忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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三章/夏歌えど、冬踊らず

夏、足音・二

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 玄関からなにやら物音がして、「おはよう」という徹の声が聞こえてきたのは。菜箸を手にしたまま駆けていき、「なんで自分で起きてきちゃうんだよ!」と言うと、眠たげな目が向けられる。
「おはようと言ってくれないのか」
 起きてきたんだぞと靴を脱いで上がってきた徹に抱きしめられ、当夜は目を閉じて背中に手を回す。へへ、と笑い声が漏れ出る。
「今日もおはよう、徹」
 幸せだな、なんて思って。けれど、胸の奥からざわざわとなにかが騒ぎ立てている気もする。もっと強く抱きしめられたい――「いい匂いだな」そう感じたのに、情緒も甘さもない言葉に思考を切られて、ふっと息を吐き出した。
「うん、朝ごはんにしよっか」
 できてるからと言いながら徹から離れていき、キッチンへと戻る。カウンターに手を突き、もう片方の手を胸に押し付けていると後ろから足音が近づいてきた。
「当夜? なにか気に障ることがあったか」
 体調が良くないのかと訊かれ、首を振る。「気にしないでいいよ」と言った声は出そうと思っていたよりも冷たく、気にするだろこれじゃ! と当夜は叫びたくなった。
「ま、ってて……いや、先食べてて」
 これ、と昼も同じものを入れているのに焼きおにぎりを差し出してしまう。完全に失態だが、今更手を引っ込められないし他に主食もない。
「分かった」
 すんなりと当夜の手の平から受け取った徹だったが、「ありがとう」と言って当夜の横髪を撫で上げる。こめかみの辺りになにかが触れ、驚きで振り返った。
「寂しい時は言えと約束しただろう」
 ぐっと親指で顎を押し上げられ、口づけられる。唇を押しつけられ、舌で舐められた当夜が口を開くとすかさず舌が入り込んできた。
「とお……んむっ」
 言葉を封じるように唇が深く重ね合わされ、縋るように腕を首に回す。
 ようやく離され、首の付け根辺りを撫でられた当夜は息を荒く継ぐ。急にされると対応ができなくなってしまうのだ。
「ここで待っているから、一緒に食べよう」
 そう言われると、わがままで寂しがり屋な自分が居座ってしまいそうになる。「い、いいです」それは困ると、着席をしてもらうように指で差すと徹は眉を寄せた。
「難しいな……」
 むうと顎に手を当てながらダイニングテーブルへと行く徹の後姿を見て、当夜はぐうっと喉を鳴らす。火照った頬に手を当てて頭を振ってから、調理に集中しよう! と頭を振った。
 酢水に晒しておいた長芋と、戻ったワカメを混ぜ合わせて器に入れ、その上にお湯から出しておいた卵を割る。とろんと黄身の色が透けた温泉卵にごくりと喉が鳴った。
 最後にプチトマトとキュウリの漬物を器に盛っていく。
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