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王の騎士編
6.従騎士のブレスレット
しおりを挟む それから五分後のチャイムが五時間目の開始を告げていたけれど、オレと高城先輩は依然としてデンに残っていた。オレは吐いてしまったものを片付けなければいけないし、高城先輩だって身体をもてあそばれて間もない。教室には戻りにくいだろう。
ひとまずオレは遮光カーテンを教室の前方半分だけ開けて、室内に光を入れた。窓の一枚を半分だけ空けて風もとおす。
教室後方の小さなロッカーに申し訳程度の掃除用具もあったので、そこからガビガビに乾燥した雑巾を拝借。床拭きのため、黙ったまましゃがんだ。
「何も訊かないの?」
吐瀉物を片付け始めたオレの丸い背中へ、高城先輩は小さく訊ねてきた。顔を上げて先輩を振り返る。教室後方のL字ソファの近くで、自身のものとみられる制服のリボンを拾っていた。
「なんとなくは把握しましたから。それに、深く訊いて先輩の傷ほじくり返すのは嫌だし」
「優しいね、タケルくん」
「んなことねぇス」
リボンが胸元に正しく戻る。遮光カーテンの陰でスカートの乱れを直し始めたので、くるりと視線を汚物へ向け直す。
「他にこのこと知ってる人って……」
「ううん。誰も知らない、と思う。なんだか他人に言いにくいし、言えるようなことでもないし」
「まぁ、そうスよね」
「菅平くんと付き合ってたのは本当のこと、だよ」
え、と振り返れば、高城先輩は制服の着崩しを丁度直し終えたところだった。背中を向けたまま、話を始める先輩。
「二年生の夏の終わりにね……あ、修学旅行が終わった頃。菅平くんが告白してきて、付き合うことになったの。でも菅平くん、嫉妬がすごくて。私が同じクラスの男の子と喋るだけで『浮気だ』ってものすごく騒いで、相手に怪我させたりしたの」
今のオレみたいにか、と床拭きを再開。
「そのうちに、菅平くんが相手を傷付けたことが校内で問題になったの。さすがに停学か何かになるんじゃないかって話だったんだけど、校長先生の身内だからなのか大事にはならなかった。菅平くんは表向きに謝った格好をしただけで、結局何も変わらなかった」
「だからあんな何してもいいって感じなんスね、アイツ」
なぜかその辺に落ちていたからっぽのビニル袋に、床を拭いた雑巾ごと捨てる。それの口を縛って、立ち上がって、高城先輩を振り返る。
「冬になる頃には私と雑談する男の子はいなくなった。同じ学年から伝染していって、最終的には校内中の男の子が私とあからさまに距離を取るようになってた」
朝の3Aの雰囲気にこれで合点がいった。なるほど、菅平と関わり合いになってしまうがために、堂々と高城先輩に接近できないのか。
「英会話部から一気に何人も退部しちゃったりして。それはさすがに困ったから、年が明ける頃、初めて菅平くんにやめてって言ったの」
「……初めて?」
「そのときに別れたいことも言った。そんな人を好きでいられないって。でも今度は、男の子に危害を加えるのをやめる代わりに、わ、私の……私に全部、ぶつけるようになって……」
ワナワナと震える高城先輩。その肩を自身できつく抱いた。
「キスくらいなら仕方ないって、許しちゃったのが始まり。だんだんエスカレートしてって、そしたら進学とかを盾にされて、やることが、過激になってった」
「……先輩」
「身体触られるだけなら、まだマシ。服、脱がされたり、逆に触らされたりもした。……する場所が、なくて、廃倉庫の中とかに忍び込んで、そこで――」
「もういいですよっ」
つい大声で遮ってしまった。聞くに堪えない。最低だ。想像させられるオレの身にもなってくれ。
ズンズンと高城先輩へ歩み寄る。
「先輩、なんでもっと強く逆らわないんですかっ。嫌なことはっきり嫌だって、ちゃんと言わなきゃダメっしょ!」
潤んだ双眸、困ったように下がった眉。赤くなった鼻の頭が涙を誘う。
「菅平のこと怖いんスか」
