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御曹司編
8.恋の扉を開けて
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「俺、戸締りしてから行くから」
寝室は二階の右奥の部屋だと教えてもらったエディスは「分かった」と頷く。リビングでうたた寝を打っていたシトラスを叩き起こし、一緒に連れて行く。
「なにしてたんですか、エディス」
「洗濯だよ。ったく、お前も明日はなんかやれよ。宿代わりにしてんだから……おい、聞いてんのか」
部屋に入ってもまだぼーっとしているシトラスは、きょろきょろと周りを見渡していた。エディスもなにがあるんだよと思いながら、同じように部屋の様子を見る。
「ここで寝るんですか?」
大きなダブルベッドが部屋の左端に置かれていた。その他には、ライトとテーブルと、壁際に小さな棚が置かれてあるだけの、シンプルな寝室だ。
「……まさか」
男三人で寝れるわけがないとエディスは口の端を引き攣らせる。いざとなれば自分が床で寝ればいいかと、ため息を吐いた。
「あれっ、これ……エディス?」
壁際の棚の前に立っているシトラスが出した声に、エディスは振り向く。なんだよと言いながら彼の隣まで行くと、棚の上に写真立てが置いてあることに気が付いた。
「これ、エディスのご両親ですか?」
見ると、そこには九人の男女が写っている。全員、エディスが知っている人物だった。
「誰なんですかね?」
「……左端は、前元帥のローラ様。その隣はミシアの奥さんで、二人の後ろに立ってるのはミシアだろ。奥さんの隣はビスナルク教官。ミシアんとこで会っただろ?」
「えっ、あの強面の女性ですか?」
写真のビスナルク教官は髪も長く、化粧もしている。美しいご令嬢にも見える風貌だが、今は髪も短く切って化粧も最低限しかしていない。シトラスが疑問に思うのもおかしくはないが、意思の強い目はそのままだ。
「そうだよ」
へえ、と意外そうな声を出す。
「他は?」
「その隣は――違うかもしれないけど、多分国王様。後ろは元帥のパートナーのトリエランディアさんで、隣は……王妃のエディス様じゃないか?」
「エディス? あなたと」
「同じ名前なだけだ」
エディスは動揺している気持ちを隠して言葉を返した。そう、この写真にはエディスさんが写っている。その傍らには――
「じゃあ、隣の人たちは誰ですか?」
「……さあ」
エディスさんの腕に抱き付いている薄紫色の髪の女は、南の海底で出会ったシュアラロに違いない。吸血鬼だからか姿かたちが変わっていない。
その後ろには、ひときわ背の高い緑色の髪の男が立っている。
「知らねえよ」
男の方はフィンティア家の屋敷で会った吸血鬼だ。長い前髪に隠されていて顔がよく見えないが、確かにそうだとエディスは確信していた。
「待たせたな。お前らなに見てるんだ」
ドアを開け放って入ってきたミシアの両腕に二人は拘束された。
「ミシアさん、この人たちは一体どなたですか?」
「ん? あー……昔の友人だよ」
こっそり見上げたミシアは苦笑をして、写真立てを手で伏せた。自分に話すようなことはしてくれないか、とエディスは嘆息した。
「それより、皆で夜更かしするぞ!」
話題を変えたいのか、電気を消したミシアは引きずるようにして二人をベッドの前まで連れて行って乱雑に放り投げた。
「あっぶねえな! って、おい! きっつ……!」
ミシアが真ん中を陣取り、エディスは逃がさないためか壁際に追い立てられる。シトラスは落ちないかとミシアにしがみつく。
「夜更かしって、いったいなにをするんですか!?」
「そうだなー。恋バナでもするか?」
ミシアの提案に、エディスとシトラスはコイバナ? と不思議そうな声を出す。
「なんだそれ」
「恋の話に決まってるだろ」
くだらない、とエディスの呆れた声が暗い室内に浮かび上がった。
「たとえば、シトラスは今日シルクに惚れただろー? とかだな」
「ほっ!? す、好きになんかなってませんよ!」
馬鹿なこと言わないでください! と必死な様子に、ミシアとエディスは笑い声を上げる。これはどう考えても惚れたに違いない。
「僕より! エディスにはそういう人いないんですか!?」
ムッとしたらしいシトラスが矛先を変えようとしてくる。
「……いねえよ」
