忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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一章/炎の巨神、現る

コックピットで唇を・三

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 産声を上げることなく生まれた正妃の生んだ第一王子は、その後の成育状態で一般的な発育との違いが指摘され、また、王家のみで行われる簡易的な精霊との相性判断でも、魂の力の薄さが明らかになるだけで、どの精霊から反応もなかったことから、王子の存在そのものを問題視するものまで現れる始末。

 誕生の祝いにと訪れた貴族達は、ただ眠っているとしか見えない赤子の頭上で、値踏みするような視線とともにひっそりと交わされる会話を当の赤子が聞いていることを知りもせずに……。

「一応陛下の初めてのお子様だからな、それも男児」

「しかし……ここだけの話、このご様子では難しいのではないか……」

「ん?難しいとは、ご成長のことか?次代は?と言うことか?」

「イヤイヤ、そこは……。陛下もまだお若い、側妃や愛妾を持たれれば、長子が次代と決まっておる訳でも……」

「あぁ、伯爵はまだご存じなかったか。陛下は……イヤ、そろそろ暇致そうか」

「侯爵様。ここには我々しか居りませんぞ、このように話を途中で終わらせられると、明日私は寝不足で仕事も手につかないでしょう」

「うむ、それも困るな。伯爵の錬金術は、それは素晴らしいものだ。これからも我らのためにその手腕を振るってもらわなければ、公爵様も期待しておるしな。……ここだけの話だ、まだこのことは公爵家とその縁戚たる数家の侯爵家しか知らぬ事……」

「それは是非とも、この金を生む事しか能のない私が、本領を発揮するためにもお教え願いたい」

「この数ヶ月前か、陛下はとある伯爵家を、またぞろ訪ねた」

「とあるとは……あの!まだ切れていなかったのですか?」

「うむ。会いに行った人物は、『あれ』ではなく、可愛い盛りの……な」

「まぁ、親心というものですかな。生まれながらに陰にいなければならない子と、これから生れ出る輝ける子。……輝けるかどうか、この様子では、ですが」

「確かにそのような気持ちがあったのかもしれないがな。とにかくその時に、偶々その子が掛かっていた『風邪』に感染ってしまったらしくてな……」

「風邪ですか?」

「あぁ、子供ならばただの風邪。大人が感染れば……『種無しの風邪』にな」

「なっ、なんと⁉︎」

「であるから、これから陛下の御子のお生まれになる可能性は、限りなく無に等しい」

「そう、選択肢は……」

 その時には、少し場を離れていた乳母が部屋に入ってきた。

 次代の王になるかもしれない嫡男である赤ん坊が、ただ一人部屋に置いておかれている事がすでに異常な事であるのだ。その上部屋の中に有象無象が入り込める状態である事も。

 誰もいないと思っていた乳母は、部屋の中に入り込んでいた人物が、自分より身分の随分と高い、侯爵と伯爵である事がわかると、抗議の声をあげるでもなく、頭を下げた。

 誕生のお祝いは、この寝室まで入る事なく次ノ間で王妃の女官が受ける事になっていたはずである。しかし、その指摘を乳母の身分でする事も難しい。乳母の元々の身分も、王子の乳母となるには思いもよらない程低いものであったのだ。

 いくら身分が高いと言っても、この場所に入っていた事は言い訳のきかない事。

 恰幅のいい二人の男は、小さく咳払いをすると何事もなかったかのように次ノ間に移動を開始する。

 その時に、何気なく体に似合わない大きなベッドで眠っているはずの王子にチラリと目をやった。

 その瞬間、侯爵は背筋に走った冷たさに、肉の厚い肩が思わず震えた。

 何もなく眠っているだけと思っていた赤子が、パチリと目を開けて侯爵を見つめていたからだ。その瞳の色はまるで何もかも見透かすような、深淵の泉の淵に立たされているような、そんな心持ちを持たせる、とても赤子とは思えない虚無の色。

 この王宮で成人を迎えた15の時より、策謀の波を泳いできた侯爵が、恐れを抱くそんな瞳。

「……まさかな……」

 無理やりその瞳から視線を引き剥がした侯爵は、赤子には目をやらなかったのだろう訝しげに侯爵を伺う伯爵を引き連れて、堂々と隣の部屋への扉を潜った。





 しかし、その侯爵の判断は間違っていなかった。

 だって、一つになった『俺』は、『僕』の記憶としてその時の事を事細かく覚えているのだから。

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