「…………」
「まぁ、アイツ話聞いてくんないから相当怖かったっスよね。一年弱ずっと耐えてきたんだ、先輩は自分を犠牲にして耐えてきたのかもしんないですけど――」
じっと、高城先輩の目を見つめる。
「――でもこんなの、自分がないのと一緒です」
潤んだまま、しかし先輩は涙なんか流さなかった。唇をふるふると震わせて、自分の肩を抱く指先が震えている。
「そうだよ、タケルくんの言うとおり。私、ずっと自分がないの」
視線も逸らさない。まっすぐ見つめられている。声は掠れて震えているけれど、何かを強く訴えようとしていることが汲み取れる。
「小さいときから、誰かに頼まれたりお願いされるとね、全部全部引き受けちゃうの。嫌とかダメとか、本当はこうしたいって言えないの。いいよって……全部いいよ私がやるよって、つい、笑って言っちゃうの」
付き合うことになったのだって、きっとそれが原因だ。当時の高城先輩は、菅平のことなんか好きでもなんでもなかったに違いない。
でも、きっと今のオレと同じで、試しに付き合ってみて上手くいくかもしれないとどこかで思ったのかもしれない。イエスマンでいてしまう特性も相まって、菅平から頼まれたことを全部そのまま引き受けてしまって、泥沼状態になってしまっているんだ。
「タケルくんが昨日の夜送ってくれたメッセージ、寝てて返せなかったなんてウソ」
スンと視線を俯ける高城先輩。
「ホントはちゃんと返したかったんだけど、菅平くんとのことが片付いてないのに、何も知らないタケルくんを巻き込むことになっちゃうから安易に返事できなくて、それで……」
「いいんスよ。嫌なときとか無理なときは、余裕で断ってくれていいんです」
声を柔くして遮ると、高城先輩は顔を上げた。
「理由も無理に言わなくたって……まぁモヤつきはするけど、言いたくないことわざわざ言わなくたって、それが先輩の選択ならオレは何も言いません」
「け、けど」
「オレは怒りません。そんなことで、怒りません。幻滅したり、恨んだり、脅したりも絶対にしません。むしろそれが普通です」
ゴミのビニル袋をその場に放って、汚れていない方の手で高城先輩の右肩を掴む。
「鈴先輩がちゃんと自分の意見を言わない方が、オレは腹立ちます。他のみんなだって絶対にそうですよ。なんでもハイハイ言うこと聞いちゃう自分からもうそろそろ変わりませんか」
「……タケルくん」
「鈴先輩が菅平の言いなりになったり、鈴先輩だけが傷ついたり傷つけられてる今の状況は、どう考えたっておかしいです」
くしゃ、と表情を歪める高城先輩。安心してもらいたくて、オレはぎこちなくなってしまった笑みを向ける。
「鈴先輩が決めれないならオレから頼みます。『もう脱却してください、イエスマンの自分から』」
何でも聞き入れてしまうことは、いざこざが生まれないもっとも簡単で手軽でリスクの少ない手段のひとつだ。だが同時に、他者からかけられる「ありがとう」や「助かる」の一言でのみ尊厳を保っている。こんなのはもっともチープなやりかただ。
安易に手に入るものは、失うときもあっけなくて脆い。高城先輩は安易に取っ替え引っ替え手に入れてはまばたきの速度であっけなく失っているんだ。だからいつまでも満たされない。不満や不安の泥沼が高城先輩を囚えて離さない。
「うん、わかった。それがタケルくんの、頼みなら」
受け入れてもらえたと思ったのは一瞬だった。ただちにこの返答が『癖』による反射的回答だとわかって、頬がピリついた。
「先輩それは――」
「でもねっ」
強く言葉を挟まれて、オレはきゅっと口を閉ざす。
「一人じゃできるわけないって、思ってる。絶対に無理。だって高校三年になったって、未だにこんな……誰かの言いなりになってるんだもん」
俯いたまま、肩を掴んだオレの手をそっと外す高城先輩。
「抜け出したいとは思ってる。こういう自分、辞めたいよ。でもタケルくんの言うとおり、菅平くんのことが怖い。菅平くんに逆らってもっと酷いことになるのが、怖い……」
