忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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二章/少年よ、明日に向かって走れ!!

日向の狭間へ

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「……その様子だと、君にはもう分かっていたんだね」
 眉を引き寄せ、笑った雅臣に当夜は僅かに首を縦に動かした。
「自分について考えりゃ嫌でも分かっちゃうって」
 あははと軽い調子で笑う当夜に、雅臣も同じような調子で笑い返す。そうだよね、と言って手を上下に振る舞う姿に当夜は僅かに頬の力を緩め、素直に言葉を口に出した。
「でも、知らされたくなかったなー。もうちょっとだけ、知らないフリしてたかったかも」
 自分で花澄を殺すなんて、という小さな呟きに徹が手で顔を覆い、前のめりになる。
「あー、だから逃げてる人がいるんだな」
 名前だけしか出てこない、誰も助けようとはしない不在のパイロットがいる理由を当夜はようやく理解した。
 戦争を経験したこともない若者にとっては軽いであろう、国を守るという漠然とした目的。それに対する代償があまりにも大きすぎる。
 命と、自分が最も大切に思っているものと引き替えにして、どんな人が人や土地を守ろうというのか。
「私たちには、あなたに無理矢理戦わせるような強制権はないの。だから、もう一度よく考えてみて」
「けど、俺がいないと鏡子ちゃんたちは困るんだろ」
「それはそうよ。だけど……ん~、誤解されてるわねぇ」
 ベッドに手をついて体の向きを変え、真っ直ぐに見上げた鏡子は、右手の指先を顔に当てて深刻そうにため息を吐いていた。
「私はここ、東京支部の司令官よ」
「うん。だから、パイロットいないと困るだろ」
 ぐっと力強く脇に挟んでいるファイルを握った鏡子は、足を軽く開く。
「でもね、パイロットに死ねだなんて、思ってないわ」
 ツルリと磨かれた革靴、先が細まっているソレに挟まれている指がどんなに窮屈か、子どもで男の当夜は知らない。
 母も昔は履いていたような覚えがあるが、花澄の看病に付きっきりになってからはスリッパと履き慣らしてくたくたになったスニーカーしか履いているところを見たことがなかった。
「皆を生かすために、私は司令官をしているの」
 今日まで、その言葉が本心なのか、司令としての建前なのか掴みあぐねていた。
 だけど、通信で聞こえてきた、四葉を気遣う声や自分たちに対して戦いを強要しようとしない態度を見て、それは本当なのだろうというのは感じる。
「まあ、あなたたちも私を知らないから信じてもらえないのは仕方がないわ」
 ただ、鏡子のこの態度は、年端もいかない子どもに自分自身で死ぬか逃げるか選べと言っているようなものだ。
「雅臣さんはどう思っているんですか。あなたはまだ、当夜が戦うことに賛成なんですか!?」
「え~、僕ぅ……?」
 そのため、徹の矛先がもう一人の大人へと向かう。
「雅臣は司令官ではないわ。この人に訊いても意味はないわよ」
「だが、大人だ! お前たち大人が、僕たちを戦場に向かわせるんだろうがッ!! 選ばせるフリをしているだけで、お前たちは僕たちを救おうとはしない……」
 徹に睨み付けられた雅臣は、う~んと唸り声を上げて顎に手を当てて頬を立てた人差し指でトントンと叩いた。
「鏡子ちゃんみたいな選ばせる側に僕はいないからね」
 なんの責任も果たそうとしない言葉に、徹は足の力が抜けそうになる。
 なにを言っているのだと、ならばなぜ自分たちだけを戦わせようとするのだと詰りたかった。
「鏡子ちゃんも海前さんも。皆頑張って支えようとしているし、有事の時は真っ先にパイロットを庇って死ぬ覚悟が出来てるよ」
 庇って死ぬ。雅臣の口から飛び出てきた言葉は徹にとっては意外で、空虚な想像のように思えた。安全な司令部の中にいる鏡子たちが死ぬとは到底思えないからだ。
「だから、死ぬなら自分たちだって思ってるんだろうけどね。皆、君たちにも死ねだなんて思ってないよ。鏡子ちゃん」
 鏡子の手を握った雅臣は、当夜たちの方に手を差し出す。
「全員で日向の狭間へ行く。……僕の考えはそれだけだよ」
 日向の狭間へ行く――謎めいた言葉に徹は顎を前に突き出し、はあ? と言いたげに顔を歪ませる。
 だが、当夜はベッドから腰を上げて歩みだした。
 徹の制止も、空ぶった手も知らない顔で当夜は一直線に雅臣に向かっていく。正面に立つと雅臣の目を見上げる。
「その全員って、カグラヴィーダも入ってる?」
「そうだよ」
 素直に表情を出す鏡子と違い、レンズが分厚く大きい眼鏡と長い前髪に覆われて顔の半分が見えない雅臣の表情は読み辛い。
「……ありがとう」
 それでも、”自分を選んでくれた神様”を大事にしようとしてくれる雅臣は、当夜の心を癒してくれる。抱きしめてくれた鏡子の柔らかな体のように。
「徹、帰るぞ」
 そう言って、当夜は開け放たれたままの扉をくぐり抜けて、部屋の外へ出る。
「鏡子ちゃん、僕が送ってくるね」
「気を付けてね」
 どこか安心した風にも見える、徹を振り返った鏡子は彼の手を引っ張って雅臣の後ろをついていく。
 由川司令、という小さな小さな呟きに鏡子は応える。徹は鏡子の手を軽く握りしめ、
「少し、安心しました」
 と零した。
 その矛先がなにに向かっているのか気づいた鏡子はふうと息を吐く。
「当夜は……当夜も、惜しいと思ってくれてるんでしょうか」
「私に訊いちゃダメよ。大事なことだから、自分で確かめないと」
 眉を下げた笑みで見返すと、徹は不安そうに瞳を揺らして自分を見上げてきた。それだけで、冷静で聡明であろうとする彼は庇護されるべき子どもなのだと思い出される。
 けれど、雅臣に笑いかける当夜の横顔には一点の曇りもなく――それは彼の決断が変わらないことを明確に表していた。
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