忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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三章/夏歌えど、冬踊らず

海神・三

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「まあ、そりゃそうだよなあ。俺だってカグラヴィーダ一筋なわけだし!」
 機器類に触れないように手を突いて起き上った当夜はもう一度手の甲で顔を拭うと、操縦桿を握り直す。オープンチャンネルを開き、「剣司、ありがとう。助かったよ!」と言う。
 地面を拡大すると、体の前で腕を交差させてカグラヴィーダが起こす突風に吹き飛ばされないようにと踏ん張る剣司が腕を振り上げる。
 通信機を通していない剣司の声は風に消されて、当夜まで伝わらない。だが、モニターに映っていた顔には見覚えがあった。
 団体試合や練習で誰よりも大きな声援で、我がことのように仲間を応援している時の顔だった。
 当夜はカグラヴィーダの親指を立てて「負けねえよ!」と遠ざかっていく剣司に向かって叫んだ。その姿も見えなくなると画面を戻し、当夜は眉を引き寄せて壁を撫でる。
「置いてってごめんな、カグラヴィーダ。大丈夫か?」
「案ずるな、我は神だ。これしきのこと、どうとでもない」
「だったら、なんか言えよ! 俺にはお前しかいないんだからさあ……っ!」
 モニターを抱き締めるように背を丸めた当夜に、カグラヴィーダは微かな笑い声を立てる。
「嬉しいことを言ってくれるな」
「だって、俺のカグラヴィーダだろ」
 笑って言うと、「そうだな」としわがれた声が和らぐ。
「それより向かっている方には誰もいないが」
「思ったより状況悪いから、こうでもしないと」
 索敵していたところ、涯と正体不明の機体――おそらくは大阪支部か京都支部の所属機だろう――とで戦っている。
 出撃を渋っていたはずの徹も結局はヤタドゥーエで出てきてイワナガの護衛を務めていた。もっとも、自分で壊したか落とされたのか、習がイワナガの中に戻っているのが原因だと思われるのだが。
「少々苦しい戦いになりそうだが、覚悟はいいか」
「いつだっていいよ」
 今更気を遣うくらいならタカクラから庇ってくれたらいいじゃんと頬を膨らませたが、レーダーが表示している数はこちらの想定以上だ。東京ではこんなにアクガミが密集して攻めてくることなどない。
 これは苦戦を強いられるかもしれないと顔を顰めた時、
「――援護する」
 群青の機体が空間を歪めて現れ、涼しさを纏った声がスピーカーから聞こえてきた。
「助かる……けど、いいの?」
「いいよ。言ったでしょう、君を護るために来たって」
「えっと、名前は?」
 訊ねると、些か時間を置いてから小さな声で「ワダツミだよ」と返ってきた。
 思惑とは全く別の機体名で答えられ、目を瞬かせたが名乗れない事情があるのかもしれないと自分を納得させる。再度訊ねるのは止めて「じゃあ、ワダツミ。行こう!」と声を掛けて速度を上げた。
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