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向日葵編
5.愚か者の後悔
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初雪が降ってきた日だった。
葬送の列が進むが如く、厳かな雰囲気の中で白い服を着た者が連なっていく。
両腕を拘束され、引きずるように送られていく青年。
そのすぐ後ろを歩いていたエディスの隣に、筋肉の鎧を着たような軍人が連れ立ってくる。彼は羽織っていた外套を脱ぐとエディスの肩に掛けてきた。
「……寒くはないかね」
気遣わしげな目線を向けられ、掛けられた外套を襟元に引き寄せる。
俯いたエディスは「大丈夫です」と呟く。
口から出た白い息が、炎のように立ち昇って消えていく。雲に覆われた空は灰のようになりを潜め、ぼろぼろと大粒の雪を地上へ降り注いだ。
「君が気に病むことではない」
これもまた数奇な運命だったのだ、まるで神の悪戯のように……と姿かたちに似合わない台詞を口にする男に瞬く。
そうだ、出会うのが早ければ隣人は彼のままであったのかもしれない。覚醒したのが己の方が早かっただけに起こってしまったことだ。
「誰が僕を謀ったんです……」
風を伝ってきた言葉に呼応するようにエディスの口から息が出ていった。
「俺だ」
呼び止めたエディスを咎める声があった。
君ではないと口々に言う。
だが、そのどれもをエディスは制した。これは自分が負うべきことだと理解していたからだ。
顎を上げたシトラスが顔を捩じって見てくる。その目でエディスの姿を認めると、瞠目し――次に眉を顰めて憎々し気に細めた。
”お前か、お前だろう”言いたげな顔を、瞬きもせず真っ直ぐに見返す。しばし、膠着するように互いの視線を交えると、シトラスが壊れたブリキのおもちゃのように笑った。カクカクと小刻みに頭を揺らして笑う様に、周囲がざわつく。
ひとしきり笑ったシトラスは力なく項垂れ、かと思えば腕を振るって抜け出そうと暴れる。その度に神官は振り回され、取り押さえるのに必死だ。
「あっ、貴様……!」
腕を振り払ったシトラスがこちらに向かってくる。
この数日でなにがあったのか、随分と痩せこけた。落ちぶれ、路上で座り込む男と酷似した雰囲気のまま迫ってき――だが、眼前で追ってきた神官に引き倒された。
呻く彼を二人の神官が力づくで押さえつける。顔を上げたシトラスがエディスが履いているブーツの爪先を掴む。
足を掴んで引きずられていくシトラスの手が爪先から離れ、開いた状態で遠ざかっていく。エディスに触れられない程度の遠さになると止まり、足が地面に下ろされた。
最後になにか話すことはあるかと顔を向けてくる神官に首を振ると、合図に気が付いたシトラスが床を這う。またも捕らえようとした神官を手で制し、ため息を吐く。それを聞いたシトラスは慌てて背後を振り返り、悔し気に奥歯を噛みしめた。
「お願いです、たすけて……」
懇願するように見上げてくる彼の、強張って歪む目から涙が零れ落ちる。頬の汚れが流れていき、筋を作った。それが許しを請いているようで、胸元から上がってくる嫌悪感に吐き気さえ感じる。
その目に、ほんの僅かな罪悪感や見つけられなかった。
「認識名、」
「僕の名前は」
「お前に名前はない。認識名001-014”全てを癒す者”」
断じたエディスは高みから名を口にする。冷ややかな床に伏し、頬ずりをしている男の。
岩で造られた塔は、まるで囚人を拘禁する檻だ。
真白な装束の神官は看守のように、淡々と褪せた目で佇んでいる。その内の一人が進み出て、彼に縛り付けの魔法を掛けた。淡く白い光を帯びた縄に捕らえられた能力者がもがいて逃げようとする。
「軍を欺こうとした罪を悔え」
静かに告げ知らされた言葉に、長く尾を引く泣き声が上がった。
騙していない、許してほしいという嘆きの声に、それはその通りなのだと寄り添ってやりたくなる。
それから、騙したのだから仕方がないと胸が冷たくなった。彼を騙して、苦しめてきたのだから当然の報いだったのだと唐突に理解した。
(理解したからって……)
向けた背に、怒号と嘆きが互い違いに叩きつけられる。
布擦れの後に軋む音をして扉が閉まっていく。彼女が向こう側にいた扉と違って、なんと軽いことか。
どうか、その扉が二度と開かないように。
