62 / 122
二章/少年よ、明日に向かって走れ!!
悲しみの慟哭・一
しおりを挟む
「やはり帰ってきていたんだね、黒馬先生」
お久しぶりと笑顔で声を掛けると、黒染めのスーツに身を包んだ男が足を止めた。
「元気なようでなにより。後でしっかりメディカルチェックをしますので、覚悟していなさい」
廊下で大人めいた少女に捉まった黒馬は渋顔になる。しまった、喫煙所に行くべきだったと顔にありありと書いてある男を見て、少女――四葉はくっと笑い声を漏らした。
この男は意外と顔に気持ちが出る。
素直な子が好きだと言う男が一番素直というのは、おかしな話だ。
「困るよ、黒馬先生」
手を前に出してそう口にすると、男は閉じていた目を開ける。なにがですかと冷たさを感じさせる声に、なにがではないだろうと腰に両手を当てて見返す。
「由川司令に不純な物を見せてしまうところだったじゃないか」
「あれは君よりも年上ですよ」
「そんなことは知っているさ。だが、汚したくないものなど山ほどあるだろう」
腕を組んで見据えると、黒馬は不快そうに眉を顰めて顔を背けた。
「先に休憩室に行ってくれたまえ。由川司令にはそこへ行ってもらうように私から伝えておいたからね」
「おや、あなたは来ないのですか? その分だと私に相談があるんでしょう」
「ああ、自分のことでね。けれど、もっと人がいない所で話したいんだよ」
ふうと息を吐いた四葉は、瞼を落とす。すると、胸をよぎるものがあった。――この男といると、どうしても思い出すものがあるのだ。それはいつだって四葉の心に翳を落とす。
「私は、もう長くないんだろう? 先生」
「……あなたは、不満を漏らさない。毅然と戦う、優秀なパイロットですからね」
「いいや、怖がりなだけなのさ。本心など恐ろしくて口にすらできない。ミカヅチにでも乗らないとね」
二の腕をさらに強く握りしめた四葉は、奥歯を噛みしめる。ツンと鼻に香ってくる土塊と籠るような鉄――それと、あの人の匂いだ。
「だから、全てを大人に任せてしまうんだよ。私は卑怯者なのさ」
「まだ二十歳にもなっていないのに大人ぶらないでください」
あなたはとても子どもですよと、眼鏡のフレームを指で押し上げた黒馬は踵を返して歩いていく。なにかを捜すように動く首と、常に静かな黒馬の足音に四葉はその場にしゃがみ込む。
ああ、ああ――どうしても、口にすることができなかった。自責の念が胸中に湧き上がって四葉の身を苛んだ。
お久しぶりと笑顔で声を掛けると、黒染めのスーツに身を包んだ男が足を止めた。
「元気なようでなにより。後でしっかりメディカルチェックをしますので、覚悟していなさい」
廊下で大人めいた少女に捉まった黒馬は渋顔になる。しまった、喫煙所に行くべきだったと顔にありありと書いてある男を見て、少女――四葉はくっと笑い声を漏らした。
この男は意外と顔に気持ちが出る。
素直な子が好きだと言う男が一番素直というのは、おかしな話だ。
「困るよ、黒馬先生」
手を前に出してそう口にすると、男は閉じていた目を開ける。なにがですかと冷たさを感じさせる声に、なにがではないだろうと腰に両手を当てて見返す。
「由川司令に不純な物を見せてしまうところだったじゃないか」
「あれは君よりも年上ですよ」
「そんなことは知っているさ。だが、汚したくないものなど山ほどあるだろう」
腕を組んで見据えると、黒馬は不快そうに眉を顰めて顔を背けた。
「先に休憩室に行ってくれたまえ。由川司令にはそこへ行ってもらうように私から伝えておいたからね」
「おや、あなたは来ないのですか? その分だと私に相談があるんでしょう」
「ああ、自分のことでね。けれど、もっと人がいない所で話したいんだよ」
ふうと息を吐いた四葉は、瞼を落とす。すると、胸をよぎるものがあった。――この男といると、どうしても思い出すものがあるのだ。それはいつだって四葉の心に翳を落とす。
「私は、もう長くないんだろう? 先生」
「……あなたは、不満を漏らさない。毅然と戦う、優秀なパイロットですからね」
「いいや、怖がりなだけなのさ。本心など恐ろしくて口にすらできない。ミカヅチにでも乗らないとね」
二の腕をさらに強く握りしめた四葉は、奥歯を噛みしめる。ツンと鼻に香ってくる土塊と籠るような鉄――それと、あの人の匂いだ。
「だから、全てを大人に任せてしまうんだよ。私は卑怯者なのさ」
「まだ二十歳にもなっていないのに大人ぶらないでください」
あなたはとても子どもですよと、眼鏡のフレームを指で押し上げた黒馬は踵を返して歩いていく。なにかを捜すように動く首と、常に静かな黒馬の足音に四葉はその場にしゃがみ込む。
ああ、ああ――どうしても、口にすることができなかった。自責の念が胸中に湧き上がって四葉の身を苛んだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
この愛のすべて
高嗣水清太
BL
「妊娠しています」
そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。
俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。
※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。
両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)
ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。
僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。
隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。
僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。
でも、実はこれには訳がある。
知らないのは、アイルだけ………。
さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪
平凡くんの憂鬱
慎
BL
浮気ばかりする恋人を振ってから俺の憂鬱は始まった…。
――――――‥
――…
もう、うんざりしていた。
俺は所謂、"平凡"ってヤツで、付き合っていた恋人はまるで王子様。向こうから告ってきたとは言え、外見上 釣り合わないとは思ってたけど…
こうも、
堂々と恋人の前で浮気ばかり繰り返されたら、いい加減 百年の恋も冷めるというもの-
『別れてください』
だから、俺から別れを切り出した。
それから、
俺の憂鬱な日常は始まった――…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる