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三章/夏歌えど、冬踊らず
森に解ける灰・六
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「アホォ、お前の普通を人に押し付けて分かるわけないやろが」
そう言った涯が手を上下に振る。徹が尚も言い繋ごうとしたところ、「やかましい!」と一喝した。
「テメエの意見をガキに押し付けんな。コイツらはコイツらで考えとんのや」
豪がフンと胸を張り、敬哉も涯を誇らしげに見て「そうですね」と淡々と言って胸の前で手を組む。
「とにかく、こっちは厄介な奴に目ぇつけられとんねん。殺らな殺られんのはこっちなんじゃ。よそ者がその場のノリで適当なこと言うてくれんな」
「確かに、こちらは戦況が悪化しているという話は聞いた。けれど、だからといって」
「あーあー、そんなんなあ、何回も話し合ったっちゅーねん」
端正な顔を思い切り歪め、耳の穴に小指を突っ込んだ涯は「自分なあ」と低い声を出した。
「その話まだする気ぃなら出てけや。俺らも帰らせてもらうわ。言うとくけどコイツらのお守頼まれとんの俺やぞ。俺が帰る言うたらマッジで帰ったるからな」
全部俺の判断じゃと言う涯に、徹はそんなと立ち上がりかける。
「それは話が違うだろう! こちらは本部を通して要請をしたんだぞ……」
「話したんはお前か? ちゃうやろ、雅臣さんや」
お前かしこなんかアホなんかどっちやねん、と手の平を上向けて涯が嗤うと、徹は口を引き結んで拳を強く握り締める。
「勘違いをしないで頂きたいんですが。僕も豪も子ども扱いされていますよ。涯さんを見ていれば分かるでしょう」
守られていますよと敬哉が言うと、豪が「そうだぜ」と強い同意を示す。
「俺らも戦うけど。んでも、涯とか光治とか、ちこ姉ちゃんみたいにはできねえんだよ。皆、俺らを守って戦ってくれるんだ。俺らが大人になんのを待っててくれてんだよ!」
馬鹿にすんなよと叫んだ豪は、近くに置いてあった炭酸飲料のペットボトルを鷲掴み、徹に向かって投げた。
徹が悲鳴を上げて腕を前に出したが、豪の隣に座っていた当夜が手を伸ばして掴み取る。元々小学生の腕力では届かず床に落ちていただろう。
当夜は豪に視線を送ってから、無言でそれを習にぽんと投げた。「うわっ」と驚きの声を出しつつも受け取った習は、上に放り投げる。それを何度も繰り返しながら、口を開く。
「えっと……ごめん、なにも知らないくせに余計なこと言っちまうんスけど。徹もだけど、俺も覚悟決めらんないッスね」
鉄神のことこえーなって思ってると弱音を吐く習に、豪は目を尖らせる。
「俺は、やっぱ大切なものなくすってなんなんだよって思っちまうし、死にたくねえッスよ」
「んなこと言うてる場合か」
誰かが戦わなきゃ死ぬんだよと言う豪に、習は「でも子どもッスから」とペットボトルを黒馬に渡す。黒馬は豪を見ながら蓋を開け、三口程しか残っていない中身を飲み干した。
「…………イワナガも、タカクラも怖くねえよ」
頭を抱えた豪が絞り出すように言い、「いい奴らだ」とうわ言のように呟く。その背中を当夜が慰めるように叩いた。
「いつかは慣れるだろ、コイツらも」
なんでもないように投げかけた当夜の言葉に、固まった空気がさらに冷え込んでいく。視線が集まっても尚、当夜は笑みの一つさえ見せない。
「でなきゃ死ぬだけだし。アクガミに殺されるか、鉄神にありがとうって言って死ねるか。これ、俺には全然違うように思えるけどな」
言い放っておいて興味を失くしたのか、当夜は自分の爪を見てから「ま、切羽詰まったら殺せるようになるよ。人じゃないんだから」とため息を吐き出す。
徹は目を閉じ、習は俯いた。相容れぬ者から視線を外して、彼らは見えない隔たりに押し潰されそうになりながらも、揺らぐ世界の片隅に生きていくしかない。
その滑稽さを目の当たりにして当夜は、ソファーの背に頭をのせる。強く瞼を閉じると、目の端から気持ちが零れ落ちそうになってしまう。
「……カグラヴィーダに会いたいな」
「では、おやすみを言いに行きましょうか?」
小さな呟きを聞き取った敬哉がそう言うと、当夜はのけ反らせていた頭を戻し、「いいの?」と彼を見た。
「はい。鉄神に会いに行くのを阻む理由がありませんから」
立ち上がり当夜を促した敬哉が先導する。当夜が礼を言いながらついていくのを見て徹が制止を促すので、「いいじゃんか、うっせえなあ」と豪が唇を突き出した。
「嫌なら出てってええぞ」
ここ鉄神の中やからなと涯に親指で出口を差され、呻き声を出した徹は「外で待っている!」と言って敬哉の横を通って歩いていく。
「あ……えっと、ごめん。俺も!」
習も「おやすみっ」と低姿勢で手を合わせ、徹の背中を追う。黒馬は当夜と彼らを見比べ――敬哉に対して頭を下げる。
ふぅん、そっちを取るんだ。そう一人置いていかれた当夜は、「異端者は俺みたいだな」と自嘲した。
「あ~~……世界は広いから」
「まっ、気にすんな!」
肩に置かれた涯の手、背中を叩く豪の手。気遣いは嬉しいが項垂れた首を元に戻せそうもない。奥歯を噛みしめ、拳を堅く握る当夜の侘しさは埋まりそうにもなかった。
唯一自分だけを選んでくれた、当夜だけの神に会うまでは。
そう言った涯が手を上下に振る。徹が尚も言い繋ごうとしたところ、「やかましい!」と一喝した。
「テメエの意見をガキに押し付けんな。コイツらはコイツらで考えとんのや」
豪がフンと胸を張り、敬哉も涯を誇らしげに見て「そうですね」と淡々と言って胸の前で手を組む。
「とにかく、こっちは厄介な奴に目ぇつけられとんねん。殺らな殺られんのはこっちなんじゃ。よそ者がその場のノリで適当なこと言うてくれんな」
「確かに、こちらは戦況が悪化しているという話は聞いた。けれど、だからといって」
「あーあー、そんなんなあ、何回も話し合ったっちゅーねん」
端正な顔を思い切り歪め、耳の穴に小指を突っ込んだ涯は「自分なあ」と低い声を出した。
「その話まだする気ぃなら出てけや。俺らも帰らせてもらうわ。言うとくけどコイツらのお守頼まれとんの俺やぞ。俺が帰る言うたらマッジで帰ったるからな」
全部俺の判断じゃと言う涯に、徹はそんなと立ち上がりかける。
「それは話が違うだろう! こちらは本部を通して要請をしたんだぞ……」
「話したんはお前か? ちゃうやろ、雅臣さんや」
お前かしこなんかアホなんかどっちやねん、と手の平を上向けて涯が嗤うと、徹は口を引き結んで拳を強く握り締める。
「勘違いをしないで頂きたいんですが。僕も豪も子ども扱いされていますよ。涯さんを見ていれば分かるでしょう」
守られていますよと敬哉が言うと、豪が「そうだぜ」と強い同意を示す。
「俺らも戦うけど。んでも、涯とか光治とか、ちこ姉ちゃんみたいにはできねえんだよ。皆、俺らを守って戦ってくれるんだ。俺らが大人になんのを待っててくれてんだよ!」
馬鹿にすんなよと叫んだ豪は、近くに置いてあった炭酸飲料のペットボトルを鷲掴み、徹に向かって投げた。
徹が悲鳴を上げて腕を前に出したが、豪の隣に座っていた当夜が手を伸ばして掴み取る。元々小学生の腕力では届かず床に落ちていただろう。
当夜は豪に視線を送ってから、無言でそれを習にぽんと投げた。「うわっ」と驚きの声を出しつつも受け取った習は、上に放り投げる。それを何度も繰り返しながら、口を開く。
「えっと……ごめん、なにも知らないくせに余計なこと言っちまうんスけど。徹もだけど、俺も覚悟決めらんないッスね」
鉄神のことこえーなって思ってると弱音を吐く習に、豪は目を尖らせる。
「俺は、やっぱ大切なものなくすってなんなんだよって思っちまうし、死にたくねえッスよ」
「んなこと言うてる場合か」
誰かが戦わなきゃ死ぬんだよと言う豪に、習は「でも子どもッスから」とペットボトルを黒馬に渡す。黒馬は豪を見ながら蓋を開け、三口程しか残っていない中身を飲み干した。
「…………イワナガも、タカクラも怖くねえよ」
頭を抱えた豪が絞り出すように言い、「いい奴らだ」とうわ言のように呟く。その背中を当夜が慰めるように叩いた。
「いつかは慣れるだろ、コイツらも」
なんでもないように投げかけた当夜の言葉に、固まった空気がさらに冷え込んでいく。視線が集まっても尚、当夜は笑みの一つさえ見せない。
「でなきゃ死ぬだけだし。アクガミに殺されるか、鉄神にありがとうって言って死ねるか。これ、俺には全然違うように思えるけどな」
言い放っておいて興味を失くしたのか、当夜は自分の爪を見てから「ま、切羽詰まったら殺せるようになるよ。人じゃないんだから」とため息を吐き出す。
徹は目を閉じ、習は俯いた。相容れぬ者から視線を外して、彼らは見えない隔たりに押し潰されそうになりながらも、揺らぐ世界の片隅に生きていくしかない。
その滑稽さを目の当たりにして当夜は、ソファーの背に頭をのせる。強く瞼を閉じると、目の端から気持ちが零れ落ちそうになってしまう。
「……カグラヴィーダに会いたいな」
「では、おやすみを言いに行きましょうか?」
小さな呟きを聞き取った敬哉がそう言うと、当夜はのけ反らせていた頭を戻し、「いいの?」と彼を見た。
「はい。鉄神に会いに行くのを阻む理由がありませんから」
立ち上がり当夜を促した敬哉が先導する。当夜が礼を言いながらついていくのを見て徹が制止を促すので、「いいじゃんか、うっせえなあ」と豪が唇を突き出した。
「嫌なら出てってええぞ」
ここ鉄神の中やからなと涯に親指で出口を差され、呻き声を出した徹は「外で待っている!」と言って敬哉の横を通って歩いていく。
「あ……えっと、ごめん。俺も!」
習も「おやすみっ」と低姿勢で手を合わせ、徹の背中を追う。黒馬は当夜と彼らを見比べ――敬哉に対して頭を下げる。
ふぅん、そっちを取るんだ。そう一人置いていかれた当夜は、「異端者は俺みたいだな」と自嘲した。
「あ~~……世界は広いから」
「まっ、気にすんな!」
肩に置かれた涯の手、背中を叩く豪の手。気遣いは嬉しいが項垂れた首を元に戻せそうもない。奥歯を噛みしめ、拳を堅く握る当夜の侘しさは埋まりそうにもなかった。
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