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死に戻り、愛すれば

1.愛した人は、私に興味がありませんでした

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「俺が人を愛すことはない」

 手を取った人は、私を愛さない人でしたーー

「アリエッサ、君は俺の光だ。君がいるから、俺は俺でいられる」
「侯爵様っ、私も! 私も好きです」
 抱きしめ合う男女の邪魔をしないように背を向け、歩いていく。夫である侯爵が領地に帰ってきたのと入れ替わるかのように、今度は私が王宮に呼ばれたから急がなくてはいけなかった。
 その道中、馬車が襲われて逃げ出した私を何人もの男が追いかけてくる。森の中に入って逃げたけれど、ドレスを着ているからすぐに追いつかれてしまった。
「え……」
 腹に突き刺さったナイフが引き抜かれ、今度は庇った腕を突き刺される。悲鳴を上げて逃げると後ろから追ってきて、引き倒され馬乗りになって首を掻き切られた。
 脇を持たれて体をずるずると引っ張られていく。夥しい血と一緒に力が抜け出ていくようで、死から逃れられないことを悟る。このままどこかにうち捨てられるか埋められるのでしょう。
(侯爵様ーー……)
 あなたの目に入らなくても、私はあなたを愛していたかった。自由をくれたあなたを遠くからでも見ていられれば、それで良かったのに。
 たとえ、その隣にいるのが私ではなくても不満はない。大好きな彼らが笑っていれば私は幸せでいられるのですから。けれど、もうそれですら望めないだなんて。
 自分の血で汚れたドレスを見たのを最後に、私の意識は途切れた。

「カーチェスター侯爵が結婚相手を捜しているのよ」
 意識が浮き上がり、目を開けると棒切れのような白い腕が映り込む。爪が欠け、煙草の火傷跡が目立つ腕はしばらく見なかった自分の物のように思える。意思の元で動くそれに、彼女はどうしてと呟く。
「聞いているの!?」
 金切り声とともに頭から水を掛けられ、謝罪が口を突いて出る。
 見上げると、重厚な扉の前に叔母が立ってこちらを見下ろしていた。金の無心にしか顔を見せないというのに、どういうことだろう。
 それにーーこっそりと辺りを伺うが、照明すらない寂れた石塔だ。これは、侯爵と結婚をするまで暮らしていた伯爵家に違いなかった。
「聞いておりました。ですが……」
 夜会にも出させてもらえないのに、どうして関係があると思うのだろうか。暫し女を見上げていたが、ふいと顔を逸らす。
「あなたの娘の結婚など知りません」
 そう言った途端、ツカツカと甲高いヒールの音を立てて近寄ってきた叔母に頬を叩かれた。
「侯爵と言っても、あのカーチェスター卿なのよ!? 私の大切な娘をあげるわけがないじゃないの」
 髪を引っ張られ、乱暴に振り回される。もう一度聞こえてきた名前に、そうだったわねと同意する。彼があのと呼ばれる理由も、怒る叔母の言動が前と変わらないことも。
 切り立つ雪山に囲まれた、北部最大の貴族。
 侯爵様は闇夜のような黒い鬣に、深い紫の瞳を持つ端正な顔立ちの美しい青年。けれど戦ばかり好む無頼漢のような気性で、夜会に出てきても機嫌を損ねさせるとご婦人の首の骨を折ってしまうという恐ろしい噂があった。
「戦勝金で私腹を肥やしているみたいだし、王家の血筋も引いていて丁度いい相手なのに……」
 さしものこの女も、娘を売り払うつもりはなかったということね。かといってこちらに八つ当たりをしないでほしいわと、千切れて床に落ちた髪に指を触れさせながらこっそりとため息を吐く。
「だから、私の娘としてアンタが嫁ぐのよ」
 ドレスと馬車くらいは用意してあげる、という声に顔を上げる。
「……バレたらどうするのですか」
 髪や目の色どころか顔も似ていないのですがと胸に手を当てながら言うと、叔母はフンと鼻を鳴らした。
「そんなのアンタが殺されるだけでしょ。もし帰ってきたら今度は小間使いにしてやるから!」
「そんなに簡単にいくわけがありませんわ!」
 お待ちくださいと言うが、叔母は精々搾り取りなさいよと背を向けて出ていこうとする。あの男を騙すのは無理ですとドレスの袖を掴むと、また頬を張られた。もう何日もロクな食べ物を分け与えてもらえなかったのでしょう、力の入らない体は簡単に倒れる。
 無情にも閉められた扉を見ても感情が湧かなかった。相変わらずロクでもないのは食べ物だけでなく、己の人生すべてだと思い起こす。
(私、戻ってきてしまったのね……)
 クレイヴンファースト伯爵家の一人娘として生まれたけれど、両親は私が物心ついた頃に馬車の事故で亡くなってしまった。ーーというのは、叔母が作り出した嘘。実際は父に懸想した叔母が事故を装って二人を殺したのよ。
 以来、正当な伯爵家の跡継ぎにも関わらず赤い巻き毛に金の目の叔母とは全く似通っていないからという理由で使用人まがいの扱いを受け続けてきた。
 痩せぎすの体を引きずって、壁に凭れ掛ける。目を閉じても優しい夢など見れそうにない。
(また侯爵家の置物になるのは申し訳ないけれど、この家にはいたくないわ)
 侯爵様は無関心だったけれど、ビジネスパートナー程度の関わりはできていた。なにより、大切な二人と侯爵家を見守っていたい。
「……今度こそ、存在を忘れられるくらい」
 そうすれば、せめて生きているくらいは許されるだろうと目を閉じる。
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