「その『もっと酷いこと』に既に片脚突っ込んでるんスよ、今の鈴先輩は」
諭すように静かに声をかける。
「ただ、ギリ片脚です。もう片方の脚は、まだこっち側にあります」
チラリと視線がかち合う。
「俺に何ができるかなんか全然わかんねっスけど、鈴先輩は鈴先輩です。オレがオープンスクールのポスター見てむっちゃ好きになった人であることには変わりないです」
「私、人様に好かれるような人じゃないよ。自分で事の良し悪し決められないんだよ?」
「だからなんスか。それを辞めるって決めたのが、たった今からの鈴先輩っしょ。それに、今ひとつオレに断れたじゃないですか、『一人じゃできない』って。これでもう、カケラ分くらいは変われたっス」
外されてしまった手で、今度は高城先輩の右手を包む。
「自分が完全にないなんて、そんなわけねーんスよ。見えてないだけで絶対にあります。だから、オレと一緒に菅平から抜け出しましょ」
ねっ、とひとつ軽く、繋いだ手を揺する。だけど、高城先輩の表情は変わらない。
「できる、のかな。タケルくんだって、さっきのよりもっと嫌な思いするかもしれないよ?」
「殴られるのも暴言吐かれるのも、これまで鈴先輩が耐えてきたのに比べればなんてこともねぇですよ。オレだいぶ打たれ強いっスから」
笑みを深める。高城先輩の不安を少しでも浄化できるように。
このくらい格好つけて見栄を張ったとしても、バチは当たらないだろう。正直言えば、オレは殴られ慣れてなんかいないし殴り合いのケンカなんか一度もしたことがない。
それに、菅平にだって本当はもう会いたくはない。次は嘔吐じゃ済まないかもしれないし、せっかくもぎ取ったスポーツ推薦を剥奪されて退学になってしまうかもしれない。
「だから大丈夫です。オレが鈴先輩の盾にも鉾にも解毒薬にだってなります」
だからといって、進学先まで追いかけてきた片想い相手を悪どいヤカラのもとで野放しになんかできない。
「鈴先輩が自分の意見言えるようになるのが、たった今からのオレの目標です」
みずからを奮い立たせる役割も含めて、高城先輩へ笑顔でそう言い切った。
「全力で協力しますから。だからまずは、一緒に作戦練りましょ」
ひとまずオレは遮光カーテンを教室の前方半分だけ開けて、室内に光を入れた。窓の一枚を半分だけ空けて風もとおす。
教室後方の小さなロッカーに申し訳程度の掃除用具もあったので、そこからガビガビに乾燥した雑巾を拝借。床拭きのため、黙ったまましゃがんだ。
「何も訊かないの?」
吐瀉物を片付け始めたオレの丸い背中へ、高城先輩は小さく訊ねてきた。顔を上げて先輩を振り返る。教室後方のL字ソファの近くで、自身のものとみられる制服のリボンを拾っていた。
「なんとなくは把握しましたから。それに、深く訊いて先輩の傷ほじくり返すのは嫌だし」
「優しいね、タケルくん」
「んなことねぇス」
リボンが胸元に正しく戻る。遮光カーテンの陰でスカートの乱れを直し始めたので、くるりと視線を汚物へ向け直す。
「他にこのこと知ってる人って……」
「ううん。誰も知らない、と思う。なんだか他人に言いにくいし、言えるようなことでもないし」
「まぁ、そうスよね」
「菅平くんと付き合ってたのは本当のこと、だよ」
え、と振り返れば、高城先輩は制服の着崩しを丁度直し終えたところだった。背中を向けたまま、話を始める先輩。
「二年生の夏の終わりにね……あ、修学旅行が終わった頃。菅平くんが告白してきて、付き合うことになったの。でも菅平くん、嫉妬がすごくて。私が同じクラスの男の子と喋るだけで『浮気だ』ってものすごく騒いで、相手に怪我させたりしたの」
今のオレみたいにか、と床拭きを再開。
「そのうちに、菅平くんが相手を傷付けたことが校内で問題になったの。さすがに停学か何かになるんじゃないかって話だったんだけど、校長先生の身内だからなのか大事にはならなかった。菅平くんは表向きに謝った格好をしただけで、結局何も変わらなかった」
