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二章/少年よ、明日に向かって走れ!!
遠雷・三
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「君は誰だ」
竹刀が当たったのは少年ではなく、太くたくましい腕だ。目を強く閉じ、腕で頭を庇おうとしていた比売はそろりそろりと目を開けて、喜色を目に浮かべる。
「勝輪丸……」
そう呼ばれた青年は、いやに体格が良かった。二メートル程あるのではないかという背に、男らしく広い肩幅。勝気な太い眉と大きな口が男らしさを強調していた。
愛嬌のある目鼻立ちのクッキリした顔に、快活な表情を浮かべる勝輪丸は胸元に引き寄せて庇った比売の頬に手を当てる。
「どっ、どこに行ってたんだよおぉ。お前っ、俺、変な奴に襲われたんだぞ!」
「すまない、比売くん。喉が渇いただろうと、お茶を買いに行ってたんだ」
怪我はないかと顔の角度を何度も変えて見てから、うんと頷き、今度は脇の下に手を差し込んで持ち上げた。
「いぎゃ――――ッ高い高い高いッ、うえっ、吐きそうだから下ろしてっ……」
自分と三十センチ以上差がある男に持ち上げられた比売は高さに怯え、勝輪丸に向かって手を出す。
「怪我させられてないな?」
有無を言わさない調子で問うと、比売は首をすくませた。
「……ごめん、ちょっと当たっちゃった」
垂れ眉の比売が、さらに下げて申し訳なさそうに目を潤ませると、勝輪丸は首を横に振るう。
だが、比売が竹刀に強く叩かれ、赤く擦り切れた傷口を見せると、目に宿らせていた温和な色を消した。比売を自分の左腕にのせるように抱え直す。
それにやはり怒ったのかと感じた比売がヒッと引き攣った音を喉から出し、勝輪丸の首に腕を回してひしと抱き付く。
「勝輪丸ごめんってばぁ、怒らないで! なっなっ、負けるなって言われてるのに負けちゃったけど、俺こういうのホントは向いてないっていうかむしろ苦手だし……分かってくれるだろ?」
「ふざけるなよ!!」
それに、怒りを発したのは当夜だ。
「お前っ、マジで……ふざけんな! 人をコケにするなよ!」
「なっ、なんで怒るんだよ!?」
「負けたのは、俺だ。そのでかい奴が割って入らなかったら、竹刀拾ってただろ!」
あの時、当夜の目には確かに見えていた。叩かれた手を死んだものとして扱い、痛みを堪えながらも身をかがめ、もう片方の手で竹刀を取ろうとしていたのを。そして、その速さが当夜の動きを凌駕していたのを。
「お前は俺より強い。悔しいよ」
その瞬間、これは自分の負けだと当夜は確信した。
「えぇー……なんなの君」
強いと、ただ一方的に押し付けられた比売は困惑し、勝輪丸の伸びた後ろ髪を掴み、首元に顔を埋める。
「当夜、こらっ、まずは謝れ! 申し訳御座いませんでした!」
一部始終を遠くから見ていた徹が追い付き、当夜の頭を思い切り掴んで無理矢理下げた。その勢いの良さに、一緒に走ってきた剣司がちょっと声を上げる。
「ごめんなさい、だ! それくらい言えるだろう!?」
「言いたく、ないっ! コイツふざけてんだぞ」
「人を怪我させて、ふざけるもふざけないもない!」
徹がついに拳を振り上げて当夜の頭を叩こうとすると、うひぃっと比売が目を強く閉じる。まるで自分が叩かれるかのような態度に、勝輪丸が背中をぽんぽんと叩く。
「まあ、謝られても俺は許さないがな! 比売くんはひょいひょい許してしまうだろうが、俺は許してやらないぞ」
背中に悪寒を感じるような、薄っぺらな笑顔。開いた目は苛烈な光を籠めており、鬼が火を噴き出しそうな凄みを持ってして、当夜を黙らせた。
「……こっわ」
