37 / 181
生贄編
3.十六の魔人
しおりを挟む
シュアラロは眉を下げ「往生際の悪い子ね」と言い、立ち上がった。
【黒衣の王 その剣
神に捧げる者の血よ
我が願いに応え
姿を現したまえ】
そう唱えたシュアラロが掲げる右手に黒い光が集まっていく。次第に収束していく光は、一本の赤黒い剣へと姿を変えた。
「さあ、これで私の胸を貫きなさい」
エディスの右手を掴んで不気味な剣を握らせようとしてくるので、腰が引けていく。
「聞こえていたでしょう。貫くのよ、この胸を!」
そう言われ、握らされた剣をエディスは見た。柄も刀身も、なにもかもが黒い。そして、まるで今さっき人を切ってきたかのようにテラテラと赤い液体で濡れていて――
「そんなことができるか!」
気味が悪くて、エディスは持たされた剣を床に放り投げた。
「私は今まであなたが殺してきた魔物と同じ生物よ、もうこの体は人間とは言えないの」
あまりに長く生きた人間は魔力を吸収しすぎて、変質する。そして”癒しの吸血鬼”と呼ばれるのだとシュアラロに伝えられたエディスは「マジかよ……でも無理だわ」と両手を挙げる。
断ってもシュアラロは表情を変えない。さあ殺せ、さあ早くこの胸を突け、刺せ! と内から咆哮しているような、鬼気迫る顔。血走った眼に見つめられて、エディスはたじろいだ。
「私の胸を突けば、あなたの体は浄化され、供物となれる。さあ、私を貫いて!」
そして生贄にと情緒不安定に絶叫するシュアラロを、リスティーは後ろから羽交い絞めにして「落ち着いて!」と怒鳴る。
「私もエディスを救う! その為に研究してきたのよ!!」
「そうですね、そうでしょうね! 分かりますよ~その気持ちっ。でも人殺しを強要させるのはどうかと……!」
「コイツ魔物だぞ」
人殺しにはならないという指摘に、リスティーが「今は黙ってて!!」と凄みをきかせた。
「っていうか、神を殺せばいいだけだろ!? こんなの!」
そう言い返すと、リスティーは口を薄く開けたまま固まり――ようやくの想いで「本当に神様なんだったら不敬すぎない?」と零す。
「いや、ほら。神って言ったってさあ。つまりは異星人ってことだろ」
ガジガジと頭を掻いて「侵略者ってことじゃねえのかよ」と口にしたエディスに、リスティーは首を傾げる。
「なんか、納得しちゃいそうな……誤魔化されてるような?」
うるっせえなら俺に死ねっていうのかよとリスティーに顔を寄せると、彼女は顔を赤らめて「そういうわけじゃぁ……ないけど」と口を尖らせた。
「どうやって殺すの。不可能よ」
「なんの為に人が魔法を研究してきたと思ってんだ。要は俺が強くなればいいって話だろ」
軍人やってるんだ覚悟はできてると腕を組むと、鬱蒼とした女は面を上げて、頬に手を当てる。その考えはなかったと言いたげな顔つきに、なんでそんなに日和見なんだ、自分のやりたいことを人任せにするんだと苛立つ気持ちが胸中に溢れてきた。
「なあ、アンタもなんか手っ取り早い方法知らないのかよ。子どもに任せて恥ずかしいって気持ちがねえのか!」
低く怒鳴ると、「やだ、アンタ追剥みたいよ」とたしなめるように言ったリスティーに肩を叩かれる。
「そうね……ないわけでは、ないけれど」
こちらを伺い見て、「ただ、扱いきれるかどうかは」と口ごもる。なんでもいいと促すと、シュアラロは渋々といった様子で頷く。
「この国には十六の魔人が宿る書物があったと聞いたことがあるわ。かつての四大貴族に、それぞれ受け継がれたらしいけれど、現存するかどうか」
「いいじゃねえか、それ!」
四大貴族ってどこの家だと軽々しく訊くエディスに、リスティーが大袈裟にため息を吐いた。項垂れる彼女は「アンタねえ、無礼って言葉を知らないの……って、血筋だけじゃコイツの方が上ってことなのよね」とブツブツと呟く。
「まずは……政治を担い、王の助けとなるエンパイア公爵家ね。確か、闇の魔法が渡されていたはず」
「なんかきな臭い話になってきたなー……」
それで王敵や政敵を始末しろってことかと、エディスは呆れて頬杖をついた。
「代々軍人を輩出するルイース侯爵家と、歴史を編纂しているトリドット公爵家。ここにはどんな魔法が贈られたか知らないわ。でも、持っているなら格としてはこの二家しかない」
ルイースという名前にエディスはげえっと言った。口の端が引き攣っているのを感じるが、それも当然だ。なにせ、ルイースは上司の苗字なのだから。
「最後に、魔法の研究で栄えたフィンティア侯爵家が光の魔法を持っている。私が知っているのはそれくらいよ」
後は自分で調べなさいと言われ、エディスが「どうも……」と言うとリスティーに後頭部を強かに叩かれる。椅子を引きずりながら距離を開けつつ「ありがとう」と言い直す。
「エンパイア、トリドット。公爵家はどちらも王家の血を強く継いでいるけれど、今はどうなっているか」
「トリドットは分からないんですけど、エンパイアはもう駄目なんじゃないかってお父さんが言ってたんですけど」
もう駄目とはと問うと、リスティーは「よく知らないけど、当主が変態なんだって」と頭の痛いことが返ってきた。となると、またアカデミーの顔審査のようなオヤジに付き合わされることになるのか――……とエディスは遠い目になる。
「抗うのなら、やってみなさい。ただし、私が無理だと判断した時は即刻生贄になってもらうわ」
どうせ無駄な努力よと、淡々と言葉を紡ぐ女の目が語っていた。エディスは上等だと拳を握り、笑ってみせる。
「絶対、神とやらを殺して生きてやるよ……!」
【黒衣の王 その剣
神に捧げる者の血よ
我が願いに応え
姿を現したまえ】
そう唱えたシュアラロが掲げる右手に黒い光が集まっていく。次第に収束していく光は、一本の赤黒い剣へと姿を変えた。
「さあ、これで私の胸を貫きなさい」
エディスの右手を掴んで不気味な剣を握らせようとしてくるので、腰が引けていく。
「聞こえていたでしょう。貫くのよ、この胸を!」
そう言われ、握らされた剣をエディスは見た。柄も刀身も、なにもかもが黒い。そして、まるで今さっき人を切ってきたかのようにテラテラと赤い液体で濡れていて――
「そんなことができるか!」
気味が悪くて、エディスは持たされた剣を床に放り投げた。
「私は今まであなたが殺してきた魔物と同じ生物よ、もうこの体は人間とは言えないの」
あまりに長く生きた人間は魔力を吸収しすぎて、変質する。そして”癒しの吸血鬼”と呼ばれるのだとシュアラロに伝えられたエディスは「マジかよ……でも無理だわ」と両手を挙げる。
断ってもシュアラロは表情を変えない。さあ殺せ、さあ早くこの胸を突け、刺せ! と内から咆哮しているような、鬼気迫る顔。血走った眼に見つめられて、エディスはたじろいだ。
「私の胸を突けば、あなたの体は浄化され、供物となれる。さあ、私を貫いて!」
そして生贄にと情緒不安定に絶叫するシュアラロを、リスティーは後ろから羽交い絞めにして「落ち着いて!」と怒鳴る。
「私もエディスを救う! その為に研究してきたのよ!!」
「そうですね、そうでしょうね! 分かりますよ~その気持ちっ。でも人殺しを強要させるのはどうかと……!」
「コイツ魔物だぞ」
人殺しにはならないという指摘に、リスティーが「今は黙ってて!!」と凄みをきかせた。
「っていうか、神を殺せばいいだけだろ!? こんなの!」
そう言い返すと、リスティーは口を薄く開けたまま固まり――ようやくの想いで「本当に神様なんだったら不敬すぎない?」と零す。
「いや、ほら。神って言ったってさあ。つまりは異星人ってことだろ」
ガジガジと頭を掻いて「侵略者ってことじゃねえのかよ」と口にしたエディスに、リスティーは首を傾げる。
