忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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二章/少年よ、明日に向かって走れ!!

悲しみの慟哭・一

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「やはり帰ってきていたんだね、黒馬先生」
 お久しぶりと笑顔で声を掛けると、黒染めのスーツに身を包んだ男が足を止めた。
「元気なようでなにより。後でしっかりメディカルチェックをしますので、覚悟していなさい」
 廊下で大人めいた少女に捉まった黒馬は渋顔になる。しまった、喫煙所に行くべきだったと顔にありありと書いてある男を見て、少女――四葉はくっと笑い声を漏らした。
 この男は意外と顔に気持ちが出る。
 素直な子が好きだと言う男が一番素直というのは、おかしな話だ。
「困るよ、黒馬先生」
 手を前に出してそう口にすると、男は閉じていた目を開ける。なにがですかと冷たさを感じさせる声に、なにがではないだろうと腰に両手を当てて見返す。
「由川司令に不純な物を見せてしまうところだったじゃないか」
「あれは君よりも年上ですよ」
「そんなことは知っているさ。だが、汚したくないものなど山ほどあるだろう」
 腕を組んで見据えると、黒馬は不快そうに眉を顰めて顔を背けた。
「先に休憩室に行ってくれたまえ。由川司令にはそこへ行ってもらうように私から伝えておいたからね」
「おや、あなたは来ないのですか? その分だと私に相談があるんでしょう」
「ああ、自分のことでね。けれど、もっと人がいない所で話したいんだよ」
 ふうと息を吐いた四葉は、瞼を落とす。すると、胸をよぎるものがあった。――この男といると、どうしても思い出すものがあるのだ。それはいつだって四葉の心に翳を落とす。
「私は、もう長くないんだろう? 先生」
「……あなたは、不満を漏らさない。毅然と戦う、優秀なパイロットですからね」
「いいや、怖がりなだけなのさ。本心など恐ろしくて口にすらできない。ミカヅチにでも乗らないとね」
 二の腕をさらに強く握りしめた四葉は、奥歯を噛みしめる。ツンと鼻に香ってくる土塊と籠るような鉄――それと、あの人の匂いだ。
「だから、全てを大人に任せてしまうんだよ。私は卑怯者なのさ」
「まだ二十歳にもなっていないのに大人ぶらないでください」
 あなたはとても子どもですよと、眼鏡のフレームを指で押し上げた黒馬は踵を返して歩いていく。なにかを捜すように動く首と、常に静かな黒馬の足音に四葉はその場にしゃがみ込む。
 ああ、ああ――どうしても、口にすることができなかった。自責の念が胸中に湧き上がって四葉の身を苛んだ。
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