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生贄編
3.十六の魔人
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シュアラロは眉を下げ「往生際の悪い子ね」と言い、立ち上がった。
【黒衣の王 その剣
神に捧げる者の血よ
我が願いに応え
姿を現したまえ】
そう唱えたシュアラロが掲げる右手に黒い光が集まっていく。次第に収束していく光は、一本の赤黒い剣へと姿を変えた。
「さあ、これで私の胸を貫きなさい」
エディスの右手を掴んで不気味な剣を握らせようとしてくるので、腰が引けていく。
「聞こえていたでしょう。貫くのよ、この胸を!」
そう言われ、握らされた剣をエディスは見た。柄も刀身も、なにもかもが黒い。そして、まるで今さっき人を切ってきたかのようにテラテラと赤い液体で濡れていて――
「そんなことができるか!」
気味が悪くて、エディスは持たされた剣を床に放り投げた。
「私は今まであなたが殺してきた魔物と同じ生物よ、もうこの体は人間とは言えないの」
あまりに長く生きた人間は魔力を吸収しすぎて、変質する。そして”癒しの吸血鬼”と呼ばれるのだとシュアラロに伝えられたエディスは「マジかよ……でも無理だわ」と両手を挙げる。
断ってもシュアラロは表情を変えない。さあ殺せ、さあ早くこの胸を突け、刺せ! と内から咆哮しているような、鬼気迫る顔。血走った眼に見つめられて、エディスはたじろいだ。
「私の胸を突けば、あなたの体は浄化され、供物となれる。さあ、私を貫いて!」
そして生贄にと情緒不安定に絶叫するシュアラロを、リスティーは後ろから羽交い絞めにして「落ち着いて!」と怒鳴る。
「私もエディスを救う! その為に研究してきたのよ!!」
「そうですね、そうでしょうね! 分かりますよ~その気持ちっ。でも人殺しを強要させるのはどうかと……!」
「コイツ魔物だぞ」
人殺しにはならないという指摘に、リスティーが「今は黙ってて!!」と凄みをきかせた。
「っていうか、神を殺せばいいだけだろ!? こんなの!」
そう言い返すと、リスティーは口を薄く開けたまま固まり――ようやくの想いで「本当に神様なんだったら不敬すぎない?」と零す。
「いや、ほら。神って言ったってさあ。つまりは異星人ってことだろ」
ガジガジと頭を掻いて「侵略者ってことじゃねえのかよ」と口にしたエディスに、リスティーは首を傾げる。
「なんか、納得しちゃいそうな……誤魔化されてるような?」
うるっせえなら俺に死ねっていうのかよとリスティーに顔を寄せると、彼女は顔を赤らめて「そういうわけじゃぁ……ないけど」と口を尖らせた。
「どうやって殺すの。不可能よ」
「なんの為に人が魔法を研究してきたと思ってんだ。要は俺が強くなればいいって話だろ」
軍人やってるんだ覚悟はできてると腕を組むと、鬱蒼とした女は面を上げて、頬に手を当てる。その考えはなかったと言いたげな顔つきに、なんでそんなに日和見なんだ、自分のやりたいことを人任せにするんだと苛立つ気持ちが胸中に溢れてきた。
「なあ、アンタもなんか手っ取り早い方法知らないのかよ。子どもに任せて恥ずかしいって気持ちがねえのか!」
低く怒鳴ると、「やだ、アンタ追剥みたいよ」とたしなめるように言ったリスティーに肩を叩かれる。
「そうね……ないわけでは、ないけれど」
こちらを伺い見て、「ただ、扱いきれるかどうかは」と口ごもる。なんでもいいと促すと、シュアラロは渋々といった様子で頷く。
「この国には十六の魔人が宿る書物があったと聞いたことがあるわ。かつての四大貴族に、それぞれ受け継がれたらしいけれど、現存するかどうか」
