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生贄編

2.愛あれば掬いたい

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「だからレイガス・ティーンスは元素の研究を禁止にさせたのか。惑わせの魔法を掛けられる前に!」
 目の前にあるテーブルを力任せに殴りつけると、そこにうつ伏せになっていたリスティーが「ふあっ!?」と叫んで起き上る。ぼやける眼を擦り、現状を把握しようと辺りを見渡す彼女にシュアラロが視線を送る。
「リスティー、お前は知ってたのか」
「な、なにをぉ……?」
 魔物や能力者がなにで出来ているのかと訴えかけると、リスティーは目を丸くして頷く。
「ストロベリィ――あたしの友だちなんだけど、その子から聞いたのよ」
 ここと元素のことをと言われ、開いた口が閉じなくなる。
 ストロベリィ、どこで聞いた名前だったかと記憶を辿り……息を吐く。ジェネアスからだ。
「ブラッド家の援助で能力者の研究をしてた奴か?」
「なんで知ってるのよ」
 怪しい、と眉を吊り上げるリスティーに、エディスがジェネアスの好きな人なんだと説くと、今度は彼女が驚いて上体をのけ反らせる。
「うそぉ……。あっ、でも開発部なんだもんね」
「本当にそうなのか。ってことは、ブラッド家の奴もこのことを知ってんのか」
 親指の爪を噛むと、シュアラロが「知ってるわよ」と答える。
「異星の神の力を使って魔物を滅ぼし、愛した女を取り戻そうとしているのよ。今の家長……シュトー・ブラッドは」
 シュウ・ブラッドの父親に、実際出会ったことはない。だが、新聞の記事では何度も見た顔だ。シュウによく似た面影の男で、いかにも自分に自信があるビジネスマンといった風貌をしていた。
「一つ、勘違いをしているようだから教えてあげるけど。レイガスに惑わせの魔法は効かないわ」
「は……? いや、でも」
 自分の魔法には掛かったはずだ。それで身の危険をしのいだことがあるエディスは否定しようとしたが、シュアラロは静かに首を振る。
「誰かは分からないけれど、ブラッド家の手の者に大量の麻薬を摂取させられているの」
 小さな唇が動き、知りたくもないことばかり紡ぐ。
「惑わせの魔法を掛ければ、少しの間だけ薬が飛んで正気に戻るでしょうけど」
 ――もう元の彼に戻ることはないと思うわ。
 告げられた言葉に、息が止まりそうになった。体の力が抜けていくのを感じ、しかしこの女の前では意識を保っていなければという強い反発から拳を握って座り直す。
「なんで王にそんなことをするんだ」
 国家転覆でもする気かと問うと、リスティーが「優秀な王なんて邪魔じゃない」ともっともなことを言いだした。シュアラロも肯定したので、本当にそうなのだろう。
「あの時の仲間は皆、あなたが”エディス”だと思っていた女に操られている」
 なんて単純な理由だと呆れ果てていると、さらに困窮めいた状況を出してきて額を押さえたくなってくる。
 つまりは、この女は打つ手なしなのだ。どうしようもなくなって、こんな所で隠れ住んでいる逃亡者。自分の希望を人任せにする落伍者だ。
 物悲しそうに握り締めた手に視線を落とすシュアラロに、胸が打たれたのかリスティーが声を掛ける。
「私は、ティーンス大聖堂に閉じ込められたエディスを救いたい」
 彼女を愛しているのよと零された言葉に、同じ名前を持つ少年は口を開こうとする。だが、結局は息を吐き出すばかりでなにも言えず、椅子の背もたれにもたれ掛かった。
「……あのな。俺が新しい生贄になれば、解放されるのか」
 そうよと、体を折りたたんだシュアラロが顔を手で隠す。
「新たな生贄を捧げることで、エディスが神から解放される……ッ!」
 愉悦か苦痛か、漏れる啜り泣きに自然と口が開いていく。呆気に取られたエディスはただ目の前の光景を見つめる。
「でも、俺と交代してなにが起きんの……起きねえだろ」
「あなたは神を見たはずよ。私が作った魔法を使ったから」
