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別離編

4.偏見だらけの受付所

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「シュウ・ブラッド少尉はいる?」
「今日からブラッド中尉ッスよ」
 いつもがら空きの軍兵器開発部の受付になぜか座っていたジェネアスに訊くと、彼はガラス窓の向こうでやれやれと首を横に振る。
「へえ。なんかすっげーの作ったのかな」
 電話では昇進のことなんて言ってなかったのにと首を傾げるエディスに、ジェネアスは口に苦味を走らせた。
「急になんスよ。あの人、今日からここの部長ッスよ」
「あ、ヤバい。ジェネアス、隠して」
「へっ?……いいけど、なんスか?」
 受付の扉を開いて中に入れてもらう。彼の足元にしゃがみ込んで、外から見えないように隠れる。なんスか? という顔をするジェネアスに、しーっと口に立てた指を当てて見せた。
「お疲れ」
「お疲れ様ッスー」
 受付を通り抜けた軍兵器開発部の男が通り過ぎるのを待って、エディスは息をふーっと吐き出す。
「あの人となんかあったんスか?」
 あんまよく知らない人ッスけどと眠たげな目を向けてくるジェネアスに、エディスはちょっとなと答えて立ち上がる。すると、そこに険しい顔をしたシュウがやって来た。呼びかけると、ジェネアスに服の裾を引っ張られる。
「なんでシュウ・ブラッドなんか呼ぶんスか!」
 小声で苦情を言われたエディスは、なんでってと口ごもった。そういえばジェネアスはブラッド家を毛嫌いしていたということを今更思い出して、額に手を当てる。
「お前、俺が嫌いだったのか」
「僕は世界で一番ブラッドっていう苗字が嫌いなんス。ブラッドであれば誰でも嫌いッスね!」
 できれば一生黙ってろ、近づくな、という顔をするジェネアスに、シュウは困ったように眉を下げる。
「まあ、気持ちは分からないでもない。でも、せめて理由くらい言ってくれてもいいだろ」
「言ってもどーせ、覚えてない。それこそ時間の無駄ッスよ」
 歯切れの悪い奴だなと後ろ頭を掻くシュウに、ジェネアスは目を丸くしてから自嘲じみた笑みを唇に浮かべた。
「……はあ、まあ。そんなに聞きたいなら? 言ってもいいッスけど」
 挑発的な様子で受付から出ていくジェネアスを、エディスがおいおいと追う。シュウも、もしかしたらシルベリアのことで気が立っていて喧嘩ができる相手を求めているのかもしれない。
「アンタ、ストロベリィ・シュガーレットって研究者、知らないッスか?」
「……ストロベリィ?」
 顎にゆるく握った手を当て、その手の肘にもう片方の手の甲を当てたシュウを見て、ジェネアスは「ほら覚えてない」と嘲る。
「彼女のチェリーパイは美味しかったな」
 だが、シュウが導き出した答えに顔を曇らせた。
「お前、アイツの友人だったのか? 最近見なくなったと思っていたんだが」
「違うッス!」
 震える声で短く返したジェネアスに、シュウは悪い恋人かと改める。どう考えてもジェネアスはストロベリィのことが好きだし、その考えても間違えではないだろう。
「違うッス。ストロベリィは殺されたんだ‼︎」
 アンタたち、ブラッド家に! と指を差されたシュウの顔が強張る。
「……なんだって?」
「過労死ッス! ストロベリィは、アンタらのために死んだんスよ!!」
 絶句するシュウに対し、ジェネアスは肩で息をする。泣きそうな顔をしているジェネアスの手を、エディスが握る。
「シュウ、なにか知らないのか?」
「研究所にいた時は隣の部屋だったんだけど、その……狼男が侵入してきた時に呪いをもらっちまったから」