さっきミシアが”恋の話”だと言った瞬間、宿舎の階段が脳裏に浮かんだ。けれど、あれはレウの気まぐれであり、悪戯だ。あんな風に年下を揶揄う奴がいるかと怒っていい出来事に違いない。そう、いうなればーー犬や猫に舐められたり噛まれたのと同じだ。
「なんですか、それ」
面白くないとシトラスが付け加えて、今度はエディスがムッとした。
「うるせえ。それより、どうなんだよ」
「なにがです?」
「シルクのこと。どう思ってんだよ」
うちの大切な妹に軽い気持ちで手ぇ出したらブッ飛ばす、と思いながら訊ねる。その気持ちを知らないシトラスは、指をもじもじと合わせた。
「最初はビックリしたしまた、けど……結構、あのような女の子も新鮮でいいな、と」
あぁ? と低い声を出してしまったエディスにミシアはぶっと吹き出して笑った。
「シトラス、シルクはコイツが好きなんだぞ」
なにを言うんだと慌てて起き上ったエディスが、ミシアの口を封じようと手を伸ばす。だが、反対側から起き上ったシトラスに両手首を握られて止められてしまう。こんなに早く動くシトラスは初めて見る。
「そっ、そうなんですか!?」
「そうそう。コイツのために軍に入隊したようなもんだしなあ」
馬鹿野郎……とエディスは頭を抱えたくなった。そんなことを恋をしたばかりの奴に言うんじゃない、と面倒臭さから顔を手で覆おうとした。
「本当ですか、それ!」
だが、先にシトラスに肩を掴まれてしまう。
「ほ、本当……だ」
事実であることは間違いないので、そのままを伝えると、シトラスは深いため息をついてミシアの胸に頭をのせた。
「そんなの、」
「俺はアイツにそんな気持ちなんか持ったことない!」
冗談じゃない、とエディスは慌てて否定する。違うから! と強く言うが、「そんなことないでしょう。とても仲良さそうじゃないですか」と言ってシトラスは信じてくれない。
「本当に、違う。俺は、アイツを妹のように大切にしてやりたいんだ!! だからそれはない、絶対にだ!」
「わ、分かりましたよ……。そんなにまで言わなくても。シルクが可哀想じゃありませんか」
両手を握って強く言うと、シトラスは若干引いた様子で受け入れてくれた。はーっと息を吐いたエディスは、もう一度冗談じゃない、と低く呟く。
二人の様子を真ん中でニヤニヤと笑いながら見守っていたはずのミシアは、腹を抱えて笑っていた。
「……おい、笑い事じゃねえぞオッサン」
これは仕事の日以上に神経が疲れそうだ、とエディスは思った。
寝室は二階の右奥の部屋だと教えてもらったエディスは「分かった」と頷く。リビングでうたた寝を打っていたシトラスを叩き起こし、一緒に連れて行く。
「なにしてたんですか、エディス」
「洗濯だよ。ったく、お前も明日はなんかやれよ。宿代わりにしてんだから……おい、聞いてんのか」
部屋に入ってもまだぼーっとしているシトラスは、きょろきょろと周りを見渡していた。エディスもなにがあるんだよと思いながら、同じように部屋の様子を見る。
「ここで寝るんですか?」
大きなダブルベッドが部屋の左端に置かれていた。その他には、ライトとテーブルと、壁際に小さな棚が置かれてあるだけの、シンプルな寝室だ。
「……まさか」
男三人で寝れるわけがないとエディスは口の端を引き攣らせる。いざとなれば自分が床で寝ればいいかと、ため息を吐いた。
「あれっ、これ……エディス?」
壁際の棚の前に立っているシトラスが出した声に、エディスは振り向く。なんだよと言いながら彼の隣まで行くと、棚の上に写真立てが置いてあることに気が付いた。
「これ、エディスのご両親ですか?」
見ると、そこには九人の男女が写っている。全員、エディスが知っている人物だった。
「誰なんですかね?」
「……左端は、前元帥のローラ様。その隣はミシアの奥さんで、二人の後ろに立ってるのはミシアだろ。奥さんの隣はビスナルク教官。ミシアんとこで会っただろ?」
「えっ、あの強面の女性ですか?」
写真のビスナルク教官は髪も長く、化粧もしている。美しいご令嬢にも見える風貌だが、今は髪も短く切って化粧も最低限しかしていない。シトラスが疑問に思うのもおかしくはないが、意思の強い目はそのままだ。
「そうだよ」
へえ、と意外そうな声を出す。
「他は?」
「その隣は――違うかもしれないけど、多分国王様。後ろは元帥のパートナーのトリエランディアさんで、隣は……王妃のエディス様じゃないか?」
「エディス? あなたと」
「同じ名前なだけだ」
エディスは動揺している気持ちを隠して言葉を返した。そう、この写真にはエディスさんが写っている。その傍らには――
「じゃあ、隣の人たちは誰ですか?」
「……さあ」
エディスさんの腕に抱き付いている薄紫色の髪の女は、南の海底で出会ったシュアラロに違いない。吸血鬼だからか姿かたちが変わっていない。
その後ろには、ひときわ背の高い緑色の髪の男が立っている。
「知らねえよ」
男の方はフィンティア家の屋敷で会った吸血鬼だ。長い前髪に隠されていて顔がよく見えないが、確かにそうだとエディスは確信していた。
「待たせたな。お前らなに見てるんだ」
ドアを開け放って入ってきたミシアの両腕に二人は拘束された。
「ミシアさん、この人たちは一体どなたですか?」
「ん? あー……昔の友人だよ」
こっそり見上げたミシアは苦笑をして、写真立てを手で伏せた。自分に話すようなことはしてくれないか、とエディスは嘆息した。
「それより、皆で夜更かしするぞ!」
話題を変えたいのか、電気を消したミシアは引きずるようにして二人をベッドの前まで連れて行って乱雑に放り投げた。
「あっぶねえな! って、おい! きっつ……!」
ミシアが真ん中を陣取り、エディスは逃がさないためか壁際に追い立てられる。シトラスは落ちないかとミシアにしがみつく。
「夜更かしって、いったいなにをするんですか!?」
「そうだなー。恋バナでもするか?」
ミシアの提案に、エディスとシトラスはコイバナ? と不思議そうな声を出す。
「なんだそれ」
「恋の話に決まってるだろ」
くだらない、とエディスの呆れた声が暗い室内に浮かび上がった。
「たとえば、シトラスは今日シルクに惚れただろー? とかだな」
「ほっ!? す、好きになんかなってませんよ!」
馬鹿なこと言わないでください! と必死な様子に、ミシアとエディスは笑い声を上げる。これはどう考えても惚れたに違いない。
「僕より! エディスにはそういう人いないんですか!?」
ムッとしたらしいシトラスが矛先を変えようとしてくる。
「……いねえよ」
さっきミシアが”恋の話”だと言った瞬間、宿舎の階段が脳裏に浮かんだ。けれど、あれはレウの気まぐれであり、悪戯だ。あんな風に年下を揶揄う奴がいるかと怒っていい出来事に違いない。そう、いうなればーー犬や猫に舐められたり噛まれたのと同じだ。
「なんですか、それ」
面白くないとシトラスが付け加えて、今度はエディスがムッとした。
「うるせえ。それより、どうなんだよ」
「なにがです?」
「シルクのこと。どう思ってんだよ」
うちの大切な妹に軽い気持ちで手ぇ出したらブッ飛ばす、と思いながら訊ねる。その気持ちを知らないシトラスは、指をもじもじと合わせた。
「最初はビックリしたしまた、けど……結構、あのような女の子も新鮮でいいな、と」
あぁ? と低い声を出してしまったエディスにミシアはぶっと吹き出して笑った。
「シトラス、シルクはコイツが好きなんだぞ」
なにを言うんだと慌てて起き上ったエディスが、ミシアの口を封じようと手を伸ばす。だが、反対側から起き上ったシトラスに両手首を握られて止められてしまう。こんなに早く動くシトラスは初めて見る。
「そっ、そうなんですか!?」
「そうそう。コイツのために軍に入隊したようなもんだしなあ」
馬鹿野郎……とエディスは頭を抱えたくなった。そんなことを恋をしたばかりの奴に言うんじゃない、と面倒臭さから顔を手で覆おうとした。
「本当ですか、それ!」
だが、先にシトラスに肩を掴まれてしまう。
「ほ、本当……だ」
事実であることは間違いないので、そのままを伝えると、シトラスは深いため息をついてミシアの胸に頭をのせた。
「そんなの、」
「俺はアイツにそんな気持ちなんか持ったことない!」
冗談じゃない、とエディスは慌てて否定する。違うから! と強く言うが、「そんなことないでしょう。とても仲良さそうじゃないですか」と言ってシトラスは信じてくれない。
「本当に、違う。俺は、アイツを妹のように大切にしてやりたいんだ!! だからそれはない、絶対にだ!」
「わ、分かりましたよ……。そんなにまで言わなくても。シルクが可哀想じゃありませんか」
両手を握って強く言うと、シトラスは若干引いた様子で受け入れてくれた。はーっと息を吐いたエディスは、もう一度冗談じゃない、と低く呟く。
二人の様子を真ん中でニヤニヤと笑いながら見守っていたはずのミシアは、腹を抱えて笑っていた。
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