58 / 181
御曹司編
5.まるで少女のような
しおりを挟む
「明日の朝九時に迎えに行くからな」
片手を上げて元気よく返事をするシルクの頭をミシアが撫でる。周りの護衛もそれをにこやかに見守っている。なにしろ、わんぱく姫の久しぶりの帰還だ。皆心なしか嬉しそうに見える。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「はいはい」
なぜか身を屈めるミシアにエディスとシトラスは首を傾げた。だが、シルクがその肩に手を置き、ミシアの頬に口づけた。続けてミシアの左側に立っているシトラスの頬にもする。
「エディス、おやすみ!」
「……なんで手を掴むんだよ」
シトラスと逆側に立っているエディスの前まで走って戻ったシルクは、笑顔で手を握った。
「だって、エディスだけ逃げそうだから」
それはそうだろう。たとえ兄妹(仮)だからといって、人前でこんな恥ずかしいことができるわけがない。だが、両手首を掴んで拘束されていて逃げられそうになかった。
「おかしいだろ、この状況」
「エディスともしたい!」
断ろうとぐずぐず言っても聞かなさそうなシルクに、エディスはため息を吐く。
「……好きにしろ」
眉間に皺を寄せて言うが、シルクは嬉しそうに返事をしてエディスの右頬にキスをした。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
ほれ、もう行けとおざなりに指を下に向けた手を振ると、シルクは素直に門の中に入っていく。手を大きく振り、「また明日なー!」という少女にミシアとエディスは手を振り返した。
だが、口をぽっかりと開けて頬を押さえているシトラスだけはそのままだった。ミシアとエディスはシトラスの様子を見て、視線を交わした。ミシアがシトラスの肩を突き、口を開く。
「惚れたか?」
ぽーっと大きく口を開いて、上の空になってしまったシトラスの手を引いていく。誘導して車に乗せたミシアは、近くだという自宅まで走らせた。
そのまま家の門を通り抜ける。歩きでは遠いからと言う程の広さの庭に、エディスは見惚れた。
着いた途端、そこに畏まっていた執事に出迎えられる。エディスは家というよりも屋敷と言える大きさの建物を見上げ、呟く。
「大きいな」
「形ばかりだ」
ミシアは先に我が物顔で歩いていくシトラスの背中をゆっくり押して中に入らせた。次に手を引いてエディスと玄関を潜る。
「し、失礼し」
緊張した面持ちで言おうとしたエディスの口に、ミシアの指がそっと触れる。見上げると、優しく笑って首を振られた。
「自分の家だと思えって」
「……分かった、けど」
じゃあなにを言えばいいんだよと気難しい顔になってしまったエディスに、ミシアは苦笑する。撫で心地のいい丸い頭を撫でて、顔を覗き込んでくる。
「ただいま、だ」
「……ただいま」
言い慣れない言葉をたどたどしく、なぞるように言うエディス。
「おかえり」
その肩に手を当て、引き寄せるようにして入っていく。シンと迫るように静まり返っている屋敷の中をエディスは見回した。
ミシアが後は自分でやるから皆を下がらせてくれと執事らしい老齢の男性に声を掛ける。穏やかな笑みを浮かべて一礼をした彼を見送って、エディスは静けさに満ちている家内を見渡す。
「……アンタの家族は?」
確か自慢の嫁と子どもがいたはずだと記憶から持ち出してきた情報を口にすると、ミシアはエディスの手を引いて歩いていく。
「いるよ」
玄関のすぐ右側にある引き戸を開け、中に入る。
電気を点けても薄暗い部屋の中には透明な箱が中央に置かれていて、そこから漂ってくる濃い花の香がエディスたちを包み込む。様々な種類の花に囲まれた透明な箱に寄って初めて、それが棺であることに気が付いた。
手招かれたエディスは、棺の近くに座る。
「えっと……その、可愛い人だな」
隣で胡坐を掻いているミシアは、エディスの方を見ずに「そうだろ」と目を和ませる。
「俺の嫁だ」
中に入っていた女性は、可憐と例えるのが一番似合うような人だった。色白のほっそりとした体に純白のドレスを着ている。薄い金色の髪はゆるく巻かれており、全体を淡く光らせるかのように包み込んでいた。少女めいた雰囲気の女性を見つめるミシアの横顔をそっと窺う。
時として作戦時には冷淡とも取れる程の残酷さを持つ男だ。それを忘れてしまいそうになるくらいに、柔らかで温かな微笑みだった。優しさを一つに固めたらこんな表情になるんじゃないだろうか。
「奥さん、どうして亡くなったんだ」
「事故だ」
事故……と心の中で繰り返すと、ミシアが自分の方を向く。なにも悪いことはしていないのに心臓が跳ねた。
「無理に突っ込んできた馬車に跳ねられてな」
急激に体温が失われていく。ミシアは事故と言ってはいるが、本心ではそう思っていないのではないだろうか。そんな不安が頭の中を過る。
エディスが口を開けようとした時、パサリと布の落ちる小さな音がした。血相を変えて振り向くと、戸口に大きなくまのぬいぐるみを抱えた幼女が立っていた。
