111 / 124
三章/夏歌えど、冬踊らず
森に解ける灰・二
しおりを挟む
ぞろぞろ連なって入っていくと、夜空の黒と森の緑のグラデーションが目に入ってくる。
途端に開けた視界には、三面を覆う大きなガラス窓が映り込んできた。その前にはコントロールパネルがはめ込まれているデスクがズラリと並んでいるのが見下ろせる。
三段構造になっており、当夜たちは最上段に立っていた。ここには艦長用なのか一際ドッシリと大きな椅子が置かれている。
全体的に曇りがかった色彩で統一されており、他の段には何人かの乗組員が座ることができる椅子があった。
「ようやく来たんか。遅いでー自分ら。待ちくたびれてもうたやんけ」
下から声が掛り、当夜たちは体を震わせる。艶めかしくもどこか緊張感のない声は、先程黒馬に応えた人物のものだろう。
「他の人は下にいます。行きましょう」
敬哉は下に繋がる階段を手で指し示し、当夜たちを伴って歩き出した。
外側に緩やかな曲線を描く階段を下りていくと、半円形状の広間に辿り着く。最下段はもっと広いようだが、合間にあるこの空間はそこそこの広さしかない。
休憩室として使っているのか機械の類はなく、三人掛けのハイバックソファーが二つと黒い長テーブルだけしか置かれていない。
「遠いとこからお疲れさんさ~ん」
ソファーに長い足を組んで座り、こちらに手を振ってきたのは涼やかな目元に鼻筋の通った青年だった。引き締まった顎に整えられた眉で、洗い上がったような肌に落ちる影がなんとも色っぽい。
金の髪を肩の辺りまで伸ばしており、一見軟派な風にも捉えられるが、顔の作りがなんとも上品でどの角度から見ても美しい男だ。
「うーわー、すっごいッスよ。腹立つくらいのイケメンッス」
習が思わず「敵ッス、敵」と囁いてくる言葉に、当夜も意識しない内に頷いてしまう。
幼馴染である徹も相当な美形であるはずなのだが、彼を見るとまだまだ未熟であり、男としての魅力は格段に上のように感じられてしまった。
「なんやねん自分、素直なやっちゃなあ!」
端正な顔が一気に笑み崩れ、当夜たちはぎょっと目を見開く。顔と言動がちぐはぐで印象がころころと変わる男は腰を上げ、テーブルに手をつく。
「ほれ起きんかい、豪! 豪て!」
反対側のソファーを横向けに使って眠っているのは、黒髪の少年だ。大きな声を出して呼びかけ、少年の肩を揺らすが、少年に起きる気配はない。
「アカンわーコイツかんっぺきに寝てもうとる」
はーっと長い溜息を吐き出した彼は諦めたようにソファーに背を預けてしまう。当夜はひじ掛けを枕替わりにして眠りこける少年を観察する。
まだ八時過ぎだが、この子は十二歳だというし普段寝ている時間に近いのかもしれない。敬哉もそのように言っていたし、もっと早く来るべきだったと眉を寄せる。
「ああ、豪くんは相変わらず可愛いですね」
が、その間に黒馬が割り込んできて、ぎょっと目を大きく見開いて一歩引く。豪がベッド代わりにしているソファーの傍らに片膝を立てて座った黒馬は、至近距離から見つめている。
「変態め」
徹の低い罵りが空気を重く沈めさせた。けれど、誰もが納得できる程に今の黒馬は危ない人にしか見えない。
「おい豪、起きんと知らんで。ホンマに知らんぞー」
どないなってもええんかお前、と口の横に手を添えた男が呼びかけると、豪は手足をもぞもぞと動かして覚醒の兆しを見せた。ふがっという声が口から出る。
「なんやねん、涯……うっさいって」
瞼を擦りながら「眠いのに」と言う豪の目が開く。しかし、目いっぱいに黒馬が入り込み、彼は声の限りに叫んだ。寝起きに変質者が自分を見つめていることに泡を食った少年は手足をばたつかせる。
黒馬から逃げるためか、勢いよく上半身を振って起き上った豪の額と黒馬の顎が思い切りぶつかった。黒馬は顎を抑えて背を丸めるが、豪は痛みのあまりソファーから落ちて悶える。
「豪!」
額を手で押さえて転がる豪は目を涙でいっぱいにしていた。敬哉が駆け寄って背に手を当てる。
「ななななんやねんっ、また来たんかオッサン!」
「そう寂しいことを言わないでください。お兄さんの胸に飛び込んできてもいいんですよ」
「誰がいくかドアホーッ!!」
黒馬に向かって指を差しながら喚くが、黒馬は粘っこい笑みを浮かべたままだ。
「黒馬先生、業を騒がせないでください。興奮して眠れなくなるでしょう」
豪の前に片膝を立てて座った敬哉が腕を横に伸ばし、彼を庇う。
「子どもをビビらせんの止めろよ」
黒馬の背後から歩み寄り、腰に腕を回す。手を握って固定して持ち上げると、何時かは目を丸くし、豪は大きく口を開けた。
「どこ持ってく?」
「涯さんの横へ。どうぞ」
頬杖をついて退屈そうな目で手に持った本を読んでいた涯の隣に置くと、彼はソファーから立ち上がってしまう。隅の方にいくつか置かれていたキャスター付きの椅子を二つ引っ張ってくると、そこに腰を落ち着かせた。
「ありがとうございます」
その間に豪と敬哉はソファーに座り直し、乱れた髪や服を手直ししていた。
「コイツがごめん」
当夜が笑いかけるも豪は腕を胸の前で交差させており、まだ警戒している。当夜が「俺もそっち座っていい?」と訊ねると、少し安心したように顔の強張りが解け、大きく首を頷かせた。
徹が黒馬を真ん中まで押してから当夜の正面に座り、習はその反対側に回る。全員が落ち着いたのを見てから、涯は「もうええかー」と言った。
「多少のアクシデントは許しましょう。黒馬先生、次はないですよ。本当に、ないですからね」
敬哉は脅すように、言い含めるように黒馬を見据えてから「まずは互いを知るために自己紹介をしましょうか」と手の平を上に向けて横に流した。
「もしかしたら協力し合うことになるかもしれませんしね」
と微笑む敬哉の案に、皆は頷く。
途端に開けた視界には、三面を覆う大きなガラス窓が映り込んできた。その前にはコントロールパネルがはめ込まれているデスクがズラリと並んでいるのが見下ろせる。
三段構造になっており、当夜たちは最上段に立っていた。ここには艦長用なのか一際ドッシリと大きな椅子が置かれている。
全体的に曇りがかった色彩で統一されており、他の段には何人かの乗組員が座ることができる椅子があった。
「ようやく来たんか。遅いでー自分ら。待ちくたびれてもうたやんけ」
下から声が掛り、当夜たちは体を震わせる。艶めかしくもどこか緊張感のない声は、先程黒馬に応えた人物のものだろう。
「他の人は下にいます。行きましょう」
敬哉は下に繋がる階段を手で指し示し、当夜たちを伴って歩き出した。
外側に緩やかな曲線を描く階段を下りていくと、半円形状の広間に辿り着く。最下段はもっと広いようだが、合間にあるこの空間はそこそこの広さしかない。
休憩室として使っているのか機械の類はなく、三人掛けのハイバックソファーが二つと黒い長テーブルだけしか置かれていない。
「遠いとこからお疲れさんさ~ん」
ソファーに長い足を組んで座り、こちらに手を振ってきたのは涼やかな目元に鼻筋の通った青年だった。引き締まった顎に整えられた眉で、洗い上がったような肌に落ちる影がなんとも色っぽい。
金の髪を肩の辺りまで伸ばしており、一見軟派な風にも捉えられるが、顔の作りがなんとも上品でどの角度から見ても美しい男だ。
「うーわー、すっごいッスよ。腹立つくらいのイケメンッス」
習が思わず「敵ッス、敵」と囁いてくる言葉に、当夜も意識しない内に頷いてしまう。
幼馴染である徹も相当な美形であるはずなのだが、彼を見るとまだまだ未熟であり、男としての魅力は格段に上のように感じられてしまった。
「なんやねん自分、素直なやっちゃなあ!」
端正な顔が一気に笑み崩れ、当夜たちはぎょっと目を見開く。顔と言動がちぐはぐで印象がころころと変わる男は腰を上げ、テーブルに手をつく。
「ほれ起きんかい、豪! 豪て!」
反対側のソファーを横向けに使って眠っているのは、黒髪の少年だ。大きな声を出して呼びかけ、少年の肩を揺らすが、少年に起きる気配はない。
「アカンわーコイツかんっぺきに寝てもうとる」
はーっと長い溜息を吐き出した彼は諦めたようにソファーに背を預けてしまう。当夜はひじ掛けを枕替わりにして眠りこける少年を観察する。
まだ八時過ぎだが、この子は十二歳だというし普段寝ている時間に近いのかもしれない。敬哉もそのように言っていたし、もっと早く来るべきだったと眉を寄せる。
「ああ、豪くんは相変わらず可愛いですね」
が、その間に黒馬が割り込んできて、ぎょっと目を大きく見開いて一歩引く。豪がベッド代わりにしているソファーの傍らに片膝を立てて座った黒馬は、至近距離から見つめている。
「変態め」
徹の低い罵りが空気を重く沈めさせた。けれど、誰もが納得できる程に今の黒馬は危ない人にしか見えない。
「おい豪、起きんと知らんで。ホンマに知らんぞー」
どないなってもええんかお前、と口の横に手を添えた男が呼びかけると、豪は手足をもぞもぞと動かして覚醒の兆しを見せた。ふがっという声が口から出る。
「なんやねん、涯……うっさいって」
瞼を擦りながら「眠いのに」と言う豪の目が開く。しかし、目いっぱいに黒馬が入り込み、彼は声の限りに叫んだ。寝起きに変質者が自分を見つめていることに泡を食った少年は手足をばたつかせる。
黒馬から逃げるためか、勢いよく上半身を振って起き上った豪の額と黒馬の顎が思い切りぶつかった。黒馬は顎を抑えて背を丸めるが、豪は痛みのあまりソファーから落ちて悶える。
「豪!」
額を手で押さえて転がる豪は目を涙でいっぱいにしていた。敬哉が駆け寄って背に手を当てる。
「ななななんやねんっ、また来たんかオッサン!」
「そう寂しいことを言わないでください。お兄さんの胸に飛び込んできてもいいんですよ」
「誰がいくかドアホーッ!!」
黒馬に向かって指を差しながら喚くが、黒馬は粘っこい笑みを浮かべたままだ。
「黒馬先生、業を騒がせないでください。興奮して眠れなくなるでしょう」
豪の前に片膝を立てて座った敬哉が腕を横に伸ばし、彼を庇う。
「子どもをビビらせんの止めろよ」
黒馬の背後から歩み寄り、腰に腕を回す。手を握って固定して持ち上げると、何時かは目を丸くし、豪は大きく口を開けた。
「どこ持ってく?」
「涯さんの横へ。どうぞ」
頬杖をついて退屈そうな目で手に持った本を読んでいた涯の隣に置くと、彼はソファーから立ち上がってしまう。隅の方にいくつか置かれていたキャスター付きの椅子を二つ引っ張ってくると、そこに腰を落ち着かせた。
「ありがとうございます」
その間に豪と敬哉はソファーに座り直し、乱れた髪や服を手直ししていた。
「コイツがごめん」
当夜が笑いかけるも豪は腕を胸の前で交差させており、まだ警戒している。当夜が「俺もそっち座っていい?」と訊ねると、少し安心したように顔の強張りが解け、大きく首を頷かせた。
徹が黒馬を真ん中まで押してから当夜の正面に座り、習はその反対側に回る。全員が落ち着いたのを見てから、涯は「もうええかー」と言った。
「多少のアクシデントは許しましょう。黒馬先生、次はないですよ。本当に、ないですからね」
敬哉は脅すように、言い含めるように黒馬を見据えてから「まずは互いを知るために自己紹介をしましょうか」と手の平を上に向けて横に流した。
「もしかしたら協力し合うことになるかもしれませんしね」
と微笑む敬哉の案に、皆は頷く。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜
有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)
甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。
ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。
しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。
佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて……
※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
私の事を調べないで!
さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と
桜華の白龍としての姿をもつ
咲夜 バレないように過ごすが
転校生が来てから騒がしくなり
みんなが私の事を調べだして…
表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓
https://picrew.me/image_maker/625951
組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる