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水理編

3.愛人の権利

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「エディスうぅ~~~~っ、心配してたんだよ~!」
 中の生活スペースに入った途端、青頭の青年が飛び出してきた。こちらを目に停めた瞬間に笑顔になり、リスティーと同じように久しぶりと言いながら両手を広げて駆け寄ってくる。
「あ、リキッドじゃん!」
 エディスも懐かしい顔に待ち構えたのだが、その上に影が落ちた。間に入ったレウがリキッドの頭を掴んで止めると、勢いを殺せなかったリキッドはぶっと口から息を吹き出した。
「コイツ誰だ」
 知らねえ顔だぞと眉間に皺を寄せ、露骨に嫌そうな顔をするレウに気圧されつつも「友だちだけど……手ぇ離してやれよ」と言うとリキッドを掴んでいた手が離される。
「エ、エディス。この人だれ……?」
「部下だ」
 気安く話しかけるなとでも言いたげに見下ろしてくるレウに、気弱なリキッドはうぅと怖気付く。レウは長身で整った顔だから、真顔で上から見下ろされると委縮してしまう者も多い。だが、エディスが「こらっ、お前なぁ態度悪いぞ!」とレウの腕を掴んで言うと、長いため息を吐いて一歩後ろに退いた。
「な、なぁにあれっ、めちゃくちゃ怖いよ!?」
「ごめん、リキッド……警戒心強くてさあ」
 ようやく近寄れたリキッドがこわいよ~~っと喚くのを宥めながらも背後を伺うと、そっぽを向いている。拗ねていても後を追ってはきてくれるんだなと胸を弾ませた。
「それにしても、綺麗になったねえ。どこのお姫様かと思ったよ」
 へへへと笑うリキッドが体を寄せてきて、同じソファーに座ろうと手を伸ばしてくる。背をのけ反らせて避けようとしたエディスとの間に強引に割り込んだレウが肘でリキッドの頬を押す。
「ちょ、ちょっと君! さっきからなんなのさ!」
 僕はエディスの友だちで私兵団の一人なんだぞと指を差すリキッドを一瞥したレウは「きったねえ手で触んな」と言い捨てる。
「キイィ~~~~ッ、たかが部下の分際で何様のつもりなんだよ! あの、どう思います!?」
 ヒステリックに喚いたリキッドは、一向の中で最も温厚そうな顔をしているフェリオネルの腕を引いて助けを求めた。だが、フェリオネルは逡巡する素振りもなく、やんわりとした微笑みをリキッドに向ける。
「エディス様に懸想する人を近くに寄らせるわけにはいきませんので。お控えください」
 前で手を結んで一礼したフェリオネルに断られたリキッドはぽかんと口を開けた。それから今度はアイザックを見てパクパクと魚のように口を開閉させる。わはっと笑ったアイザックは「少佐、綺麗になりましたよね~」と朗らかに言った。
 一番軍人らしい図体の大きさから警戒していたのだろうが、この中で愛想がいいのはアイザックだ。
「俺も、ちょ~っと嫌だと思いました。少佐のこと狙ってたりするのかなって」
 だが、それもことエディスのこととなると途端に遠慮なく除かれてしまう。けんもほろろに扱われたリキッドが哀れになってきて声を掛けようとしたエディスだったが、なんだなんだと乗員が集まってきて慌ててしまう。
「おい、疲れてるんだ。話でもあんのか」
 レウが自分の上着を脱ぎ、頭から被せて隠してくれる。
「あ、その。情勢を教えてほしくて。リスティーからそう言われてて、あの」
「なら部屋に通せ。見世物じゃねえんだぞ」
 これだから南の荒くれどもは客人のもてなし方が分かってねえと息を吐く。
「ちょっと、失礼しますよ」
「え……わっ」
 上着を掛けられたまま、腕に抱え上げられる。アイザックに言って、見えないように前ボタンを留めさせてから歩き出したレウに、周囲はなんだよ澄ましやがってと不満を漏らす。
 会議室にでも通されたのだろう、ソファーに下ろされた。ボタンを外され、頭からゆっくりと上着を取られる。前に跪いたレウはエディスの乱れた髪を手で整え、もういいぞと頬を撫でてきた。
「あのさあ、君! 僕には触れるなって言ってくるくせに……!」
「俺はコイツの愛人だ」
 文句あるのかと言葉を遮ってリキッドを睨み付ける。こんな時だけいいように権限を使いやがってと、エディスの方が恥ずかしくなってきて赤くなってきた顔を隠すために上着の襟を手で寄せた。だが、邪魔と言われて手の力を緩めるとレウが手の甲に口づけてくる。
 ぎゃっと叫んで手を引くと、腰を上げたレウが顔を近づけてきた。
「ちょ、ちょっと待てって……っ」
 なにをする気だと慌てるエディスの項に手を当てて、背に向かってほんの僅か撫で下ろす。それだけでゾワゾワとした感触が背に走り、引き結んだ口を奪われた。
「~~~~~~っ、は、!?」
 声にならない悲鳴を上げたリキッドが、エディスたちを差す指を振り回しながら地団太を踏む。
「うるっせえな、こんくらいするだろうが」
 レウは臆面もなく、そう言い放った。
 満足したのかどっかりと足を組んでエディスの隣に座ってきて、エディスの後ろの背もたれに腕を置く。すっかり縮こまってしまったエディスが横目で見ると、レウはもう片方の手を唇に押し当てていた。視線に気づいたのか、こちらに流し目を送ってきて指を舌で舐める。
 ”足りないんですか”とでも言いたげな様子に、慌てて逆の方に体ごと向けた。引くにもソファーが小さいので難しいし、例えそうできたとしても腕に引き戻されるだろうことは明白だ。
「なに、面白いことになってるじゃない」
 エディスが振り回されてるの笑えるわねと、いつの間にか入ってきていたリスティーが快活に笑う。
「リキッド、変なこと言ったりやったんでしょ」
 リキッドの後頭部を軽く叩いて、彼が座っているソファーの背に手を突いて「アンタに気が許せる人ができて良かった。けど、船の風紀を乱さないでね」と忠告してくるのでエディスは恥ずかしさから泣きそうになる。
「今のは俺のせいじゃないだろぉ……っ」
 レウが悪いと膝を叩くと「そうですね」としれっと宣い、エディスの手を握ってくる。そのまま指を絡めてくるので、「離せよ……」と言うしかない。
「嫌ですよ、アンタの彼女候補いるし」
 はあ!? と大声を出してレウを見ると、面白くないと書いていそうなくらいに不機嫌な顔をしていた。
「えっ、あたしのこと?」
 王太子妃候補か~と腕を組んで考え始めたリスティーに、「正妻とか考えてないから!」と叫ぶ。
「アンタはそうでも、周りがどう思うかは分からないでしょ。隠れ蓑ならなってあげてもいいわよ」
 その代わり冷遇しないでよねと言われ、エディスは(こんな怖い鬼嫁は嫌だ)と内心で呟く。なにせ、夫婦喧嘩になったら口でも殴り合いでも勝ち目がないのだ。
「あ。それでしたら僕も愛人候補に入れてください」
 フェリオネルが穏やかに爆弾を投げ込んでくるので、エディスは勘弁してくれと頭を抱えそうになる。
「あのな、フェリオネル」
「どうかフェルとお呼びください。親しい人は皆そう呼ぶので」
 この身をあなたに捧げますと微笑むフェリオネルを拒みきれず、エディスは分かったと承諾した。だが、その先――告白の返事を待たれていることに気が付くと「か、考えておくよ……」と、後が怖いのであえてそれは言わずに先延ばしにすることを選ぶ。
 アイザックが自分も自分もと尻尾を振りたそうにしていたが、あえて目を反らしておく。
「じゃあ、まずは互いに報告し合いましょ」
 北はどうだったのと問われたエディスは、助かったばかりに目を輝かせ、背を伸ばして口を開いた。
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