「だからあんな何してもいいって感じなんスね、アイツ」
なぜかその辺に落ちていたからっぽのビニル袋に、床を拭いた雑巾ごと捨てる。それの口を縛って、立ち上がって、高城先輩を振り返る。
「冬になる頃には私と雑談する男の子はいなくなった。同じ学年から伝染していって、最終的には校内中の男の子が私とあからさまに距離を取るようになってた」
朝の3Aの雰囲気にこれで合点がいった。なるほど、菅平と関わり合いになってしまうがために、堂々と高城先輩に接近できないのか。
「英会話部から一気に何人も退部しちゃったりして。それはさすがに困ったから、年が明ける頃、初めて菅平くんにやめてって言ったの」
「……初めて?」
「そのときに別れたいことも言った。そんな人を好きでいられないって。でも今度は、男の子に危害を加えるのをやめる代わりに、わ、私の……私に全部、ぶつけるようになって……」
ワナワナと震える高城先輩。その肩を自身できつく抱いた。
「キスくらいなら仕方ないって、許しちゃったのが始まり。だんだんエスカレートしてって、そしたら進学とかを盾にされて、やることが、過激になってった」
「……先輩」
「身体触られるだけなら、まだマシ。服、脱がされたり、逆に触らされたりもした。……する場所が、なくて、廃倉庫の中とかに忍び込んで、そこで――」
「もういいですよっ」
つい大声で遮ってしまった。聞くに堪えない。最低だ。想像させられるオレの身にもなってくれ。
ズンズンと高城先輩へ歩み寄る。
「先輩、なんでもっと強く逆らわないんですかっ。嫌なことはっきり嫌だって、ちゃんと言わなきゃダメっしょ!」
潤んだ双眸、困ったように下がった眉。赤くなった鼻の頭が涙を誘う。
「菅平のこと怖いんスか」
「…………」
「まぁ、アイツ話聞いてくんないから相当怖かったっスよね。一年弱ずっと耐えてきたんだ、先輩は自分を犠牲にして耐えてきたのかもしんないですけど――」
じっと、高城先輩の目を見つめる。
「――でもこんなの、自分がないのと一緒です」
潤んだまま、しかし先輩は涙なんか流さなかった。唇をふるふると震わせて、自分の肩を抱く指先が震えている。
「そうだよ、タケルくんの言うとおり。私、ずっと自分がないの」
視線も逸らさない。まっすぐ見つめられている。声は掠れて震えているけれど、何かを強く訴えようとしていることが汲み取れる。
「小さいときから、誰かに頼まれたりお願いされるとね、全部全部引き受けちゃうの。嫌とかダメとか、本当はこうしたいって言えないの。いいよって……全部いいよ私がやるよって、つい、笑って言っちゃうの」
付き合うことになったのだって、きっとそれが原因だ。当時の高城先輩は、菅平のことなんか好きでもなんでもなかったに違いない。
でも、きっと今のオレと同じで、試しに付き合ってみて上手くいくかもしれないとどこかで思ったのかもしれない。イエスマンでいてしまう特性も相まって、菅平から頼まれたことを全部そのまま引き受けてしまって、泥沼状態になってしまっているんだ。
「タケルくんが昨日の夜送ってくれたメッセージ、寝てて返せなかったなんてウソ」
スンと視線を俯ける高城先輩。
「ホントはちゃんと返したかったんだけど、菅平くんとのことが片付いてないのに、何も知らないタケルくんを巻き込むことになっちゃうから安易に返事できなくて、それで……」
「いいんスよ。嫌なときとか無理なときは、余裕で断ってくれていいんです」
声を柔くして遮ると、高城先輩は顔を上げた。
「理由も無理に言わなくたって……まぁモヤつきはするけど、言いたくないことわざわざ言わなくたって、それが先輩の選択ならオレは何も言いません」
「け、けど」
「オレは怒りません。そんなことで、怒りません。幻滅したり、恨んだり、脅したりも絶対にしません。むしろそれが普通です」
ゴミのビニル袋をその場に放って、汚れていない方の手で高城先輩の右肩を掴む。
