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軍師准尉編
2.王家の生き証人
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「おや、奇遇ですね」
昼下がり、軍の食堂でまた出会ってしまった。
カウンターの所で手を挙げたレイヴェンに声を掛けられ連れてこられたのは、大盛りのかつ丼をかきこんでいたシュウの所だ。そこに大皿いっぱいのサンドイッチとミネストローネを持ってきたシルベリアが合流した。
朝と同じ面子が揃ってしまったことにエディスはうわあと半眼になる。しかし逃げるわけにはいかず、シュウの前側の席に座った。シュウはエディスのトレイの中を確認して頷く。
せいろの蒸し豚と野菜とメインのおろし竜田揚げ、十六穀米と味噌汁、食堂のおばちゃんに入れられた小鉢三品だ。流石に文句はない量だったのだろう。近くのカウンターから顔を出してこちらを見ているおばちゃんに「いただきます」と言ってから箸を取る。
「レイヴェン中尉は近衛部なんだな」
「はい。エディス軍師准尉のことはよくシルク様から伺っております」
ぐうっと喉が鳴った。
「……シルク様ですか」
飯が不味くなるようなことをと、隣の笑顔に向かって返す。
「ええ、助けてくださったんですよね」
歯切れ悪く「は、えーと……たぶん」と言うと、レイヴェンは満足そうににっこりと目を閉じて笑う。
(怖ぇよどういう感情で笑ってんの?)
なにか裏があるようにしか思えず、エディスは乾いた笑い声を出しながら小鉢を平らげていく。
「大丈夫ですよ、担いだことを怒ってませんから!」
安心してくださいねっと両拳を握ったレイヴェンに、シュウとシルベリアがぶふっとふき出した。
「なにエディス、シルク様のこと担いだの!?」
箸を持ったままテーブルを叩きながら「あの時は不可抗力だった! んだよ!」と怒鳴る。
たまたま街で巡回中に魔物を見つけたから討伐してたら、そこに馬車が来て中にいたのが王族だっただけ。そう説明すると、「姫の顔知らなかったのか?」「馬車に王族の印付いてるだろ」「近衛部はいませんでしたか?」と方々から指摘が入る。
「近衛部の奴は負傷してたんだよ。ドア開けたら姫様は剣で斬りかかってくるし……」
大変だったんだぞと呟くと、レイヴェンは「同僚がすみません」と頭を下げてきた。
「大した怪我じゃなくて良かった」
手を振りながらそう言うとレイヴェンは涙ぐんで、「ありがとうございます」と手を握ってくる。それを引き剥がしてからエディスは残った味噌汁を飲み干し、竜田揚げを口に放り込んだ。
「俺、もしかして不興を買ったとか」
「いいえ。シルク様は大らかな心をお持ちになられているので気にされていないかと」
そう聞き、安堵から息を吐く。
「むしろ、身を挺して国民を護っている軍人だと感心しておられましたよ」
良かったと笑顔が出かけたエディスだったが、シュウが「そんな奴だったか?」と首を傾げたことにより止まる。
「大らかな心というよりかは豪快な男気、気にしないのではなく気にもしない、だな」
一国の王女になんてことをと言うんだとエディスは眉を寄せた。
だが、よくよく思い出してみると担いでいる間中、悲鳴ではなく喜びの歓声を上げていた気がする。それに、王宮への避難が完了した後、「助けてくれてありがとうなっ!」と白い歯を見せて快活な笑顔が与えられていた。だから、教えられるまでは王宮で働いているメイドかなにかだと思っていたのだ。
「あぁ……そういうことだったのか」
「アイツは姉と違って”お姫様”っぽくないからな。仕方ない」
呆然とするエディスに、シルベリアとシュウは同情の目を向ける。レイヴェンにも慰めるように背を叩かれ、首を項垂れた。余計なお世話だよと心の中で吐き捨てながら、茶碗についた米粒を取って食む。
エディスがトレイの上にのった料理を全て平らげ、さあもう行こうと腰を上げようとした時だ。
食堂に血気に逸って駆けこんできた男が大声を上げる。
「おいっ、大変だ! お前たち、今ーー」
その日、軍に激震が走った。
エディスだけではない、その場にいた全ての軍人が伝令役の言葉を信じられなかった。呆然とし、怒鳴り、嘆く。
「早すぎるだろ……」
シュウがそう呟くと、周りにいた軍人が顔を真っ赤にして「早いってなんだよ!」とシュウの襟元を掴んで引き上げた。
「どうせお前の所の奴がやったんだろ!!」
人殺し、 と罵り殴りかかろうとしたのを見たエディスはその男の背中に飛びついた。
「やめろよっ、確証もないのに」
「うるさい! お前もなんだよ、女王の顔しやがって!」
頬を掴まれ、「前から怪しいと思ってたんだよ!!」と間近で怒鳴られる。
「止めてください、エディス軍師准尉は関係ないでしょう!?」
奪い返したレイヴェンに頭を抱えられ、エディスは困惑の想いで辺りを見渡す。
今更だ。エディス自身が忘れかけてきたというのに、それでも母の面影はついてくるのか。
「瞳の色が国王と似てるよな」
肩を怒らせ、ふーふーと荒い息を吐く年嵩の男の隣にやって来た軍人ーーおそらく近衛部なのだろうーーに顔を覗き込まれる。
「それに、その髪。銀なんて王家以外いないだろ」
「お前、王家の血でも混じってるんじゃないのか」
だから昇進したんだなと鼻で笑われ、エディスは「なんだと」と叫ぶ。
自分は王家からの支援など一切受けていない。努力をこんな風に嘲笑されるのは屈辱だった。だが、レイヴェンに後ろから抱え込まれる。
「レイヴェン、お前の彼女はレイアーラ様だもんなあ! その弟君なら守りたいに決まってる」
ゲラゲラと笑う男たちから視線を外し、後ろを仰ぎ見る。「レイヴェン?」と声を掛けると、気まずそうな目と交わしあった。
「……俺、違うぞ」
この十数年間、奴隷として生まれ育ってきた。家族かどうかさえ分からない女の妄言になど従うつもりなどない。
「貴方の姿は、似すぎているんです。消息不明の王妃ーーエディス様に」
名前だって、同じでしょう? そう問いかけられ、エディスは呼吸を乱す。
「貴方が、王妃と共に攫われた王子、エドワード様であったのならと……私たち近衛部は願ってしまうのです」
そうでしょうと話を振られた近衛部の軍人は、口の中でもごつきながらも「まあ……」「生まれてすぐ攫われたしな、俺らの一生の心残りだよ」と、言外に"帰ってきてくれ"という気持ちを滲み出させた。
エディスは今になってなにをと唖然として、口を薄く開けたまま立ち尽くしたままだ。
「とにかく! ローラ様が亡くなられたのとエディス軍師准尉は無関係です!」
朗々と発したレイヴェンはエディスの肩を抱いて歩き出す。エディスはされるがままに足を動かした。
大将トリエランディア・グラッセヨ。その元パートナーである能力者、認識番号000-001"未来を見透かす者"――軍の総司令官であり、エディスにこの道を進めと開示した女性だ。
「おい、行くぞ。馬鹿げた話に付き合ってられん」
それを見たシルベリアに背を押され、シュウはなんだと目を吊り上げた。
「時間の無駄だ」
シルベリアに腕を引かれたシュウは蹈鞴を踏む。だが、いつになく眉も目も吊り上げた彼の横顔を見て、再度引かれると足を前に出した。先を進むレイヴェンに肩を抱かれているエディスは二人を案じて振り返る。
野次が飛んでくるが、シュウはそれに言い返すこともせず――むしろ当然のものだとばかりに受け入れているように見えた。
食堂を出て開発部の棟に向かっている内にシルベリアはシュウの腕を離した。レイヴェンは未だに警戒心を解かず、エディスの肩を抱いているというのにだ。
「……大丈夫だ」
しばらくすると、静かに呟かれた声があった。シュウから放たれた言葉だ。
後ろを見るとシルベリアが微かに笑んで「なにがだ?」と小さく首を傾げる。そんな彼の空いた手を握り、飾り気のない仏頂面を崩した。
向かい側にあるシルベリアの顔には、世界で一番好きだとありありと感情が浮かんで。消えていく。
(そんなに恋っていいものなのか?)
自分のやりたいことだけをやっている俺も、シルベリアにとっては不用品なのかもしれない。
シュウの目が追うから、口が開くから一緒に目を動かして言葉を吐き出すのだろう。きっと他の誰かが目の前で崩れていっても、足音が消えてしまっても顔色一つ変えずに歩いてみせる。そんな不気味さを感じた。
昼下がり、軍の食堂でまた出会ってしまった。
カウンターの所で手を挙げたレイヴェンに声を掛けられ連れてこられたのは、大盛りのかつ丼をかきこんでいたシュウの所だ。そこに大皿いっぱいのサンドイッチとミネストローネを持ってきたシルベリアが合流した。
朝と同じ面子が揃ってしまったことにエディスはうわあと半眼になる。しかし逃げるわけにはいかず、シュウの前側の席に座った。シュウはエディスのトレイの中を確認して頷く。
せいろの蒸し豚と野菜とメインのおろし竜田揚げ、十六穀米と味噌汁、食堂のおばちゃんに入れられた小鉢三品だ。流石に文句はない量だったのだろう。近くのカウンターから顔を出してこちらを見ているおばちゃんに「いただきます」と言ってから箸を取る。
「レイヴェン中尉は近衛部なんだな」
「はい。エディス軍師准尉のことはよくシルク様から伺っております」
ぐうっと喉が鳴った。
「……シルク様ですか」
飯が不味くなるようなことをと、隣の笑顔に向かって返す。
「ええ、助けてくださったんですよね」
歯切れ悪く「は、えーと……たぶん」と言うと、レイヴェンは満足そうににっこりと目を閉じて笑う。
(怖ぇよどういう感情で笑ってんの?)
なにか裏があるようにしか思えず、エディスは乾いた笑い声を出しながら小鉢を平らげていく。
「大丈夫ですよ、担いだことを怒ってませんから!」
安心してくださいねっと両拳を握ったレイヴェンに、シュウとシルベリアがぶふっとふき出した。
「なにエディス、シルク様のこと担いだの!?」
箸を持ったままテーブルを叩きながら「あの時は不可抗力だった! んだよ!」と怒鳴る。
たまたま街で巡回中に魔物を見つけたから討伐してたら、そこに馬車が来て中にいたのが王族だっただけ。そう説明すると、「姫の顔知らなかったのか?」「馬車に王族の印付いてるだろ」「近衛部はいませんでしたか?」と方々から指摘が入る。
「近衛部の奴は負傷してたんだよ。ドア開けたら姫様は剣で斬りかかってくるし……」
大変だったんだぞと呟くと、レイヴェンは「同僚がすみません」と頭を下げてきた。
「大した怪我じゃなくて良かった」
手を振りながらそう言うとレイヴェンは涙ぐんで、「ありがとうございます」と手を握ってくる。それを引き剥がしてからエディスは残った味噌汁を飲み干し、竜田揚げを口に放り込んだ。
「俺、もしかして不興を買ったとか」
「いいえ。シルク様は大らかな心をお持ちになられているので気にされていないかと」
そう聞き、安堵から息を吐く。
「むしろ、身を挺して国民を護っている軍人だと感心しておられましたよ」
良かったと笑顔が出かけたエディスだったが、シュウが「そんな奴だったか?」と首を傾げたことにより止まる。
「大らかな心というよりかは豪快な男気、気にしないのではなく気にもしない、だな」
一国の王女になんてことをと言うんだとエディスは眉を寄せた。
だが、よくよく思い出してみると担いでいる間中、悲鳴ではなく喜びの歓声を上げていた気がする。それに、王宮への避難が完了した後、「助けてくれてありがとうなっ!」と白い歯を見せて快活な笑顔が与えられていた。だから、教えられるまでは王宮で働いているメイドかなにかだと思っていたのだ。
「あぁ……そういうことだったのか」
「アイツは姉と違って”お姫様”っぽくないからな。仕方ない」
呆然とするエディスに、シルベリアとシュウは同情の目を向ける。レイヴェンにも慰めるように背を叩かれ、首を項垂れた。余計なお世話だよと心の中で吐き捨てながら、茶碗についた米粒を取って食む。
エディスがトレイの上にのった料理を全て平らげ、さあもう行こうと腰を上げようとした時だ。
食堂に血気に逸って駆けこんできた男が大声を上げる。
「おいっ、大変だ! お前たち、今ーー」
その日、軍に激震が走った。
エディスだけではない、その場にいた全ての軍人が伝令役の言葉を信じられなかった。呆然とし、怒鳴り、嘆く。
「早すぎるだろ……」
シュウがそう呟くと、周りにいた軍人が顔を真っ赤にして「早いってなんだよ!」とシュウの襟元を掴んで引き上げた。
「どうせお前の所の奴がやったんだろ!!」
人殺し、 と罵り殴りかかろうとしたのを見たエディスはその男の背中に飛びついた。
「やめろよっ、確証もないのに」
「うるさい! お前もなんだよ、女王の顔しやがって!」
頬を掴まれ、「前から怪しいと思ってたんだよ!!」と間近で怒鳴られる。
「止めてください、エディス軍師准尉は関係ないでしょう!?」
奪い返したレイヴェンに頭を抱えられ、エディスは困惑の想いで辺りを見渡す。
今更だ。エディス自身が忘れかけてきたというのに、それでも母の面影はついてくるのか。
「瞳の色が国王と似てるよな」
肩を怒らせ、ふーふーと荒い息を吐く年嵩の男の隣にやって来た軍人ーーおそらく近衛部なのだろうーーに顔を覗き込まれる。
「それに、その髪。銀なんて王家以外いないだろ」
「お前、王家の血でも混じってるんじゃないのか」
だから昇進したんだなと鼻で笑われ、エディスは「なんだと」と叫ぶ。
自分は王家からの支援など一切受けていない。努力をこんな風に嘲笑されるのは屈辱だった。だが、レイヴェンに後ろから抱え込まれる。
「レイヴェン、お前の彼女はレイアーラ様だもんなあ! その弟君なら守りたいに決まってる」
ゲラゲラと笑う男たちから視線を外し、後ろを仰ぎ見る。「レイヴェン?」と声を掛けると、気まずそうな目と交わしあった。
「……俺、違うぞ」
この十数年間、奴隷として生まれ育ってきた。家族かどうかさえ分からない女の妄言になど従うつもりなどない。
「貴方の姿は、似すぎているんです。消息不明の王妃ーーエディス様に」
名前だって、同じでしょう? そう問いかけられ、エディスは呼吸を乱す。
「貴方が、王妃と共に攫われた王子、エドワード様であったのならと……私たち近衛部は願ってしまうのです」
そうでしょうと話を振られた近衛部の軍人は、口の中でもごつきながらも「まあ……」「生まれてすぐ攫われたしな、俺らの一生の心残りだよ」と、言外に"帰ってきてくれ"という気持ちを滲み出させた。
エディスは今になってなにをと唖然として、口を薄く開けたまま立ち尽くしたままだ。
「とにかく! ローラ様が亡くなられたのとエディス軍師准尉は無関係です!」
朗々と発したレイヴェンはエディスの肩を抱いて歩き出す。エディスはされるがままに足を動かした。
大将トリエランディア・グラッセヨ。その元パートナーである能力者、認識番号000-001"未来を見透かす者"――軍の総司令官であり、エディスにこの道を進めと開示した女性だ。
「おい、行くぞ。馬鹿げた話に付き合ってられん」
それを見たシルベリアに背を押され、シュウはなんだと目を吊り上げた。
「時間の無駄だ」
シルベリアに腕を引かれたシュウは蹈鞴を踏む。だが、いつになく眉も目も吊り上げた彼の横顔を見て、再度引かれると足を前に出した。先を進むレイヴェンに肩を抱かれているエディスは二人を案じて振り返る。
野次が飛んでくるが、シュウはそれに言い返すこともせず――むしろ当然のものだとばかりに受け入れているように見えた。
食堂を出て開発部の棟に向かっている内にシルベリアはシュウの腕を離した。レイヴェンは未だに警戒心を解かず、エディスの肩を抱いているというのにだ。
「……大丈夫だ」
しばらくすると、静かに呟かれた声があった。シュウから放たれた言葉だ。
後ろを見るとシルベリアが微かに笑んで「なにがだ?」と小さく首を傾げる。そんな彼の空いた手を握り、飾り気のない仏頂面を崩した。
向かい側にあるシルベリアの顔には、世界で一番好きだとありありと感情が浮かんで。消えていく。
(そんなに恋っていいものなのか?)
自分のやりたいことだけをやっている俺も、シルベリアにとっては不用品なのかもしれない。
シュウの目が追うから、口が開くから一緒に目を動かして言葉を吐き出すのだろう。きっと他の誰かが目の前で崩れていっても、足音が消えてしまっても顔色一つ変えずに歩いてみせる。そんな不気味さを感じた。
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