顔面蒼白になった剣司がそう呟くと、含んだ笑みを口元に残したまま、一言も発さずに首を微かに右に倒す。
「勝輪丸、ごめんってぇ…」
大人の男に上から圧を掛けられ、当夜以外は萎縮してしまう。それを気の毒に思ったのか、比売がえっと、と勝輪丸の肩に手を置いた。
「俺、手が痛いから帰りたいんだけど~……」
な、帰ろう? 怖いしやめよと口の端を引き攣らせながらも比売が言うと、勝輪丸はああそうだなとぱっと目を閉じて大きく口を開けて笑った。
「その前に、ちょっと疲れたから補給したい」
「えっ、今、ここで!? 人がいるからヤダよ!」
勝輪丸が比売に顔を寄せると、比売はやだやだと首路を振るい、肩についた手を精一杯伸ばして距離を取ろうとする。
「俺が連れ帰るからいいだろう。責任はちゃんと取るぞ!」
「そういう意味じゃないし! とにかく、やだやだやだぁっ!」
だが、首元を押さえて強引に引き寄せられると観念したのかぎゅっと目を閉じた。
「う、んう……」
大きな口で齧り付くように比売の口に触れあわせ、離して笑う。
「比売くんが一番美味しい」
「お前、いつか俺を頭からバリバリ食うんじゃないだろうなあぁ……」
怖いとぼろぼろ零れる比売の涙を舐めとり、再び口を吸った。大きく口を開けさせて舌を潜り込ませ、堪能するように味わう。
次第に弛緩していく比売の体を宥めるように擦り、溢れる液を嚥下して勝輪丸は笑った。
「見ただろ徹! 謝る必要ないだろ、こんな奴らに!!」
「えっ、いや……」
「こんな……公衆の面前でさ……」
と湯気が出そうな程に顔を赤くして言葉を萎ませた当夜を、お前もさっき同じようなことを要求しただろ、人のこと言えないぞなどと言えない徹は口を半開きにして見下ろす。
「馬――鹿っ、ど変態ども!!」
罵って走り出そうとする当夜に、徹はこらと言って拳を振り上げる。それを避け、振り返った当夜は、目を閉じてべえと舌を出した。
「次会ったら負けないからな!」
竹刀が当たったのは少年ではなく、太くたくましい腕だ。目を強く閉じ、腕で頭を庇おうとしていた比売はそろりそろりと目を開けて、喜色を目に浮かべる。
「勝輪丸……」
そう呼ばれた青年は、いやに体格が良かった。二メートル程あるのではないかという背に、男らしく広い肩幅。勝気な太い眉と大きな口が男らしさを強調していた。
愛嬌のある目鼻立ちのクッキリした顔に、快活な表情を浮かべる勝輪丸は胸元に引き寄せて庇った比売の頬に手を当てる。
「どっ、どこに行ってたんだよおぉ。お前っ、俺、変な奴に襲われたんだぞ!」
「すまない、比売くん。喉が渇いただろうと、お茶を買いに行ってたんだ」
怪我はないかと顔の角度を何度も変えて見てから、うんと頷き、今度は脇の下に手を差し込んで持ち上げた。
「いぎゃ――――ッ高い高い高いッ、うえっ、吐きそうだから下ろしてっ……」
自分と三十センチ以上差がある男に持ち上げられた比売は高さに怯え、勝輪丸に向かって手を出す。
「怪我させられてないな?」
有無を言わさない調子で問うと、比売は首をすくませた。
「……ごめん、ちょっと当たっちゃった」
垂れ眉の比売が、さらに下げて申し訳なさそうに目を潤ませると、勝輪丸は首を横に振るう。
だが、比売が竹刀に強く叩かれ、赤く擦り切れた傷口を見せると、目に宿らせていた温和な色を消した。比売を自分の左腕にのせるように抱え直す。
それにやはり怒ったのかと感じた比売がヒッと引き攣った音を喉から出し、勝輪丸の首に腕を回してひしと抱き付く。
「勝輪丸ごめんってばぁ、怒らないで! なっなっ、負けるなって言われてるのに負けちゃったけど、俺こういうのホントは向いてないっていうかむしろ苦手だし……分かってくれるだろ?」
「ふざけるなよ!!」