「鈴先輩がちゃんと自分の意見を言わない方が、オレは腹立ちます。他のみんなだって絶対にそうですよ。なんでもハイハイ言うこと聞いちゃう自分からもうそろそろ変わりませんか」
「……タケルくん」
「鈴先輩が菅平の言いなりになったり、鈴先輩だけが傷ついたり傷つけられてる今の状況は、どう考えたっておかしいです」
くしゃ、と表情を歪める高城先輩。安心してもらいたくて、オレはぎこちなくなってしまった笑みを向ける。
「鈴先輩が決めれないならオレから頼みます。『もう脱却してください、イエスマンの自分から』」
何でも聞き入れてしまうことは、いざこざが生まれないもっとも簡単で手軽でリスクの少ない手段のひとつだ。だが同時に、他者からかけられる「ありがとう」や「助かる」の一言でのみ尊厳を保っている。こんなのはもっともチープなやりかただ。
安易に手に入るものは、失うときもあっけなくて脆い。高城先輩は安易に取っ替え引っ替え手に入れてはまばたきの速度であっけなく失っているんだ。だからいつまでも満たされない。不満や不安の泥沼が高城先輩を囚えて離さない。
「うん、わかった。それがタケルくんの、頼みなら」
受け入れてもらえたと思ったのは一瞬だった。ただちにこの返答が『癖』による反射的回答だとわかって、頬がピリついた。
「先輩それは――」
「でもねっ」
強く言葉を挟まれて、オレはきゅっと口を閉ざす。
「一人じゃできるわけないって、思ってる。絶対に無理。だって高校三年になったって、未だにこんな……誰かの言いなりになってるんだもん」
俯いたまま、肩を掴んだオレの手をそっと外す高城先輩。
「抜け出したいとは思ってる。こういう自分、辞めたいよ。でもタケルくんの言うとおり、菅平くんのことが怖い。菅平くんに逆らってもっと酷いことになるのが、怖い……」
「その『もっと酷いこと』に既に片脚突っ込んでるんスよ、今の鈴先輩は」
諭すように静かに声をかける。
「ただ、ギリ片脚です。もう片方の脚は、まだこっち側にあります」
チラリと視線がかち合う。
「俺に何ができるかなんか全然わかんねっスけど、鈴先輩は鈴先輩です。オレがオープンスクールのポスター見てむっちゃ好きになった人であることには変わりないです」
「私、人様に好かれるような人じゃないよ。自分で事の良し悪し決められないんだよ?」
「だからなんスか。それを辞めるって決めたのが、たった今からの鈴先輩っしょ。それに、今ひとつオレに断れたじゃないですか、『一人じゃできない』って。これでもう、カケラ分くらいは変われたっス」
外されてしまった手で、今度は高城先輩の右手を包む。
「自分が完全にないなんて、そんなわけねーんスよ。見えてないだけで絶対にあります。だから、オレと一緒に菅平から抜け出しましょ」
ねっ、とひとつ軽く、繋いだ手を揺する。だけど、高城先輩の表情は変わらない。
「できる、のかな。タケルくんだって、さっきのよりもっと嫌な思いするかもしれないよ?」
「殴られるのも暴言吐かれるのも、これまで鈴先輩が耐えてきたのに比べればなんてこともねぇですよ。オレだいぶ打たれ強いっスから」
笑みを深める。高城先輩の不安を少しでも浄化できるように。
このくらい格好つけて見栄を張ったとしても、バチは当たらないだろう。正直言えば、オレは殴られ慣れてなんかいないし殴り合いのケンカなんか一度もしたことがない。
それに、菅平にだって本当はもう会いたくはない。次は嘔吐じゃ済まないかもしれないし、せっかくもぎ取ったスポーツ推薦を剥奪されて退学になってしまうかもしれない。
「だから大丈夫です。オレが鈴先輩の盾にも鉾にも解毒薬にだってなります」
だからといって、進学先まで追いかけてきた片想い相手を悪どいヤカラのもとで野放しになんかできない。
「鈴先輩が自分の意見言えるようになるのが、たった今からのオレの目標です」
みずからを奮い立たせる役割も含めて、高城先輩へ笑顔でそう言い切った。
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