悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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能力者編

5.腐食

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 シトラスが能力に覚醒して以降、エディスたちの戦闘任務は増えるばかりだった。気付けば朝の数分以外でミシアと顔を合わせることもなくなり、一日中なにも食べないという日も少なくはない。
「じゃあ、悪いけど二人ともこの書類を頼むな」
 そんな過剰労働に、シルクもシトラスも限界を迎えていた。それは二人だけではない。新たに任された三十人の部下も例外ではなく、エディスは彼らにも調整をして休みをとらすようにしていた。
「他の奴らも今日は中の勤務だから、その紙に書いてある仕事をやるように伝えておいてくれ」
「分かりました」
 安心した顔をするシトラスに、エディスは頷く。そして、一人で軍の中から出ていこうとする。
 エディスはおのずと一人で戦闘任務に出かけることが多くなっていた。古びた剣を一本だけ持っていき、巨大な紋章陣を描く。そうして、魔法を使って大量の魔物を殺していった。
 エディスだけに体調の異変が見られなかった。濃いクマは消えないが顔色もそう悪くなく、髪ツヤもいい。シトラスのように吐くわけでも、シルクのように無理に明るくなるわけでもなく、平素と変わらなかった。ただ、目だけが肉食獣のようにギラギラと光っている。
 そんな様子に、「エディス中尉は余程殺しが楽しいのだろう」と影で話している者がいることをエディスは知っていた。

「アンタなあ、なんだよその顔は」
 頬を撫でられたエディスが物も言わずに首を傾げると、レウはため息を吐いて目を逸らす。
 余程なにかの問題がーー例えば、血でもつけたままにしていたのだろうかと思ったエディスは手で顔を拭う。なにかついているだろうかと見下ろした手が真っ赤に見え、体を大きく震わせる。
 背まで後ろにほんの僅か引いたエディスは、恐る恐る手をもう一度見た。先程は爪の間まで赤く見えていたはずの手は擦り切れてささくれだっており、ところどころ血が滲んでいるだけだった。息を吐いて手を見下ろしていたエディスをどう思ったのか、レウの温かな手に握られる。
「……痛むのか」
 いつも付けている手袋はどうしたんだと訊かれ、そういえば腰に帯びている小さな医療のうの中に入れて出てきたことを思い出した。付けようとした時、レウが待ってろと言って自分の医療のうを開ける。中から取り出した軟膏を指で掬って蓋を閉め、エディスの手を握った。
「手入れしないからだろ」
 手の甲に塗りつけられた軟膏をレウが塗り広げていく。それをぼんやりとした目で見つめる。
 思えば、エディスの手はいつも擦り切れていた。魔物であるにも関わらず、治っていく端から傷が出来、冷たい風が当たれば罅割れる。奴隷だった時もそうで、いつも赤い手をドゥルースから隠していた。
「医療部に軟膏を出すように言っておくから、毎日寝る前に擦りこんで……おい?」
 聞いてるかと訊ねられるが、顔を上げることすら億劫だ。ここ数日はずっとどこか意識がおぼろげで、頭が考えることを拒絶しているのではと疑うくらいだった。
「任務、行ってくる……」
 抜け出した手を、しっかりと白い手袋で覆う。まだほんのりと熱が籠っているようだったが、物事をしっかり捉えられたのもそこまでだった。 
 気付いた時には広範囲の光魔法により黒く焼け爛れた大地を背に歩いていたエディスは、ふいにつまづき、倒れた。声もなく地面に伏せたエディスは、起き上がることもせず、ぼーっと横の地面を見つめる。そこには、地面と同化したような姿の魔物が同じように横たわっていた。
「後三十分で帰って、十五分で報告書作成。その後は南地区で狼男の群れ退治と、東地区で巨人退治。今日中に間に合うか? 明日は……なんだっけ。今日と似たような、いや、違う。革命軍退治だ。ドゥルースが集めたリーダーだけ半殺しにして、後は解散させよう。それでも従わなかったら南に送って、ドールさんたちに面倒看てもらって。その後は……。あれ? レイヴェンって、もう出張に行っちゃったんだっけ?」
 虚ろな目で呟くエディスの前に、一羽の白い鳥が止まった。それは、鋭いクチバシで魔物の皮膚を食いちぎり、中身を食べていく。エディスは、それをじっと見ていた。
 顔をどの位置に変えたとしても、死体が目に入ってくる。顔を上にすれば、忌々しい程に晴れた空が見えるだけだ。エディスはようやく体を起こし、辺りを見渡す。やはり、見渡す限りに死体が倒れている。死体の群れ。自分が殺した魔物の死体、死体、死体。
「なんだよ、こんなの……俺自体も、死体みたいじゃねえか」



 エディスとシトラスは本当のパートナーではない。完全なる誤診だ。
 そのせいで精神的な負担だけではなく、能力の負荷なのか副作用もあるのだろう。誰よりもシトラスの消費が激しい。次第に胃液ではなく血を吐くようになってきたシトラスに、それでも負傷した者や、抱えている者は寄ってくる。治してください、治してください、と。
「シトラスさん、頭と胴体が離れているんですけど、治せますか?」
「……息はありますか?」
「かろうじて」
 悲痛な顔をして、数時間前まで楽しく明るく断章していた友人か同僚の頭を右手に、胴体を左手に持ってくる男の軍人。目端に涙を浮かべている彼に、シトラスは口を押えている手を離して言った。
「こちらへ。首がずれてしまわないように手で押さえていてください」
「ありがとうござします!」
 温かい光で傷ついた人間だけを癒す彼を見て、神だと言う者もいる。だが、エディスは血に濡れて使えなくなった剣を地面に刺し、新しい剣を抜き取った。
 これはいけない、止めなくてはならない。このままだと、駄目になる。死人がもっと増えることになる、とエディスは思っていた。実際、シトラスが能力者になってから、怪我人が急激に増えている。死人の数は減ったが、重傷を負う者が格段に増えたのだ。
「おいッ、ソイツに甘えんな。お前らもっと防御ってもんを考えながら戦えよ!」
 誰かが叫んでいるけれど、戦闘終わりの体に力が入らない。地面に座り込んだ体勢のまま動けずにいると、肩を揺さぶられた。
「アンタももうほとんど意識ないじゃねえか、おい! こっちにも医療班来てくれ!」
「俺はいい……大丈夫だ」
 寝れば治ると言うが、連戦の疲労が蓄積された体はこちらの言うことを聞かず支えてくれている腕に凭れかかる。
 これは、甘えだ。シトラスさえいれば死なない。能力でなんでも治してもらえる、もう誰も死なない――部隊全体にそういう甘えが出てきてしまっていた。だから、どいつもこいつも無茶な行動をしてはシトラスを頼る。悪循環がすでに始まっていた。
 シトラスの体も能力の過負荷に蝕まれていっている。
「こんなことは――」
 こんなことはもう無理なんだと、エディスは心の中で呟いた。
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