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南部編ー後半ー

3.ゴリラ発射扉

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「和睦……ってわけにはいかないッスよねえ」
 学友の家に遊びに行くという体裁だが、実際は反軍との会談に近い。なにしろ、こちらは頭目の首を狙いにきたと思われているのだ。娘がどう離しているのかは知らないが。
 唾を飲み込んだジェネアスが「エディス、お先にどうぞッス」と一歩退く。
「って言われてもなあ……こういう時ってなんて言えばいいんだよ」
 チャイムのボタンを前に、指を突き出したり引っ込めたりと繰り返している。明らかに不審人物で、顔が恐ろしく綺麗でなかったら近所の人に通報されていただろう。
「アンタたち、なにしてんの……早くチャイム押しなさいよ」
 ツンと背中を突かれたジェネアスが耳元で叫び声を上げたことにより、エディスも家の塀に肩をぶつけた。バクバクと激しく音を立てる胸を服の上から押さえて振り返る。そんな自分たちを見て、腰に手を当てたリスティーは鼻から息を吐く。
 ピンク色のキャミソールにデニム素材のショートパンツ、花の飾りがついたサンダルという軽装の彼女に、エディスは「そういうわけにはいかねーだろ……」と引き攣った声を出す。
「リキッドなんて勝手に入ってくるわよ」
 いいから入りなさいってばと背中を押され、門の中に入ってしまう。玄関の黒いドアノブをリスティーが引くと、
「おっかえりーリスティーちゅわあああん!!」
 熊とゴリラを掛け合わせたような外見の大男が飛び出してきた。
 瞠目したエディスは咄嗟の行動で踵を二度蹴り、瞬発的に足に魔力を凝縮させる。その勢いのまま足を振り上げ、腕を広げて迫ってくる男の横っ面に叩きこんだ。ジェネアスかリスティーか、誰かが発した「あ」という声がその場に空しく響く。
 地面に着地したエディスは白目を剥いて倒れている大男を見下ろす。その眉間から冷や汗が滲み、唇に力が入った。取り返しのつかないことをしたと悟り、リスティーに顔を向ける。口に手を当てて大きく目を見開いている彼女を見て、エディスははは……と笑い声を漏らす。
「けっ……こう難しいな、この魔法」
「それ、父さんだけど」
 大丈夫? と言われ、エディスは手に提げている土産品を取り落としそうになった。

「すみませんでした」
「いやー、俺が抱き付こうとしたのが悪かったからな」
 気にすんな坊主と背中を強い力を叩かれて、よろめく。思い切り蹴り飛ばした手前、いってーなと言うこともできず、エディスは片側の口角を上げる。
「それで、お前なんて言ったか。噂になってた奴だよな」
 リキッドから聞いたはずなんだけどなと見下ろしてくる男を真っ直ぐに見据えた。「リキッドくん、口軽ぅ~い」とジェネアスが呆れたように言って、リスティーの父に睨まれる。
「中央軍司令部から来た、エディス軍師准尉です」
「僕はジェネアス・フロイード上等兵ッス」
 名乗った瞬間、その男は僅かにジェネアスの方を見ようと首を動かした。だが、即座に「エディスくんか!」と手を差し出してくる。その手を見つめ、顔を上げたエディスが口を開く。
「ジェネアスがなにか?」
 感情が顔に出る男だと思った。片眉を顰め、空気をひりつかせる。エディスはジェネアスの前に立ち塞がり、「トリエランディア大将か」と考え付いたことを口にした。
 彼の同士であること。ジェネアスを警戒するとすれば、それしかない。
「――警戒しなくていいぞ。ただ、この前意味もなく来てやがったなと思っただけだ」 
「意味なくないッスけど」
 僕と密談するっていう……とジェネアスが上半身を横に曲げ、エディスの後ろから出て片手を挙げる。
「ローラ元帥のことは知ってるッスよね。僕、それの犯人を調査してる人と繋がってるんで。経過報告ッスよ」
 ここなら丁度いいかなってと言うジェネアスに、エディスも唖然として口をぽかんと開けた。
「それで着いてきたのかよ!」
「そりゃそうッスよ、任務がなかったらこんな暑い時期に来ないでしょー!?」
 なんだよそれ!    とエディスが詰め寄ろうとすると、リスティーの父に腕を掴まれる。見ると、喧嘩はするなとでも言いたげに首を振られた。
「よし、二人とも今日はこの家でゆっくりしていきなさい!」
 そして、二人の背中に手を添えてぐんぐん進んでいく。広いリビングに入るとソファーを叩き、「座れ」と言う。
 がははと笑うむさ苦しい姿に、エディスは荒くれ者が集まった反軍のリーダーらしいなとしかめっ面になる。

「俺らが元気にやり始めたのは、ローラの婆さんがいなくなったのが原因じゃねえよ」
 元から鬱憤が溜まってただけだと、こともなげにリスティーの父親――ドール・フレイアムは言い切った。
「それで子どもが派遣されてくるとはなあ、世も末だな」
 昔ならミシアやハイデン、終いにはトリエランディアがすっ飛んできたぞと大笑いするドールに、エディスはうわー……と口の端をひくつかせる。今の将官ばかりで笑いごとではない。
「お前には腐った軍や国を変えるとか、そういう理想はないのか?」
「ねえよ、俺ただの一般兵だぞ。めちゃくちゃ頑張っても佐官になれるかどうか」
 上からの命令聞くだけの一生だろと驚くエディスに、父はえぇ?    と口元を歪ませた。
「お前、王族の血が入ってるだろ。なのに」
「なんで外見的特徴が似てるってだけで革命家にならなきゃいけないんだ」
 俺が入隊したのほどほどに良い給料貰って自立した生活を送りたいからだぞと言うと、ドールは一瞬ぽかんと大口を開けた後で爆笑した。
 腹を抱えて笑う大男にエディスは諦めろと手を振る。
「その顔使えばなんだって出来んのに、勿体ないことすんなあ」
 なんで自分が王子だって名乗りあげないのか、一気に王位継承者で一生贅沢できるぞと言われる。同じことばかり言われ、辟易していたエディスは「いらねー」と吐き捨てた。
「その代わり国のために尽くさないといけないだろ。引退したからって終わりじゃねえし」
ドールに「利己的な奴だな」と眉をひそめられ、なんとでもと返す。
「ふーん……じゃあ言えるな」
 と言って、手を差し出してきて「利害が一致するなら、どうだ」と口の片端を上げた。
 挑戦的な視線を受けたエディスは、「都合のいい顔が欲しいだけかよ」と興味をなくしたようにソファーにもたれ掛かる。柑橘系のジュースが入ったグラスを回すと、氷がぶつかってカラコロという涼し気な音が響く。
「……上司に領地経営でもしてみたらどうだって言われたんだよな。給料が余ってるからって」
 なにか良い所知らないかと訊ねると、親父さんはそうだなあと顎に手を当てて髭を指で撫でる。
「丁度いいし、アンタらに譲ってもらおうかな」
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