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入隊編
3.ワンなのかニャーなのかハッキリしろよ!
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「ぅ、え!?」
エディスは、心臓を握られた気分になった。地面にぶつからないためにと翼を出現させたばかりだからだ。
口をぽっかり開いてこちらを見つめていた青年が、ふいに目をキツく尖らせる。エディスの背後から追うヴァンパイアを視界に入れたからだ。その青年はぐっとしゃがみこむ。そして一息吐くと、横の壁を足で強く蹴った。
「どうした!?」
寮の中からもう一人、長髪の青年が飛び出してきた。ヴァンパイアを視認すると、両手に天に翳す。
【天空の覇者
その右に立つ雷の名手よ
我にその力を貸したまえ!】
闇夜に眩い程の光が収縮していき、青年の手に弓矢が形とられていく。
壁を蹴って近づいてきた青年はエディスを片手で抱え、近くの階のベランダに着地した。守るように抱えられたエディスは青年の顔を見上げる。
「け、獣の耳ぃ!?」
本来、耳がある場所には、ふわふわとした触り心地のよさそうな獣の耳があった。それは猫のようにも見えるし、犬のようにも見えた。
「黙ってろ」
苛立ちを隠しきれない様子の青年は、エディスの口を手で塞ぐ。
「で、掴まってろ」
青年がベランダの手すりに座っているので、体勢的にはかなり危うい。右膝の上にのせられ、右手で支えられているだけだ。なるべく邪魔にならないようにと、青年の胸にエディスは抱きついた。
ギリリ、と地上の青年が雷の矢を番える。
【破雷弓!】
狙いを定め、矢を放つ。二人の目の前を通り過ぎ、ヴァンパイアのわき腹を掠めた。顎を冷や汗が伝ったヴァンパイアが、喉を震わせる。安堵して口の端を緩めると「どこを狙っているんだ」と哄笑する。
【天をも貫く雷の弓
地上に降り注げ】
だがーー次の瞬間、雨雲が割れた。
「なんだ?」
エディスが上を見上げようとした時。轟音と共に、ヴァンパイアを背後から雷が刺し貫く。それを見た青年はエディスを抱え、膝立ちになった。
腹を抉り取られたヴァンパイアが二人に向かって飛んでくる。鋭く光るものが目に入ったエディスが目を細めて手を向けた。猛獣の持つような、長く鋭い爪で切り裂こうとしてくるヴァンパイアにトドメを刺そうと口を開く。
「それをこちらに寄越せッ!」
「やるかよ!」
青年がヴァンパイアの喉を鋭い爪で引き裂く。魔物から吹き出た血は、エディスの頭から降りかかった。
その瞬間だった。エディスの右目に激痛が走ったのは。
「おい、どうした!」
痛みのあまりに涙を流したエディスを見、青年は慌てた。痛みで声が出せないエディスは頭を激しく振る。
舌打ちをした青年はベランダの手すりから下り、地上に向かって急降下していく。落下速度を抑えようと背に翼を生やしたエディスが空中で半回転をし、青年の胸に抱きつく。すると、斜めにだが二人の体が浮いた。
「うわっ、はっ、はあ!? なんなんだコイツ!」
耳元で青年が叫ぶが、無意識に行動をしているだけのエディスからは反応がない。
顔を押さえた手指の間から見えるのは、全てを呪うような顔をし、エディスに向かって手を伸ばしながら落ちていく、赤のヴァンパイア。
「あ……あ……」
エディスの頭の中で響く声。それは徐々に大きくなり、【愛を嘆く者 起動します】エディスの口から零れ出た。
エディスの右目の視界が、まるで別人の物と入れ替えたかのように変わる。
「お前……?」
左目では視認できる青年や建物が右目だと見えない。唯一見えるのはヴァンパイアのみ。
唇を歯噛みすると、青年がエディスの体を抱きしめたのを感じ、エディスは右手を離した。
【目標確認……完了】
左目を閉じ、顔から離した右手で敵がいる範囲全てを観測しーーヴァンパイアを視界に捉え、右目を強く瞬きさせた。
「ぐ、あ、あ」
ヴァンパイアの周りに、黒い物体が現れる。暗い夜の中でも、黒の輪郭は分かりやすい。ムシャムシャとヴァンパイアの体を食べる物体の姿は、よく見えた。
「なんだあれ……」
地上に下りた青年に訊ねられるも、「俺にも、よく分からない」としか答えられなかった。
「はあ!? マジかよ!」
ヴァンパイアがエディスに向かって伸ばしていた手の指一本さえ残さず、綺麗に食べ尽くすと黒い物体は消えていく。
「ああ、マジでわか……」
ふいに視界がぐらりと横揺れし、エディスはそのまま昏倒した。傾いていく体を青年が受け止め、声を掛ける。
「おい! 大丈夫か!」
「コイツ、一体何なんだ…?」
うっすらとした意識の中、エディスは消えたヴァンパイアの声を頭の中で聞き続けていた。お前が欲しいという、悲鳴に似た欲望の声を。
エディスは、心臓を握られた気分になった。地面にぶつからないためにと翼を出現させたばかりだからだ。
口をぽっかり開いてこちらを見つめていた青年が、ふいに目をキツく尖らせる。エディスの背後から追うヴァンパイアを視界に入れたからだ。その青年はぐっとしゃがみこむ。そして一息吐くと、横の壁を足で強く蹴った。
「どうした!?」
寮の中からもう一人、長髪の青年が飛び出してきた。ヴァンパイアを視認すると、両手に天に翳す。
【天空の覇者
その右に立つ雷の名手よ
我にその力を貸したまえ!】
闇夜に眩い程の光が収縮していき、青年の手に弓矢が形とられていく。
壁を蹴って近づいてきた青年はエディスを片手で抱え、近くの階のベランダに着地した。守るように抱えられたエディスは青年の顔を見上げる。
「け、獣の耳ぃ!?」
本来、耳がある場所には、ふわふわとした触り心地のよさそうな獣の耳があった。それは猫のようにも見えるし、犬のようにも見えた。
「黙ってろ」
苛立ちを隠しきれない様子の青年は、エディスの口を手で塞ぐ。
「で、掴まってろ」
青年がベランダの手すりに座っているので、体勢的にはかなり危うい。右膝の上にのせられ、右手で支えられているだけだ。なるべく邪魔にならないようにと、青年の胸にエディスは抱きついた。
ギリリ、と地上の青年が雷の矢を番える。
【破雷弓!】
狙いを定め、矢を放つ。二人の目の前を通り過ぎ、ヴァンパイアのわき腹を掠めた。顎を冷や汗が伝ったヴァンパイアが、喉を震わせる。安堵して口の端を緩めると「どこを狙っているんだ」と哄笑する。
【天をも貫く雷の弓
地上に降り注げ】
だがーー次の瞬間、雨雲が割れた。
「なんだ?」
エディスが上を見上げようとした時。轟音と共に、ヴァンパイアを背後から雷が刺し貫く。それを見た青年はエディスを抱え、膝立ちになった。
腹を抉り取られたヴァンパイアが二人に向かって飛んでくる。鋭く光るものが目に入ったエディスが目を細めて手を向けた。猛獣の持つような、長く鋭い爪で切り裂こうとしてくるヴァンパイアにトドメを刺そうと口を開く。
「それをこちらに寄越せッ!」
「やるかよ!」
青年がヴァンパイアの喉を鋭い爪で引き裂く。魔物から吹き出た血は、エディスの頭から降りかかった。
その瞬間だった。エディスの右目に激痛が走ったのは。
「おい、どうした!」
痛みのあまりに涙を流したエディスを見、青年は慌てた。痛みで声が出せないエディスは頭を激しく振る。
舌打ちをした青年はベランダの手すりから下り、地上に向かって急降下していく。落下速度を抑えようと背に翼を生やしたエディスが空中で半回転をし、青年の胸に抱きつく。すると、斜めにだが二人の体が浮いた。
「うわっ、はっ、はあ!? なんなんだコイツ!」
耳元で青年が叫ぶが、無意識に行動をしているだけのエディスからは反応がない。
顔を押さえた手指の間から見えるのは、全てを呪うような顔をし、エディスに向かって手を伸ばしながら落ちていく、赤のヴァンパイア。
「あ……あ……」
エディスの頭の中で響く声。それは徐々に大きくなり、【愛を嘆く者 起動します】エディスの口から零れ出た。
エディスの右目の視界が、まるで別人の物と入れ替えたかのように変わる。
「お前……?」
左目では視認できる青年や建物が右目だと見えない。唯一見えるのはヴァンパイアのみ。
唇を歯噛みすると、青年がエディスの体を抱きしめたのを感じ、エディスは右手を離した。
【目標確認……完了】
左目を閉じ、顔から離した右手で敵がいる範囲全てを観測しーーヴァンパイアを視界に捉え、右目を強く瞬きさせた。
「ぐ、あ、あ」
ヴァンパイアの周りに、黒い物体が現れる。暗い夜の中でも、黒の輪郭は分かりやすい。ムシャムシャとヴァンパイアの体を食べる物体の姿は、よく見えた。
「なんだあれ……」
地上に下りた青年に訊ねられるも、「俺にも、よく分からない」としか答えられなかった。
「はあ!? マジかよ!」
ヴァンパイアがエディスに向かって伸ばしていた手の指一本さえ残さず、綺麗に食べ尽くすと黒い物体は消えていく。
「ああ、マジでわか……」
ふいに視界がぐらりと横揺れし、エディスはそのまま昏倒した。傾いていく体を青年が受け止め、声を掛ける。
「おい! 大丈夫か!」
「コイツ、一体何なんだ…?」
うっすらとした意識の中、エディスは消えたヴァンパイアの声を頭の中で聞き続けていた。お前が欲しいという、悲鳴に似た欲望の声を。
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