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軍師准尉編

5.「初めまして」の違和感

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    その男に「はじめまして」と言った瞬間、強烈な違和感を覚えた。
    演習や任務で遠くから見たことはあれど、言葉を交わすどころか視線が合ったことにもないのに関わらず。
    大きな窓から見える街並みの手前にいる、短く刈った黒い後頭部を見つめる。椅子を回転させてこちらを向いた男は軽々しく「よお」と言って、口の片端のみを吊り上げた。
「随分小さいのが来たな」
    底意地の悪さが醸し出されている笑みを受けて硬直していると、執務机に手をついて立ち上がる。見るからに骨太で背が高い、まるで岩石のような男だった。
    目を細めてこちらを値踏みしていた男は顎髭を撫でながら「お前は何ヶ月保つのかねぇ」と空ぶく。
    なんだコイツまたコイツもか、拾ってくれたはずの上司にも根性なしだと誤解されるのかと苛つきを覚える。
「随分部下に嫌われるんですね」
    言い返すとその男はぶっと息を吹き出し、腹を抱えて大笑いした。なんなんだコイツと冷やかな目付きになるエディスを前に「あー笑った」と目の端に浮かんだ涙を拭いとる。それから左肩を掴んできたかと思うと「違うぞ」と言った。
「全員死んでったから」
    楽しみだと嘲りの入った言葉に、エディスは挑むような表情を作る。
「期待して下さっているようでなにより。精々頑張らせて頂きますよ」
    手を突き出したエディスの不敬とも取れる態度を目の当たりにして尚、男の眼には新しいおもちゃを与えられた子どものような輝きが消えなかった。



 いつまでも慣れないタイプ、何度も経験すると慣れてしまうタイプ、楽しんでしまうタイプ。
 人の死を何度も経験すると、その三つに分けられてことが多い。そう、適当なことを言う軍人がいた。
 自分は慣れるタイプだな、とエディスは軍服のポケットに手を突っ込みながら頭の奥で呟いた。
 目に見えるのは黒い人の群れだ。同じ軍に所属する仲間と、表面的でも言わなければいけない者たち。それが宙に浮いている。
 近頃狼や猿に似ている魔物が田んぼや畑に出るのだと、城から西に二時間馬車を走らせた所にある町から出動要請がきた。
    それを上司であるミシア大佐が取ってきたのが、エディスの軍師准尉として最初の任務だった。
    ミシア大佐は着いてきたはいいものの面倒だと言って、その任務を全てエディスに譲った。しくじれば全責任がエディスにいくようにしておいて、自分は馬車で昼寝を決め込んだ。
    何事も最初が肝心で、今はどんな小さな過失も犯す訳にはいかない。大佐がおらず、あんな子どもだけに任せた失敗したのだーーなどと一度でも言われない為に。
 ミシアの下についてから人の背中を見ることが多くなったように思える。そもそもミシアの隊は戦闘任務が多いくせにまともな指揮官を雇い入れていない。そのせいで軍師准尉のエディスが作戦を切り盛りさせられている。
    それが三回、四回と積み重なってくると、最初はなんでこんな子どもの命令を?    と困惑していた軍人たちも、「うちの指揮官様は子どもなのに結構やるんだぜ!」「強力な魔法も使える!」などと言うようになってきた。
 それが一年近くも続けば、もう鼻高々に自慢をしてくれる。
    前線に出て少しでも戦歴を上げなければ。そう焦る時間さえ作らせてはくれない。けれど、いつかこの作戦を立てたのは自分だと上層部に伝わるまでと、ジリジリと焦がれそうなこの想いを胸に焼き付けながらエディスは耐えていた。
「頃合か」
    戦況を見ていたが、今回割り振られてきたのが新人上がりか他の部からの助っ人のみだからか、このままでは魔物に押し切られてしまうだろう。
    町から魔物を追い立ててきたはいいが経験と体力不足で衰えてきた兵士が怪我をする前にとエディスは丘の上に作った見張り台から降りていく。
 腰に巻いたベルトに取り付けていた拡声器を手に取り、息を大きく吸う。 
『二分後に全体魔法を発動させる。なるべく魔物を引き離して後退してきてくれ』
 そう伝えると一目散に引き返してくる。エディスはそれを自分だけ別の場所に立っているような感覚に陥りながらも見つめた。
「いいぞ、やれ」
 その肩を叩かれ、弾かれたように顔を上げる。「自分の立てた作戦中にボーっとしてんじゃねえよ」とからかう様な笑みを見せたシュウが走り抜けて行った。
「頑張るッスよ、エディス!」
「……ああ」
 グッと拳を握るジェネアスに拳を突き出す。軽く押し当てると、それだけで胸に炎が灯ったように嬉しいと思えた。
   エディスは澄んだ空を仰いで手を上げる。朗々と詠唱をしーー魔法を発動させた。
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