「なんか、納得しちゃいそうな……誤魔化されてるような?」
うるっせえなら俺に死ねっていうのかよとリスティーに顔を寄せると、彼女は顔を赤らめて「そういうわけじゃぁ……ないけど」と口を尖らせた。
「どうやって殺すの。不可能よ」
「なんの為に人が魔法を研究してきたと思ってんだ。要は俺が強くなればいいって話だろ」
軍人やってるんだ覚悟はできてると腕を組むと、鬱蒼とした女は面を上げて、頬に手を当てる。その考えはなかったと言いたげな顔つきに、なんでそんなに日和見なんだ、自分のやりたいことを人任せにするんだと苛立つ気持ちが胸中に溢れてきた。
「なあ、アンタもなんか手っ取り早い方法知らないのかよ。子どもに任せて恥ずかしいって気持ちがねえのか!」
低く怒鳴ると、「やだ、アンタ追剥みたいよ」とたしなめるように言ったリスティーに肩を叩かれる。
「そうね……ないわけでは、ないけれど」
こちらを伺い見て、「ただ、扱いきれるかどうかは」と口ごもる。なんでもいいと促すと、シュアラロは渋々といった様子で頷く。
「この国には十六の魔人が宿る書物があったと聞いたことがあるわ。かつての四大貴族に、それぞれ受け継がれたらしいけれど、現存するかどうか」
「いいじゃねえか、それ!」
四大貴族ってどこの家だと軽々しく訊くエディスに、リスティーが大袈裟にため息を吐いた。項垂れる彼女は「アンタねえ、無礼って言葉を知らないの……って、血筋だけじゃコイツの方が上ってことなのよね」とブツブツと呟く。
「まずは……政治を担い、王の助けとなるエンパイア公爵家ね。確か、闇の魔法が渡されていたはず」
「なんかきな臭い話になってきたなー……」
それで王敵や政敵を始末しろってことかと、エディスは呆れて頬杖をついた。
「代々軍人を輩出するルイース侯爵家と、歴史を編纂しているトリドット公爵家。ここにはどんな魔法が贈られたか知らないわ。でも、持っているなら格としてはこの二家しかない」
ルイースという名前にエディスはげえっと言った。口の端が引き攣っているのを感じるが、それも当然だ。なにせ、ルイースは上司の苗字なのだから。
「最後に、魔法の研究で栄えたフィンティア侯爵家が光の魔法を持っている。私が知っているのはそれくらいよ」
後は自分で調べなさいと言われ、エディスが「どうも……」と言うとリスティーに後頭部を強かに叩かれる。椅子を引きずりながら距離を開けつつ「ありがとう」と言い直す。
「エンパイア、トリドット。公爵家はどちらも王家の血を強く継いでいるけれど、今はどうなっているか」
「トリドットは分からないんですけど、エンパイアはもう駄目なんじゃないかってお父さんが言ってたんですけど」
もう駄目とはと問うと、リスティーは「よく知らないけど、当主が変態なんだって」と頭の痛いことが返ってきた。となると、またアカデミーの顔審査のようなオヤジに付き合わされることになるのか――……とエディスは遠い目になる。
「抗うのなら、やってみなさい。ただし、私が無理だと判断した時は即刻生贄になってもらうわ」
どうせ無駄な努力よと、淡々と言葉を紡ぐ女の目が語っていた。エディスは上等だと拳を握り、笑ってみせる。
「絶対、神とやらを殺して生きてやるよ……!」
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集
夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。
現在公開中の作品(随時更新)
『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』
異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる