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二章/少年よ、明日に向かって走れ!!
死なば、意思を抱かせ・一
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「準備はいいわね、皆!」
真白な空間に鏡子の声が響きわたると、至る所から返事が返ってくる。そのどれもが肯定の意を示していて、鏡子は無言で頷く。後ろ姿が今まで見ていた彼女とは明らかに違い、こんなに立派な人だっただろうかと徹は感嘆めいた息を漏らした。
「鉄神を先に出しなさい」
鏡子が中央の司令官用の椅子まで徹を伴って行くと、更衣室に繋がる階段が自動的に切り離される。突如起こった地響きに、徹は何事かと周囲を見渡した。
「地下五層まで移動後、遮蔽」
「アマツメイラ全機起動完了、正常に作動しました!」
右壁にある仰々しい機械と大きなモニターの前に腰掛けた牧瀬がしきりにキーボードに指を走らせながらもそう叫ぶと、鏡子は首を縦に動かした。
「ミカヅチ発進準備完了しました」
今度は早川、その次は北側――正面玄関に繋がるエレベーターがある方向にいる男性スタッフから声が飛んでくる。それ以外にも鏡子の指示を求める声がどんどん集まってきて、その多さや内容の違いに徹は舌を巻いた。
「四葉、いけるわね」
宣言通り鉄神を最優先させるのか、鏡子は真ん中のモニターに映る四葉に声をかける。緊張を微塵も感じさせない様子の彼女は、ええと囁いて頷いた。
『いってきます、由川司令』
萌葱が桜に塗り替えられる頃、この声が恐怖に震えるように変わることを自分は知っている。鉄神は人が奥底にしまい込んでいる本音を暴き、人目に晒すのだ。
「気をつけて。無事帰ってきてね」
そんな時に聞こえてくる、いつもと変わらない『由川司令』の声はひどく安心することも。
「鉄神とアマツメイラの指揮は私がするわ。牧瀬は哨戒、早川は鉄神のフォローをお願い」
返ってくる了解の力強さに、胸がジンと焼ける。興奮に震える拳を胸に当て、薄い膜の張った目を閉じた。
「人を脅かす神に、贄など与えるな。いいわね!」
「はい!!」
地下五層まで降りたのか、揺れが止まる。見上げると、隔壁が幾重も閉まっていく様子が見え、徹は息を吐いた。
「……由川司令」
口から漏れた言葉は周りにかき消されて彼女の耳までたどり着かないかと思われた。
「なあに?」
だが、彼女は聞いていた。なに一つ変わらない、どこか困ったように眉を下げた笑みのまま。
「どうしたの、徹くん」
白に彩られても彼女は彼女のままで、それが今の徹には涙が出るかと思う程に嬉しかった。
「あなたはなぜ、戦う。どうして僕らを戦場に向かわせる!?」
ぶるぶる震える拳は、すでに手のひらに指が食い込むまでに強く握られている。
「そうね。私は司令だから、本当なら人のため、日本のためって言わなくてはいけないのだけど……」
その拳を鏡子はそっと指先で撫で、徹の髪を梳かすように手を動かした。
「それが私が君たちに与えられる、唯一の希望だから」
思い出して、と鏡子は徹に囁く。
「あなたが戦っていた理由は、なに?」
「僕は――」
鏡子に抱きしめられた徹は、彼女の腕を掴んだ。目から零れ落ちる涙が白にしみこんでいき、薄い滲みを作る。鏡子の女性にしては皮膚が硬く、黒く汚れた手が徹の眦を擦った。金の目を開けた徹は、モニターに映る白い羽を持つ機体を見上げる。
「僕のすべては、当夜だ」
真白な空間に鏡子の声が響きわたると、至る所から返事が返ってくる。そのどれもが肯定の意を示していて、鏡子は無言で頷く。後ろ姿が今まで見ていた彼女とは明らかに違い、こんなに立派な人だっただろうかと徹は感嘆めいた息を漏らした。
「鉄神を先に出しなさい」
鏡子が中央の司令官用の椅子まで徹を伴って行くと、更衣室に繋がる階段が自動的に切り離される。突如起こった地響きに、徹は何事かと周囲を見渡した。
「地下五層まで移動後、遮蔽」
「アマツメイラ全機起動完了、正常に作動しました!」
右壁にある仰々しい機械と大きなモニターの前に腰掛けた牧瀬がしきりにキーボードに指を走らせながらもそう叫ぶと、鏡子は首を縦に動かした。
「ミカヅチ発進準備完了しました」
今度は早川、その次は北側――正面玄関に繋がるエレベーターがある方向にいる男性スタッフから声が飛んでくる。それ以外にも鏡子の指示を求める声がどんどん集まってきて、その多さや内容の違いに徹は舌を巻いた。
「四葉、いけるわね」
宣言通り鉄神を最優先させるのか、鏡子は真ん中のモニターに映る四葉に声をかける。緊張を微塵も感じさせない様子の彼女は、ええと囁いて頷いた。
『いってきます、由川司令』
萌葱が桜に塗り替えられる頃、この声が恐怖に震えるように変わることを自分は知っている。鉄神は人が奥底にしまい込んでいる本音を暴き、人目に晒すのだ。
「気をつけて。無事帰ってきてね」
そんな時に聞こえてくる、いつもと変わらない『由川司令』の声はひどく安心することも。
「鉄神とアマツメイラの指揮は私がするわ。牧瀬は哨戒、早川は鉄神のフォローをお願い」
返ってくる了解の力強さに、胸がジンと焼ける。興奮に震える拳を胸に当て、薄い膜の張った目を閉じた。
「人を脅かす神に、贄など与えるな。いいわね!」
「はい!!」
地下五層まで降りたのか、揺れが止まる。見上げると、隔壁が幾重も閉まっていく様子が見え、徹は息を吐いた。
「……由川司令」
口から漏れた言葉は周りにかき消されて彼女の耳までたどり着かないかと思われた。
「なあに?」
だが、彼女は聞いていた。なに一つ変わらない、どこか困ったように眉を下げた笑みのまま。
「どうしたの、徹くん」
白に彩られても彼女は彼女のままで、それが今の徹には涙が出るかと思う程に嬉しかった。
「あなたはなぜ、戦う。どうして僕らを戦場に向かわせる!?」
ぶるぶる震える拳は、すでに手のひらに指が食い込むまでに強く握られている。
「そうね。私は司令だから、本当なら人のため、日本のためって言わなくてはいけないのだけど……」
その拳を鏡子はそっと指先で撫で、徹の髪を梳かすように手を動かした。
「それが私が君たちに与えられる、唯一の希望だから」
思い出して、と鏡子は徹に囁く。
「あなたが戦っていた理由は、なに?」
「僕は――」
鏡子に抱きしめられた徹は、彼女の腕を掴んだ。目から零れ落ちる涙が白にしみこんでいき、薄い滲みを作る。鏡子の女性にしては皮膚が硬く、黒く汚れた手が徹の眦を擦った。金の目を開けた徹は、モニターに映る白い羽を持つ機体を見上げる。
「僕のすべては、当夜だ」
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