悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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水理編

6.一撃必殺はこの恋に効かない

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「レウ、昨日は怒りすぎだよ」
 曲がり角からアイザックの声が聞こえてきて、エディスは足を止めた。
「少佐のことが大切なのは分かるけど、頭ごなしに言っても聞かないと思うよ」
「それはそうだけどよ」
 俺が北でどれだけ大変だったかと愚痴を零すレウに、エディスはうっと目を閉じる。ギジアも呆れていたし、シルベリアには相変わらずだなと笑われるしで、相当手をかけてしまっているのだろう。
「それに……アイツに嫌われてるからな、俺は」
 だが、次の発言には目を大きく見開いて、思わず角の向こうに顔を出してしまった程に驚いた。
 目の端に射止めたのか、アイザックが気付かれない程度に視線をこちらに送ってくる。それに口を引き結んで首を大きく振って否定すると、彼はくすっと笑みを落とした。
 それから柔らかく微笑みかけながら「そんなことないって!」とレウの肩を叩いた。
「君たち、もっと話した方がいいよ」
「話してこれなんだがな」
 避けられてんだぞこっちはと苛立ちを隠さない様子のレウに、慣れたアイザックはははと笑い声を立てる。
 それに安堵の息を吐き、レウのことはアイザックに任せた方がいいなと踵を返す。

「見ろよ! そこらの女より別嬪だ」
「はあ~~っ、こんなの滅多に拝めねえよ。女もいねえってのによお」
 目の前に立ち塞がった大男二人を見上げ、首を傾げた。
 空気を吸いに出てきた甲板で早々に声を掛けられたはいいが、どいつもこいつもこんな調子なので困惑していた。果たして雇い主だと思ってもらえているかどうか怪しい。
「なに言ってんだ、リスティーがいるだろ」
 そうエディスが言うと、初めて聞いたことのように間の抜けた顔をした男たちは、「リスティーさんはなあ……」「可愛いけどよ、俺らより強ぇから」と言い合った。聞き取りづらいくらいに小さな声は、リスティーの耳に入ると危ういからだろう。
「それに比べたら、アンタは無害そうだよなあ」
「ほっせえ腰してるよなあ、あ~~掴みてえ~~っ」
 なんだコイツらと呆れはするが、軍に負けず劣らず女が少ない環境なのだから鬱憤も溜まる。同情はするがわざわざ差し出してやる程ではねえなと考えていると、後ろから飛んでやってきたリキッドが大声で叫ぶ。
「こらーーっ、この人を誰だと思ってるんだ!!」
 どたどたと足音を立てて来たリキッドが手を振り上げ、エディスの肩越しに主張する。貧相な体格のリキッドにキャンキャン叫ばれたのが気に食わなかったのか、男たちはムッとした様子で口を引き結んで眉尻を上げた。
「なんだよ、俺たちの助けがないと行けないんだろ」
「革命軍と戦ってる最中に呼び出し食らって、なんか褒美でも欲しいくらいだぜ」
 なあと見下ろしてくる男の視線を正面から受ける。口を開く前に「どこから給料が出てると思ってるんだ!」とリキッドの勘に触る高い声が耳を劈いてきた。ちょっと黙ってろと顔を押さえようとするが、「なんだ、僕は間違ったことは言ってないぞ!」とぶるぶる震えて逃げようとする。
 リキッドが大声で騒いだおかげで、なんだなんだと衆目を集めてしまう。その場にいた者だけでなく、中にいた船員までもが出てくる。中には昨晩ともにした者の姿もあった。
 なら俺の後ろから出てこいと凄みを利かせているエディスの後ろから忍び寄ってくる男たちに、しつこいと苛立ちをぶつけようとしてしまう。それに対して男も生意気だと組みつこうとする。
 後ろ回し蹴りを食らわせようとしていたエディスは寸でのところで動きを止めたが、男は間に入ってきた人物に腕で防がれた。
「殺す気か」
 僅かに振り返って、呆れた色を見せる緑の目を向けてきた。エディスが首を横に振ってから少しだけ笑って息を吐いて、ゆったりとした動作で足を振り上げる。止めることも、注意を促すこともできず呆然と目の前で起きた出来事を見ていることしかできなかった。
 風を切る音をさせて、レウの足が弧を描く。それは男の首に当たって重い音を生じさせた。
 片方の男が白目を剥いて、糸が切れたかのように地面に倒れる。後ろからも物音がして何事かと見ると、リキッドが尻もちをついていた。
「……あ。あ、ひぃっ……」
 腰抜けちゃったと足を掴んできたリキッドの手を振り落す。容体を見るために近づこうとすると、腕を掴まれた。なんだよと見上げると、目を閉じたレウに首を振られる。
「は? いや、お前」
 構うなといったところだろうが、テメエでのしておいてそりゃあねえだろう。そう説こうとしたエディスを肩に担ぎ上げて、辺りを一瞥する。
「さっきの奴みてえに下卑たことを抜かすなら、同じ目に遭わせてやるからな」
 初日に変なことを言ったのを思い出したのか、リキッドが悲鳴を上げて後頭部に手を当てて丸まった。それを長い足で跨いでいく。
「エディス様、これはなんの騒ぎですか!?」
 血相を変えたフェリオネルが甲板に上がってきて、騒ぎの中心だと思われるレウを非難する声を出す。
「あなた、集団生活をしていたのに分かっていないんですね……これでは、立場が悪くなるのはエディス様です」
「コイツ自分で蹴っ飛ばそうとしてたぞ」
 首取れてたんじゃねえかと睨んでくるレウに、エディスは自分は手加減をするつもりだったと拳を握って主張した。だが、フェリオネルになにを考えているんですかと叱責されて口を噤む。兄のレイヴェンも潔癖なところがあったが、よく似ている。
「お前は黙って見るってことか」
 あんな連中に主人が辱められても許すのかと。睨んでくるレウを、フェリオネルは冷静に見返す。
「いいえ。まずはリスティーさんに注進しますよ。彼女がここの責任者ですからね」
「あー……そりゃ、そうだ」
 フェリオネルが言っていることは正しい。だが、誰が同い年の女にセクハラ被害に遭っているから注意してほしいと頼めるだろうか。
「あら。それより、いい方法があるわよ」
 バンッと背中を叩かれ、エディスは驚いて前に飛びずさる。見ると、いつの間に来たのかリスティーが後ろ手に組んで立っていた。
「……な、なんだよ」
「実力を示すこと」
 笑顔でそう言い放った彼女の後ろで、海が柱を立てた。何事かと目を見開くエディスたちの目の前で大型の魔物が現れる。多頭の魚は見上げる程に巨大で、船員は雄叫びを上げた。
「急に大きな魚影が映って。エディス、なんとかしてよ」
 親指で差したリスティーに自分でどうにかできるだろと言い返しそうになり、息を口から漏らす。手の平に拳を当てて「分かったよ」と返して詠唱を始める。
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