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死に戻り、愛すれば

2.醜く、悍ましく、妬まれますように

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「そんな……お嬢様なら寵愛待ったなしですよ」
 鏡見たことあります? と言われて、自分の頬に手を当てる。母は子どもの私から見ても美しい人だった。軟禁されていた部屋には鏡がなかったから分からないが、少なくとも褒めてもらえる外見なのでしょう。
 夫が褒めてくれることはなかったけれど、前世の夜会ではカーチェスター侯爵夫人は美人だと注目されることが多く、身形に気を付けなければいけなかったので。
 けれど、あの人はこの顔は好みでなかった。「美人は三日で飽きる」とよく騎士たちに言っていたし、表情豊かなアリエッサのことを可愛いと褒めちぎっていたので。
「そもそも、嫌われる必要がありますか」
「……寵愛されて伯爵家に多額の支援をされても嫌じゃない」
 元から用意していた質問の答えを口にすると、リリアはなるほどそれは癪ですねと同意してくれる。
「好きじゃない顔を見せ続けるのもよくないし、変えてしまえばいいわよね」
 なにを言っているんですかという目で見てきたのは、メイドのリリア。唯一何度か話したことがあるメイドで、今回自分から志願して私についてきてくれた。侯爵家の方が給料がいいという理由でだけれど。
「私が冷遇されても侯爵様はちゃんと給料を出してくれるわ」
 安心してと横目で見ると、リリアは腑に落ちない様子でそうですかと淡々と頷く。口数は少ないけど、年頃が近い彼女がついてきてくれたのは嬉しい。
 叔母が馬車の御者すらくれなかったから本当に困っている。短い夏が終わったばかりの時期だったからまだいいけど、それでも幾つもの山を越える険しい旅程だ。二人で交代しながら不眠不休で馬車を御してようやく侯爵領までやってきたのに、これが一人だと思うと怖気が走る。
「魔法で顔を変えようと思ってて」
「お嬢様、そんなことできるんですか」
「前に魔法書で読んだことがあるのよ」
 今にも屋根が吹っ飛んでいってしまいそうな馬車から降り、近くの泉まで歩いていく。近づいていくと、泉の周りで水浴びやお喋りをしていた妖精が恥じらって隠れてしまった。
「お嬢様、妖精が嫉妬しないで隠れるって相当ですよ」
 優れた美貌を持つ人間に嫉妬した妖精が、その者を醜い顔に変えたり泥カエルにしてしまうーーというのは、おとぎ話でもよくある話。
 そうなれば楽なのにと期待したのに、妖精は恥じらって木の影から見つめてくるだけで近寄ってもこない。
「う~ん、でも嫌なのよ、この顔」
 母は美貌を姉に疎まれ、父は目をつけてきた悪女に靡かなかったから殺された。ならーー私は? 冷淡な女だと言われ、夫に振り向いてももらえず不倫されたわ。
 こんな顔じゃない方がいいのよ。そう決意を改めて、泉に映った顔に魔法を纏わせていく。誰もが醜悪だと、目を合わせたがらない。そんな顔にしてしまえばいい。
 銀髪はどんどんくすんで泥のようになり、頬がボコボコと波打つ。左瞼は膨れ上がり、右上瞼は垂れ下がって父と同じ色の薄緑の目がほとんど見えなくなってしまった。
 火事で焼けた人のように皮膚が爛れて蕩けていく。絹のように滑らかで白く輝くような肌の色はすっかり茶けた紙のようだ。
「こ、こんなものかしら?」
「思い切りましたね」
 変化を間近で見ていた妖精は木陰から飛び出てきてキィキィと喚いている。あんなに美しかったのに、どうしてと抗議をしていたが、しばらくするとすっかり落ち込んでしまった。
 足を抱えて座り込み、透明な羽を下げている彼女たちに申し訳なく思いながらも立ち上がる。
「行きましょう、リリア」
 手を差し出すと、彼女は「正直、慣れるまで二日程いただきたいですが」と躊躇ったものの握ってくれた。けれど、彼女の勇気をすごいなと感心していたわ。
 だって、私ですらちょっとやりすぎたって思ってたんだから。

「な、なんて醜いの……!」
「体もなんだあれは、棒っ切れのようだぞ」
 目が腐りそうだ、呪われそうだという声が広がっていく。
 親切なことに出迎えてくれた侯爵家の人たちを怯えさせるのは本意ではないけれど、仕方がない。こうするしか手がなかったのだから。
「道中、泉の妖精に出会って」とリリアが涙ながらに語るのを聞いて、私は彼女にしがみつきながら肩を震わせた。よくもまあそこまで口が回るなと思うくらいに出まかせが出てくるので、おかしくて堪らなくなってきてしまう。
「妖精が嫉妬する程の美人だったか?」
「妖精の仕業なら二度と戻らないし……暴れまわるんじゃ」
 侯爵家の使用人たちが血相を変えて話をしているのは、叔母の娘ーー本来侯爵様と結婚をするはずのメルシー・クレイヴンファーストが悪女として有名だからだ。
 前世で私はそのことを知らなくて、随分苦労した。
 今も侯爵家の人は気の毒そうな顔すらしてくれない。嫌悪を露わにして見られて気まずくなり、口を開く。
「……あの、すみません。侯爵様はどちらに?」
 この時、あの人は執務室で公務を行っていた。以前も迎えに来ることはなく、そのまま結婚式の直前まで会うことはなかった。だから会えない可能性も高かったけれど、この顔は是非一度お見せてしておきたい。
「俺が案内しますよ!」
 挙手して名乗り出てくれた人がいて、ほっと息を吐く。
 このまま放置されたらどうしようかと不安になってきていたので、ありがとうと笑いながらその人の顔を見る。
 栗毛に同色の目の、背の高い男性だ。朗らかな笑顔が印象的だが、鎧を着こみ腰には長剣を帯びている騎士だ。彼のことは前世でも見たことがある。
「俺はアイザックです」
 こちらですと手で差された方へ、彼の斜め後ろをついて歩く。
 少し離れていただけなのに懐かしい、愛した侯爵家の屋敷に胸が締め付けられる。これからアリエッサが来るまでーーいいえ、アリエッサが来てもせめて補佐官として暮らしていけるだろうか。前世と同じように、皆に笑いかけてもらえる日は来るのだろうか。
「大丈夫ですよ、侯爵様はお優しい人なので」
 俯いてしまったので心配してかアイザックが声を掛けてくれた。真っ直ぐに目を見つめてくるアイザックに、躊躇ってしまう。
 思わず視線を合わせてしまったが、自分でも悍ましいと思う顔なのに彼は怖くないのでしょうか? と思っていると、「屋敷に置いてくれますよ」と言われた。それが最低限の立場で、そうねとため息を吐きそうになる。けれど、それでも伯爵家に送り返されるよりは遥かにいいわ。
 何度も訪れたことのある、侯爵様の執務室ーーその扉をアイザックが叩く。ようやく彼に会えるのだと思うと胸が高鳴りそうになり、無理矢理押し込める。
「俺が人を愛すことはない」のだから。
(正しくは”私を愛すことはない”のだけれど)
 部屋の中へ入ると、窓際に佇んでいた白金の男性が振り向く。彫刻のように美しい面が怪訝そうに歪み、薄緑の目が眇められる。
「なんだその化け物は」
 開口一番出てきた言葉に、絶句してしまう。謝罪を口走り、頭を垂れなくてはという気持ちが溢れかえる。
 こちらを見る目には、嫌悪以外の感情が見いだせなかった。すっかり見慣れた完全なる無表情になってしまい、こんな醜態をどう思われているのかが分からない。
 ただ、良く思われていないことだけは理解ができた。
「疲れているだろうから早く部屋に案内してやれ」
 早々に下がることを命じられ、申し訳御座いませんと口にしてから部屋を出る。案内役がアイザックから執事に代わり、侯爵様の部屋とは違う棟にある自室へと詰め込まれた。
 力なくベッドに腰かけると、リリアがなにか持ってくるかと訊いてくれる。なにも口にする気になれず断り、ベッドに横になった。
「やったわ……リリア。これで、私は冷遇される」
 一日だらけていても怒られないのと言うと、彼女は「それは羨ましいですね」と笑ってくれた。
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