」
 レウに悲しい顔をさせたくないしなと言いかけて口に手を当てる。ギジアのように呆れられるかと思って恐る恐るリスティーの方を伺うと、彼女はなんでもないことのように頷きを返してきた。
「アンタに好きな人ができて、嬉しい!」
 大切な友だちだからねと笑うリスティーに、エディスの口からぽろりと言葉が転げ落ちていく。
「ありがとう……」
 それを聞いて、またリスティーが笑って「お礼言うことじゃないでしょ」と「頑張ってあのお堅いのを落としなさいよ」と腕を突いてくる。
「ベッドの上でも名前呼んでくれないの?」
 こそこそと小さな声で訊ねてくる内容に呆れたが、まあ気になるかと笑ってしまう。
「アイツ、添い寝してくれるだけだぜ」
「えっ、アンタの顔で?」
「そう、この顔で」
 両頬に手を当てて目を閉じるエディスの顔は、どこからどう見ても完璧な美少年そのものだ。絵画や彫刻でもなかなかお目にかかれない”美”そのものといった容貌は、青年期に差し掛かって殊更磨きがかかった。なので、さしものリスティーも嘘でしょとぽかんと大口を開けた。
 エディスは彼女の間抜けな顔に大笑いしそうになり、笑いごとじゃないでしょと肩を突かれて謝る。
「ガキ相手にそんなつもりにならねえんだと」
「しんっじらんない! 北部の人ってお堅いのね」
 そこまで言って、じゃあなんでリキッドにはあんな態度を取るのよと思い立ったリスティーが進言するも「なんでって言われても……アイツ過保護だからな」と考えこんでしまう。自分だけのものであってほしいというレウの気持ちに全く気付いていないエディスにリスティーは呆然とした。
「アンタって、ほんとにお子様」
 ふっと視線を外して笑われたエディスはなんでだよと叫んで、説明を求めて詰め寄る。だが、こればかりは自分で気付けと手で追い払われてしまった。
「それより、エディス。あなたに会えたら言おうと思ってたことがあったの」
 胸が跳ねる。一体なんのことかと――まさか、また正妻がどうのか、フェリオネルのように愛人になりたいだとか世迷言を言いだすのかと身構えた。
「あたしを騎士にしてほしいんだ」
 率直に話された要望に、エディスはそんなことかと腑に落ちた。
「駄目かな、あたしじゃ頼りない? あなたの大切なものごと護ってみせる自信があるんだけど」
 胸に手を当てて挑戦的に下から覗きこんでくるリスティーに、エディスはお前ならそうだろうなと信頼を返す。分かったと手を握りこんだ手が熱くなってくる。
「頼りにしてるぜ」
 肉体的な強さ、優れた格闘センス。なによりも、挫けること諦めずに成し遂げようとするーー強い心を。
 光が途切れ、両親指に金の指輪が現れる。
【第三の騎士ーーリスティー・フレイアム】
 あの声が響き、エディスはよろしくなとリスティーの手をしかと強く握った。
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