忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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二章/少年よ、明日に向かって走れ!!

君の×・一

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 エレベーターに乗り込み、七階にある休憩室に入った当夜と徹は、女性の声に名を呼ばれた。
 その方向を見ると、席を立って自分たちに手を振る四葉の姿が目に入ってくる。その周りには苦笑している鏡子と、偉そうにふんぞり返って座る黒馬の姿もあった。
 テーブルの近くで割れているカップを見た二人は首を傾げたが、申し訳なさそうな顔をして微笑を向けている鏡子を無視できず、先に口を開く。
「由川司令、お忙しいところ申し訳御座いません」
「待たせてごめん!」
 そう言いながら二人が駆け寄ると、黒馬がふっと口の端を吊り上げて目を閉じる。
「随分とお楽しみだったようで、なによりです」
 当夜はぼっと火が点いたように真っ赤になり、徹は顔を厳めしく変化させたが、どちらともが行動をする前に鏡子がテーブルに置いていたファイルで黒馬の頭を叩いた。
「馬鹿なことを言わないの」
「すまないね、二人共。この人が落ち込んでいるものだから……」
 四葉が場を取り持とうと口を開いたが、徹はますます眉をきつく中央に集めていく。まるで鬼のような形相だ。
「徹?」
 その様子に、隣の当夜は疑問を抱き、止めようと手を伸ばす。
「なぜ落ち込んでいるんですか」
 悠然と足を組んで座っている黒馬は、口に意味ありげな微笑を浮かべるだけで、徹のその質問に答えを示さなかった。それがまた徹の気に障ったのか、徹は答えてくださいと言葉を叩きつける。
「始先輩のことか!!」
 キツイ調子の問いかけに当夜は呆然と徹を見やり、鏡子と四葉は目配せをし合った。
「そうだと私が認めたら、君はどうするのかな?」
「あなただけに、そのような面をされるのは不愉快だ」
 明確な言葉に鏡子はふうと息を吐く。組んだ足の膝に腕枕をつき、徹を下から見つめる。
「ふらふらしてばかりで、先輩の気持ちを考えなかった人になど……っ」
「まあ、それはその通りでしょうね」
 目を細めた黒馬は、ですがと冷笑を徹に向けた。
「あれに似ているから、それを好きになったあなたに言われたくはありませんよ」
「え……?」
 黒馬が指を差した先にいた当夜は、瞬きをして指の先を見つめてから横の徹の方を伺う。ギリリと奥歯を噛みしめて黒馬を射殺すかと不安になる程に鋭い目線を浴びせていたかと思うと、お前と一緒にするなと大声を出した。
「始先輩のことは尊敬しているし、人としてとても好きな人だ。僕のあの人への想いは、当夜への想いとは同じではない」
 口の下に指を押し当てた黒馬は、ほう? と呟く。
「僕は、当夜にしか欲情しない」
 真顔で言い切った徹の言葉に、当夜は顔を真っ赤にして徹の口を塞ごうと手を伸ばした。だが、その動きは眉をしかめさせた徹によって止められてしまう。徹に手を握られたまま当夜は辺りを見渡して、自分たちの他に人がいないかどうか確認した。
「恥ずかしがる必要はないだろう」
 不思議そうな顔をする徹に、当夜は恥ずかしさから泣きそうになりながら、すがるように問う。
「な、なんでだよ……」
「お前は僕のものだと公言しておきたいからだ」
 薄らと涙を浮かべていた当夜は口を引き結んで、顔を俯かせる。感情が言葉にならず、口から息だけが出ていくのを感じながらも顔に握った手を押し当てた。色の白い当夜は照れたり怒って興奮すると、肌が桜のようになる。徹の目の前を散っていった桜色の機体が過った。
「……お前が好きなんだ」
 目を伏せた徹が静かに囁きかけると、当夜は押し当てていた手をそろりそろりと離して徹を上目がちに見る。炎のように赤い目を閉じると、目の淵から涙が零れ落ちた。なぜ泣くと徹が訊ねると、当夜は首を大きく振って鼻をすする。
「今日は徹が妙に優しくって、変だあ」
「妙!? 妙とはなんだ、失礼だろう」
「だって、徹今日サービスしすぎだ」
 嬉しくて顔がニヤける、と呟いた当夜はまだ顔半分を手で隠したままだ。徹は髪を掻き乱した後、そうだったか? と息を細く吐きだす。二人を見守っていた四葉と鏡子も顔を見合わせて首を捻って不思議そうな面持ちだ。
「ヤタドゥーエに乗っている暁美はもっと凄いはずだが……」
「当夜くんはともかく、徹くんが当夜くんを好きなことは分かったわよね」
「ああ、あの半狂乱っぷりは凄まじかったな」
当夜がアクガミに連れていかれた時の徹の様子を思い出した鏡子は目を閉じ、こめかみの辺りに指の腹を押し当てる。徹から当夜に対しての恋愛相談を幾度か受けたことがある四葉でも、あそこまで物凄いものだとは思ってもいなかったのだ。その時の印象が強いため、徹の愛情の深さは良く分かっている。本人たちに自覚がないのが不思議なくらいだった。
「そんな凄かったのか?」
 目を輝かせた当夜が嬉しそうに訊ねると、徹は嫌そうに目をしかめさせる。
「お前が捕まったりするからだろう」
「心配してくれたんだな」
 へへっと当夜が照れ臭そうに笑うと、徹は鼻を鳴らして当夜とは逆の方に顔を向けた。その横腹を当夜は肘で突っつき、ありがとなと満面の笑みを見せる。
「お礼を言われるようなことではない」
「うん。けど……俺、嬉しいんだ」
 徹は口を引き絞り、胸中を支配してこようとする獰猛な獣を押さえて――顔を上げた。左手で当夜の手を取り、指を絡めて強く握りしめる。目を開いて、口の片端を歪ませてほくそ笑む男を正面から向かい合った。
「とにかく、あなたの言うことは間違っている」
 男は細いため息を吐き捨てると、片眉をしかめて嫌らしい笑みを徹に向けながら左手を上げる。
「そう思いたいのなら、そう思っていなさい」
 言ったきり興味を失ったのか鏡子に手を差し出し、短く息を吐いた鏡子から渡された資料に目を通し始めた男に徹は奥歯を噛みしめた。
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