片手を上げて元気よく返事をするシルクの頭をミシアが撫でる。周りの護衛もそれをにこやかに見守っている。なにしろ、わんぱく姫の久しぶりの帰還だ。皆心なしか嬉しそうに見える。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「はいはい」
なぜか身を屈めるミシアにエディスとシトラスは首を傾げた。だが、シルクがその肩に手を置き、ミシアの頬に口づけた。続けてミシアの左側に立っているシトラスの頬にもする。
「エディス、おやすみ!」
「……なんで手を掴むんだよ」
シトラスと逆側に立っているエディスの前まで走って戻ったシルクは、笑顔で手を握った。
「だって、エディスだけ逃げそうだから」
それはそうだろう。たとえ兄妹(仮)だからといって、人前でこんな恥ずかしいことができるわけがない。だが、両手首を掴んで拘束されていて逃げられそうになかった。
「おかしいだろ、この状況」
「エディスともしたい!」
断ろうとぐずぐず言っても聞かなさそうなシルクに、エディスはため息を吐く。
「……好きにしろ」
眉間に皺を寄せて言うが、シルクは嬉しそうに返事をしてエディスの右頬にキスをした。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
ほれ、もう行けとおざなりに指を下に向けた手を振ると、シルクは素直に門の中に入っていく。手を大きく振り、「また明日なー!」という少女にミシアとエディスは手を振り返した。
だが、口をぽっかりと開けて頬を押さえているシトラスだけはそのままだった。ミシアとエディスはシトラスの様子を見て、視線を交わした。ミシアがシトラスの肩を突き、口を開く。
「惚れたか?」
ぽーっと大きく口を開いて、上の空になってしまったシトラスの手を引いていく。誘導して車に乗せたミシアは、近くだという自宅まで走らせた。
そのまま家の門を通り抜ける。歩きでは遠いからと言う程の広さの庭に、エディスは見惚れた。
着いた途端、そこに畏まっていた執事に出迎えられる。エディスは家というよりも屋敷と言える大きさの建物を見上げ、呟く。
「大きいな」
「形ばかりだ」
ミシアは先に我が物顔で歩いていくシトラスの背中をゆっくり押して中に入らせた。次に手を引いてエディスと玄関を潜る。
「し、失礼し」
緊張した面持ちで言おうとしたエディスの口に、ミシアの指がそっと触れる。見上げると、優しく笑って首を振られた。
「自分の家だと思えって」
「……分かった、けど」
じゃあなにを言えばいいんだよと気難しい顔になってしまったエディスに、ミシアは苦笑する。撫で心地のいい丸い頭を撫でて、顔を覗き込んでくる。
「ただいま、だ」
「……ただいま」
言い慣れない言葉をたどたどしく、なぞるように言うエディス。
「おかえり」
その肩に手を当て、引き寄せるようにして入っていく。シンと迫るように静まり返っている屋敷の中をエディスは見回した。
ミシアが後は自分でやるから皆を下がらせてくれと執事らしい老齢の男性に声を掛ける。穏やかな笑みを浮かべて一礼をした彼を見送って、エディスは静けさに満ちている家内を見渡す。
「……アンタの家族は?」
確か自慢の嫁と子どもがいたはずだと記憶から持ち出してきた情報を口にすると、ミシアはエディスの手を引いて歩いていく。
「いるよ」
玄関のすぐ右側にある引き戸を開け、中に入る。
電気を点けても薄暗い部屋の中には透明な箱が中央に置かれていて、そこから漂ってくる濃い花の香がエディスたちを包み込む。様々な種類の花に囲まれた透明な箱に寄って初めて、それが棺であることに気が付いた。
手招かれたエディスは、棺の近くに座る。
「えっと……その、可愛い人だな」
隣で胡坐を掻いているミシアは、エディスの方を見ずに「そうだろ」と目を和ませる。
「俺の嫁だ」
中に入っていた女性は、可憐と例えるのが一番似合うような人だった。色白のほっそりとした体に純白のドレスを着ている。薄い金色の髪はゆるく巻かれており、全体を淡く光らせるかのように包み込んでいた。少女めいた雰囲気の女性を見つめるミシアの横顔をそっと窺う。
時として作戦時には冷淡とも取れる程の残酷さを持つ男だ。それを忘れてしまいそうになるくらいに、柔らかで温かな微笑みだった。優しさを一つに固めたらこんな表情になるんじゃないだろうか。
「奥さん、どうして亡くなったんだ」
「事故だ」
事故……と心の中で繰り返すと、ミシアが自分の方を向く。なにも悪いことはしていないのに心臓が跳ねた。
「無理に突っ込んできた馬車に跳ねられてな」
急激に体温が失われていく。ミシアは事故と言ってはいるが、本心ではそう思っていないのではないだろうか。そんな不安が頭の中を過る。
エディスが口を開けようとした時、パサリと布の落ちる小さな音がした。血相を変えて振り向くと、戸口に大きなくまのぬいぐるみを抱えた幼女が立っていた。
0
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる