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入隊編
8.生きてさえいれば同い年なんだ
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「お前、苗字は」
「元奴隷にそんな大層なものねえよ」
奴隷!? と声を揃えるので「仲いいな」と笑って、奴隷市で産まれたんだと言い添える。
「二人共、ドゥルース・フィンティアって知ってるか?」
「フィンティアァ?」
いきなりなんだという顔をするシュウと、眉を顰めるシルベリアに、そうだと頷く。そのうち苦い物を食べたような顔をしてシルベリアが「悪魔か」と言葉を落とすと、それを聞いたシュウがは? と言った。
「フィンティア候の子だろ。母の腹を破り出た、悪魔と契約した子どもだとか」
お前聞いたことないのかとシルベリアが促すと、手の骨が出っ張ったところをこめかみに押し付けてシュウが唸る。
「月の夜になると人の内臓を求めて歩き回るとか噂になってただろ」
そんなことしねえよ。つい反論しそうになったエディスは、箸を強く握り締めた。
「コイツを殺害するために来た反軍の人間を返り討ちにしようとして一族を滅ぼしただとか」
「あ? ……あ! 軍に鎮圧の通報がきて大騒ぎになった事件のことか!」
フィンティア家惨殺事件、とシュウが納得いったように腕を組んでしきりに頷いている。
「トリエランディア大将が到着した時には全員死亡していたらしいがな。けど、あの悪魔の死体だけは土掘り返しても見つからなかったらしいぞ」
「大将について行った奴の話だろ。勝手に作った話の可能性だってある」
エディスは呆然となった。あの事件は自分のせいで起こって、侵入者を殺害したのも自分だというのに、まさか世間ではそんなことを言われているとは。
全てがドゥルースのせいになっていると知らなかった。
ドゥルースと離れてから、自分以外の人の口から語られる彼のことを聞きたいと思ったことは一度もない。だから、他人から悪魔という無礼な蔑称を付けられていることに腹の底が煮えるような気分に襲われた。
彼に会いたくなった。初めに呼んだ奴を殴りたくなった。
幼い頃、自分を拾ってくれたたった一人の愛しい人。エディスにとっては夕焼けのように優しく温かな、彼に。
エディスは唇を噛み締める。彼はそんな人じゃない、違うと叫びたくても怒りたくても口にするわけにいかない。
「一度会ったけど、ただの変な奴だったぞ」
だが、別のところから否定されて驚いた。顔を上げるとシュウがお前程じゃないけど派手な色の髪だったと感慨深そうに腕を組むのが見えた。
「また、危ないことを……」
シルベリアは苦笑するが、エディスは握り締めていた拳を緩める。エディスは、シュウがどういうのか、耳の神経を尖らす。まるで耳が息をしているようだった。
「あれは多分、奴隷だったと思うんだけどな。ボロボロの服着たガキ背負ってて。金も持たずに馬鹿みたいに助けたいんだって泣いてたんだよ」
かなりマヌケだったし、悪魔ってのは周りが勝手に言いふらした噂だったんじゃねえのかな。
そう言ったシュウに対し、シルベリアは「生きてれば同じ年だぞ」と呆れていた。
だが、エディスにとっては喜ばしいことだった。本当のドゥルースのことを、自分以外に知っている人がいた! と。
「それで、ソイツがどうしたんだよ」
「まさか会いたいとか?」
おいおいと頬を横から突かれ、頬をエディスは口を開く。
「多分、俺がシュウが見たっていう死にかけてた奴隷だと思う」
あそこで働いてたからと自分を指差すと、シルベリアがシュウに顔を向けるも覚えてないと首を振られる。
「騒ぎに乗じて脱走した奴隷もいたって話だったけど、本当だったとはな」
「俺は逃げそびれた側だよ。で、偶然そこに癒しのヴァンパイアが来て~って具合」
討伐されちゃうから秘密にしてくれと手を合わせると、シュウは「俺の呪いと似たようなものか?」とシルベリアに訊く。
「頼む! 昇進決まったばっかだからマジで知られるとマズいんだよ」
「昇進決まってなくてもよくはないだろ」
手を合わせて頼み込むと「なに言ってんだ」と今度は肘で突かれたし、斜め前にいるシュウからも手が伸びてきて肩を叩かれる。
「変なの拾っちまったな」
「変なのって言うな」
もう寝ようぜと言って床に寝転がるシュウに、エディスは頬を膨らませた。勝手にしろと、少し冷めてしまったラーメンをすすっていると「よくねえわ!」と腹筋を使って起き上ってくるので吹きだしそうになる。
麺が気道に入りかけて咽ているエディスの肩を掴んで「さっきのは何だよ、魔法か!?」と揺さぶってくるので箸を放り出して「止めろよ!」と叫んだ。
「さっきのって、なんか出てきた黒い塊のことか」
「そうだよ、バクバクヴァンパイア食ったやつ!」
エディスは「俺も知らねえよ」と耳に手を当てて肩をすくめる。
「シュウ、アレは食ってたわけじゃないぞ」
知った顔をするシルベリアに「じゃあなんだよ」とシュウが前のめりになる。シルベリアは頭を振って、右手を顔の高さにまで挙げると「溶かしていたんだ」と言い切った。
「食ってるか溶かしてるかの問題じゃねーよ! 原理訊いてんだ!!」
机を叩いて馬鹿と怒鳴るシュウに、シルベリアはエディスと同じように耳を塞いで目を閉じる。しかし、名前を呼ばれると降参するように両手を挙げた。
「……あれは能力だ。お前見慣れてるのに分からないのか」
「見慣れてねえ。そもそも数が少ないんだから分かるか」
シュウが首を振るが、シルベリアはこれだからとため息を吐く。
「能力者の特徴が出てたぞ。エディス、お前なんか言っただろ」
シルベリアが目を輝かせ、ほら! と言ってくる。そういえば生態研究を専門にしていると言っていたか。エディスは仕方がないのでしばらく前の時間に起きたことを思い出そうとするが、その前にぽっと言葉が頭の中に浮かんできた。
「愛を嘆く者、起動します」
「元奴隷にそんな大層なものねえよ」
奴隷!? と声を揃えるので「仲いいな」と笑って、奴隷市で産まれたんだと言い添える。
「二人共、ドゥルース・フィンティアって知ってるか?」
「フィンティアァ?」
いきなりなんだという顔をするシュウと、眉を顰めるシルベリアに、そうだと頷く。そのうち苦い物を食べたような顔をしてシルベリアが「悪魔か」と言葉を落とすと、それを聞いたシュウがは? と言った。
「フィンティア候の子だろ。母の腹を破り出た、悪魔と契約した子どもだとか」
お前聞いたことないのかとシルベリアが促すと、手の骨が出っ張ったところをこめかみに押し付けてシュウが唸る。
「月の夜になると人の内臓を求めて歩き回るとか噂になってただろ」
そんなことしねえよ。つい反論しそうになったエディスは、箸を強く握り締めた。
「コイツを殺害するために来た反軍の人間を返り討ちにしようとして一族を滅ぼしただとか」
「あ? ……あ! 軍に鎮圧の通報がきて大騒ぎになった事件のことか!」
フィンティア家惨殺事件、とシュウが納得いったように腕を組んでしきりに頷いている。
「トリエランディア大将が到着した時には全員死亡していたらしいがな。けど、あの悪魔の死体だけは土掘り返しても見つからなかったらしいぞ」
「大将について行った奴の話だろ。勝手に作った話の可能性だってある」
エディスは呆然となった。あの事件は自分のせいで起こって、侵入者を殺害したのも自分だというのに、まさか世間ではそんなことを言われているとは。
全てがドゥルースのせいになっていると知らなかった。
ドゥルースと離れてから、自分以外の人の口から語られる彼のことを聞きたいと思ったことは一度もない。だから、他人から悪魔という無礼な蔑称を付けられていることに腹の底が煮えるような気分に襲われた。
