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死に戻り、愛すれば
5.冬待つ庭に彩を
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パタンと本を閉じ、胸に抱く。侯爵様が手配してくれたロッキングチェアの背もたれに凭れて、ゆらゆらと心地良い揺れに身を任せる。
「はぁ~……いいお話でしたわ」
うっとりと物語の余韻に浸っているティルカは、ふわんと柔らかな紅茶の匂いが漂ってきて目を開けた。
「リリア、紅茶を持ってきてくれたの?」
ありがとうと言うと、表情の乏しいメイドは仕事ですからと照れも見せずに淡々と礼を受けとめる。すっかり侯爵様の不愛想に慣れ切ったティルカは気にもせず、ティーカップのハンドルを指でつまんで持ち上げた。
「いい香り……ハーブティー?」
「はい。庭師が奥様の植えたハーブが育ったからと持ってきたんです」
まだたくさんあるので料理にも使えますよと言うリリアにお願いすると、彼女は小さく頷く。
あれから、侯爵様に庭の手入れをしていいか頼んだところ快諾してもらえた。
手始めに元からあったオランジュリーやサンルーム、ガゼボなどの改修から手をつけた。前侯爵夫人が亡くなってから誰も踏み込もうとしない領域だったらしく、随分と老朽化していたのが理由である。
どうしてアリエッサはやらなかったのかしらと疑問に感じたが、館を取り仕切る女主人であるティルカに相談し辛かったせいかもしれない。なにせ、可愛げも愛想もないので。
「庭の施設が綺麗になったと喜んでいましたよ。倉庫も新しくしてもらえて、使いやすくなったそうです」
「それは良かったわ」
たった一人だけ、前侯爵夫人が雇っていた老いた庭師が残ってくれていたのだ。彼がいなくてはこの先で庭を改造することなど出来なくなるし、道具や倉庫が使いにくかったり古いのは問題外だ。
「奥様、庭に行かれてみてはどうですか。庭師も直接お礼が伝えたいと言っていました」
サンルームを手掛ける際に倉庫も一新してもらったのだが、使い心地はまだ聞いていない。
「そうね、そうしてみるわ」
今は急ぐ仕事もない。小説を取りに行くついでに寄ってみるのもいいだろうと腰を上げる。
「奥様はもう見られましたか」
「ええ。だけど何度見ても美しい庭になったと思っているわ」
リリアはティルカの専属メイドとして雇ってもらえた。だが、リリアばかりを侍らせていては他のメイドの反感も食らうし、リリアの休みも奪ってしまう。庭へは別のメイドを連れていったはずだ。
「リリア、庭師とはいつ知り合ったの?」
「食材を受け取りに行った時に話しかけられたんです」
そこでハーブが渡されたのねと納得したティルカは「そう」と頷く。
ティルカが選んだコンセプトとしては、美しい冬を彩る庭。なにせ、北部では冬が長々と続くのでその期間に楽しめなければ意味がなくなってしまう。
入口には半円のアーチを掛け、砂利道の両脇には青々とした常緑芝を敷いてもらった。もしも侯爵様が庭に訪れた時にどんな風景が広がっているのだろうと楽しみになるようにと仕掛けたつもりだ。
冬は咲く花が少なく暗色になってしまいがちになってしまう。それを避ける為、鮮やかな色合いの幹を持った植木を集めてもらった。
若い枝ばかり融通してもらったので、春には剪定を行ってもらわなければいけないだろう。丁寧さが必要だが、あの庭師の腕前ならきっと美しく整えてもらえる。
眉間に皺を寄せ、背が丸まった小人のような職人だ。気難しい初老の男に、ティルカは躊躇いもせず「アシュビーさん、こんにちは」と話しかけた。
初老の男はにこりともせず「これはどうも」と帽子を取って胸に当てる。非常に愛想がないが、これが彼なりの挨拶であることはもうすでに理解していた。
「倉庫や作業道具はどうかしら。使い辛くないといいのだけれど……」
