悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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軍師准尉編

7.秘密の恋に火を点けたい

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「南に行くことになった」
「南なあ……」
 食堂で黙々と昼食をとっていたら、三度シュウとシルベリアに見つかった。ここ数日、この二人に必ず会っているような気がする。勤務時間が違うというのに不思議なことだ。
 シュウとシルベリアは互いの顔を見合い「死ぬな」「確実に」と意気投合し、手を合わせる。
「ご愁傷様」
「殺すな殺すな」
 そう言いながらも(俺もそう思うよ)と瞼を下ろす。今の体制で軍人が南に行くといえば目的は分かり切ったことだからだ。
「なんで子ども一人で行かせるんだ。反軍の温床だぞ」
「左遷地だよな? あのオッサンは鬼かよ」
 中身のなくなったカップをトレイに置いたシルベリアでさえ、今は茶化す素振りも笑顔も見せていない。シュウだって気遣わし気に見てきている。むず痒くて、尻の座りが悪くて身じろいだ。
 どうして親父(仮)はブラッド家をああ言ったのだろうか。他の連中と同じように成金を毛嫌いしているだけなのではないか。
 二人はこんなにいい奴なのに。
「なあシルベリア、バカンスに行かないか。シュウも連れて」
 仲良くなったと思った。だから気軽に誘ってしまった。誘った場所が”反軍の温床”であることも忘れて。
 案の定シルベリアの顔から途端に表情が消え失せ「行かない」と冷ややかな声が返ってくる。彼がシュウを、愛している人を危険に晒すはずがないというのに。
 口を開いて謝ろうとして、なのに「水着だぞ、水着」とさらに軽はずみな発言をしてしまう。
「シュウの水着、見たくないのか?」
 その誘い文句に、シルベリアではなくシュウが「は?」と声を零す。彼は隣で笑顔で固まる友人を見て、エディスに視線を戻してから「なんで俺だ」と眉間に皺を寄せた。
「いや、だって」
 男なら好きな子の水着は誰だって嬉しいだろ。そう言おうとしたエディスの顔を形のいい手が掴む。鼻の下に当たる手に言葉どころか息まで止められて、エディスは目を丸める。
「……ちょっと、来い」
 気の良いお兄さん然をした男から出たとは思えないような、低く濁った声。大型の魔物に遭遇したような圧に押されたエディスが小刻みに頷くと、手が離れていく。腕を掴まれて廊下まで連れ出され、角を曲がってからシルベリアがこちらを見下ろして「おい」と背を曲げて睨んでくる。
「お前、さっきなんて言おうとした」
 そう訊かれたエディスが首を傾げながら「好きな」と話し出すと、シルベリアが壁に腕をつく。そして額を押し付けて長く長く息を吐き出す。
「……あのな、そういうのは許可なく言うもんじゃない」
「なんで。付き合ってんだろ」
    あっ周りに隠してるのかと気付くが、シルベリアにまた睨まれて肩をすくめる。
「付き合ってねえどころか、俺の一方通行なんだよ」
    身をかがめて囁いてくるシルベリアの顔を見返す。無言で見つめると、なんだと柳眉が歪む。エディスにとってはそれくらい異様だったのだ。
「だからアイツにバラすな。友だち止められたら困るんだよ」
「なんで? 好きなら好きって言えばいいだろ」
    真っ直ぐに見返すと、シルベリアは面食らったように「無っ理、だって……!」と上擦った声を出す。
「ほぼ夫婦みたいなものだし、自信出せよ」
    それくらい互いを大事にしていたし、どういう訳か男同士だというのにお似合いだと感じていたのだ。だからそう伝えたのだが、シルベリアは「お子さまはこれだから」と髪を掻き乱した。
「幼馴染っていうポジションが楽なんだよ」
    シュウもシルベリアのことが好きだと思う。そう言おうとして、果たして本当にそうなのだろうかと思い留まる。
「……大切に思ってるよ、シュウだって」
    結局、シルベリアの服の袖を握って言えたのはそれだけで。
「分かってるよ」
    それでもシルベリアは笑って頭を撫でてくれた。
「でもそれシュウには言うなよ」
 絶対なと釘をさしながら手を引っ張るシルベリアに、エディスはぶうと頬を膨らませる。
「なあ、恋ってそんなつまんねえの?」
「まず初恋なんてものは実らないって教えといてやるよ」
 初恋は実らない。未来ある若者に対し、なんと残酷なことを言うのか。普通ならそう思うところだが、エディスはなるほどと手を顎に当てた。
 たった一度きり出会った魔物が気になってしまっているのだから、それは本当かもしれないと納得してしまう。そもそも、この気持ちが恋なのか好奇心なのか分からないのだ。
「でも想ってる時は幸せにも不幸にもなれる。お前次第だ」
 手を握り直され、引っ張って行かれる。背中で揺れる極彩色の髪を見ながら、エディスは(恋って分かんねえなあ……)と口の中で呟いた。

「おかえり、なに話してたんだよ」
 席に戻ると、一人除け者にされたといわんばかりの顔をしたシュウに睨まれた。薄い口をひん曲げ、眉を吊り上げた顔に「ごめん」と一言だけ返すと「ごめんじゃなくて」と言ってテーブルに視線を落とす。頬杖をついていかにも構ってほしいと言いたげな様子に、エディスは自分の隣にいる男を横目で見た。
「ちょっとな、アドバイスしてやってたんだ」
 それはまあ、嘘ではない。だが端折りすぎているだろうと思いながらも口にはしなかった。拗ねるなと言いながらシュウの頭を撫でるシルベリアの顔があまりにも緩んでいたからだ。
(俺が言わなくても本人にバレるだろ)
 隠す気あるのかと思いながらも元いた席に座ると、シルベリアとじゃれて機嫌を持ち直したらしいシュウがこちらを見てきた。
「それで、いつどうやっていくんだ。向こうに移籍させられるわけじゃないんだろ?」                                                                      
「二週間後に南部の軍養成所で生徒の作った作品の発表会があるだろ? それの審査員。と、生徒と協力してなにか有益な物を作れってさ」
 変な依頼だよなと言うと、開発部の二人が一斉に顔をしかめたから似たもの夫婦という言葉がエディスの脳裏をものすごい速さで駆け抜けていった。
「戦闘科なのにか」
「お前魔法作ってたし、それでいいだろ」
 作ったことある物は禁止だってさと首を振ると、「面倒臭いな」「注文つけんな」と手を振る。
 余程普段から上の注文になにか思うことがあるのか、そういうところあるよなと言い合っている二人を眺めていると「なに笑ってんだお前のことだぞ」と額を指で弾かれた。
「オッサン面倒くさかったのか」
 関わり合いがあるのかミシアの人となりを知っている様子のシュウにそう言われ「多分、それもあると思う」と同意する。
「作品の発表会は面白いから、それは楽しんでこいよ」
    そう言われたエディスはテーブルに手をついて「マジで!?」と身を乗り出した。本当だから落ち着けと手で制され、静かに座る。
「今年は確かリキッド・カスターと、フレイアム元大佐の娘が特に注目されてるよな」
    リスティーちゃん可愛いぞと指を差してくるシルベリアに興味がないと睨む。表向きは任務で行くのにそんな浮ついたことをしていられない。
「リキッドは魔物の毛皮を使った防護服、女は魔力を込めた銃弾と拳銃のはずだ」
「へーーっ、他は? 他の生徒はどんなのを出すんだよ!」
 二人と話せることが楽しくて楽しくて仕方がなかった。それで任務の最終目的を忘れようともしていた。
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