侯爵様、化け物になりますので今世も冷遇してくださいな

結月てでぃ

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死に戻り、愛すれば

16.星であるとも気付かずに

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「侯爵様、奥様の姿が見えません!」
 代わりにリリアが野盗は見つけましたと、黒染めの服を着た男を羽交い締めにしているアイザックが寄ってくる。
「本当に化け物なのだと思われ、殺されてしまわれたのかも……っ」
 その後を追ってきたリリアが野盗の頭を殴りました。白状しなさいと殴り続けるリリアに、野盗が痛い痛いと悲鳴を上げています。
「勇ましいな。そのフライパンで倒したのか」
「そうなんです、彼女すごいですよ!」
 リリアの手にはフライパンが握られており、アイザックが他にも何人か捕まえましたと明るい声を上げた。リリアの「頑張ったので褒美をください!」という声が聞こえてきて、ふふっと笑ってしまいます。侯爵様の耳に手をかざして「私からもお願いしますわ」と囁きかけると頷かれる。
「見世物小屋に売り払う為に攫われたのかもしれません。どうしましょう、追手を掛けますか!?」
 見た目は怖かったですけど、心優しい奥様だったのにと花瓶や洗濯板、傘を取り落としてメイドがわあと顔を覆ってしまいます。皆が皆泣きだしますと、騎士が慌てふためいて「馬鹿ッ諦めるな!」と宥めにかかります。メイドの肩に手を置いて励ましている騎士たちも、どこか不安げに眉を寄せていた。
 ーー皆、アリエッサではないのよ? どうして私のことをそんなに心配してくれるの?
 侯爵様はどうしようと頭を抱える部下たちを見渡して「落ち着け」とため息を吐きました。そうですよね、私なのですから。
「君のせいだぞ」
 それなのに耳元で囁かれた言葉に驚いて、それから気付きました。
 私がのは、この心。アリエッサは素直で美しい考えを持っていたわ。私から歩み寄らなかったのに侯爵様にばかり求めて、彼を責めたてていた。私の醜さを見透かされていたのね。
(……本当に、私には勿体ない素敵なお方だわ)
 ならば正さなくては。この人を不快にする私でいることは許されない。
「有り難いことですわ」
 耳打ちすると侯爵様は驚いたように目を丸くさせて私を見てきましたわ。微笑んで頷くと、そうだなと頷き返してくださいました。
「無事だから安心しろ」
 侯爵様からそう言われた使用人たちは彼を見上げる。
「いい加減顔を見せてやってはどうだ」と促され、被っていたマントを後ろに下ろします。侯爵様の腕に抱かれている存在にようやく気が付いた使用人たちが呆然とこちらを指を差してきました。
「侯爵様……その方は?」
 腕に抱かれている女性は誰なのかと、使用人たちの視線が集まってきます。私は彼らをずっと騙してきたわ。その視線をまともに見ていられず、眉を下げて微苦笑を浮かべた。
「心配を掛けてしまってごめんなさい」
 心配したんですからねとティルカの足元までやって来たリリアがやって来て、目を潤ませる。
「奥様! 無事だったんですね……」
 実家からついてきたリリアが認識しているということはと考えた周囲の人たちも、ようやく私が誰なのか理解して「えぇっ!?」とのけ反った。
「至るところ擦り傷だらけががな」
 お転婆なのもどうにかしてくれとリリアに言う侯爵様に、執事が口を開きます。
「あの、もしやその方が奥様で……?」
 問われた侯爵様は「そうだ」と口元に笑みを浮かべました。
「俺の大切な妻だ」
 片腕に体重をかける形で抱え直してくださった侯爵様が頬に手を当て、こめかみに口づけてこられました。アリエッサにも前世でこんな感じだったかしらと気恥ずかしくなってきて、目を伏せてしまいます。
「彼女はメルシー・クレイヴンファーストとは全くの別人なので、言い間違えることがないように」
「なんですと」と常に粛々としている執事までもが唖然としたわ。けれど、すぐに白い髭を指で抓んで形を整えながら本名を尋ねてきます。
「ティルカ・カーチェスターだ」
「その、皆さん……今まで騙していてごめんなさい」
 前伯爵夫妻の娘だと打ち明けると、執事は「本当に生まれていらっしゃたのですね」と口を戦慄かせる。ご誕生おめでとうございますと言うところに、彼の困惑具合が伺えるわね。
 でも、執事以外は誰一人として口を開かなくて、場がシーンと静まり返ってしまったわ。やっぱり、騙していたことを許してもらえないのではかしら?
 手を握って視線を落とす。許してもらえなければ、どうしたらいいのかしら……。
「お、奥様……お綺麗です」
 一人のメイドがそう呟き、両手を口に押し当てる。
「ほんと。泉の妖精どころか、女神様が嫉妬したって言われても納得しちゃいそう」
 メイドたちの紅潮した頬とキラキラとした視線を受けた私は瞬きをする。
「私の顔がですか?」
 頬に手を当てて首を傾げてから侯爵様に目線を向けると、彼は渋い顔になってしまいました。
「ティルカ、君程の美人は国中捜してもなかなか見つかり辛いぞ」
「まあ。私、お母様に似ているそうですの」
 執事が何度も頷いているので本当にそうなのでしょう。
 泥か肥を繊維として固めたようにしか見えなかったのですが、星のように淡い光を籠めた銀髪だった母と同じ色に戻ったわ。美しい直毛だった母とは違って波打っているのが残念なところですが、背中を覆える程に伸ばしました。貴族の女として重要なことなので。青ざめたような頬や唇に、血管が見えそうな白い肌。
「あっ、でも目の色は同じですね!」
 野盗の首を絞めて意識を落としてしまったアイザックが、自分の目を指差して笑います。
「その通りだ。よく見ていたなアイザック」
 私と視線を合わせてくださる方は知っている黄緑の目。私のこれも宝石のようだった父と似ていればいいのですが、あまり似た色の目の人を見ないので同じ人物だということを物語っているのかもしれません。
 ふ、と侯爵が怜悧な目を柔らかく細めて微笑まれた。まあ、なんて格好良いのでしょうか……!
「まあ、君の美しさは外見だけではないがな」
 なにやら熱視線を向けられ、あまりの眩しさに目を閉じてしまいました。恥ずかしいですわと顔を手で覆って「喜ばせないでほしいんですの」と呟きます。どうしてと訊かれても応えられませんわ。
(だってーーこれは。アリエッサが来れば、どこかに行ってしまう愛ですものね……)

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