「問題ありませんよ」
感謝の言葉を述べたい、などと言っていたとは到底思えない様子だが、職人気質の男から
「もう少ししたら早春に咲く小球根なども植えたいと思っているのだけど……」
「ああ、それでしたらもう集めていますよ」
奥様もきっと気に入ると思いますと小屋に入っていってしまった男に、リリアがなんですかアレはと言いたげな視線を送ってくる。
苦笑して首を横に振ったティルカは彼を追って小屋に入っていく。
椅子に腰かけていた彼は「これだよ、これ」と膝にのせた植物の本を指差してくる。ティルカは腰を曲げて本を見下ろすと、まあと手を合わせた。
「綺麗な花ですわ」
大きな口を広げてニタニタと笑うティルカにも怯まず、アシュビー老人は「それでは、これはどうですかな。奥様のお眼鏡に叶うでしょうか」と丸眼鏡のツルを指先でつまんで押し上げる。
人の悪い笑みを浮かべる彼の指を追ってティルカは「こちらも素敵ですが……可愛らしい小さな花を咲かせる品種はありませんか?」と訊ねた。
「奥様は不思議な人だな。儂みたいな老いぼれの話を聞く若い奴なんて今時いないのに」
「あら、アシュビーさん程お庭に詳しい人がいないのにですか?」
そうさと口を歪めたアシュビーは「だから辞めていったのさ」と一人ごちる。それに、ティルカは自分も同じだと思った。
愛想がなくて、話をするのも苦手で人から避けられてしまう。けれど、アシュビー老人は話を聞こうとすればこうして色々知識を授けてくれる。
「それは勿体ないことをしましたね」
ですが私は幸福ですと胸に手を当ててにちゃりと微笑む。
「他に弟子がいないから、こうして私とお話していただける余裕があるのです」
鼻高々になっていたが、慌てて「一人では大変なのですぐに追加で人を雇いますね」と付け加える。
「奥様が選んだ奴なら安心だな」
そうアシュビー老人は言って体ごと背けた。使用人から信頼されている事実が嬉しく、ティルカはありがとうございますと言いながら彼に引っ付く。
「若い娘っ子が男に引っ付くもんじゃねえ」と叱責され、すぐに謝りながら離れることになったが。
「はぁ~……いいお話でしたわ」
うっとりと物語の余韻に浸っているティルカは、ふわんと柔らかな紅茶の匂いが漂ってきて目を開けた。
「リリア、紅茶を持ってきてくれたの?」
ありがとうと言うと、表情の乏しいメイドは仕事ですからと照れも見せずに淡々と礼を受けとめる。すっかり侯爵様の不愛想に慣れ切ったティルカは気にもせず、ティーカップのハンドルを指でつまんで持ち上げた。
「いい香り……ハーブティー?」
「はい。庭師が奥様の植えたハーブが育ったからと持ってきたんです」
まだたくさんあるので料理にも使えますよと言うリリアにお願いすると、彼女は小さく頷く。
あれから、侯爵様に庭の手入れをしていいか頼んだところ快諾してもらえた。
手始めに元からあったオランジュリーやサンルーム、ガゼボなどの改修から手をつけた。前侯爵夫人が亡くなってから誰も踏み込もうとしない領域だったらしく、随分と老朽化していたのが理由である。
どうしてアリエッサはやらなかったのかしらと疑問に感じたが、館を取り仕切る女主人であるティルカに相談し辛かったせいかもしれない。なにせ、可愛げも愛想もないので。
「庭の施設が綺麗になったと喜んでいましたよ。倉庫も新しくしてもらえて、使いやすくなったそうです」
「それは良かったわ」
たった一人だけ、前侯爵夫人が雇っていた老いた庭師が残ってくれていたのだ。彼がいなくてはこの先で庭を改造することなど出来なくなるし、道具や倉庫が使いにくかったり古いのは問題外だ。
「奥様、庭に行かれてみてはどうですか。庭師も直接お礼が伝えたいと言っていました」
サンルームを手掛ける際に倉庫も一新してもらったのだが、使い心地はまだ聞いていない。
「そうね、そうしてみるわ」
今は急ぐ仕事もない。小説を取りに行くついでに寄ってみるのもいいだろうと腰を上げる。
「奥様はもう見られましたか」
「ええ。だけど何度見ても美しい庭になったと思っているわ」
リリアはティルカの専属メイドとして雇ってもらえた。だが、リリアばかりを侍らせていては他のメイドの反感も食らうし、リリアの休みも奪ってしまう。庭へは別のメイドを連れていったはずだ。
「リリア、庭師とはいつ知り合ったの?」
「食材を受け取りに行った時に話しかけられたんです」
そこでハーブが渡されたのねと納得したティルカは「そう」と頷く。
ティルカが選んだコンセプトとしては、美しい冬を彩る庭。なにせ、北部では冬が長々と続くのでその期間に楽しめなければ意味がなくなってしまう。
入口には半円のアーチを掛け、砂利道の両脇には青々とした常緑芝を敷いてもらった。もしも侯爵様が庭に訪れた時にどんな風景が広がっているのだろうと楽しみになるようにと仕掛けたつもりだ。
冬は咲く花が少なく暗色になってしまいがちになってしまう。それを避ける為、鮮やかな色合いの幹を持った植木を集めてもらった。
若い枝ばかり融通してもらったので、春には剪定を行ってもらわなければいけないだろう。丁寧さが必要だが、あの庭師の腕前ならきっと美しく整えてもらえる。
眉間に皺を寄せ、背が丸まった小人のような職人だ。気難しい初老の男に、ティルカは躊躇いもせず「アシュビーさん、こんにちは」と話しかけた。
初老の男はにこりともせず「これはどうも」と帽子を取って胸に当てる。非常に愛想がないが、これが彼なりの挨拶であることはもうすでに理解していた。
「倉庫や作業道具はどうかしら。使い辛くないといいのだけれど……」
「問題ありませんよ」
感謝の言葉を述べたい、などと言っていたとは到底思えない様子だが、職人気質の男から
「もう少ししたら早春に咲く小球根なども植えたいと思っているのだけど……」
「ああ、それでしたらもう集めていますよ」
奥様もきっと気に入ると思いますと小屋に入っていってしまった男に、リリアがなんですかアレはと言いたげな視線を送ってくる。
苦笑して首を横に振ったティルカは彼を追って小屋に入っていく。
椅子に腰かけていた彼は「これだよ、これ」と膝にのせた植物の本を指差してくる。ティルカは腰を曲げて本を見下ろすと、まあと手を合わせた。
「綺麗な花ですわ」
大きな口を広げてニタニタと笑うティルカにも怯まず、アシュビー老人は「それでは、これはどうですかな。奥様のお眼鏡に叶うでしょうか」と丸眼鏡のツルを指先でつまんで押し上げる。
人の悪い笑みを浮かべる彼の指を追ってティルカは「こちらも素敵ですが……可愛らしい小さな花を咲かせる品種はありませんか?」と訊ねた。
「奥様は不思議な人だな。儂みたいな老いぼれの話を聞く若い奴なんて今時いないのに」
「あら、アシュビーさん程お庭に詳しい人がいないのにですか?」
そうさと口を歪めたアシュビーは「だから辞めていったのさ」と一人ごちる。それに、ティルカは自分も同じだと思った。
愛想がなくて、話をするのも苦手で人から避けられてしまう。けれど、アシュビー老人は話を聞こうとすればこうして色々知識を授けてくれる。
「それは勿体ないことをしましたね」
ですが私は幸福ですと胸に手を当ててにちゃりと微笑む。
「他に弟子がいないから、こうして私とお話していただける余裕があるのです」
鼻高々になっていたが、慌てて「一人では大変なのですぐに追加で人を雇いますね」と付け加える。
「奥様が選んだ奴なら安心だな」
そうアシュビー老人は言って体ごと背けた。使用人から信頼されている事実が嬉しく、ティルカはありがとうございますと言いながら彼に引っ付く。
「若い娘っ子が男に引っ付くもんじゃねえ」と叱責され、すぐに謝りながら離れることになったが。
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