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死に戻り、愛すれば
11.侯爵夫人としての正しさとは
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事件は、真昼間に起きました。
神に誓って、私は彼らを頭からバリバリ食べようとしたり、悪魔を呼ぶ紋章を描いていません。ただ仲良くなった子どもたちと遊んでいただけなのです。
かくれんぼをして、それに飽きた子どもたちと花で冠を作ったり棒で土に絵を描いたりしていたーーそれだけでも、爛れて膨れあがって溶けたこの顔は恐怖に感じるのでしょう。
「うちの子になにをするの!!」という声が聞こえきて、次いで顔に痛みが走りむした。地面に倒れ伏した私にメイドたちが駆け寄り、助け起こしてくださいました。特に懐いているイーサンという男の子は、ティルカと自分の母親をと見比べて大泣きしてしまいました。
「ぅ……っ」
血の付いた大きな石が土の上を転がっていくのを見て、これを投げられたのだと分かりました。近くにいる子どもに当たっていたらどうするつもりなのかと口を開こうとした私を見て、「やだ、不気味……」という声が降りかかりました。
「お前たち、不敬ですよ!」
メイドが叫んでくれましたが、彼女たちは蔑みの態度を変えようとしません。くすくすと笑いあって、顔を寄せ合います。
「こんな化け物を奥様だと頭を下げないといけないだなんて」
「伯爵家も、よくこんなのを送り込んできたわね」
子どもに感染りそうだわという言葉に、苦い笑みを浮かべる。これは魔法だから感染することはないと言うことが出来ず、私は顔を俯けました。
「奥様!」
リリアが屋敷の方から走ってきて、イーサンの母親たちに「この方が侯爵夫人だと分かっての狼藉ですか」と睨みつけてくれました。普段どのようなことを言われても平然としている彼女にしては珍しい表情です。……怒っているのでしょうか?
「私の子を食べようとしたのよ!?」
「奥様はそのようなことはなさりません!」
この方が侯爵夫人だということがまだ分からないのという言葉に母親たちはたじろぐ。ですが「そんな化け物を侯爵様が寵愛するとでも?」という一言をきっかけに、「社交界に出ることがあったらどうするつもり? 恥を掻くのは侯爵様なのよ!?」「どうせ泉の妖精を苛めたから呪われたんでしょう」と波紋が広がっていきます。
「奥様はあなたたちと違います」
リリアがハンカチで傷口を抑えてくれるが、ズキズキとした鋭い痛みは止まってくれようとしません。
(社交界には、アリエッサが出てくれる。だけど、彼女が来るまでは? そもそも私は、自分が得意でないことをアリエッサに押し付けようとしているだけではないの……?)
自分の浅慮な行動が原因で、侯爵家の人たちに困惑と迷惑を掛けているーー今更ながら、なんということをしたのかと自責の念で押し潰されそうだわ。
どうしよう、どうしようと視界がぐるぐると回ってきます。謝って済むのだろうかと、背が丸まる。
「なにを騒いでいる」
その場に冷え冷えとした声が聞こえてきて、ぱっと顔を上げました。屋敷から出てきて、侯爵様がこちらにやって来るのが見え、泣きそうになってしまったわ。
対して、母親たちは体を強張らせていました。ですが、私の顔を見てぷっと小さく吹き出し、侮蔑の笑みを浮かべる。どうせ、こんな見るもおぞましい化け物なんて冷遇されていると思っているのでしょう。それは……事実です。私のような者を侯爵様が愛してくださるはずもありませんから。
(……消えてしまいたいわ)
私は、存在を忘れさられたかったのです。
居室か、牢屋か小屋にでも軟禁されて記憶の端に行ってしまいたかった。その為にここに来たはずですのに、このように悪印象しか残らない顔にしたりして、なにを考えていたのでしょう。
近くに寄ってきた侯爵様は私を一目見ると、目の前に腰を落として来られました。片膝を地面についた侯爵様は、そっと頬に手を当ててきて柳眉を顰められました。
