上 下
31 / 183
南部編-前半-

5.めちゃくちゃ庶民派です

しおりを挟む
「審査員やってた軍人だって分かってたけどね、そんな任務を受けてるなんて思わないじゃない」
 ハメられた気分だわ……と額に手を当てて落ち込むリスティーの肩に、ジェネアスがぽんと手を置く。
「それで、なにを作るつもりなの?」
 魔法かと訊ねられたエディスは首を振って否定する。
「そうだな、感情を持つアンドロイドを作りたいんだ」
 リスティーはあっけに取られた様子でエディスを見返し、「感情?」と首を傾げた。エディスは微かに苦笑いを含め、上目がちに彼女を見つめる。
「ああ。……手伝ってくれないか? リスティー」
 水晶のように澄んだ眼差しを向けられたリスティーは、ほのかに頬を赤らめて押し黙った。しかし、隣に立っているリキッドから脇を肘で突かれると我に返り、体を震わせる。
「そっ、それ! あたしの腕を見込んでってことよねっ?」
 間にあった壁が崩れ落ちていったような、晴れやかな笑みで「勿論」と応じられて今度は視線をうろつかせた。
「し、仕方ないわね。いいわよ、協力してあげる!」
 その様子を見ていたジェネアスとリキッドは「顔がいい男ってズルいッスよねー……」「あんなリスティー初めて見たよ」と密やかに言葉を交わす。
「あたし用事があるから、詳しい話は明日でもいい?」
 頷くとリスティーは「ありがとう、ごめんね!」と手を合わせて小さく頭を下げる。じゃあと急ぎ足で駆けていこうとする背中にリキッドが「帰るのかい?」と声を掛けた。
「うん。今日は父さんに早めに帰ってこいって言われたから」
「そっか。それは大変だね」
 振り返って笑うリスティーに、リキッドは弱弱しい笑みを浮かべる。朝と同じに置いて行かれそうになっていることに気が付き、慌ててエディスたちの方に顔を向けた。
「ごめん、僕も行くよ。この間のこともあるし」
 待ってくれと走り出そうとするリキッドを見据え、口を開く。
「……リスティーの親父さんが反軍のリーダーだからか」
 場に響いた声に、リキッドの足が蹈鞴を踏む。よたよたと数歩進んでからこちらを向いたリキッドの顔は見るからに引き攣っていて、冷や汗が額に浮いてくる。
「あ……えっと、勘違いしないでくれよ。リスティーの親父さんは面白いし、いい人なんだ。誰よりも強くて、頼りになる人で」
 だから許してくれ、と語る彼を感情を消した目が射止めた。
「まさか、」
「リスティーの親父さんを殺すのが目的か?」
 グレイアスに言いたかった台詞を奪われたリキッドはぶすくれと彼を見上げた。それからエディスに対し”そうなのか”と言いたげな顔を向ける。じっとりと陰気な視線を受けたエディスはふぅと息を吐いた。
「厳密に言うと不正解だ」
 否定されたリキッドはそんなはずはないだろうと睨み付けてくる。その顎を掴んで自分の方に引っ張り「お前みたいな奴の排除を任されて来たんだよ」と睨み返すと、リキッドは怖気づいて腰を引く。
「あの人はいい人なんだ。ぼ、僕みたいなのも見捨てたりしない」
「そんなの自分の努力次第で変わるだろ」
 他人の審美眼に委ねるなよと言うと、リキッドは顔を真っ赤にして叫んだ。
「うるっさいなあ、君になにが分かるんだ!! 僕たち庶民の辛さが!」
「いや、俺……奴隷出身なんだけどよ」
 そっちのもと親指をジェネアスを差すと、彼も指でピースを作って見せる。すると、リキッドは息を吐き出してから物が言えなくなった。
「え……えっ、嘘だよね。軍がそんな、重用するわけが」
「あるんだよなあ、それが」
 あるんスよ~努力次第でねと両手でピースを作り、舌を出すジェネアスを後ろに下がらせる。リキッドは眉間に青筋を立てんばかりに拳を握っていたが、少しすると細く長く息を吐き出して胸を擦った。
「それで、僕たちみたいなのを排除ってどういうことだい」
「立場上、市民の安全を脅かす奴らを放っておけないからな」
「僕たちはそんなことはしない!」
 エディスの胸倉を掴んできたリキッドの腕を、ジェネアスが間髪入れず掴んで捻り上げる。痛い痛いと泣くリキッドを見て、エディスが止めろと手を上げると離す。
「軍にとっての邪魔者だからだろ」
「反軍がいることで無駄な犠牲が出てんの分かってねえのか」
 最近の軍も軍だけどな、お前らも褒められたことばっかやってねえぞと腰に手を当てると、リキッドは腕を押さえながら咎めるような目線を向けてくる。その向こう側で陽が沈んでいった空が、赤を群青に染め上げていく。夕暮れの去った空に、感傷じみた情が湧き出てくる。
「お前らがいることで軍の要請ができない市民がいる。それに、お前たちの活動資金は一体どこから出てんだ」
 募金や謝礼だけじゃ収まらねえだろと見据えると、リキッドは大きく口を開け――戸惑いから口を震わせた。
「有名な話だろ? フィンティア家を反軍が襲ったっていうのは」
 ドゥルースは夕暮れのような温かい人だった。あの頃のエディスは希望も救いもなく、彼だけが生きている実感をくれた。
「それは……っ」
「互いに罪を押し付け合って、道理を曲げたら駄目だと思う」
 殺しに来たんじゃねえよと静かに言うと、リキッドは上げた手の行き場を失くす。下ろされた手を見たエディスは、「解決策を探しに来たんだ」と手を差し出した。
「俺なりのな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

だからその声で抱きしめて〖完結〗

華周夏
BL
音大にて、朱鷺(トキ)は知らない男性と憧れの美人ピアノ講師の情事を目撃してしまい、その男に口止めされるが朱鷺の記憶からはその一連の事は抜け落ちる。朱鷺は強いストレスがかかると、その記憶だけを部分的に失ってしまう解離に近い性質をもっていた。そしてある日、教会で歌っているとき、その男と知らずに再会する。それぞれの過去の傷と闇、記憶が絡まった心の傷が絡みあうラブストーリー。 《深谷朱鷺》コンプレックスだらけの音大生。声楽を専攻している。珍しいカウンターテナーの歌声を持つ。巻くほどの自分の癖っ毛が嫌い。瞳は茶色で大きい。 《瀬川雅之》女たらしと、親友の鷹に言われる。眼鏡の黒髪イケメン。常に2、3人の人をキープ。新進気鋭の人気ピアニスト。鷹とは家がお隣さん。鷹と共に音楽一家。父は国際的ピアニスト。母は父の無名時代のパトロンの娘。 《芦崎鷹》瀬川の親友。幼い頃から天才バイオリニストとして有名指揮者の父と演奏旅行にまわる。朱鷺と知り合い、弟のように可愛がる。母は声楽家。

奴の執着から逃れられない件について

B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。 しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。 なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され..., 途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、

ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。 そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。 元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。 兄からの卒業。 レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、 全4話で1日1話更新します。 R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

処理中です...