忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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三章/夏歌えど、冬踊らず

楽園じゃない場所・三

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「俺が今の俺じゃなくなったら、徹は俺を嫌いになるよ。俺のこと好きって言ってくれるのなんて徹しかいない。から――」
 過酷な道のりを乗り越えられた強者の為の世界なんて、さらに辛く厳しい世界でしかないはずだ。そこに、愛だの恋だの、家族だのという概念など存在しない。
「だから、それまででいいんだ。今だけでいいから、俺を好きでいて」
「好きだぞ」
 強く手を両手で握りしめられ、当夜はビクリと体を揺らした。
「お前がどうなろうと、好きだ。怒りはしても、嫌いになど一生ならない」
 滓のようになっても好きでいてほしいだなんて、思わない。徹の弱弱しい力で握られてもすぐに解けてしまう。
「僕を幸せにしてくれるのは、当夜しかいない。当夜を幸せにできるのも僕だけだ。それをいい加減理解してくれ。お前は僕よりも頭が良いだろう?」
「……幸せにさせられるような未来なんて、想像できないんだ」
 どうしてだろうか。あの雨の日以前の記憶が当夜にはない。家族で交通事故にあってから、自分はどこかがおかしくなったのだろう。
 いや、そもそも根本からしておかしいのかもしれない。
「アクガミが全部死んでくれたら、楽になれるのにな」
「お前はなんでそんなことばかりを言うんだ。そんな、そんなこと……っ、今まで言わなかっただろう!?」
「俺の前に現れたからだよ。今までは我慢していたんだ」
 悍ましい、泥と金属で出来た化け物。
「……俺はきっと、アイツらを殺すためだけに生まれたんだ」
 潰して、割って、溶かして。原型を留めなくなるまでに壊さない限り、あの憎たらしい生物を殺し尽くすまで満足することができない。
「頭の中で、殺せ殺せって自分の声が響いて、鳴り止まないんだよ。いつも、いつでもあんなののことばっか考えてる!!」
 あんな物が生きているだけで、抱えきれない程のストレスになる。
 首を振るった当夜の肩を押さえて抱き寄せた徹に、口を吸われた。
「こんなに僕に夢中になってくれるというのにか」
 離した口で、徹はそんなことを言う。
「僕のことが好きなんだろう。僕がそう感じられれば、それでいいんだ」
「よくないよ」
 常に完璧に愛す必要はないのだと、徹は言う。
「お前の激情を僕は理解することができない。僕は戦いの中に身を置くことはないから、お前が自分に恐れを抱いた時に帰ってこい」
 抱きしめ合った体が、一つに溶けることはない。
「僕がお前に普段通りの生活をさせてやる。当夜は至って普通の人間だ」
 小刻みに頷くと、徹は背を撫でてくれる。
「どんな姿になって帰ってきても、おかえりを言う。そう誓うから、お前もどんな姿になったとしても僕の元へ帰ってくると誓ってくれ」
「うん……ありがとう」
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