 それ以来研究所のことを話題にすると親父が怒るんだよと、シュウは視線を落としてため息を吐く。「ほとんど勘当状態だからな、俺」と苦笑いをするので、ジェネアスがフンと鼻を鳴らす。
「使えない御曹司ッスね」
 ベーっと舌を出し、目の下を引っ張るジェネアスの脳天に、エディスはやめろと手刀を落とした。
「だってコイツらが」
「シュウがやったわけじゃないだろ。恨むならシュトー・ブラッドをだな……」
 一点を見つめて動かなくなったジェネアスに、エディスは怪しんで後ろを振り返る。すると、そこには先ほどの軍人がいた。
「エディス」
 名前を呼ばれた瞬間、エディスは右手を上げた。勘通り、左頬を叩こうとしてくる手を受け止めたエディスに、ソイツは舌打ちをして右手を掴んだ。
「なに受け止めてんだよ」
「いや、えーっと……その。殴られなきゃならねえ理由がないんで」
 そう引き攣った口で言うと、男は顔を真っ赤にして唾を吐きながら怒鳴ってくる。
「なにもかもお前のせいだろ!」
 だから俺から逃げてるんだろと掴んだ腕を乱暴に振り回され、エディスは抵抗するように睨みつけた。
「お前がっ」
「おい、止めろよ。落ち着いて話せって」
 仲裁に入ったシュウを肘で突いた男は、「俺のアイデアをパクリやがって!」とエディスに顔面を近づけて怒鳴る。
「たっだいまー。なにお前ら揉めてん……」
 シルベリアの普段通りの声が聞こえた時、強く頬を殴られた。腰の入った一撃に気が遠のきかけたが、腕で頭を守り、目を強く閉じる。
 エディスの頭が勢いよく叩きつけられたことで受け付けの窓ガラスが割れて、大きな破砕音を立てた。
 向こう側からやって来ていたシルベリアはその光景に目を見張り、腕に抱えていた魔物の資料を床に放り捨てて駆け寄ってくる。
「なにやってんだ、この馬鹿‼︎」
 荒々しく扉を開けて入ってきたシルベリアは、へたりこんでいるジェネアスと男を後ろから羽交締めにしているシュウの横を通り抜けた。
「エディス、おい!」
 ガラスにまみれて床に倒れている銀髪の少年の横に、膝を立ててしゃがむ。
「シルッ、シルベリアさん」
 親友の血を見て怖気付いてしまったのか、上ずった声を上げるジェネアスに顔を向ける。彼は多少医術の心得があったはずだが、この様子ではままならないだろう。そう判断したシルベリアは、魔法で窓ガラスを元通りにした。
 それからエディスを抱き上げる。意識がない状態で頭を揺り動かしたくはなかったが、シルベリアも回復魔法は不得意だ。医療棟はここからは遠いので、シルベリアが抱えて走って行く方が早いだろう。
「シュウ、ソイツもうちょっと抑えて……」
 持久力のないシュウに大丈夫か確認しようとしたところ、彼の腕にも大きなガラス片が刺さっていて、どうやればこんなことになるんだとシルベリアは苛立ちを露わにエディスを床に置く。
 シュウが取り押さえているものの未だ暴れている男に向かって、助走してから思い切り腕を振りかぶって殴った。
「なんでそうなっちゃうんスか⁉︎」
 頭を抱えたジェネアスに治安維持部を呼ぶように言いつけ、シルベリアはエディスを抱える。シュウにも来いと怒鳴ると、「どこにだ!?」と気が動転しているらしい反応が返ってきた。
「医療部に決まってるだろ、このアホ!」
 シルベリアに怒鳴られたシュウは首を竦めた。ジェネアスに「お前は大丈夫か」と聞くと、首を振る。行くぞとシュウを促して、シルベリアは走り始めた。
 今はなにも言わず、涙さえ流さない腕の中の少年のことが気がかりだった。小さくて、体温が低い。初めて会った時とほぼ変わらない印象の少年の顔を見下ろした。
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