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生贄編
5.冷やかし受話器に頭痛
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朝の、強い日差しが目に痛い。頭までもが痛みを発してくる程だ。エディスは顔の前に掲げていた手を下ろし、うなだれた。
「そんなに気落ちするもんじゃないッスよ、エディス」
慰めるようにジェネアスが笑うが、笑いごとではないのだ。まさに人生の岐路に立たされているといってもいい。
「むしろ早い内に経験できてよかったんじゃないッスかぁ? ファーストキス」
「うるっさいな!」
気にしてねえよと叫ぶが、動揺が隠しきれていないのは明白だった。
「俺がしたの、男とだぞ……いいわけねえだろ!」
「ええ~~っ、考えが古いッスよ! 最近じゃあ男同士の恋愛小説も売ってるんスからねー」
同期でそういうのが好きな子がいるんスよねえと言うジェネアスに、エディスは頭を抱えそうになる。ドゥルースとは同じベッドで寝たり、頬にキスしたりと今思えばやたらに距離感が近かった。だけど、それは閉鎖的な空間で、二人ともが子どもだったのが主な要因だろう。
それに、あれがドゥルースだったなら、もっと紳士だったはずだ。あんな、こちらを食べるような荒っぽい真似、彼ならするはずがない。
「その子、帰ったら紹介しようか?」
「いや……」
女子とそんな赤裸々な話ができそうにないと断ろうと思ったが、ふとある光景が記憶から蘇ってきた。
「ちょっと電話してくる!」
「今からッスか!?」
朝といっても、朝日が昇ってすぐだ。こんな時間に起きてる人なんて誰もいないと主張するジェネアスに、「大丈夫だ、寝てないから」と言いおいて部屋を出る。
ホテルのエントランスにある電話機を借り、中央軍司令部にダイヤルを回す。交換手に相手先を伝えると、フロントマンがこちらを伺うように見てきた。小声で「早く」と伝えると、些か険のある声で「お待ちください」と返ってくる。
壁にもたれかかりながら待っていると、フロントマンがカウンターから出てくるのが見えた。反軍に属しているのだろうか、こんな時間だということもあり余程の重要機密なのかと興味を引いてしまったらしい。
何度もドアが叩かれ、その向こう側ーー大型の機械を動かしている男の名前が繰り返し呼ばれる。呼んでいるぞと声を掛けられるが、試験運転を始めたばかりで手が離せそうにもない。仕方なく同居人がベッドから起き上がってドアを開け、「なんの用だ」と問う。
「女の子から電話だってよ!」
朝から茶化すような軽い調子の声が廊下中に響いた。シルベリアが部屋の中に向かって同じことを叫ぶと、周りの部屋から野次が出てくる。部屋の中にいるシュウの耳にも入る大きさで「なに、女?」「なんでブラッド?」「どうせ男は顔と財力なんだよ」「あー……なんかなぁ、意外と目つきの悪さも甘いもの好きってのもいいらしいぜ」と
「俺に電話してくる女なんか……アーマーか?」
東に名高いバスティスグラン三兄妹の末娘、アーマーとは兄を通じての付き合いがある。ここ最近のシュウが熱を入れて企画している女性型ガイノイドのモデルを頼んでいるので、その件だろうか。
「いや、バスティスグラン妹じゃねえよ」
「じゃあ人間違いだろ、他に女の知り合いいねえし」
「うるせーっ、早く来い!」
機械を止め、重たい腰を上げたシュウが出てくると「なんだその格好は」「待て、女の電話にそんな適当な服で行くんじゃねえ!」と怒鳴り声とゴミが飛んできた。頭にはタオルとゴーグル、顔にはマスク。なにも考えずにタンスから取り出して着たと思われる黒のTシャツと黒のパンツを身に着けている上に足下は裸足にスリッパだ。おまけに金屑が至る所についている。
「誰なんだよ」
「エディスちゃんだってよ」
綺麗な名前だよな~いつの間に知り合ったんだよと目を閉じてうっとりする男に、シルベリアが「エディス?」と首を傾げる。シュウに「エディスって、あのエディスか?」と訊ねられた男は「なんでお前が知ってるんだよ」と怪訝そうにした。静まりかえった廊下に男は動揺して「どうしたんだよ」と体を左右に反転させながら呟く。
「ふざっけんな、それエディス軍師准尉だろ!」
「情弱が! 期待させやがってよ~~~~っ」
噴き上がったブーイングに体を震わせた男は、「えっ、なに。有名人……?」と不安そうに目を揺らす。
南に行ってから全く連絡を寄越さなかった奴が急になんなんだと思いながら「本当に俺なのか」とドアの前にいる男に訊ねる。
「シルベリアじゃなくてシュウって言ってたぞ」
「ってことはアイツ、開発でなんか詰んだな」
「さあ、どうだろうな。意外と別の相談かもしれないぞ」
行ってくるとシルベリアの肩を叩いて廊下にでると、途端に起き抜けの髭面に筋肉で張った腕を振り上げられる。「なんでテメーだ!」「うちの軍師准尉ちゃんだぞ」と野次を飛ばされたシュウは眉間に皺を寄せた。
早足で歩いていったシュウは交換手から受話器を受け取ると「おい、なんの用だ」と開口一番訊ねるた。随分長い間待たせていたはずの相手から、しばらくしてから「シュウだよな。相談したいことがあんだけど……」と確認があり「そうだ」と肯ずる。
「なあシュウ、キスってしたことあるか?」
