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別離編

2.暁の乙女は突然に

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 細い手が茎をそっと穏やかに摘まんで持ち上げ、鼻先まで寄せて香りを嗅ぐ。店員はその様子を、作業の手を止めて見入っていた。
「……あ」
 自分が見られていることに気づいたのか、エディスは顔を上げる。その女性店員と目が合うと、照れ混じりの微笑みを浮かべた。
「いい匂いの花ですね」
「は、はい!」
 背を伸ばし、我も我もとエディスの元に女性店員が押しかけてくる。これもそれもと勧められる花々をエディスはひとつひとつ手にとっては見ていく。その中でもフリルがふんだんに使われたドレスのように華美な花を指差し「これで花束を作って欲しいんだけど」と頼んだ。
「はい、すぐに!」
 香り高い清廉な白い花は、少年そのままの姿のように見える。頬を紅潮させた女性は、満面の笑みで頷く。
「メリンアレットの学生さんですか?」
「メリンアレット? ……いえ」
 貴族の子どもがこぞって通う中央一の進学校の名前を出されたエディスは、顔に苦味を走らせた。
 挨拶が済んで、すぐシュウの元へ向かったのだが二人とも審査会や会議で不在だったのだ。なんとなく、フィンティア家の跡地を訪ねてみようと思って花屋に入ったらこれだ。
「どこかで見たことあるなーって思ってたんですけどぉ」
 曖昧な笑みで相手が話す言葉を聞き流していたが、不意に不快な気配を感じ取ったエディスは、店の外に体を向けた。そのまま通りを凝視していると、店員も不思議がって外に目を向ける。
「あの……?」
 目をエディスに向けると、エディスは店の外へと一歩進んだ。
【護り神よ 我が後ろへ】
 そして、店の前にシールドを出し、店員を振り返る。
「危ないから、この中にいてください。花束ができたら取りに伺います!」
 微笑を浮かべて言うと、店員は何度も首を頷かせた。念押ししてから走り出す。それを、胸の前で手を握って見惚れていた店員たちの中の一人が、大声を出した。
「ちょっと、なに? 驚かせないで!」
「あの子……エディス少尉だわ」
「えぇ~? あの、反軍を従属させたとかいう?」
 女性店員はもう一目見ようと出入り口の前に詰め寄る。
「反軍の活動拠点を買えるくらい、大金持ちってことですよねぇ?」
「あんなに綺麗な顔だったんだ~。いいなあ、私も美少年に仕えた~い」
「なに言ってんの、アンタじゃ無理よ」
 夢見がちなのもいい加減にして仕事なさい、と一番年上の女性に頬を突かれた女性は「はあい」と返して奥に戻っていく。



「軍だ、前を開けてくれ!」
 通りの良い声で叫びながら走るエディスは、近くに感じる魔物の気配に眉を顰める。黒い制服を着た者を一人も見かけないことから、軍が動いていないことだけが分かる。僅かに血の臭いがしてきたこともあり、エディスは舌打ちをした。
「待て、魔狼!」
 その時、少女の声と共に、目先の路地から黒い大きな犬のような生物が飛び出してきた。思わず足を止めたエディスの目の前に、別の者が割入ってくる。真っ赤な髪を首の後ろで切り揃えた、小柄な少女だ。
 少女は手に握った太いナイフを左手から右手に持ち替え、腰を落とす。
「お、おい!」
 エディスが制止させようとしたが、その前に少女は魔狼に向かっていった。裂帛の気合を混めてナイフで切りつけようとしたが、魔物に体当たりをされ、後ろに吹き飛ばされる。
 小さな悲鳴を上げた少女の体を、エディスは着地点まで走って受け止めた。少女は衝撃を耐えようと目を閉じていたが、地面の硬さではなく、人の柔らかさに抱きとめられたことに気がつくと、恐る恐る目を開いた。
「大丈夫か?」
 至近距離にあるエディスの顔を見上げた少女の顔が、ぱっと赤くなる。
「は、はい……っ。大丈夫です」
 両手を頬に当てた少女を腕に抱き上げているエディスは、魔物との距離を確かめながら横に移動する。少女を下し、左手で自分の背に庇う。少女が落としたナイフを足で上に蹴り、手に取って、魔物に向かって放った。
 ナイフは魔物の右目に突き刺さり、
【極西の主よ その刃に宿れ!】
 金色の光を放って、魔物を二つに切り裂いた。エディスは魔物に近寄り、黒い体液に濡れたナイフを取り上げる。
「あのっ、ありがとうございました!」
 どうしようかと悩んでいるエディスに、少女は駆け寄って頭を下げた。
「いいよ。それよりごめん、ナイフ壊しちゃったんだけど……」
「いえっ。い、いいんです!」
「悪いし、弁償するよ」
 ナイフはエディスの魔力に耐えられなかったのか、ヒビが入ってしまっていた。戦闘用に仕上げてある大ぶりのナイフは、どう見ても高価な物だ。簡単に壊してしまって申し訳ない、とエディスは真摯に伝えた。
「い、いいです! そんなっ」
「いや、俺がしたいんだ」
 近くを通りかかった軍人を手を上げて呼んで魔物の処理を頼むと、エディスは少女を連れて歩きだす。先程の花屋まで戻ると、店員はなにを思ったのか、少女に花束を渡してしまった。エディスは複雑な気持ちになりながらも代金を支払い、残念そうな顔をする店員に頭を下げて店を出る。
 白く可憐な花は小柄な少女にとてもよく似合っていたので、まあいいかと思って近くの武器屋まで少女と共だって歩いていく。凛々しい顔つきの少女は控えめにいっても美少女の部類だ。ただ、エディスの気を引いたのは美醜の部分ではなく、誰かに顔立ちが似ているという点だけだ。
「軍人に親戚でもいたりする? なんか、どっかで見たことあるんだよな……」
 だが、それが誰かは分からない。似ているがそっくりというわけではなく、具体的な部位もない。
「あ、でしたら兄だと思います! 私は東部の出身なんですが、兄は中央に勤めているので」
「へ~……なんて名前なんだ?」
 東部出身者なんて相当真面目な人なんだろうなと思いながら聞いたエディスに、少女はにこやかに微笑みながら己の胸に手を当てる。
「兄はレイヴェン・バスティスグラン。私はその妹で、アーマーと申します」
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