彼女と違って、日の光が差し込む場所になど戻ってくるなと呪う。
葬送の列が進むが如く、厳かな雰囲気の中で白い服を着た者が連なっていく。
両腕を拘束され、引きずるように送られていく青年。
そのすぐ後ろを歩いていたエディスの隣に、筋肉の鎧を着たような軍人が連れ立ってくる。彼は羽織っていた外套を脱ぐとエディスの肩に掛けてきた。
「……寒くはないかね」
気遣わしげな目線を向けられ、掛けられた外套を襟元に引き寄せる。
俯いたエディスは「大丈夫です」と呟く。
口から出た白い息が、炎のように立ち昇って消えていく。雲に覆われた空は灰のようになりを潜め、ぼろぼろと大粒の雪を地上へ降り注いだ。
「君が気に病むことではない」
これもまた数奇な運命だったのだ、まるで神の悪戯のように……と姿かたちに似合わない台詞を口にする男に瞬く。
そうだ、出会うのが早ければ隣人は彼のままであったのかもしれない。覚醒したのが己の方が早かっただけに起こってしまったことだ。
「誰が僕を謀ったんです……」
風を伝ってきた言葉に呼応するようにエディスの口から息が出ていった。
「俺だ」
呼び止めたエディスを咎める声があった。
君ではないと口々に言う。
だが、そのどれもをエディスは制した。これは自分が負うべきことだと理解していたからだ。
顎を上げたシトラスが顔を捩じって見てくる。その目でエディスの姿を認めると、瞠目し――次に眉を顰めて憎々し気に細めた。
”お前か、お前だろう”言いたげな顔を、瞬きもせず真っ直ぐに見返す。しばし、膠着するように互いの視線を交えると、シトラスが壊れたブリキのおもちゃのように笑った。カクカクと小刻みに頭を揺らして笑う様に、周囲がざわつく。
ひとしきり笑ったシトラスは力なく項垂れ、かと思えば腕を振るって抜け出そうと暴れる。その度に神官は振り回され、取り押さえるのに必死だ。
「あっ、貴様……!」
腕を振り払ったシトラスがこちらに向かってくる。
この数日でなにがあったのか、随分と痩せこけた。落ちぶれ、路上で座り込む男と酷似した雰囲気のまま迫ってき――だが、眼前で追ってきた神官に引き倒された。
呻く彼を二人の神官が力づくで押さえつける。顔を上げたシトラスがエディスが履いているブーツの爪先を掴む。
足を掴んで引きずられていくシトラスの手が爪先から離れ、開いた状態で遠ざかっていく。エディスに触れられない程度の遠さになると止まり、足が地面に下ろされた。
最後になにか話すことはあるかと顔を向けてくる神官に首を振ると、合図に気が付いたシトラスが床を這う。またも捕らえようとした神官を手で制し、ため息を吐く。それを聞いたシトラスは慌てて背後を振り返り、悔し気に奥歯を噛みしめた。
「お願いです、たすけて……」
懇願するように見上げてくる彼の、強張って歪む目から涙が零れ落ちる。頬の汚れが流れていき、筋を作った。それが許しを請いているようで、胸元から上がってくる嫌悪感に吐き気さえ感じる。
その目に、ほんの僅かな罪悪感や見つけられなかった。
「認識名、」
「僕の名前は」
「お前に名前はない。認識名001-014”全てを癒す者”」
断じたエディスは高みから名を口にする。冷ややかな床に伏し、頬ずりをしている男の。
岩で造られた塔は、まるで囚人を拘禁する檻だ。
真白な装束の神官は看守のように、淡々と褪せた目で佇んでいる。その内の一人が進み出て、彼に縛り付けの魔法を掛けた。淡く白い光を帯びた縄に捕らえられた能力者がもがいて逃げようとする。
「軍を欺こうとした罪を悔え」
静かに告げ知らされた言葉に、長く尾を引く泣き声が上がった。
騙していない、許してほしいという嘆きの声に、それはその通りなのだと寄り添ってやりたくなる。
それから、騙したのだから仕方がないと胸が冷たくなった。彼を騙して、苦しめてきたのだから当然の報いだったのだと唐突に理解した。
(理解したからって……)
向けた背に、怒号と嘆きが互い違いに叩きつけられる。
布擦れの後に軋む音をして扉が閉まっていく。彼女が向こう側にいた扉と違って、なんと軽いことか。
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彼女と違って、日の光が差し込む場所になど戻ってくるなと呪う。
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