俺に答えられることならなーーと言おうとしていたシュウの親切心を叩き折るような質問に度肝を抜かれ、声が引っ込んでしまった。
「お前、そこでなにやってんだ……?」
「そんなに気落ちするもんじゃないッスよ、エディス」
慰めるようにジェネアスが笑うが、笑いごとではないのだ。まさに人生の岐路に立たされているといってもいい。
「むしろ早い内に経験できてよかったんじゃないッスかぁ? ファーストキス」
「うるっさいな!」
気にしてねえよと叫ぶが、動揺が隠しきれていないのは明白だった。
「俺がしたの、男とだぞ……いいわけねえだろ!」
「ええ~~っ、考えが古いッスよ! 最近じゃあ男同士の恋愛小説も売ってるんスからねー」
同期でそういうのが好きな子がいるんスよねえと言うジェネアスに、エディスは頭を抱えそうになる。ドゥルースとは同じベッドで寝たり、頬にキスしたりと今思えばやたらに距離感が近かった。だけど、それは閉鎖的な空間で、二人ともが子どもだったのが主な要因だろう。
それに、あれがドゥルースだったなら、もっと紳士だったはずだ。あんな、こちらを食べるような荒っぽい真似、彼ならするはずがない。
「その子、帰ったら紹介しようか?」
「いや……」
女子とそんな赤裸々な話ができそうにないと断ろうと思ったが、ふとある光景が記憶から蘇ってきた。
「ちょっと電話してくる!」
「今からッスか!?」
朝といっても、朝日が昇ってすぐだ。こんな時間に起きてる人なんて誰もいないと主張するジェネアスに、「大丈夫だ、寝てないから」と言いおいて部屋を出る。
ホテルのエントランスにある電話機を借り、中央軍司令部にダイヤルを回す。交換手に相手先を伝えると、フロントマンがこちらを伺うように見てきた。小声で「早く」と伝えると、些か険のある声で「お待ちください」と返ってくる。
壁にもたれかかりながら待っていると、フロントマンがカウンターから出てくるのが見えた。反軍に属しているのだろうか、こんな時間だということもあり余程の重要機密なのかと興味を引いてしまったらしい。
何度もドアが叩かれ、その向こう側ーー大型の機械を動かしている男の名前が繰り返し呼ばれる。呼んでいるぞと声を掛けられるが、試験運転を始めたばかりで手が離せそうにもない。仕方なく同居人がベッドから起き上がってドアを開け、「なんの用だ」と問う。
「女の子から電話だってよ!」
朝から茶化すような軽い調子の声が廊下中に響いた。シルベリアが部屋の中に向かって同じことを叫ぶと、周りの部屋から野次が出てくる。部屋の中にいるシュウの耳にも入る大きさで「なに、女?」「なんでブラッド?」「どうせ男は顔と財力なんだよ」「あー……なんかなぁ、意外と目つきの悪さも甘いもの好きってのもいいらしいぜ」と
「俺に電話してくる女なんか……アーマーか?」
東に名高いバスティスグラン三兄妹の末娘、アーマーとは兄を通じての付き合いがある。ここ最近のシュウが熱を入れて企画している女性型ガイノイドのモデルを頼んでいるので、その件だろうか。
「いや、バスティスグラン妹じゃねえよ」
「じゃあ人間違いだろ、他に女の知り合いいねえし」
「うるせーっ、早く来い!」
機械を止め、重たい腰を上げたシュウが出てくると「なんだその格好は」「待て、女の電話にそんな適当な服で行くんじゃねえ!」と怒鳴り声とゴミが飛んできた。頭にはタオルとゴーグル、顔にはマスク。なにも考えずにタンスから取り出して着たと思われる黒のTシャツと黒のパンツを身に着けている上に足下は裸足にスリッパだ。おまけに金屑が至る所についている。
「誰なんだよ」
「エディスちゃんだってよ」
綺麗な名前だよな~いつの間に知り合ったんだよと目を閉じてうっとりする男に、シルベリアが「エディス?」と首を傾げる。シュウに「エディスって、あのエディスか?」と訊ねられた男は「なんでお前が知ってるんだよ」と怪訝そうにした。静まりかえった廊下に男は動揺して「どうしたんだよ」と体を左右に反転させながら呟く。
「ふざっけんな、それエディス軍師准尉だろ!」
「情弱が! 期待させやがってよ~~~~っ」
噴き上がったブーイングに体を震わせた男は、「えっ、なに。有名人……?」と不安そうに目を揺らす。
南に行ってから全く連絡を寄越さなかった奴が急になんなんだと思いながら「本当に俺なのか」とドアの前にいる男に訊ねる。
「シルベリアじゃなくてシュウって言ってたぞ」
「ってことはアイツ、開発でなんか詰んだな」
「さあ、どうだろうな。意外と別の相談かもしれないぞ」
行ってくるとシルベリアの肩を叩いて廊下にでると、途端に起き抜けの髭面に筋肉で張った腕を振り上げられる。「なんでテメーだ!」「うちの軍師准尉ちゃんだぞ」と野次を飛ばされたシュウは眉間に皺を寄せた。
早足で歩いていったシュウは交換手から受話器を受け取ると「おい、なんの用だ」と開口一番訊ねるた。随分長い間待たせていたはずの相手から、しばらくしてから「シュウだよな。相談したいことがあんだけど……」と確認があり「そうだ」と肯ずる。
「なあシュウ、キスってしたことあるか?」
俺に答えられることならなーーと言おうとしていたシュウの親切心を叩き折るような質問に度肝を抜かれ、声が引っ込んでしまった。
「お前、そこでなにやってんだ……?」
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