それに、怒りを発したのは当夜だ。
「お前っ、マジで……ふざけんな! 人をコケにするなよ!」
「なっ、なんで怒るんだよ!?」
「負けたのは、俺だ。そのでかい奴が割って入らなかったら、竹刀拾ってただろ!」
あの時、当夜の目には確かに見えていた。叩かれた手を死んだものとして扱い、痛みを堪えながらも身をかがめ、もう片方の手で竹刀を取ろうとしていたのを。そして、その速さが当夜の動きを凌駕していたのを。
「お前は俺より強い。悔しいよ」
その瞬間、これは自分の負けだと当夜は確信した。
「えぇー……なんなの君」
強いと、ただ一方的に押し付けられた比売は困惑し、勝輪丸の伸びた後ろ髪を掴み、首元に顔を埋める。
「当夜、こらっ、まずは謝れ! 申し訳御座いませんでした!」
一部始終を遠くから見ていた徹が追い付き、当夜の頭を思い切り掴んで無理矢理下げた。その勢いの良さに、一緒に走ってきた剣司がちょっと声を上げる。
「ごめんなさい、だ! それくらい言えるだろう!?」
「言いたく、ないっ! コイツふざけてんだぞ」
「人を怪我させて、ふざけるもふざけないもない!」
徹がついに拳を振り上げて当夜の頭を叩こうとすると、うひぃっと比売が目を強く閉じる。まるで自分が叩かれるかのような態度に、勝輪丸が背中をぽんぽんと叩く。
「まあ、謝られても俺は許さないがな! 比売くんはひょいひょい許してしまうだろうが、俺は許してやらないぞ」
背中に悪寒を感じるような、薄っぺらな笑顔。開いた目は苛烈な光を籠めており、鬼が火を噴き出しそうな凄みを持ってして、当夜を黙らせた。
「……こっわ」
顔面蒼白になった剣司がそう呟くと、含んだ笑みを口元に残したまま、一言も発さずに首を微かに右に倒す。
「勝輪丸、ごめんってぇ…」
大人の男に上から圧を掛けられ、当夜以外は萎縮してしまう。それを気の毒に思ったのか、比売がえっと、と勝輪丸の肩に手を置いた。
「俺、手が痛いから帰りたいんだけど~……」
な、帰ろう? 怖いしやめよと口の端を引き攣らせながらも比売が言うと、勝輪丸はああそうだなとぱっと目を閉じて大きく口を開けて笑った。
「その前に、ちょっと疲れたから補給したい」
「えっ、今、ここで!? 人がいるからヤダよ!」
勝輪丸が比売に顔を寄せると、比売はやだやだと首路を振るい、肩についた手を精一杯伸ばして距離を取ろうとする。
「俺が連れ帰るからいいだろう。責任はちゃんと取るぞ!」
「そういう意味じゃないし! とにかく、やだやだやだぁっ!」
だが、首元を押さえて強引に引き寄せられると観念したのかぎゅっと目を閉じた。
「う、んう……」
大きな口で齧り付くように比売の口に触れあわせ、離して笑う。
「比売くんが一番美味しい」
「お前、いつか俺を頭からバリバリ食うんじゃないだろうなあぁ……」
怖いとぼろぼろ零れる比売の涙を舐めとり、再び口を吸った。大きく口を開けさせて舌を潜り込ませ、堪能するように味わう。
次第に弛緩していく比売の体を宥めるように擦り、溢れる液を嚥下して勝輪丸は笑った。
「見ただろ徹! 謝る必要ないだろ、こんな奴らに!!」
「えっ、いや……」
「こんな……公衆の面前でさ……」
と湯気が出そうな程に顔を赤くして言葉を萎ませた当夜を、お前もさっき同じようなことを要求しただろ、人のこと言えないぞなどと言えない徹は口を半開きにして見下ろす。
「馬――鹿っ、ど変態ども!!」
罵って走り出そうとする当夜に、徹はこらと言って拳を振り上げる。それを避け、振り返った当夜は、目を閉じてべえと舌を出した。
「次会ったら負けないからな!」
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