【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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向日葵編

9.逃亡を告げる一声

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「それで、どうするんだ」

 部下を連れて部屋に戻ってきたエディスたちは、どうするもと顔を見合せた。

「シュウは継承権が与えられたらなりたいのか?」

「なりたいわけないだろ」

 難しい顔をしてこの部屋を見ろよと片手を広げる彼に、入ってすぐの壁にもたれかかっているレウは辺りを見渡して「半分だけ汚えな」と言い放つ。

「俺は機械をいじってるのが性に合ってるんでな」

 王位に興味はねえよと困り果てて呟くシュウに、エディスはそうだろうなと頷くことで同意する。

「そもそも俺はキシウ・ティーンスを自分の母親だとも思ってない」

 お袋が死んだ途端に自分の子どもにするような奴を信じられるかと言うシュウに、レウは「貴族間ならよくある手法だ」と言ってアイザックに止められていた。

「アンタは? 多分だけど帝王学とか詰め込まれてるだろ」

「あー……一応な。だけど、こうなることは予期してなかった」

 兄と名乗る胡散臭い人物がいるんだと話すと、シュウが眉をひそめて名前を繰り返す。

「ハイデを知ってるのか?」

「昔、家で見た気がする」

 でもソイツとシュウが口にした時、部屋のチャイムが訪問者を告げた。皆の視線が扉に集中し、最も近い位置にいるレウがエディスに判断を仰ぐように視線を送ってくる。

「……誰だ」

 警戒しつつ口を開くと、扉の前の気配が濃くなった。

 会話している素振りはないが、複数の人間が集まってきていることを如実に感じる。なにが起こる、とエディスは任務に行く時に必ず携帯しているL.A-21を腰に帯びた。シュウも机の引き出しから獲物である銃を取り出す。

 だが、静まり返った扉はなにも語らない。剣呑な目つきになってきた頃、ようやく咳払いが聞こえてきた。

「第一継承権エドワード・ティーンス。第二継承権シュウ・ブラッド、直ちに王宮に馳せ参じよ。繰り返す、」

 これは王命である、と朗々とした宣旨に、エディスは立ち上がった。

「俺の名前はエディスだ」

「それこそが王子の証である。幼少の頃、魔力拒否症に苦しむ貴方を連れ出し、魔力を持たない者が多い奴隷市で匿い――エディスと名乗るように伝えたと、キシウ様がおっしゃっている」

「あの女が……?」

 なにを考えているんだと怪訝な顔をするエディスに、レウが待ったをかける。顔見知りだとバラすなと制したレウに、アイザックが血相を変えた。
 激したエディスは息を吐き、ベッドに腰を下ろして感情を静めようとする。

「キシウ・ティーンスが王宮へと戻られた」

 血を継ぐ者よ、直ちに帰還せよ。

「……親父は」

 シュウが苦渋に満ちた顔を俯け、握った手を見つめながら声を絞り出す。

「親父がそう言ったのか。アンタ、親父の秘書だったサーチェスだろ」

 南訛りがあると言うシュウに、扉の向こうの人物は口を閉じた。それこそが証明になり、シュウは頭を抱える。

「……くそ」

 どこに行ってもと零す気持ちが痛いほどに分かり、居たたまれなくなったエディスは視線を外した。

 これでは、さあどちらが人身御供になるのだと脅されているのと変わりがない。だが、自ら向かうことも相手を犠牲にすることもできず、ままならなかった。頭を抱え、唸ることくらいしかすることがない。

 一向に出てこないことに焦れたのか、ドアノブが騒々しい音を立てて何度も捻られる。外れるのではないかと案じる程に回されてから、急に止まる。
「開けろ」と命じる声に、レウは扉を魔法で補強した。ついでのようにエディスが音を吸収する魔法を掛けてからシュウを振り返る。

「どうする!」

「どうするもこうするも、逃げるしかないだろ」

 小声で訊ねながら近づいてきたシュウに言い返しながら、アイザックに窓から外を伺うように指示をする。だが、その前に外から窓が開いて、小柄な人物が飛び込んできた。顎の辺りで赤い髪を切り揃えた少女の後から、同じ髪色の青年が侵入してくる。

「ア……ッ!?」

 名前を叫ぼうとしたシュウの口を、肉迫したアーマーが手で塞ぐ。しぃっと眉を寄せた彼女にシュウは頭を小刻みに振る。

「アーマーにフェリオネル。お前ら、なんで」

「兄さんにお二人を助けろと言われて。大急ぎで来たんです」

 間に合って良かったと柔らかく笑む彼の髪はアーマーよりも少し淡い赤。顔付きはレイヴェンによく似ているが、新緑の目は兄よりも優し気だ。

「説明をしている時間はありません。お二人、今すぐ中央を離れてください」

「ここは僕たちが囮になります。できる限りで時間稼ぎをするので、なるべく遠くへ」

 そう言われてもどこへ、とエディスは躊躇った。自分には帰る家などない。せめて頼れるなら、リスティーや私兵団になった元反軍がいる南だろうか。

「分かった、行くぞ」

 迷いなく言い切ったシュウに背を押され、エディスは後ろ向きな考えを振り切った。

「アイザック、レウ。この二人について行ってくれ」

 部下が一緒だと相手も知っている。それなら分断してしまった方がいい。そう判断したエディスは、鞄から自分の髪型に整えられたウィッグを取り出したアーマーの方にアイザックを押す。

 振り返ったアイザックの目が驚愕に見開かれるが、すぐに「わかりました」と胸に手を当てる。

 レウも行けと目で示すと、睨み返され――「俺はアンタと行くぞ」
 命令を拒んだレウに、エディスは目を見開く。どうしてだと口を開こうとしたエディスを押し留めたのは、彼の言葉だった。

「俺は、アンタを見ていると苛立つんだ。王家の血筋かどうかも確かめもしないで、戦場ばっか出てきてのんきな顔しやがって……」

 なんで罵倒されてんだ不服そうな顔でアイザックを見ると、「好きなんですよ、少佐のことが」と的外れなことを耳打ちされる。好きな奴にする態度じゃないだろと呆れた。

「アンタが自分をどうでもいい奴だという観念を失くすまで、邪魔してやる」

 ほらなんか言いだしたぞと目を細めたエディスに近づいてきたレウが跪く。引こうとした手を取られ、指先に口づけられる。

 それだけだった、永遠とも忠誠とも口にしなかった彼は立ち上がった。

「それに、俺とアイザック二人ともいるのは怪しすぎるだろ。分散させろ」

 よく考えろよと手を向けて嘲笑するレウに、エディスはそれもそうだなと刺々しい声を出す。

 レウとアイザックなら、自分についてくるのはアイザックだと調べている者なら思うはずだ。なにしろ、アイザックがエディスに心酔しているのは周知の事実であったし、レウの上官への態度の悪さも知れ渡っている。

「不在の間はミシア隊に出向するか、ビスナルク教官の所に行ってくれ」

 頼んだぞと言うと、アイザックは僅かに目を潤ませた。本心なら離れたくないはずだ。

「レウ、少佐を頼んだよ……」

 泣きそうな顔をする同輩に、腕を組んでいたレウは顎をツンと上げる。当然とばかりに返事をせず視線を外す。

「少佐。レウなら魔法が使えるし、俺より強い。それに、北に行くなら役に立つと思います」

 北? と疑問を口にしそうになったエディスは、ふと口元に手を持っていく。下唇に指を押し当て、なるほどと呟いた。

 深い雪に覆われた群峰を越えた先にあるのは、シルベリアが駐在している北の司令棟だ。
 なにより北は王制を支持しており、絶対忠誠を誓っている。
 シュウにとってもエディスにとっても、隠れ蓑としては最適だろう。向かうならそこしかない。

「行こう、北に――」

 長い冬の始まりを知らせる一声に、その場にいる者の全員が覚悟を持って頷いた。
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