 魔法で呼び出される神ってのもどうなんだ。そう思ったエディスだったが、シュアラロが顔を上げたことで押し黙る。
「フィンティア家に譲った、禁魔法。兄から聞いたのよ」
「あれが神だってのかよ!    あの、なんかフワフワしてたのがぁ!?」
 そうよ、と淀んだ顔色で言葉を紡ぐシュアラロが次に言いだすことが、エディスには予感できた。
「お願い、死んで」
「謹んでお返しするね」
 どうして顔を見たこともない母親の為に死ななければならないんだ。国を呪った奴だぞ、しかも。
 右の奥歯を噛んで嫌がるエディスに、リスティーは「でも」と呟いた。
「レイガス王みたいに噂かもしれないし……いい人だったり」
「さっきこの女、性格悪いっつってたぞ!」
 シュアラロを指差すと、リスティーが「アンタのお母さんかもしれない人でしょ!」と腕を下げさせる。
「本当に血が繋がってんのかよ」
「それは真実。あなたの中に流れる魔力がエディスに酷似しているもの」
 魔力異常者は分かる? と訊ねられ、二人は顔を見合わせた。リスティーはおずおず手を胸の位置まで挙げて「知りません」と白状したが、エディスは考えこむ。
「ジェネアスやシルベリアから聞いたことがある。昔、俺もそうだったんじゃないかって……」
 魔力異常者――魔力が過剰に体内生成されたり、一部にしか適合しなかった為、使える魔法が限られる者のことを表すらしい。
 ドゥルースもそうだった。ジェネアスの言うところ、彼は闇の魔法にしか適応しなかったのだろうと。
 そうリスティーとシュアラロに説くと、二人ともが拍手してくれた。気恥ずかしくなったエディスは「それがなんだよ」と先を促す。
「生まれた時のあなたは、魔力拒否症と魔力異常のどちらにも掛かっていたわ」
 すぐに亡くなりそうになったのをレイガスの魔法で保っていたからと言われ、エディスは膝に置いた手を握り締めた。
「それに、あなたからは兄の魔力も感じるから……」
「さっきから、その”兄”ってのは誰なんだよ」
 まさかレイガス王か? 紫色の髪だけど血族なのか? と疑いの目を向けると、シュアラロの欝々としていた瞳に光が宿った――ように感じられた。
「あなたが私の兄に掛った惑わせの魔法を解いたんじゃないの?」
「っぱレイガス王なのかよ……もしかして親族かあ」
 こんな女とと嘆くエディスに、シュアラロは立ち上がって「誰があんな男と!」と叫ぶ。
「私からエディスを奪ったアイツと血が繋がっているなんて、考えたくもないわ! 怖気が走る!!」
 激昂するシュアラロを唖然として見上げ、エディスは「じゃあ誰なんだよ……」と呟いた。シュアラロも興奮を収めようと椅子に腰かけ、ふんわりと広がったスカートを直す。
「私の兄も癒しの吸血鬼よ」
 そう言われ、ようやく合点がいく。癒しの吸血鬼で男なら、一人しか知らない。
(寂しそうに突っ立ってた奴が兄貴ねえ……)
 そう言われれば陰鬱とした雰囲気が似通っているかもしれなかった。顔が見れたのも一瞬なのでよく覚えていないのだが。
「アンタ、小さい頃から魔法が得意だったの?」
 すごい! と言うリスティーに、シュアラロが小さく声を零して笑む。
「惑わせの魔法を解く条件は三つ。一つは血が繋がっていない者でないといけない、二つは体のどこでもいいから口づけをされる。そして、三つめは……解除者に恋をしていることよ」
 シュアラロの薄い唇に、尖った爪をした指が触れる。艶めかしい吐息に、エディスはなにを言われたか理解しようと頭の中でぐるぐると言葉を回し――
「は……はああああぁぁぁ!? おっ、俺! あん時……っ」
 八歳だぞと叫びそうになり、慌てて両手で口を覆う。内から火が灯ったように熱くなってきて、エディスの白い肌が赤く染まっていく。
「何歳だっていいじゃない。私と同じで初恋なんだから」
 親子に恋するなんて素敵ね、と嬉し気に笑う女を恨めしそうに睨んだエディスは「絶対死んでやるか」と吐き捨てた。
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