忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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二章/少年よ、明日に向かって走れ!!

遠雷・二

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 駆け出した当夜は目的の人物が見当たらず、しかめっ面になった。だが、自分の随分後ろで走っている徹が叫び声を上げる。
「当夜っ、その、前にいる奴じゃないか!?」
 言われて見れば、それらしき金髪で低身長の少年が歩いていた。
「お~い!」
 少年が振り向く。柔らかな光で紡いだかのような、透明感のある短い金髪が揺れ、甘い蜂蜜にも似た金の瞳が瞬く。その無駄に豪奢な組み合わせは、奇妙に人の目を惹いてしまう。
 だが、一度も日焼けをしたことがないのではと疑いそうになる程に白くきめ細かい肌が彩りを抑え、神秘的とまで形容してしまえそうな色彩に仕上げている。
 小作りな鼻や口も愛らしく、ぼうと見惚れてしまいそうだ。丸く上向きの尻を紺の袴に隠し、上はシンプルな白のシャツに茶色のカーディガンを着ている。
 自主的に試合をしにきたとは思えない格好だ。むっと眉を吊り上げた当夜は、腕を横に薙ぎ払う。
「俺と戦え」
 そう言って当夜が竹刀を一本投げると、ひえっと叫んだ少年は頭を抱えて避けた。カランと乾いた音を立てて地面に落ちた竹刀は無情にも転がり、片足を上げていた少年の左足に当たる。
「なっ、なんで避けるんだよっ?」
 回避行動は嫌に速かったが、避けられる意味が分からない、と当夜が叫ぶと少年は怯え切った顔で恐る恐るこちらを伺い見てきた。
「えっ、なに。こわっ、怖いんだけど!?」
「怖くはない……だろ?」
「怖いよ!! いきなり戦えとか、君なにっ? あっ、もしかしてさっき試合した子の友達かな!? 俺怪我でもさせてたの!? だから敵討ちに来たとか!」
 手加減して打ったはずなんだけどと、ついには涙目になる少年に当夜は呆れかえる。こんなのに本当に剣司が負けたのか、とため息を吐いた。剣士のプライドを折っておいてこれは――あまりにふざけているだろう。
「拾えよ。お前のその態度、癪に障る」
「俺たち、初対面だろぉ!?」
 酷いよと叫ぶ少年に、拾えと叫んで当夜は踏み込んでいく。頭を狙って振り下ろすと、奇声を上げて半身を捻って避けられる。
「なにするんだよっ!」
「避けるな!」
「避けない人いる!? いないでしょっ!」
 返す手で再度振り上げると、ぎゃあああぁと泣き叫びながらも、やはり身軽な様子で腰を折ってすり抜けられた。
 自棄になった当夜が三歩詰めて竹刀を両手で持ち、勢いよく振り下ろすも、後ろに引く――攻撃が、当たらない。
「逃げるな、戦え!!」
 竹刀を拾って投げると、今度は受け取られる。腰を落として脇に構える。右足を引いて体を斜めにしたその構えは、得物を隠しているように見えた。
 ――全てを一撃で倒す。
 気迫は感じない。追い詰められた鼠が猫に対して威嚇をする程度だろう。
「そうだ、戦え!」
「いやもうほんっと、俺、こういうの苦手なんで!! でも気持ち収まんないんでしょ!?」
 もうやだあっと叫んだ少年が、消えた。
 いや、瞬時に距離を詰めてきた少年の放つ竹刀が綺麗に円を描いて当夜に伸びてくる。歯を食いしばって竹刀を体の前にやると、高い音を立ててぶつかった。
 ふっと息を吐きだした少年と当夜では腕力に差があるはずだ。常人よりも力が強い当夜は、そう確信して上から圧力をかける。
「痛い痛い痛いっ、腕折れるこの子馬鹿力ァッ!!」
 喚くも、竹刀を滑らせて抜け出した少年は後ろに跳ねるように逃げた。
「もおおおお絶対! 勝輪丸しょうりんまるのせいだっ。アイツが俺に、試合に出ろとか面白がるから!!」
 最悪だよと涙を零す少年は竹刀を避け、当夜の肩に手を置いて下へ引っ張る。飛び上がり、背を丸めた当夜の肩に膝を当てて乗り上げた。背を蹴って後ろに跳び下りる最中で体を捻って、
「勝輪丸の馬鹿馬鹿っ、ちゃんと俺を護れよな!!」
 そう叫びながらも当夜の背を強かに打つ。
 背を蹴られた上に、骨が軋む強さで打たれた当夜は目を白黒とさせる。試合も喧嘩も強い当夜が、こんな風に背に衝撃を受けたことは今までなかった。
「……お前っ、俺を足蹴にしたな!」
 だからこそ目を怒らせた当夜は力任せに竹刀を振るって、少年の手を勢いよく叩いた。痛っと小さく声を上げた少年は竹刀を手から落とす。その隙をついて当夜は、再び高く上げた竹刀を振り下ろし――阻まれた。
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