「いいじゃねえか、それ!」
四大貴族ってどこの家だと軽々しく訊くエディスに、リスティーが大袈裟にため息を吐いた。項垂れる彼女は「アンタねえ、無礼って言葉を知らないの……って、血筋だけじゃコイツの方が上ってことなのよね」とブツブツと呟く。
「まずは……政治を担い、王の助けとなるエンパイア公爵家ね。確か、闇の魔法が渡されていたはず」
「なんかきな臭い話になってきたなー……」
それで王敵や政敵を始末しろってことかと、エディスは呆れて頬杖をついた。
「代々軍人を輩出するルイース侯爵家と、歴史を編纂しているトリドット公爵家。ここにはどんな魔法が贈られたか知らないわ。でも、持っているなら格としてはこの二家しかない」
ルイースという名前にエディスはげえっと言った。口の端が引き攣っているのを感じるが、それも当然だ。なにせ、ルイースは上司の苗字なのだから。
「最後に、魔法の研究で栄えたフィンティア侯爵家が光の魔法を持っている。私が知っているのはそれくらいよ」
後は自分で調べなさいと言われ、エディスが「どうも……」と言うとリスティーに後頭部を強かに叩かれる。椅子を引きずりながら距離を開けつつ「ありがとう」と言い直す。
「エンパイア、トリドット。公爵家はどちらも王家の血を強く継いでいるけれど、今はどうなっているか」
「トリドットは分からないんですけど、エンパイアはもう駄目なんじゃないかってお父さんが言ってたんですけど」
もう駄目とはと問うと、リスティーは「よく知らないけど、当主が変態なんだって」と頭の痛いことが返ってきた。となると、またアカデミーの顔審査のようなオヤジに付き合わされることになるのか――……とエディスは遠い目になる。
「抗うのなら、やってみなさい。ただし、私が無理だと判断した時は即刻生贄になってもらうわ」
どうせ無駄な努力よと、淡々と言葉を紡ぐ女の目が語っていた。エディスは上等だと拳を握り、笑ってみせる。
「絶対、神とやらを殺して生きてやるよ……!」
【黒衣の王 その剣
神に捧げる者の血よ
我が願いに応え
姿を現したまえ】
そう唱えたシュアラロが掲げる右手に黒い光が集まっていく。次第に収束していく光は、一本の赤黒い剣へと姿を変えた。
「さあ、これで私の胸を貫きなさい」
エディスの右手を掴んで不気味な剣を握らせようとしてくるので、腰が引けていく。
「聞こえていたでしょう。貫くのよ、この胸を!」
そう言われ、握らされた剣をエディスは見た。柄も刀身も、なにもかもが黒い。そして、まるで今さっき人を切ってきたかのようにテラテラと赤い液体で濡れていて――
「そんなことができるか!」
気味が悪くて、エディスは持たされた剣を床に放り投げた。
「私は今まであなたが殺してきた魔物と同じ生物よ、もうこの体は人間とは言えないの」
あまりに長く生きた人間は魔力を吸収しすぎて、変質する。そして”癒しの吸血鬼”と呼ばれるのだとシュアラロに伝えられたエディスは「マジかよ……でも無理だわ」と両手を挙げる。
断ってもシュアラロは表情を変えない。さあ殺せ、さあ早くこの胸を突け、刺せ! と内から咆哮しているような、鬼気迫る顔。血走った眼に見つめられて、エディスはたじろいだ。
「私の胸を突けば、あなたの体は浄化され、供物となれる。さあ、私を貫いて!」
そして生贄にと情緒不安定に絶叫するシュアラロを、リスティーは後ろから羽交い絞めにして「落ち着いて!」と怒鳴る。
「私もエディスを救う! その為に研究してきたのよ!!」
「そうですね、そうでしょうね! 分かりますよ~その気持ちっ。でも人殺しを強要させるのはどうかと……!」
「コイツ魔物だぞ」
人殺しにはならないという指摘に、リスティーが「今は黙ってて!!」と凄みをきかせた。