彼に会いたくなった。初めに呼んだ奴を殴りたくなった。
幼い頃、自分を拾ってくれたたった一人の愛しい人。エディスにとっては夕焼けのように優しく温かな、彼に。
エディスは唇を噛み締める。彼はそんな人じゃない、違うと叫びたくても怒りたくても口にするわけにいかない。
「一度会ったけど、ただの変な奴だったぞ」
だが、別のところから否定されて驚いた。顔を上げるとシュウがお前程じゃないけど派手な色の髪だったと感慨深そうに腕を組むのが見えた。
「また、危ないことを……」
シルベリアは苦笑するが、エディスは握り締めていた拳を緩める。エディスは、シュウがどういうのか、耳の神経を尖らす。まるで耳が息をしているようだった。
「あれは多分、奴隷だったと思うんだけどな。ボロボロの服着たガキ背負ってて。金も持たずに馬鹿みたいに助けたいんだって泣いてたんだよ」
かなりマヌケだったし、悪魔ってのは周りが勝手に言いふらした噂だったんじゃねえのかな。
そう言ったシュウに対し、シルベリアは「生きてれば同じ年だぞ」と呆れていた。
だが、エディスにとっては喜ばしいことだった。本当のドゥルースのことを、自分以外に知っている人がいた! と。
「それで、ソイツがどうしたんだよ」
「まさか会いたいとか?」
おいおいと頬を横から突かれ、頬をエディスは口を開く。
「多分、俺がシュウが見たっていう死にかけてた奴隷だと思う」
あそこで働いてたからと自分を指差すと、シルベリアがシュウに顔を向けるも覚えてないと首を振られる。
「騒ぎに乗じて脱走した奴隷もいたって話だったけど、本当だったとはな」
「俺は逃げそびれた側だよ。で、偶然そこに癒しのヴァンパイアが来て~って具合」
討伐されちゃうから秘密にしてくれと手を合わせると、シュウは「俺の呪いと似たようなものか?」とシルベリアに訊く。
「頼む! 昇進決まったばっかだからマジで知られるとマズいんだよ」
「昇進決まってなくてもよくはないだろ」
手を合わせて頼み込むと「なに言ってんだ」と今度は肘で突かれたし、斜め前にいるシュウからも手が伸びてきて肩を叩かれる。
「変なの拾っちまったな」
「変なのって言うな」
もう寝ようぜと言って床に寝転がるシュウに、エディスは頬を膨らませた。勝手にしろと、少し冷めてしまったラーメンをすすっていると「よくねえわ!」と腹筋を使って起き上ってくるので吹きだしそうになる。
麺が気道に入りかけて咽ているエディスの肩を掴んで「さっきのは何だよ、魔法か!?」と揺さぶってくるので箸を放り出して「止めろよ!」と叫んだ。
「さっきのって、なんか出てきた黒い塊のことか」
「そうだよ、バクバクヴァンパイア食ったやつ!」
エディスは「俺も知らねえよ」と耳に手を当てて肩をすくめる。
「シュウ、アレは食ってたわけじゃないぞ」
知った顔をするシルベリアに「じゃあなんだよ」とシュウが前のめりになる。シルベリアは頭を振って、右手を顔の高さにまで挙げると「溶かしていたんだ」と言い切った。
「食ってるか溶かしてるかの問題じゃねーよ! 原理訊いてんだ!!」
机を叩いて馬鹿と怒鳴るシュウに、シルベリアはエディスと同じように耳を塞いで目を閉じる。しかし、名前を呼ばれると降参するように両手を挙げた。
「……あれは能力だ。お前見慣れてるのに分からないのか」
「見慣れてねえ。そもそも数が少ないんだから分かるか」
シュウが首を振るが、シルベリアはこれだからとため息を吐く。
「能力者の特徴が出てたぞ。エディス、お前なんか言っただろ」
シルベリアが目を輝かせ、ほら! と言ってくる。そういえば生態研究を専門にしていると言っていたか。エディスは仕方がないのでしばらく前の時間に起きたことを思い出そうとするが、その前にぽっと言葉が頭の中に浮かんできた。
「愛を嘆く者、起動します」
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