忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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二章/少年よ、明日に向かって走れ!!

愛とか愛じゃないとか・三

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 鈍色の空を化け物が覆い尽くす。カグラヴィーダの中に入った途端見えなくなったあの男の声が頭の中で反芻していた。
「うおおおおおなんだこれは!?」
「なっ、なんなのこれ!」
 それを押しつぶすかのような、野太い男の叫び声が上がった。その不快音に、当夜は片目を眇めて舌を打つ。
 自分とカグラヴィーダ以外に出てきている味方はいないと思った。だが、司令官である鏡子がこの状況を知ったら必ず連絡を取ってくると考えて、通信機は切っていない状態だった。
 二人、男と女。片方は全く知らず、片方は知っている声だ。
「まさか、あの子たちまで……!」
 そう悲痛な声を出した雅臣が、上に右手を伸ばす。揺れる中、左手だけでバランスを取ろうとしている雅臣のために当夜は機体を安定させる。
「鏡子ちゃんは!?」
 本部に無理矢理繋げたのか、正面のモニターに栄養補助食品にかじり付く牧瀬が映り込む。目を大きく見開いた牧瀬の口からぼろりと雫れ落ちた。
「あー……と、徹くんが連れて行かれる、って叫んでどっかに行かれました!」
 相当驚いただろうに、すぐに反応して言葉を返す。
「徹が連れて行かれるってどういうことだ!」
 当夜が叫ぶと、言葉の通りよ! という凛々しい声が答えてくれる。画面が切り替わって司令室全体が映るようになり、両腕を鏡子と早川に掴まれた徹が画面に入ってきた。
「今は戦力を隠していたい。四葉、あなたは敵に見つからないように隠れていて」
 わかった、と四葉の情けない声が聞こえてくる。
「岩草、今はあなたに託すわ。当夜くんと共に、敵を攪乱して」
「帰ってきて、いきなりか! こっちも忙しくなったもんだなあ」
 朗らかな笑い声の主は、恐らく今まではどこかに行っていていなかった、もう一人のパイロットなのだろう。画面までは繋げておらず、声でしか判断することができなかった。
「いつもごめんなさいね。当夜くん、雅臣を下ろしてくれるかしら」
「下ろすって、アクガミがいるんだぞ! どこに下ろせっていうんだ!!」
「言い方が悪かったわね。乗り換えさせるのよ」
 鏡子が、真っ直ぐこちらを見上げてくる。けれど、その目は当夜にではなく、後ろにいる雅臣を捉えたものなのだろう。
「白馬でも、お姫様でもないけれど。私がアマツメイラで迎えにいくわ。お願いだから、それまで大人しく待たせていて。……出来るわよね、雅臣」
 確信を持った言い方だった。信頼、とも言い換えられるだろう。
「ありがとう、鏡子ちゃん」
 愛情とは、こういうものなのだろうか。遠い遠い感情のように思える。
 いつもは柔らかく響く二人の声は、理解しがたい熱をはらんでいて、まるで別人のもののようだ。
「雅臣を回収し終えたら、当夜くん、四葉、岩草から順に鉄神は放棄して。迎えは」
「当夜くんの所には私が行きます。牧瀬、徹くんの護衛変わってくれる?」
「は~いっ」
 鏡子の隣で立つ早川が、徹の腕を掴んでいるのとは逆の手を低く挙げる。声を掛けられた牧瀬が慌てて駆け寄り、徹の手を受け取ると、早川は鏡子に一礼をして部屋を出て行く。
「待ってくれっ……なぜ、貴女が!」
 大きく目を見開いて身じろぐ徹の目に映った光景は、当夜には分からない。狼狽した様子の徹は身じろごうとするが、どうなっているのか、牧瀬に掴まれてからビクともしなかった。
「由川司令、どうなっているんだ!?」
「鏡子ちゃん、カグラヴィーダを置いていくのは嫌だ! そんなことするくらいなら、俺はここにいるアクガミ全部ぶっ壊す!!」
 それは駄目、という鏡子の声があまりにも刺々しく、当夜は一瞬怯む。その様子に気付いた鏡子はごめんなさいね、と申し訳なさそうに眉を下げた。
「鉄神は必ずここに戻ってくるから安心して。今はアクガミよりも、あなたが乗っている鉄神の方が危険度が高いわ」
「鉄神が危ないって、なんで?」
 駄々をこねる当夜に対し、鏡子は頭を振るう。
「説明はしません。牧瀬、京都支部へ緊急要請を出しておいて。海前さん、敵の出方を見るためにタタラヒメで出るから準備を!」
「春雷組の出動要請ですね! 分かりました」
 徹は鏡子を追おうと考えて体を動かしたが、足が絡み、さらに牧瀬に後ろから腕と胴を抑えられた状態で叶わなかった。
「さ~て、お電話しましょうかねっと」
「待ってくれ、由川司令! 僕も行く!!」
「駄目よ」
「あなたたちはなにかを見たんだろう!? 僕ならもっとよく見える!」
 僕の目は誰よりも優れている、と徹は己の瞼に手を触れさせる。
「僕が代償にしているのは、この目だ。それを台無しにするような真似はしない」
 当夜の肩はビクリと大きく揺れ、スラスターに当てた手が強く握りしめられた。
「……鏡子ちゃん、徹も連れてきて。見といてほしい奴がいる。でなかったら雅臣さんは出さないし、俺は戦いを続行するよ」
 鏡子は腕組みをして、考えようとしーー時間の無駄ねとため息を雫す。
「分かったわ。アマツメイラの中なら安全なはずだから、許可します」
 エスコートをする紳士のように、自分に手を差し出してくる鏡子に向かって、徹は頷きを返す。恭しく手をのせると、鏡子は離さないといった風に強く握りしめた。
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