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王の騎士編

7.自動反撃魔法

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 朝起きて、部屋に一人だけだと安心する。けれど、冷たい空気でひりつくような気がして、すごく惨めな気分になった。
 今日は、レウの腕の中で目覚めた。寝坊ばかりして毎日怒られているのに、レウも一緒の微睡みの中にいる。寒くて、もっとくっつきたいなと思っている内に、起きたのかレウが身じろいで腕を上に伸ばす。
「まだ寝てていいか……」
 起きるには早い時間だったらしい。レウはエディスの方に布団を掛け直し、引き寄せた。
「顔だけは女神みたいにお綺麗なんだけどな」
 中身がと呟くレウにどういうことだと掴みかかりたい気持ちを抑えていると、前髪を後ろに撫でつけられる。曝け出された額に口づけられ、急激に体温が上がっていく。
 だが、レウはそれで満足したのか、エディスを抱きしめ直して寝直してしまう。なんだよと唇を尖らしながらも抱き着き、擦り寄った。

 次に意識が覚醒した時、エディスは布団を蹴っ飛ばして起きた。隣のレウを叩き起して周囲に防御魔法を強固に展開させた瞬間、どよめきに包まれる。
 轟音と、激しい揺れ。「敵襲か!?」レウも乱暴に起こされたにも関わらず、そこは軍人、対処が早い。
「アンタはなんでこういう時だけ寝起きがいいんだよ」
「慣れだ、慣れ!」
 手際よく着替えたエディスが部屋を飛び出すとレウも後に続く。長年続いた習慣で、寝巻きという概念がついぞ定着しなかったのだ。
 敷地内にある最も高い建物ーー細長で、イーザックは観測台だと言っていたが恐らくは見張り台だろうーーを駆け上がっていくと、そこには先客がいた。
「珍しい物が見れるよ」
 あっち、とギジアの細い指が指し示す方に目を凝らしたエディスはうわと顔を顰めさせる。
「そういえば兄貴が言ってたな。山越えてきたのかよ」
 口元に手を当て、レウが愚痴を漏らす。手すりに手をついていたエディスの体の前に腕を通し、引き寄せるので、なにかと問う。
「吹き飛ばされるから掴まってろ」
 ギジアとそう体格が変わらないのにと思いはしたが、折角なので甘んじて腕に手を置く。
 額に手を当てて遠くを見ていたギジアが「これはもう倒すしかないだろうな」と言って、手すりに乗り上げる。
「侵入者も来てるし。もうエディスが候補者入りしたのに向こうは気づいたみたいだ」
 これはレーヴェ山辺りに潜ってたかなと目を閉じて嗤うギジアに、エディスは街中だったのがよくなかったか? と目を逸らす。
「アリステラが俺の領地だって知っての狼藉だよねぇ……あれは」
 なら俺が相手するよと息を吐いて、こちらを振り向き見る。
「レウ、またね」
「……中央には来ないのか」
 寂しくなると言うレウを見て、ギジアはんー……と声を伸ばす。そして「あのドラゴンをエディスがぜぇんぶ倒せたら、考えてあげないでもないかな」と頬に指を当てた。
 そして、塔の壁を蹴って下へ落ちていく。エディスが仰天して手すりにしがみついて見下ろすと、ひらりと手を振って鳥のように飛んでいってしまう。
「ふ、浮遊魔法……?」
 魔法といえばで思い出す技だろうが、実際に使える者など限られている。あまりに精密な魔法で、至難の業なのだ。それをいとも簡単に行使するとはと見惚れる。
「おい、逃げるぞ。なにぼーっとしてんだ」
 だが、ぐいっと強く腕を引かれて我に返った。動かないなら担いでいくかと考えていそうなレウに「いやっ、でも……」と躊躇いを伝える。
「ギジアを置いてけないだろ」
 見れば小隊くらいはいそうだ。人と戦い慣れた軍兵ならともかく、ギジアは日がな領地経営や本を読みふけっている公爵。
 いくら防御魔法の達人だといえど戦場に出たこともなければ血を見たことすらないだろうと考えていたエディスに、レウが首を捻る。
「トリドット公は放っといても大丈夫だ。あれくらいじゃ死ぬどころか傷一つつくかどうか……」
 今すぐ駆けつけていきたい気持ちを抑えこみながら見守っていると、方々から魔法が展開された。どこから集めたのか、そこそこ手練もいるようで、いくつかは強力な範囲魔法も垣間見える。
 だが、ギジアに当たるかと思われた魔法弾は全て触れる前に跳ねて、綺麗に円を描いて元の道を戻っていく。威力は落とさずに本人の元に戻っていった魔法が炸裂する。
 どこの方向から撃たれても全て跳ね返される攻撃に、人が散り散りに逃げていくのが見えた。
 なんだあれと大口をあけたまま呆けるエディスに焦れたレウが肩に担ぎ上げ、急勾配の階段を駆け下りていく。
「あの人、自動で反撃する魔法が使えるんだよ。近寄ってもシールドが硬すぎて無駄だし」
 北部軍司令棟の戦闘指南役だぞと言われるが、肩に手をついて上体を起こしたエディスは「あんなの数分で魔力が尽きるぞ!」と叫ぶ。
「そう思うだろ。コントロールお化けだから長期戦も可能なんだってよ」
 アンタと同じで化け物級だと言うレウに、エディスはえぇ……と呟いた。
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