……どうして、私にまでこのように優しい顔をしてくださるのでしょう。前世では煩わせたことなどありませんでしたのに。
「この傷はどうしたんだ」
案じるように潜められた声に、目が大きく見開いていくのを感じます。
「この者たちの愚行です、侯爵様」
リリアの告発を皮切りに、「石を投げたのを見ました」「奥様に化け物だと罵ってきたんです!」と周りを囲むメイドたちが声高に主張するのを咎めるように声を発します。私をーー母親たちも意外そうな目で見てきます。
「違いますわ、侯爵様。この人たちは我が子を守っただけです!」
こんな顔をしているのですから怖がられるのは当然ですわと主張し返す。どうか正しいご判断をと真剣な眼差しで侯爵様を見つめていますと、彼は息を吐きました。
「いくら驚いたからと言って石を投げつけるのは非常識だし、罵倒する必要もない」
「社交界にも出られない身です。日頃から侯爵様のことを案じておられたただけですわ」
「そもそもお前は俺の妻なのだから雇い主なんだぞ。主人に歯向かえばどうなるかは考えなくても分かるだろう」
「侯爵様!」
母親を失った子どもがどうなるのかは己の身でよく実感しております。ですから、この者たちを許してほしいと願ってしまう。
「……我が妻の温情に感謝するんだな」
次はないと釘を刺した侯爵様に、母親たちは顔を青ざめさせて体を震わせました。
彼女たちの主張は正当なものであったのに、申し訳ないわ。ただ私が侯爵様の正妻で、侯爵様も体面を気にしなければいけなかった為に起きただけのこと。
すぐに医者を呼んでこいとおっしゃられた侯爵様に、私はお咎めなしで良かったと胸を撫で下ろしました。対して不服そうに唇を尖らせるリリアの肩に手を置き、「すぐに知らせてくれて助かった。次も頼む」と言葉で補うことも忘れない主人に流石ですわと感心します。
(私は……庇ってくれたリリアたちの気持ちを考えなかった)
庇ったのにどうして、甘やかすから図に乗るんだと思っているメイドもいることだろう。なんて不甲斐ないのかと、ティルカは俯いて地面を見る。散った自分の血は、伯爵家にいた頃ではよく見た光景だ。
「奥様、大丈夫ですか。すぐにお医者様が参りますからね」
けれど、今はあの時とは違う。リリアたち、自分を心配してくれるメイドたちがいるーーそのことに、ティルカは微笑んで感謝を口にした。
神に誓って、私は彼らを頭からバリバリ食べようとしたり、悪魔を呼ぶ紋章を描いていません。ただ仲良くなった子どもたちと遊んでいただけなのです。
かくれんぼをして、それに飽きた子どもたちと花で冠を作ったり棒で土に絵を描いたりしていたーーそれだけでも、爛れて膨れあがって溶けたこの顔は恐怖に感じるのでしょう。
「うちの子になにをするの!!」という声が聞こえきて、次いで顔に痛みが走りむした。地面に倒れ伏した私にメイドたちが駆け寄り、助け起こしてくださいました。特に懐いているイーサンという男の子は、ティルカと自分の母親をと見比べて大泣きしてしまいました。
「ぅ……っ」
血の付いた大きな石が土の上を転がっていくのを見て、これを投げられたのだと分かりました。近くにいる子どもに当たっていたらどうするつもりなのかと口を開こうとした私を見て、「やだ、不気味……」という声が降りかかりました。
「お前たち、不敬ですよ!」
メイドが叫んでくれましたが、彼女たちは蔑みの態度を変えようとしません。くすくすと笑いあって、顔を寄せ合います。
「こんな化け物を奥様だと頭を下げないといけないだなんて」
「伯爵家も、よくこんなのを送り込んできたわね」
子どもに感染りそうだわという言葉に、苦い笑みを浮かべる。これは魔法だから感染することはないと言うことが出来ず、私は顔を俯けました。
「奥様!」
リリアが屋敷の方から走ってきて、イーサンの母親たちに「この方が侯爵夫人だと分かっての狼藉ですか」と睨みつけてくれました。普段どのようなことを言われても平然としている彼女にしては珍しい表情です。……怒っているのでしょうか?
「私の子を食べようとしたのよ!?」
「奥様はそのようなことはなさりません!」
この方が侯爵夫人だということがまだ分からないのという言葉に母親たちはたじろぐ。ですが「そんな化け物を侯爵様が寵愛するとでも?」という一言をきっかけに、「社交界に出ることがあったらどうするつもり? 恥を掻くのは侯爵様なのよ!?」「どうせ泉の妖精を苛めたから呪われたんでしょう」と波紋が広がっていきます。
「奥様はあなたたちと違います」
リリアがハンカチで傷口を抑えてくれるが、ズキズキとした鋭い痛みは止まってくれようとしません。
(社交界には、アリエッサが出てくれる。だけど、彼女が来るまでは? そもそも私は、自分が得意でないことをアリエッサに押し付けようとしているだけではないの……?)
自分の浅慮な行動が原因で、侯爵家の人たちに困惑と迷惑を掛けているーー今更ながら、なんということをしたのかと自責の念で押し潰されそうだわ。
どうしよう、どうしようと視界がぐるぐると回ってきます。謝って済むのだろうかと、背が丸まる。
「なにを騒いでいる」
その場に冷え冷えとした声が聞こえてきて、ぱっと顔を上げました。屋敷から出てきて、侯爵様がこちらにやって来るのが見え、泣きそうになってしまったわ。
対して、母親たちは体を強張らせていました。ですが、私の顔を見てぷっと小さく吹き出し、侮蔑の笑みを浮かべる。どうせ、こんな見るもおぞましい化け物なんて冷遇されていると思っているのでしょう。それは……事実です。私のような者を侯爵様が愛してくださるはずもありませんから。
(……消えてしまいたいわ)
私は、存在を忘れさられたかったのです。
居室か、牢屋か小屋にでも軟禁されて記憶の端に行ってしまいたかった。その為にここに来たはずですのに、このように悪印象しか残らない顔にしたりして、なにを考えていたのでしょう。
近くに寄ってきた侯爵様は私を一目見ると、目の前に腰を落として来られました。片膝を地面についた侯爵様は、そっと頬に手を当ててきて柳眉を顰められました。
……どうして、私にまでこのように優しい顔をしてくださるのでしょう。前世では煩わせたことなどありませんでしたのに。
「この傷はどうしたんだ」
案じるように潜められた声に、目が大きく見開いていくのを感じます。
「この者たちの愚行です、侯爵様」
リリアの告発を皮切りに、「石を投げたのを見ました」「奥様に化け物だと罵ってきたんです!」と周りを囲むメイドたちが声高に主張するのを咎めるように声を発します。私をーー母親たちも意外そうな目で見てきます。
「違いますわ、侯爵様。この人たちは我が子を守っただけです!」
こんな顔をしているのですから怖がられるのは当然ですわと主張し返す。どうか正しいご判断をと真剣な眼差しで侯爵様を見つめていますと、彼は息を吐きました。
「いくら驚いたからと言って石を投げつけるのは非常識だし、罵倒する必要もない」
「社交界にも出られない身です。日頃から侯爵様のことを案じておられたただけですわ」
「そもそもお前は俺の妻なのだから雇い主なんだぞ。主人に歯向かえばどうなるかは考えなくても分かるだろう」
「侯爵様!」
母親を失った子どもがどうなるのかは己の身でよく実感しております。ですから、この者たちを許してほしいと願ってしまう。
「……我が妻の温情に感謝するんだな」
次はないと釘を刺した侯爵様に、母親たちは顔を青ざめさせて体を震わせました。
彼女たちの主張は正当なものであったのに、申し訳ないわ。ただ私が侯爵様の正妻で、侯爵様も体面を気にしなければいけなかった為に起きただけのこと。
すぐに医者を呼んでこいとおっしゃられた侯爵様に、私はお咎めなしで良かったと胸を撫で下ろしました。対して不服そうに唇を尖らせるリリアの肩に手を置き、「すぐに知らせてくれて助かった。次も頼む」と言葉で補うことも忘れない主人に流石ですわと感心します。
(私は……庇ってくれたリリアたちの気持ちを考えなかった)
庇ったのにどうして、甘やかすから図に乗るんだと思っているメイドもいることだろう。なんて不甲斐ないのかと、ティルカは俯いて地面を見る。散った自分の血は、伯爵家にいた頃ではよく見た光景だ。
「奥様、大丈夫ですか。すぐにお医者様が参りますからね」
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