「っていうか、神を殺せばいいだけだろ!? こんなの!」
そう言い返すと、リスティーは口を薄く開けたまま固まり――ようやくの想いで「本当に神様なんだったら不敬すぎない?」と零す。
「いや、ほら。神って言ったってさあ。つまりは異星人ってことだろ」
ガジガジと頭を掻いて「侵略者ってことじゃねえのかよ」と口にしたエディスに、リスティーは首を傾げる。
「なんか、納得しちゃいそうな……誤魔化されてるような?」
うるっせえなら俺に死ねっていうのかよとリスティーに顔を寄せると、彼女は顔を赤らめて「そういうわけじゃぁ……ないけど」と口を尖らせた。
「どうやって殺すの。不可能よ」
「なんの為に人が魔法を研究してきたと思ってんだ。要は俺が強くなればいいって話だろ」
軍人やってるんだ覚悟はできてると腕を組むと、鬱蒼とした女は面を上げて、頬に手を当てる。その考えはなかったと言いたげな顔つきに、なんでそんなに日和見なんだ、自分のやりたいことを人任せにするんだと苛立つ気持ちが胸中に溢れてきた。
「なあ、アンタもなんか手っ取り早い方法知らないのかよ。子どもに任せて恥ずかしいって気持ちがねえのか!」
低く怒鳴ると、「やだ、アンタ追剥みたいよ」とたしなめるように言ったリスティーに肩を叩かれる。
「そうね……ないわけでは、ないけれど」
こちらを伺い見て、「ただ、扱いきれるかどうかは」と口ごもる。なんでもいいと促すと、シュアラロは渋々といった様子で頷く。
「この国には十六の魔人が宿る書物があったと聞いたことがあるわ。かつての四大貴族に、それぞれ受け継がれたらしいけれど、現存するかどうか」
「いいじゃねえか、それ!」
四大貴族ってどこの家だと軽々しく訊くエディスに、リスティーが大袈裟にため息を吐いた。項垂れる彼女は「アンタねえ、無礼って言葉を知らないの……って、血筋だけじゃコイツの方が上ってことなのよね」とブツブツと呟く。
「まずは……政治を担い、王の助けとなるエンパイア公爵家ね。確か、闇の魔法が渡されていたはず」
「なんかきな臭い話になってきたなー……」
それで王敵や政敵を始末しろってことかと、エディスは呆れて頬杖をついた。
「代々軍人を輩出するルイース侯爵家と、歴史を編纂しているトリドット公爵家。ここにはどんな魔法が贈られたか知らないわ。でも、持っているなら格としてはこの二家しかない」
ルイースという名前にエディスはげえっと言った。口の端が引き攣っているのを感じるが、それも当然だ。なにせ、ルイースは上司の苗字なのだから。
「最後に、魔法の研究で栄えたフィンティア侯爵家が光の魔法を持っている。私が知っているのはそれくらいよ」
後は自分で調べなさいと言われ、エディスが「どうも……」と言うとリスティーに後頭部を強かに叩かれる。椅子を引きずりながら距離を開けつつ「ありがとう」と言い直す。
「エンパイア、トリドット。公爵家はどちらも王家の血を強く継いでいるけれど、今はどうなっているか」
「トリドットは分からないんですけど、エンパイアはもう駄目なんじゃないかってお父さんが言ってたんですけど」
もう駄目とはと問うと、リスティーは「よく知らないけど、当主が変態なんだって」と頭の痛いことが返ってきた。となると、またアカデミーの顔審査のようなオヤジに付き合わされることになるのか――……とエディスは遠い目になる。
「抗うのなら、やってみなさい。ただし、私が無理だと判断した時は即刻生贄になってもらうわ」
どうせ無駄な努力よと、淡々と言葉を紡ぐ女の目が語っていた。エディスは上等だと拳を握り、笑ってみせる。
「絶対、神とやらを殺して生きてやるよ……!」
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